NIRA総合研究開発機構

 COVID-19の世界的流行は世界を一変させた。中国から広まった感染拡大は、欧米で甚大な被害を出し、現在は新興国、途上国に広がっている。
 コロナ禍は経済社会や国際政治に重大な影響を与え、個人にも生活や職場での様式の変化を迫っている。ポストCOVID-19 の日本、そして世界のあり様はどうなるのか。
 NIRA総研では、これまで『わたしの構想』誌に登壇いただいた総勢49名の専門家に、ご自身のテーマからみた課題や展望を寄稿してもらった。

2020年6月1日第1回公表
6月16日第2回公表
6月30日更新

INDEX

識者提言 ア行

井垣勉 企業理念に立ち返れ

オムロン株式会社執行役員 グローバルインベスター&ブランドコミュニケーション本部長

   

   

 コロナショックによって人々の価値観や産業構造が大きく変化している。例えば、在宅勤務を支えるために5Gのインフラ整備が一気に加速したり、新薬開発に関するさまざまな許認可プロセスが一気に進んだりと、社会変革のスピードが増している。しかし一方で、少子高齢化や気候変動といった、コロナ以前から存在していた社会的課題は変わることなく存在している。
 このような時に企業に求められるのは、急激な事業環境の変化に対応しながらも、未来を見据えた社会的課題の解決に対する投資を断固として継続する強い意志である。困難な時だからこそ、中長期の視点で社会的課題を解決できる企業だけが、ステークホルダーから支持されて勝ち残る。ポストCOVID-19には、企業が社会から選択され、淘汰される時代がやってくる。
 この「選択と淘汰」の時代においては、“事業活動を通じて社会の発展に貢献する”という企業の本質と存在意義が今まで以上に問われることになる。企業が社会に必要とされる価値を生み出し続けるためには、ステークホルダーを惹きつける求心力の原点になるとともに、発展の原動力となるぶれない軸が重要となる。その軸となるのが企業理念だ。企業理念に対する共感と共鳴をステークホルダーと分かち合うことでイノベーションが生まれ、よりよい社会がつくられる。
 経済価値と社会価値のベストマッチングを目指す企業理念経営において一番大切なのは、実践することだ。壁に掲げておくだけでは意味がない。社員一人ひとりが企業理念に立ち返り、一丸となって実践し続ければ、必ずやポストCOVID-19の社会に必要とされる価値を生み出すことができるだろう。

2020年6月1日公表

伊藤亜聖 「社会的距離をとったグローバリゼーション」の日々

東京大学社会科学研究所准教授

  

  

 公衆衛生上の危機のなかで、海外に行けない日々が続く。いまだに断続的に続くウイルス流行を前に、つい日本国内の移動も自粛する。普段、頻繁に海外に足を運んで「走行距離」を誇る人が現場に行けない。経済は不均一に、しかし深く傷ついた。それでも案外に世界経済は回る。国境またぐ人の移動が激減しても物は動く。中国蘇州産のマスクを薬局で買い、イタリア製のパスタをスーパーで買う。マネーはむしろ機敏に動いている。
 人は動かず、しかしモノ、カネ、情報はグローバルに行き交う。ここでは「社会的距離をとったグローバリゼーション」と呼ぼう。治療薬とワクチンが普及すれば、黄熱病のように渡航外来で予防接種証明書(イエローカード)を取得して海外に行けるので、自粛は一時的だ、との立場もありえる。だが、それでも渡航は当面減るだろう。2021年春に韓国・ソウルに行くのは、2018年夏にエチオピア・アディスアベバに行くよりずっと困難になるかもしれない。
 これが続くとしたら何をもたらすのか。フィールドに足を運ぶと、現場にあふれる多様な情報に触れる。ミャンマーの地方都市・バゴーのアパレル工場を見学して、従業員がスマホで動画を見ている姿に驚く。ベルリンで開催されるイベントの空き時間に、東西冷戦の傷跡を垣間見る。オンライン上での体験に工夫の余地があるとしても、こうした「意外な発見」の総量は減るのではないか。
 デジタル化は不可逆的だ。また目下、社会的距離は必要である。現状ではこのようなグローバリゼーションでもやむを得ない。ビットにはビットの仕事を果たしてもらいながら、それでもアトムにはアトムの役割がある。現場には現場の発見があることを大事にしたい。

