English version わたしの構想No.73 2024.08.09 日・ASEAN、21世紀のパートナーシップへ この記事は分で読めます シェア Tweet 近年、ASEAN経済は急成長を遂げ、日・ASEANのパートナーシップの再構築が急務となっている。これからの日・ASEANの協力のあり方を探った。 PDF(日本語) PDF (ENGLISH) ABOUT THIS ISSUE企画に当たって 日・ASEAN、21世紀のパートナーシップへ 友好協力50周年の先を共に創る 東和浩 NIRA総合研究開発機構理事/株式会社りそなホールディングスシニアアドバイザー 日本とASEANの協力の歴史は長い。昨年は友好協力50周年を祝賀する特別首脳会議が開催された。しかし近年、ASEAN経済は急成長を遂げ、また国際環境は大きく変化しており、日・ASEANのパートナーシップの再構築が急務となっている。これからの日・ASEANの協力関係はどのようなものであるべきか。その具体的ビジョンを描くべく、各分野の第一線の識者にお話を伺った。 EXPERT OPINIONS識者に問う 日本とASEANが共通して直面している課題は何か。これからの日・ASEANのパートナーシップはどうあるべきか。 紀谷昌彦ASEAN日本政府代表部大使 渡辺哲也東アジア・アセアン経済研究センター事務総長 竹内純子NPO法人国際環境経済研究所理事・主席研究員 町井健太郎東アジア・アセアン経済研究センタースタートアップ・エコシステム担当マネージャー(日本貿易振興機構から出向) 山田美和日本貿易振興機構アジア経済研究所新領域研究センター上席主任調査研究員 インタビュー実施:2024年6月~7月インタビュー:鈴木日菜子(NIRA総研研究コーディネーター・研究員) データで見る 日本とASEANの交流年表 実質GDP成長率 ASEANの電源別発電量(Electricity generation by source) ASEAN主要6か国へのVC投資額と投資件数の各国シェア(2023年) 企画に当たって 日・ASEAN、21世紀のパートナーシップへ 友好協力50周年の先を共に創る 東和浩 NIRA総合研究開発機構理事/株式会社りそなホールディングスシニアアドバイザー KEYWORDS 日・ASEAN連携、技術力、パートナーシップ、Look Southeast 昨年(2023年)は「日本ASEAN(東南アジア諸国連合)友好協力50周年」の節目であった。それは、アジアにおける「法に基づく秩序」が、力による現状変更への懸念により強い揺さぶりを受け、日本とASEANを取り巻く国際社会が大きな変動期にあるという点で、特別な意味を持った。これまで、ASEAN諸国は、中立と均衡をもって自律性を確保し、地域の安定と経済的なメリットを強したたかに享受してきた。その結果、ASEANは巨大な経済圏を形成し、国際的な存在感を高めることに成功した。しかし同時に、米国・中国の対立やインドの急成長がアジアを主な舞台として展開される中で、国際社会の不安定さや大国間の対立構造が、ASEAN内部の安全保障や地域秩序に影響を与え、かつ、ASEANの動向が大国間関係や国際秩序にも影響を及ぼしかねない状況になっている。 果たして日本は、政治的・経済的な不安定さを内包しつつも急成長するASEANの現状を、正確に認識できているのか。ASEANは日本にとって戦後賠償や経済技術援助の発端となった地域であり、日本企業の進出も活発に行われてきた、いわば「旧知の仲」ともいえる存在だ。交流の蓄積があるが故に、日本は、ASEANを「ODA(政府開発援助)の対象先」「大国に翻弄ほんろうされる国々」という旧来的な観点からアップデートできていないのではないか。 友好協力50周年を迎え、この先の交流樹立100年を見据えるいまこそ、ASEANにとって、課題解決のパートナーとして不可欠な存在であり続けるために、日本の認識を変える好機だ。ASEANを客観的に把握し、意識やパートナーシップを新たな形に変えることができれば、国際社会におけるアジアの地位向上、世界の課題解決への貢献、ひいては日本経済の再浮上を、ASEANと共に成し遂げられるかもしれない。 