2020年6月16日公表

今井貴子 リスクの個人化を超えて

成蹊大学法学部教授


 COVID-19の感染拡大が雇用不安や窮乏を広げている。所持金が底をつき住居を喪失して、生存の危機にさらされる人が急増するなか、暮らしと雇用を守る支援を一刻も早く届ける必要がある。その際、まず封印されなければならないのは自己責任論である。「困窮したのは日頃の備えや努力が足りなかったから」。「あきらめずに頑張ればなんとかなる」。これまで幾度となく繰り返されてきたこのマジックワードが出てくると、人々の困窮は自助努力不足で説明されてしまい、支援の網から漏れおちかねない。
 コロナ前の日本ではすでに過剰なまでに自助努力が求められていた。しかし、雇用のゆらぎと従来型の社会保障制度のはざまで、めいっぱい働いても、つまり最大限の自助を尽くしても生活の安定を得られない人々が増加し、困窮層として固定化され社会が分断していったことは否定できない。あまり知られていない事実だが、貧困を緩和するはずの所得再分配において、日本ではごく最近まで再分配後に困窮状態がかえって悪化してしまう世帯が出てしまったほど、貧困削減効果が小さい。社会保険と公的扶助のいずれからも排除されている人も多い。コロナ禍というグローバルな災厄は、コロナ前から積み上がっていた事態を最悪のかたちで露呈させたとみるべきである。災害や失業で途端に困窮してしまうリスクはもはや誰にとっても他人事ではなく、セーフティーネットの見直しは急務である。
 歴史を紐解けば、日本の社会保障制度に影響を与えたイギリスの福祉国家が形成される大きなきっかけとなったのは、困窮を労働能力や道徳の欠如による個人的問題ではなく、社会構造に内在する問題として捉える認識の転換であった。リスクの個人化からの脱却が社会の安定と発展へとつながったのである。コロナ後の展望は、支える人が支えられ、一人ひとりが持ち味を生かして参加できる社会においてこそ開かれるはずである。自己責任論を超えた先に、共生の希望を見いだすことができるか。われわれは岐路にある。

2020年6月16日公表

大場昭義 「協調・連帯」と「価値創造」

一般社団法人日本投資顧問業協会会長

   

   

 新型コロナウイルスで日常生活が翻弄された。友人との会食、気分転換のショッピングや旅行、芸術鑑賞、スポーツ観戦、旧交を温める同窓会、これらのほとんどは不要不急だから自粛対象だ。家にとどまることが最善策という感染症専門家の意見を踏まえ、日本人の多くはそれに従った。「家にいること」を実体験すると、人間はいかに不要不急の行為で生活を成り立たせているか再認識する。こうした中でコロナ後を展望するのは容易ではないが、今後重要になると思われる概念を2つ提示したい。
 一つは協調と連帯だ。感染症は多くの人々を死の恐怖にさらすため、自分さえよければいいという刹那的精神構造に陥りがちだ。各国のリーダーも自国優先の志向を強めることになる。米中という2大国家のリーダーは、その典型例かもしれない。しかし歴史を振り返ると、協調と連帯という理念なくして感染症は克服されることはない。専門家はウイルスとは共存するしかないという。翻って、人間も自己中心を脱し協調と連帯で共存の道を探らねばならない。
 もう一つは企業の価値創造だ。感染症の脅威は間違いなく経済問題に直結する。自粛に伴う各種給付金、医療や学生・学校などへの経済的支援は待ったなしだ。おそらく支援金は想像を超える額に膨れ上がるだろう。この財源は国民の税金で賄うほかはなく、財政状況を考慮すると将来は増税が視野に入る。こうなると、企業が価値創造力を一段と高めることが重要になろう。お金を生み出すことができるのは企業でしかないからだ。個々の企業がコロナ後を展望して、自社の存在意義を世に問い、低収益を脱し高付加価値のビジネスモデルを創造できるかどうか、その気概が試される。

2020年6月1日公表

大場茂明 複線型居住の実現を目指して

大阪市立大学大学院文学研究科教授

   

   

 「巣ごもり」という言葉がいみじくも象徴しているように、COVID-19は私たちの市民生活、なかんずく住まい方にも大きな影響を及ぼした。ただでさえ不確実性を増す社会において、今回の事態はあらためてセキュリティとしての住宅の重要性を示したといえる。しかしながら、雇用形態が流動化していく中で居住の保障が決して容易ではないことも同時に明らかとなった。こうした状況において、本来は自助への支援たる住宅政策はいかにあるべきであろうか?雇用の不安定性がますます増大していくのならば、持ち家志向の単線型助成とセーフティーネットとの組み合わせからなる現在の住宅政策は、もはや施策として機能しえない。このまま特定階層の滞留を固定化するような住まいの残余化を放置するのではなく、従来の住宅割り当てシステムを見直し、組み替えるのは至難のことである。しかしながら、「社会的(sozial)」という言葉が公正性の追求と実現を含意するドイツの市民社会を継続的に観察してきた立場から見れば、今こそ複数の選択肢を前提とした複線型居住の実現を図るまたとない機会といえる。もっとも、地域差が大きいとはいえ、膨大な空き家ストックが存在する中での対物助成の強化は現実的ではない。持ち家取得時の税制優遇こそ最大の対人助成であるが、低所得層向けの対人助成を拡充して階層間のバランスを取るような施策、具体的には家賃補助制度の導入により賃貸住宅の質の改善を追求するべきである。この機会を逃せば、住まいを含む格差は増大への道を際限なくたどるであろう。

2020年6月1日公表

岡野寿彦 官民連携でのデジタルインフラ建設、主戦場は「ローカル」と「リアル」に

株式会社NTTデータ経営研究所シニアスペシャリスト

   