本号では、日・ASEAN関係を新たなステップに移行させるため、今後の日本とASEANのあり方、新たなパートナーシップ構築に向けた課題の解決で、日本に求められる取り組みを5人の識者に伺った。 インド太平洋を含めた信頼醸成の形成 日本とASEANが抱える課題は、もはや既存の支援体制では対処しきれなくなっている。今後のパートナーシップの構築をいかに図るべきか。 ASEAN日本政府代表部の紀谷昌彦大使は、地政学的要衝かつ重層的な地域協力のハブであるASEANの課題は、地域の平和と安定をいかに維持するかだと指摘する。国際秩序の変動に対し大国との対話をもって対処するためにASEANが打ち出した「インド太平洋に関するASEANアウトルック(AOIP)」への支援を軸に、日本とASEANを「真に対等なパートナー」と位置付けて課題解決に取り組むことで、信頼関係や解決策をインド太平洋地域、さらに世界へ広げられるうえ、政治や安全保障面で信頼の醸成につながるという。 急成長を続けるASEAN経済で、日本は他国の進出に比して後れをとっている。ASEANの「21世紀のパートナー」になれるよう、両者が対等な関係で課題解決に取り組むべきだと指摘するのは、東アジア・アセアン経済研究センター事務総長の渡辺哲也氏だ。ASEANにとって日本はいまも信頼できる国であるが、投資の主力である「21世紀のパートナー」が米・中となったいま、日・ASEANの関係を「21世紀」にふさわしいものとするには、ASEANの活力と日本の経験が補完できる関係構築のほか、次世代リーダーの育成が重要であると主張する。 脱炭素、スタートアップ、人権の3分野で連携する では、どうすればよいのか。それは、日本―特に企業―がASEAN地域の課題解決に、対等な立場で協力することだ。例えば、「脱炭素」の分野では日本の技術力への期待が大きい。インドネシアやシンガポールなど、一部のASEAN加盟国ではスタートアップの勢いが顕著だ。他方、人権問題への懸念が以前から指摘されている。これらに対し、日本はどのような取り組みが求められるか。各分野の専門家に聞いた。 国際環境経済研究所理事・主席研究員の竹内純子氏によれば、アジア特有の地理的環境や開発状況に基づいた日・ASEAN型の脱炭素政策の推進が重要である。日本が先導する水素・アンモニアを使った脱炭素の火力発電では日本の技術力が期待されているほか、CO2排出量の管理や資源確保をアジア域内全体で捉えることが必要と指摘する。 また、経済成長や人口増大を背景にスタートアップ投資を集めるASEANは、イノベーションのハブとしての側面も持つ。インドネシアのスタートアップ支援に携わる町井健太郎氏は、秀でた技術を持つディープテックが不足するインドネシアでは、現地のスタートアップと日本企業との連携に期待する声も多いと述べる。 他方、現地に進出する日本企業に対し、企業活動による人権への影響を特定すべきとするのは、「ビジネスと人権」の分野で提言を行う日本貿易振興機構アジア経済研究所の山田美和氏だ。「ビジネスと人権」の観点が各国に浸透してきており、これまで人権問題を避けてきた日本が、現実的な解決策を提供できる好機であると指摘する。日本政府・企業が、ASEANの政府・企業とともに人権への取り組みを進めることが、日本企業をも利することになると主張する。 ASEANに学ぶ姿勢で、大西洋とインド太平洋の橋渡しを 識者の指摘にあるように、日・ASEANの新たなパートナーシップのあり方は課題によって異なる。しかし、いずれの課題であっても、カギを握るのはいまだに日本の技術力だ。「失われた30年」を経て一部に翳かげりも見える日本の技術力だが、イノベーションが生まれ続けるASEANの熱量に学ぶ姿勢を持ち、対話を重ねることで、技術開発に磨きをかけ、政治・経済面での連携を強めることもできよう。約40年前にマレーシアのマハティール首相が提言した「Look East」は、時を経て、日本が「Look Southeast」というべき時代になった。日本に求められる役割は、G7が代表する「大西洋ネットワーク」とASEANを核とする「インド太平洋ネットワーク」との橋渡し役になることではないか。 