   

 感染者追跡、遠隔医療、経済活動再開など、コロナ対策を通じて、デジタルインフラが国家の競争力を左右することが再確認された。米国、中国などで共通してみられる特徴は「官民連携」だ。中国を例にすると、アリババ、テンセントなどプラットフォーマーが提供するモバイル決済が、消費者と企業、行政サービスの「接点」となり、危機下の社会インフラとして機能した。中国政府はポストコロナで5G、AI、IoTを中心に新型基礎施設建設を推進し、「伝統産業の効率化」を加速している。プラットフォーマーにとって事業機会であると共に、成長して経済的な影響力を高めるほどに、政府による管理、規制が強まるという「成長のジレンマ」に直面している。各国のデジタルインフラ建設で、政府と企業がどのような役割を担うのか、民間活力を維持できるのか、注目すべき点だ。
 企業競争では、「ローカル」と「リアル」が主戦場になるだろう。デジタル化をけん引するプラットフォーマーは、標準化とネットワーク効果を戦略の核としてきた。しかし、人・物・金の自由な移動を促すグローバル化から、移動の減少やサプライチェーンの国内回帰が進み、国や地域の特性に応じたローカル対応にデジタル化競争の重心が移るだろう。また、デジタルサービスの裏側で、リアルの業務が動いていることを忘れてはならない。例えば、外出自粛でフードデリバリーの需要が高まったが、配送は人海戦術でしのいでいる。今後デジタル空間で行われる生活や仕事が広がると、よりミッションクリティカルなリアル業務や、ハードウエアとの融合が重要になり、安全性も問われる。AIの実用は与えるデータの量と質がカギとなるため、実践を通じて磨いた業務知識が競争優位の武器となり得る。日本企業は、AIのリアルな現場への応用で強みを発揮すべきだ。

2020年6月16日公表

奥村裕一 進むかオープンガバナンス

一般社団法人オープン・ガバナンス・ネットワーク代表理事

   

   

 これまでデジタル時代のかけ声として推奨されていたオンライン会議、在宅勤務や遠隔授業は社会制度的慣性が働いてなかなか進まなかった。しかしCOVID-19が半ば強制的にこの慣性をリセットして、オンライン利用が急速に進んでいる。欧州でも株式トレーダーが在宅勤務を敬遠する風潮から、今や大半が勤務時間の一部はテレワークで働きたいと考えている風に変わっている。筆者自身も昨今は東京と関西など遠く離れた地域の人を結んだZoom会議を満喫している。ある人に参加してもらおうと思いついて別の地域の人と一瞬でつながることもごく簡単にできる。まさに会議は地球のネット空間を駆け巡るという訳だ。
 デジタル時代を背景に市民と行政が協働して市民参加型の新しい公共空間を作り上げていく「チャレンジ!!オープンガバナンス」では、過去のファイナリスト(19チーム)にアンケートを採り、COVID-19のもたらす影響を聞いてみた。その結果ほぼ全員がオンラインを利用した活動に切り替えていた。また興味深いところでは一層身近な地域に目を向けるようになったとの回答もあった。オープンガバナンスは人と人、市民と行政のつながりを前提にするので、人々のオンライン利用の経験の結果、加速するのではないかと思う。
 ただし懸念もある。行政側は立場をいったんわきに置いて「かみしもを脱いで」一市民の立場となってホンネで話せるか、市民側は「目標をもってぶれずに」社会課題の解決と実現したい夢に向かって取り組めるかにかかっている。これらは、COVID-19が突き付けた「われを振り返る」機会を生かして、デザイン思考による「人間中心の政策」を取り入れ、しみついた習慣をリセットすることで可能となっていくのではないだろうか。

2020年6月16日公表

小黒一正 感染危機を「デジタル政府」推進の起爆剤に

法政大学経済学部教授

   

   

 COVID-19の経済対策では、総額12兆円もの一律現金給付が話題となった。この問題点についてはさまざまな議論があるが、諸外国と比較して、迅速かつ的確に給付ができない理由も理解を深める必要がある。理解のヒントは、3月下旬に出版した拙著『日本経済の再構築』(日本経済新聞出版社)の第8章にあり、そこでは改革の哲学として「透明かつ簡素なデジタル政府を構築し、確実な給付と負担の公平性を実現する」等を提案し、「デジタル政府」の重要性を説明している。
 デジタル政府の本当のコアは「プッシュ型」の行政サービスであり、社会保障の分野などと最も関係が深い。日本でもマイナポータルを利用すれば、行政がその利用者にとって最も適切なタイミングに必要な行政サービスの情報を個別に通知できるはずだ。
 もっとも、プッシュ型の情報提供や給付には、利用者である国民に、マイナポータルに必要な情報の登録を義務付け(例:銀行口座とマイナンバーの紐付け)、登録しなければ給付しない姿勢も必要だろう。
 現状では、制度改正後に受けられる給付や減税を気づかずにいるケースも多いが、利用者の年収や年齢、家族構成や配偶者の年収、銀行口座などを事前に登録しておけば、必要な給付を的確に行える。これはデジタル政府がセーフティーネットとしても機能することを意味する。例えば、デジタル政府が先進国のオーストラリアでは、専用サイトを利用し、今回の危機でも現金給付を速やかに実行した。
 平時のうちに備えができなかったことが悔やまれるが、震災などでも迅速な給付が必要となるケースも多いはずであり、マイナンバーの活用が必要となる事例を再検討し、マイナンバー法19条などの改正を急ぐべきだ。

2020年6月1日公表

小野崎耕平 ポストCOVID-19-「どう生きて、どう死ぬか」

一般社団法人サステナヘルス代表理事

   

   

 社会保障の政策選択は「どう生きて、どう死ぬか」という生き方の選択でもある-
 10年ほど前、ふとこの言葉を思いつき、以来これをずっと頭の片隅に置きながら過ごしている。果たして、COVID-19はこの問いを地球規模で投げかけることとなった。 目先では、テレワークに代表される働き方や当面の業績や経済の動向ばかりに目を奪われがちだが、大多数の人にとっては、仕事も経済も生きるための手段のひとつにすぎない。そもそも、どんなライフスタイルを送りたいのか。立ち止まって見つめ直したい。
 ちなみに、筆者の自宅兼事務所は成田空港に程近い千葉県佐倉市の北総台地の一角にあり、畑では落花生を中心に自家用の野菜を栽培している。農地があり余っているこの辺りでは何ら珍しいことではない。最近は、大学の講義から役員会まで全てオンラインになったが、実は、幾つかの会議は畑の作業小屋から参加していた。(バーチャル背景は丸の内の風景で)。
 自分が自然体でいられる心地よい場所にいたせいか、いつもより元気で発想も拡がっていたように思う。地方育ちで人混みが苦手な自分にとって、東京に住んで都心で働くという生活は明らかに持続可能ではないということにも、より確信を深めることができた。
 私の周囲でも地方や郊外での暮らしに関心を持つ人が顕著に増えている。
 どう生きて、どう死ぬか。自分や家族にとっての持続可能なライフスタイルとは。そのために、どう働くのか。そんなことを考えるきっかけを、COVID-19は与えてくれている。
 (とはいえ、おそらく、田舎・郊外志向は大きなトレンドにはならず、首都機能移転も実現せず、3年もすればコロナ狂騒曲も忘れられてしまうだろう)。

2020年6月16日公表

識者提言 カ行

蒲島郁夫 熊本県の対応に見る初動対応の重要性

熊本県知事

   

   

 全国に出されていた緊急事態宣言が解除され、2週間が経過した。熊本県では、これまで48例の感染を確認しているが、5月9日以降は新規感染が抑えられている。今後も、医療提供体制をはじめとする第2波への備えに加え、飲食業・宿泊業など県内経済の早期回復に全力で取り組んでいるところである。
 これまでの第1波への対応を振り返り、何より「初動対応」の重要性を感じている。熊本地震の際も、前震発生の1時間後に自衛隊へ災害派遣を要請したことで、1,700人を倒壊家屋から救助することができた。この「初動対応」こそが、その後の災害対応の明暗を分けたことは言うまでもない。
 今回の新型コロナ対応では、「PCR検査の範囲」を県独自に拡大したことが、その後の対応を分ける大きなポイントであったと考えている。
 実際に、県内6例目となる介護施設職員の陽性判明の後、国が定めたPCR検査基準の弾力的な運用を私の責任で決定し、症状の有無にかかわらず、関係者全員のPCR検査を実施した。
 結果として、5日間で、合計185人の検査を実施し、他に陽性者は確認されず、施設内での感染拡大を未然に防ぐことができた。
 公衆衛生の考えでは、最小の範囲から対象者の捕捉を始め、順次その範囲を拡大していくことが基本とされている。しかし、私の考える「対応の政治」においては、トップが政治的に決断し、「初動」で大きく踏み出すことこそが、最善の解決につながる方策だと感じている。

2020年6月16日公表

川口大司 在宅勤務は広がるが都市化は続く

東京大学大学院経済学研究科政策評価研究教育センター長

   

   

 新型コロナウイルスの感染拡大に伴って緊急事態宣言が解除される見通しとなった。コロナ後の世界に私たちの働き方がどのように変化していくのか予測してみよう。この際に有用だと思われるのが調整費用の考え方だ。経済環境が変化する中でも経済活動のありようはなかなか変わらない。多くの人がかかわる仕事のやり方は作り上げるのに手間と時間がかかり、皆で一斉に変えないと変わらないためだ。つまり仕事のやり方を変えようと思えば調整費用がかかる。
 例えば、情報通信技術が進歩して、働き手が多様化していく中でテレワークの有用性は認識されてきたが、人事管理制度や法制度が追い付かず、なかなか普及してこなかった。今回の外出自粛の中でこれらの運用が柔軟化し、ホワイトカラー労働者の多くが在宅勤務を経験することになった。その中で、多くの人が在宅勤務のメリットを感じるようになった。つまり多くの人や組織が調整費用を支払って新しい働き方に移行したのだ。である以上、この流れを逆行させることは難しいだろう。
 その一方で、これまでの歴史的変化に沿わない未来予測もある。例えば、東京圏への人口集中が徐々に進んできた中で、今回の在宅勤務の普及で経済活動の地方分散が進むだろうといった予測だ。時代の流れを止めていた堰を大きなショックが切ると考えると、これまでのトレンドが反転するということにはならないだろう。人々の集積がイノベーションを生むという生産面、多様な商品サービスが入手できるという消費面、その両面で東京は魅力ある都市であり続けると思われ、人口集中は継続することになるだろう。