識者に問う 日本とASEANが共通して直面している課題は何か。これからの日・ASEANのパートナーシップはどうあるべきか。 日・ASEANのパートナーシップで世界の課題解決を 紀谷昌彦 ASEAN日本政府代表部大使 KEYWORDS インド太平洋地域の平和と安定、AOIP、真に対等なパートナー ロシアによるウクライナ侵略や中東での緊張の高まりなど、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序は重大な挑戦を受けている。こうした変動期にあって、ASEANは、日本にとって3つの意義を持つ。まず、この地域がインド太平洋の地政学的要衝であり、力による一方的な現状変更の試みを抑止する上で一層重要となっていること。次に、ASEAN地域は日本の製造業の拠点であるとともに、世界の成長センターであり、イノベーションを試す格好の場であるということ。そして、日本を含む域内諸国が形成する重層的な地域協力の中軸(ハブ)の役割を担っていることだ(注)。 ASEANにとっての大きな課題は、厳しい地政学的状況の下で、地域の平和と安定をいかに維持するかである。このために、ASEANは2019年に「インド太平洋に関するASEANアウトルック(AOIP)」を首脳レベルで表明し、ASEAN中心性を掲げつつ、開放性、透明性、包摂性、ルールに基づく枠組み、国際法の尊重などの原則のもとで、海洋協力、連結性、SDGs、経済などの協力を推進する方針を打ち出した。日本はこの方針への支持を最初に首脳声明で表明し、印・豪・米・韓・NZなど各国が続いた。中国も、ASEANの根気強い働き掛けにより支持を表明した。ASEAN主導の枠組みを強化することは、地域の平和と安定にとって重要だ。 日本は、旧来のASEAN像をアップデートする必要がある。ASEANはデジタル化も急速に進み、多様性の尊重や多文化の共生など日本より先行している面も多い。かつては日本の方が経済的に豊かで、「支援する側・される側」という関係だったが、近年はASEANの経済発展が目覚ましく、関係は大きく変わった。今や、日本とASEANは、地域と世界の経済・社会課題の解決に共に取り組む「真に対等なパートナー」である。 AOIPの考え方は、2016年に日本が打ち出した「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」と本質的な原則を共有している。信頼と共創を基礎とする日・ASEANの協力は、両者の中で閉じるのではなく、そこで生み出された信頼関係や解決策を、インド太平洋地域、さらに世界へと広げていける。ASEANの持てる力を世界の課題解決に活用するとともに、政治や安全保障面での信頼醸成にもつなげていくために、日本が果たすべき役割は大きい。(注)ASEAN+3(日中韓)、地域的な包括的経済連携(RCEP)協定、東アジア首脳会議(EAS)、拡大ASEAN国防相会議(ADMMプラス)、ASEAN地域フォーラム(ARF)等。 紀谷昌彦(きや・まさひこ) 外交官。東京大学法学部卒業後、1987年外務省入省。外務本省、在ナイジェリア、米国、バングラデシュ、ベルギーの各日本大使館で勤務し、防衛省に2回出向。駐南スーダン大使、外務省中東アフリカ局アフリカ部兼国際協力局参事官、在シドニー総領事等を経て、2022年より現職。日ASEAN友好協力50周年関連事業等を担当。ASEAN日本政府代表部は、ASEAN加盟国およびパートナー国・機関との外交拠点として、ASEAN本部・事務局のあるインドネシアのジャカルタに所在。 識者が読者に推薦する1冊 『外交』Vol.82, 2023年11・12月号「特集:躍動するASEANそして日本」外務省 識者に問う 日本とASEANが共通して直面している課題は何か。これからの日・ASEANのパートナーシップはどうあるべきか。 脱炭素とデジタル経済で協力、若い世代のネットワーク作りを 渡辺哲也 東アジア・アセアン経済研究センター事務総長 KEYWORDS 21世紀のパートナー、日本の技術・経験、次世代リーダーの育成 ASEANは世界の経済成長をけん引し、若い人口構成、勃興する中間層に支えられ、毎年5~6%で成長している。