2020年6月1日公表

川島真 ポストコロナに向けての攻防

東京大学大学院総合文化研究科教授

   

   

 中国の武漢から感染が広まったCOVID-19は、人類社会が長く感染症に長く向き合っていたことをあらためて想起させた。近代にも、感染症はまさに克服すべき課題であり、国家も国際社会もこの問題に対処したが、20世紀後半になると、多くの先進国では次第にその「記憶」が薄れていたのかもしれない。だが、1990年代からのグローバリゼーションにより、依然国内に衛生面での脆弱性を抱える新興国で発生した未知の病気が瞬く間に世界に拡大するようになった。
 COVID-19が人類社会に与えた問題提起は重大だ。第1に、エボラ出血熱などでは国際協力が機能したが、今回は先進国が被害を受け、協調どころか国家がむき出しになった。これをどう再構築するのか。第2に、感染症対策ではリベラル・デモクラシーよりも、強権発動が可能な権威主義体制の方が有用だとする見解が拡大することへの懸念もある。この点で、SARS(重症急性呼吸器症候群)で経験を積んだ台湾の事例がわずかな希望だ。第3に、米中対立が顕在化し、中国ではCOVID-19でアメリカがダメージを受けたことから、「アメリカの覇権の退場」が始まったとし、またこれからは中国が国際秩序を形成する、などという宣伝が見られる。無論、世界からの中国批判も根強く、中国にも多くの試練がある。だが世界秩序の変容の可能性は無視できない。第4に、経済面でのデカップリングをめぐる問題も深刻だ。経済的合理性に基づけば無理筋であっても、政治や安全保障の論理もまた無視できない。
 これらの問題の結論はまだ出ていない。感染収束に至るプロセス、また収束後こそが正念場だ。国家、企業、個人などさまざまな主体が、意思と目標をもって、多様なアクターと協力を進めながら事態に対処していく必要があるだろう。

2020年6月1日公表

河田惠昭 なぜ気づかないのか?パンデミックは都市災害だ

関西大学社会安全研究センター長

   

   

-パンデミックの対処はWHOだけでは無理
 特効薬のワクチンが開発できるまで、対策は三密を避けることだけなのか。そうではないだろう。現代のパンデミックは都市災害(Urban disaster)だ。病気としての対策しか打てない世界保健機関(WHO)が陣頭指揮できるわけはない。だから国連防災機関(UNDRR)が乗り出さなければいけない。でも国連も縦割りだ。筆者はそれがわかる世界のフロントランナーである。
-大規模な“三密”は先進国の大都市でも発生
 人口10万人当たりの新型コロナウイルス感染率(5月下旬)を調べると、シンガポールと米国が断トツで、英、独、仏が2位グループである。一方、同様に整理した年間航空旅客数についても、順序がまったくこれと同じである。だから、トップ2国が感染症急拡大を制御できなかったのは、航空路を遮断するのが遅れたからであろう。しかも、航空旅客数は大都市間を頻繁に飛ぶと多くなる。大都市は三密が発生しやすいので、基本対策は、そこを中心とした人流の多さを制御するのだ。
-世界一危ない首都圏東京
 新幹線による長距離旅客数を考慮すると、首都圏人口を考慮した年間旅客数は、前述の2国を上回るに違いない。したがって、首都圏全体をコロナ対策の対象にしないと失敗する。それができるのは政府だ。
-対策はネットワークをつぶすこと
 有効な対策は三密だけでなく、人流、物流のネットワークをつぶすか、不活発にしなければいけない。でもそれらはスーパーやコンビニの生命線である。もし、首都直下地震が起これば、この人流も物流も被災し、停電の長期化でテレワークもできない。いまのところ首都圏脱出しか対策は残されていない。経済再建どころではない。その深刻さが政府には理解できない。

2020年6月1日公表

関志雄 さらなるデカップリングが避けられるか

株式会社野村資本市場研究所シニアフェロー

   

   