米中対立の中、これまで中国に向かっていた半導体・デジタル分野・エネルギーへの投資は東南アジアにシフトし、地政学的にも重要な地域になった。日本はこれまで政府開発援助(ODA)や製造業の投資・貿易を通じてASEANの発展に貢献してきたが、今では米・中・印・欧・英・豪などがASEANとの関係強化に乗り出し、競争は激化している。ASEANの人々の意識調査では、日本は引き続き信頼できるが「20世紀のパートナー」と見られている。「21世紀のパートナー」は中国と米国だ。 日・ASEANのパートナーシップを「21世紀」にふさわしいものにするためには、両者が対等な関係であることを認識し、これまでの50年間の友好協力で培ってきた信頼をベースに共に課題解決(Co-Creation)に取り組み、かつ、迅速に実行していく必要がある。 具体的には、経済成長の礎となる「脱炭素の推進」と「セキュアなデータ経済の構築」という2つの課題に、日本の持つ技術・経験を生かして官民で協力することが重要だ。脱炭素分野では、カーボン取引制度の構築やASEAN地域グリッド構築、グリーン・ファイナンスの仕組み作り、エネルギー・産業・交通での脱炭素化など、この地域のエネルギー転換の推進が求められる。この意味で、日本が提唱したAZEC(Asia Zero Emission Community)構想には大きな期待が寄せられる。デジタル分野では、AIなど最新技術を活用したイノベーションの促進と、セキュリティーやプライバシーなどのデータガバナンスに関するルール作りに協働する。日本が提唱したDFFT(Data Free Flow with Trust)は大きな指針になる。 一方、脱炭素やデジタル技術の実装には相当のコストがかかる。資金調達を民間金融機関のリスクテイクのみに頼るのではなく、民間投資の呼び水となるように公的融資を活用するほか、ASEAN域内の貯蓄を投資に活用する枠組みを共に作っていくことが重要だ。 戦後の日本が築いてきた成熟社会や制度作りの知恵は、今後のASEANの経済発展にとって有用な知見だ。伸びゆくASEANの活力と日本の成熟社会の経験が補完できるような関係を作っていく。近年、ASEANの若者の留学先として欧米諸国が選ばれ、日本と交流のある人材が減少しつつある。日本とASEANをつなぐ次世代のリーダーの育成も急務だ。これまで培ってきた信頼の絆を次の世代へつないでいくことが求められている。 渡辺哲也(わたなべ・てつや) 1987年東京大学法学部卒業後、通商産業省(現・経済産業省)入省。経済産業省通商機構部長、内閣官房TPP政府対策本部参事官等として、TPP、RCEP、日米貿易協定、日英包括的経済連携、WTO改革等通商政策の立案や通商交渉に携わる。経済産業研究所(RIETI)副所長、経済産業大臣特別顧問を経て、2023年7月より現職。東アジア・アセアン経済研究センターは、東アジアの経済統合に向けた研究活動や政策提言の実施を目的に、東アジア地域16カ国の首脳の合意に基づき、2008年にジャカルタで設立された国際機関。 識者が読者に推薦する1冊 白石隆〔2000〕『海の帝国―アジアをどう考えるか』中公新書 識者に問う 日本とASEANが共通して直面している課題は何か。これからの日・ASEANのパートナーシップはどうあるべきか。 アジアのマーケット全体を視野にいれた、脱炭素政策を進める 竹内純子 NPO法人国際環境経済研究所理事・主席研究員 KEYWORDS 気候変動問題、アジア型の脱炭素政策、日本の技術で貢献 気候変動問題は地球規模の課題である。再生可能エネルギーを主電源とする対応策は欧州がリードしてきたが、それは日本とASEAN各国にとっての解決策とはいえない。欧州は再エネに適した土地や気象条件、自然資源に恵まれている上、送電線やガスのパイプライン等で域内がつながれ、エネルギーを融通する仕組みも構築されている。他方、アジアは、再エネに活用しうる土地が限られ、モンスーン気候で日照や風況が安定せず、他国と連携するインフラも乏しい。欧州と同様の戦略で対処することは極めて難しく、アジア型で脱炭素に取り組むことが不可欠だ。 