 2017年に誕生した米トランプ政権は、中国を米国の覇権への挑戦者としてとらえ、対中政策を、従来の「関与」から、二国間の貿易、投資、技術・人の流れを制限し、中国との関係を断ち切ることを目指す「デカップリング」に転換した。この戦略が功を奏し、2019年に中国は米国の最大の貿易相手国からメキシコとカナダに次ぐ第3位に転落し、中国企業による米国のハイテク産業への新規投資もほとんどなくなった。
 米国では、COVID-19の感染拡大を受けて、消費財に加え、重要な医薬品や医療用品も中国からの輸入に過度に依存していることが問題視されるようになり、安全保障などを理由に、米中両国経済のデカップリングを求める声が一段と高まっている。その上、トランプ大統領は、今回のCOVID-19の感染拡大の責任を中国に求め、報復措置として、中国からの輸入に対して新たな関税を課し、さらに中国との関係を完全に遮断する可能性を示唆している。米中経済のデカップリングは、1930年代の大恐慌に見られたような世界経済のブロック化につながる恐れがある。
 マサチューセッツ工科大学のチャールズ・キンドルバーガー教授が主張したように、大恐慌は、英国にとって代わって覇権国になった米国が、安定した国際通貨・貿易・金融システムなどの重要な公共財を供給できなかった結果である。ほぼ一世紀がたった今、パンデミックに発展した今回のCOVID-19の感染拡大に象徴されるように、世界は再びリーダー不在の「キンドルバーガーの罠」に陥ったように見える。危機を乗り越え、その背後に潜むキンドルバーガーの罠を克服するためには、米中関係の対立から協調への転換が不可欠である。

2020年6月1日公表

喜連川優 予想外の大きな価値が見え始めた遠隔授業、大規模オンラインシンポジウム

国立情報学研究所所長/東京大学生産技術研究所教授

   

   

 4月以降、多くの大学はこれまでの対面授業から遠隔授業に大きく転換することとなった。国立情報学研究所は国立7大学情報基盤センターとともに、3月26日から「4月からの大学等遠隔授業に関する取組状況共有サイバーシンポジウム」をほぼ毎週金曜日に既に10回開催してきた。遠隔講義のための環境整備を短期間に実施することは大きな挑戦であり、7大学が、まずは先頭を切っていろいろな試みを行いどんどん失敗をし、その経験知を他の大学に広く共有しようと考えた次第である。
 上記のシンポジウムでは文部科学省(文科省)や文化庁から新しい通達や政府の動きに関して何度も分かりやすく説明していただいた。教員からの質問に文科省は丁寧に回答し一体感が生まれた。次々と施策が発出される中で現場の教員と文科省が機動的に意識を共有できる場の創出は、教員からも文科省からも大変好評である。2000人を超える大規模なオンラインの場が生まれるとは想定すらしていなかったが、今後も継続が望まれている。
 遠隔授業はほとんどの大学が4月を準備期、5月連休明けから開始としてきており、まだ必ずしも十分な時間を経ているわけではない。文科省初等中等教育局によると、小学校、中学校、高校では遠隔授業ができているのは5%とまだ低い。しかし、その中で、ポストコロナの教育の姿が少しずつ見えつつある。
 学生アンケートによれば、教員よりむしろ学生から「遠隔講義を続けてほしい」という声が大きい。大教室での講義は座った場所によっては黒板・スクリーンが見えづらい。前に背の高い学生が座っている場合はなおさらである。また、隣人がキーボードをたたく音が耳ざわりなことがある等、自宅の方が静かで集中しやすいという利点が指摘された。当然のことながら、大学へ来るための移動時間が節約できるメリットは大きい。もちろん自宅で静かさを確保できない学生への配慮は必須である。
 さらに、上述のシンポジウムでは小学校、中学校、高校からも話題提供をいただいたが、「引きこもりの子供には、遠隔授業が極めて有効であり、今後も続けたい」との発言があったことは印象深い。実際、大学においてもチャットの活用により対面授業に比べて質問がかなり多くなる傾向が多く確認されている。
 実習や実験、試験等の遠隔実施が困難も多い一方で、上述のようにサイバー空間の活用が予見していなかった価値を持つことが認識され、ポストコロナにおいてのニューノーマルを編み出しつつある。

2020年6月30日公表

木村福成 生産ネットワークへのダメージ避けよ

慶應義塾大学経済学部教授/東アジア・アセアン経済研究センターチーフエコノミスト

   

   

 ニューノーマルを語るのは大切なことだ。デジタル技術は世界を変える。しかし、これまでのわれわれの強みをすぐさま捨て去るわけにはいかない。日本および北東アジア、東南アジアを含む東アジア諸国は、製造業とりわけ機械産業を中心とする国際的生産ネットワークの展開で世界をリードし、「ファクトリー・アジア」を築き上げてきた。それが今、危機にさらされている。
 当面の課題はサプライ・ショックではない。東アジアの生産体制はまだほとんど以前のままで、いったん感染を抑えればすぐに生産を始められる。問題は需要ショックである。世界全体の不況は世界金融危機を上回るものとなる。これからしばらくは、企業倒産、大量失業、金融部門の不調、場合によっては資産・外為市場の混乱を覚悟しなければならない。
 生産ネットワークは短期的なショックには強い。しかし、長期にわたるショックに見舞われると、永遠に失われてしまう危険性がある。人の移動に対する制限がまだら模様に残る中、生産ネットワークを生き延びさせ、さらに国際競争力を増強するため、われわれはあらゆる手を尽くすべきである。
 気がかりなのは中国ファクターである。日本をはじめとするアジア太平洋諸国は米中と適切な距離感を保つ戦略を継続できるのか、それとも経済面でもデカップリングが進むのか。どちらに転ぶにせよ、「プラス1」戦略を採ることとなる。日本政府、日本企業には、危機の中で積極的に好機をとらえていくことが求められる。

2020年6月1日公表

櫛田健児 シリコンバレーの価値の作り方とエコシステムは変わるか?

スタンフォード大学アジア太平洋研究所リサーチスカラー

   

   

 ここ数十年でシリコンバレーは世界的に大きな価値を作り出し、既存の業界を数多くディスラプトしてきた。その根底にある考え方の一つには、人々が体感するペインポイント(困りごと、課題)を、徹底したユーザー視点から解決して、スケール(急拡大)していくというものがある。シリコンバレーのベンチャーキャピタルを中心としたエコシステムは、この力学を構造的に促し、大きな価値に変えていくものである。今回のCOVID-19でシリコンバレーは自宅待機命令の下、日常生活が一変するとともに、米国では死者が数週間前の時点で10万人を突破してしまった。もともとデジタル革命が進んでいたが、完全リモートワークが加速した。数多くの人々の生活と仕事での深いペインポイントが数多く現れ、これをチャンスと捉えてたくさんのスタートアップとシリコンバレーの大企業が課題解決の取り組みを作り出し、スケールしようとしている。
 今までと同じ方向で動いていたものを加速させる取り組み(リモートワーク支援や遠方の家族とコミュニケーションを取ったり、無人運転のデバイスで配達、AIでオプティマイズ)は分かりやすいが、これまでとは異なる方向で一気に大きな変化をもたらすものや仕組みを作り出すのも歴史的にはシリコンバレーは何度も起こしている。この一気に技術やビジネスの方向性を変えるような革命は、事前には予想しにくい。PC革命、インターネット革命、スマートフォンの到来、クラウドコンピューティング、機械学習(AI)の劇的な進展と応用など、今では当たり前でも直前ではほとんどの人の5年後の予想とは異なる世界を作り出してきた。したがって、今、ふ化する前のさまざまな取り組みがどのようにして世界を変えるのかは事前予想しにくい。しかし、今まで通りなら、シリコンバレーから世界に急速な形でスケールしていく。同時に、今回はシリコンバレーのエコシステムではないところから人類が大きく動かすようなものが生まれるなら、それはどのような力学が働いたのか、非常に興味深いところである。

2020年6月22日公表

黒田成彦 ポストCOVID-19における「安心」の拠り所とは

平戸市長

   

   

 「安全安心なまちづくり」は地方行政の基本テーマだ。ただし「安全」が証明されても「安心」が保障されるとは限らない。なぜなら「安心」は住民側が主体的に判断する心理的作用だからだ。
 ポストCOVID-19に向けた公衆衛生のあり方については、今後とも「安全」を確実なものにするため公共や民間を問わず除菌や消毒などの細やかな手当てが前提となり、施設の入場制限をした上で、携帯端末等を活用した入館履歴登録などの「新しい生活様式」の徹底が必要となるだろう。
 しかし、それだけでは住民の「安心」は得られない。不安や疑念を払拭するために不可欠なのは、常に科学的知見であり、これを説明できる能力と全てのリスクを負える責任の明確化だ。結局「安心」の下支えは「科学」の力に頼るしかないのだ。
 疫病や感染症対策の専門家集団である保健所の設置は、地域保健法の定めによれば都道府県と中核市以上の都市に限られている。今回、平戸市では対策本部を設置したものの県保健所当局との連携が思うように進まなかった。感染者が近隣の自治体で報告されても、具体的な情報は共有されず、住民の不安は増幅するばかり。こうした反省に立てば、保健所の専門的助言に基づき、管内自治体の首長が市民に対し説明責任を果たしていく仕組みが望まれる。
 一方その際、重要になるのが「個人情報」の取り扱いだ。例えば、国民1人10万円を支給する「特別定額給付金」については、自治体間で支給対応にバラつきが生じた。迅速な対応が期待されたマイナンバー申請は、逆に自治体窓口で混乱が生じ、口座番号と連動していないため人的作業が強いられ、手間だけがかかるという結果になった。
 平戸市の場合は、五月連休明けには全世帯への申請書発送を済ませ、五月末までには90%以上の世帯に振り込みを完了した。当初よりマイナンバー申請よりも郵送による手続きを優先し、市役所内に特別チームを編成して作業に専念したことで迅速な対応が可能となった。本来ならマイナンバーこそが実力を発揮すべきだったはずなのに、かえって現場で混乱を招くことになったのは、「個人情報」との兼ね合いが不十分だったからにほかならない。
 ポストCOVID-19を描く上で、「安心」の拠り所となるのは、まず「専門家による科学的知見」とこれに緊密に連動し情報を開示する「首長の行政責任と覚悟」、さらにその姿勢に寄せられる住民の「信頼」が前提となる。それでこそ、有事の際の「個人情報」の取り扱いにも「安心」が寄せられるのではないだろうか。