例えば石炭火力発電は、欧州ではすでに老朽化し減価償却を終えたものが多いが、アジアでは新設したばかりの施設が多く、安定的な電力供給のためにも、すぐに廃止するのは難しい。日本が先端をいく、水素やアンモニアを使った火力発電の低炭素化、脱炭素化は、アジアに貢献できる技術開発だ。課題はコストの低減だが、欧州の「再エネ一神教」への対抗軸として、アジアの人々も日本が提案する火力発電の脱炭素化に高い期待を寄せている。 気候変動対策の実効性を高める上でも、アジア全体での対処が必要だ。日本の排出量は世界全体の3%程度だが、アジアの排出量は世界の約6割を占める。限界削減費用の安価な対策が多く残る国でCO2削減を進めるほうが効率が良い。日本が提唱した二国間クレジットは、制度設計が保守的になりすぎているきらいもあるが、国際交渉は仲間づくりが重要だ。アジアのパートナー国も多く、その点でも意義は大きい。 石炭を削減していくのに伴って、LNG(液化天然ガス)の役割がより重要になっているが、安定的な調達を一国だけで確保することには限界がある。カーボン・ニュートラルを掲げた以上、長期的にはLNGもゼロにしなければならないが、移行期間では安定的に確保せねばならない。域内で融通することができれば、長期契約を締結しやすくなる。LNGの契約には輸入国が転売することを禁じる「仕向地条項」がある場合が多いが、日本のLNG消費量が減少した場合には、アジア市場などで転売できるよう産ガス国に働きかけ、長期契約に対する躊躇ちゅうちょを減らす必要がある。また、洋上風力のビジネスでも連携の余地はある。 このように、アジアというマーケット全体を視野に日本がASEANとの連携を深めていくことで、欧州型とは異なる「日・ASEAN型の脱炭素政策」を実現できる。カーボン・ニュートラルを目指す道筋は多様であり、地域ごとに探求することが求められている。 竹内純子(たけうち・すみこ) 専門はエネルギー・温暖化政策。2022年東京大学大学院工学系研究科にて博士(工学)。1994年東京電力入社。尾瀬の自然保護や地球温暖化など、主に環境部門を経験し、2012年に現職。地球温暖化の国際交渉や環境・エネルギー政策への提言活動等に関与し、国連の気候変動枠組条約(COP)交渉にも参加。U3イノベーションズ合同会社共同代表、東北大学特任教授。著書に『原発は〝安全〟か―たった一人の福島事故報告書』(小学館)など。 識者が読者に推薦する1冊 竹内純子〔2022〕『電力崩壊―戦略なき国家のエネルギー敗戦』日経BP 識者に問う 日本とASEANが共通して直面している課題は何か。これからの日・ASEANのパートナーシップはどうあるべきか。 成長するインドネシアのスタートアップと日本企業の連携の可能性 町井健太郎 東アジア・アセアン経済研究センタースタートアップ・エコシステム担当マネージャー(日本貿易振興機構から出向) KEYWORDS スタートアップ隆盛、ディープテック、日本企業の連携 自動車やバイクのライドシェアはもちろん、15分以内に届く冷蔵・冷凍食品や生活雑貨のデリバリー、スマホを使ったオンライン診療、ホテルやフライトの旅行手配など、私の駐在するジャカルタでは、スタートアップが生活に根ざしていることを実感する。 国内スタートアップの育成は、インドネシア政府の重要政策の1つで、「1000社スタートアップ」など複数の取り組みを行っている。政府の支援や高い経済成長、人口2.7億人という巨大な市場規模を背景に、これまで15社のユニコーン(評価額10億ドル以上)が誕生した。例えば、エビ養殖の非効率な生産過程、物流構造、金融サービスへのアクセスの難しさといった社会課題に、ソリューションを提供するスタートアップが多い。 ASEAN諸国のスタートアップ投資は過去2年ほど減速傾向にあるものの、2023年には83億米ドルに及ぶ。うちインドネシアは、シンガポールに次ぐ13億米ドルの投資額だ。インドネシアの投資を支えているのは、日本を含む諸外国の投資家や国内の独立系ベンチャーキャピタル(VC)のほか、財閥系や国営企業のコーポレートVC(CVC)だ。財閥系CVCのトップは、主に財閥の創業3代目で、国際感覚が豊かな30~40歳台であり、投資へのフットワークも軽い。また、多くの財閥系CVCが財閥本業とのシナジーよりも「リターン重視」に徹している。中には、本業へのシナジーを狙った投資は全体の1割だとする財閥系CVCすらある。関連業種への投資でシナジーを狙う日本のCVCとの大きな違いだ。 インドネシアのスタートアップの課題は、セカンダリーマーケットの未成熟や、秀でた技術を持ったディープテック企業の不足だ。日本企業との連携への期待の声も多く聞かれる。最近は、脱炭素やサステナブル関連の取り組みへの関心が高く、また、遠隔地や若年層などの未開拓市場へアクセスするためにスタートアップと連携する事例も見られる。2023年に設立された「E-DISC(ERIA Digital Innovation and Sustainable Economy Centre)」は、デジタル・イノベーションの促進や、知識・知見の共有、人材育成をミッションとする。スタートアップ・起業家や、連携を希望するVC・大企業を対象に、マッチング機会や知見共有の促進をはかるメンバーシッププログラムの提供を開始している。スタートアップ関連のイベントを頻繁に開催しており、日本企業の皆さまにもぜひご活用いただきたい。 町井健太郎(まちい・けんたろう) 2013年日本貿易振興機構(JETRO)入構。企画部、JETRO山形、経済産業省通商政策局経済連携課への出向等の後、JETROジャカルタ事務所でスタートアップを担当。2024年からは東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)へ出向し、東南アジア全体のスタートアップエコシステムへの貢献を目的として新設されたE-DISC(ERIA Digital Innovation and Sustainable Economy Centre)に参画。JETROジャカルタでは、日本のスタートアップとインドネシア財閥企業との連携や、財閥系CVCの日本展開に貢献。 識者が読者に推薦する1冊 中野貴司・鈴木淳〔2022〕『東南アジア スタートアップ大躍進の秘密』日経プレミアシリーズ 識者に問う 日本とASEANが共通して直面している課題は何か。これからの日・ASEANのパートナーシップはどうあるべきか。 「ビジネスと人権」のアプローチで、人権課題の改善に協力を 山田美和 日本貿易振興機構アジア経済研究所新領域研究センター上席主任調査研究員 KEYWORDS 人権課題の改善、企業の責任、現実的な解決策 ASEAN諸国の人権状況が必ずしも芳しくないことは、さまざまなデータや指標が示すとおりだ。労働組合活動への圧迫、言論・報道の弾圧、人権擁護活動者への暴力などの問題があり、労働法制や社会制度も不十分である。こうした状況に対し、欧米は人権の普遍性を掲げ、人権侵害には制裁を科すといったアプローチを取ってきているが、日本政府はASEANの内政不干渉の原則を自らの弁明として、これまで人権問題を外交の議題にしてこなかったのではなかろうか。 しかし、この分野で日本の関与を強めるヒントとして注目すべきは、「ビジネスと人権」という新しいアプローチだ。これは、2011年に国連人権理事会が全会一致で承認した「ビジネスと人権に関する指導原則」で示されたものであり、国家の人権保護義務に加え、企業にも人権を尊重する責任があることを規定している。企業にとっては、人権が保障されている国で事業を行う方が、オペレーションの透明性を確保でき、労働者や住民との紛争も減り、事業の予見可能性が高まるということだ。当初、指導原則に消極的だったASEAN各国も、今では、外国からの投資を呼び込むためにビジネスと人権に関する行動計画を策定するなど、積極的な取り組みを始めている。こうした状況は、これまで人権問題を避けてきた日本にとって好機と考えるべきだ。日本政府はASEAN各国の取り組みに、支援をしながら協力することで、現実的な解決策を提供することができる。 「ビジネスと人権」というフレームワークの価値は、政府、企業、市民社会組織、投資家などさまざまな立場の人々を同じテーブルに載せていけることにある。日本企業は、自社の雇用者や地域住民、NGO等とともに、事業の実態に沿った丁寧な対話を行い、責任ある投資、責任ある企業活動を通じて、人権尊重の取り組みを深化させていく必要がある。 企業が特定すべきは、企業活動が関係する人々の権利にどういう影響を与えているかである。それは「人権デューディリジェンス」の実施を企業に強制するだけでは分かるはずもない。日本政府および日本企業が、「ASEAN各国の政府・企業が人権への取り組みを進めることが、同地域に進出する日本企業をも利する」というロジックで各国政府や企業などの関係者と向き合い、協力して環境づくりを進めていけば、ASEANの人権課題の改善、解決に結びつき、日本企業としても、きちんと人権尊重の責任を果たすことができる。 山田美和(やまだ・みわ) 専門は「ビジネスと人権」。法律事務所での実務を経て、1998年日本貿易振興機構アジア経済研究所入所。2008~2010年タイのタマサート大学客員研究員として移民労働者政策を研究。帰国後、法・制度研究グループ長、新領域研究センター長を経て、この7月より現職。2014年から「ビジネスと人権」について政策提言研究プロジェクトを主宰。公益社団法人2025年日本国際博覧会協会では、持続可能性有識者委員会委員、持続可能な調達ワーキンググループ委員、人権ワーキンググループ委員長を務める。 識者が読者に推薦する1冊 ジョン・ジェラルド・ラギー〔2014〕『正しいビジネス―世界が取り組む「多国籍企業と人権」の課題』東澤靖訳、岩波書店 引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。(出典)NIRA総合研究開発機構(2024)「日・ASEAN、21世紀のパートナーシップへ」わたしの構想No.73 シェア Tweet データで見る 日本とASEANの交流年表 出所)外務省パンフレット「日本とASEAN」(2023年3月改定)等を参考に、NIRA作成 △ 日本とASEANの交流年表 出所)外務省パンフレット「日本とASEAN」(2023年3月改定)等を参考に、NIRA作成 実質GDP成長率 注)日・米・中は自国通貨建、ASEANは米ドル建。2023年GDPは予測値(ASEANは東ティモールを含む)、ただし中国は実績値。出所)日・米・中:OECD ASEAN:2022年までASEANstats、2023年はAsian Development Outlook, April 2024 付表 △ 実質GDP成長率 注)日・米・中は自国通貨建、ASEANは米ドル建。2023年GDPは予測値(ASEANは東ティモールを含む)、ただし中国は実績値。出所)日・米・中:OECD ASEAN:2022年までASEANstats、2023年はAsian Development Outlook, April 2024 付表 ASEANの電源別発電量(Electricity generation by source) 出所)IEA Energy Statistics Data Browser(Dec 2023)より、NIRA作成 付表 △ ASEANの電源別発電量(Electricity generation by source) 出所)IEA Energy Statistics Data Browser(Dec 2023)より、NIRA作成 付表 ASEAN主要6か国へのVC投資額と投資件数の各国シェア(2023年) 注)ベンチャーキャピタルによるエクイティ投資が対象。出所)Deal Street Asia「Singapore Venture Funding Landscape 2023 Full Year Report」 付表 △ ASEAN主要6か国へのVC投資額と投資件数の各国シェア(2023年) 注)ベンチャーキャピタルによるエクイティ投資が対象。出所)Deal Street Asia「Singapore Venture Funding Landscape 2023 Full Year Report」 付表 ⓒ公益財団法人NIRA総合研究開発機構神田玲子、榊麻衣子(編集長)、川本茉莉、山路達也※本誌に関するご感想・ご意見をお寄せください。E-mail:info@nira.or.jp 研究の成果一覧へ