2020年6月1日公表

駒村康平 セーフティーネットの再構築とエッセンシャルワーカーの処遇改善

慶應義塾大学経済研究所ファイナンシャル・ジェロントロジー研究センター長

   

   

 新型コロナは、パンデミックと大規模な景気後退への対応という、公衆衛生と経済対策の同時遂行という点で従来の不況対策と異なる。特に低所得者・不安定就労者、高齢者・子ども・障害者など脆弱な人々がまず深刻な影響を受けている。新型コロナは20世紀半ばに福祉国家が定着して以降、初めて経験する大規模の景気後退で、日本の社会保障制度の欠点を露呈させた。経済活動の停滞により雇用の場を失った人々への所得保障の問題である。不景気における所得保障制度は、まず雇用保険、次に最後のセーフティーネットとして生活保護が最低生活を保障することになっている。しかし、アルバイト、パートそして自営業者などでは雇用保険にカバーされていないため、いきなり生活保護しか選択肢がない。これまで生活保護を「他人事」と思っていた多くの人にとって、加えて乗用車などの利用が制限される生活保護への抵抗感は強く、セーフティーネットとして十分に機能していない。今回のようなパンデミックのみならず自然災害などによる急激かつ大規模な景気後退は今後も繰り返される可能性がある。地球温暖化のなかで、これまで100年に1回と言われてきた大規模の伝染病や災害が頻発する可能性があることを考えると、アルバイト・パートのみならず自営業者も含めて雇用保険の対象にする必要がある。またこういう非常事態の時ほど、本来は生活保護の出番である。人々の生活保護制度への理解を広げる必要もある。このほか、医療関係者、介護・保育・障害者施設などで働く「社会保障部門のエッセンシャルワーカー」の重要性が再確認された。こうした分野の労働者への賃金等の労働条件の引き上げは当然である。

2020年6月16日公表

識者提言 サ行

佐々木隆仁 新型コロナウイルスで進む法務のDX

リーガルテック株式会社代表取締役社長

   

   

 新型コロナウイルスにより、ワークライフバランスが大きく変化しました。会食文化が減り、家庭での支出規模が増え、消費のトレンドも変化し、テレワークが一気に普及し、経済活動も家庭で行われるようになりました。在宅勤務やオンライン授業など、ホームコノミー(Home + economy)の共通点は、居住空間です。コロナ危機は、住居空間であった家を生産、消費が行われる社会経済空間へと変貌させました。ポストコロナ時代に到来する不可逆な変化のため、建築、物流、交通をどうするかという専門家Web会議が世界中で開催されています。専門家は、ポストコロナ時代、最大の変化がある空間に「家」を挙げています。新型コロナウイルスの影響で運輸、卸小売、飲食、宿泊、文化事業は対面業種を中心に大打撃を受けたのに対し、情報通信産業は好調に推移しています。デジタル技術を活用したサービスの拡大が注目されており、外部から利用できるクラウドサービスは、第5世代移動通信(5G)などの先端技術により、需要が更に高まることが予想されています。一番遅れているのは、法務部門のデジタル化だということが再認識され始めています。テレワーク中にハンコを押すためにわざわざ出社しないといけない社員が続出するなど、法務のDX化の遅れが大きな課題として注目されました。時間は、かなりかかりますが、裁判手続きのIT化も政府主導で少しずつ進んでいます。ピンチをチャンスに変えるためには、企業で最も遅れている法務部門のデジタル化に真剣に取り組むことが必要です。法務のデジタル化が進むことで、全体の業務効率の改善が期待できます。法務のDXがアフターコロナの時代に生き残るキーワードになるかもしれません。

2020年6月16日公表

清水洋 イノベーションが起きる領域

早稲田大学商学学術院教授

   

   

 世界で多くの方々が亡くなっており、悲しみで包まれています。さまざまな現場で、それぞれ大きなチャレンジに直面しています。
 これまでのやり方の延長線上ではどうしても対応できない課題は、イノベーションという観点からすると、大きなチャンスです。これまでのやり方をどうしても変えなければいけない状況は、新しさが生み出される源泉です。
 イノベーションがどこの領域で起こるのかを考える上で、生産要素の価格変動は重要な要素の1つです。これまでのイノベーションのパターンを見てみると、生産要素の価格変動がきっかけになってきたことが多いのです。
 例えば、イギリスでの産業革命期に、労働力を節約するようなイノベーションばかりが起きたのは、当時のイギリスの人件費が高かったからです。日本で、省エネ技術がこれほど進んだのは、日本人が節約好きだからではなく、日本のエネルギー価格が高かったからです。
 COVID-19によって、供給がなくなったり、価格が上昇する生産要素があります。労働力は分かりやすい例です。供給過少となり価格が上昇する(あるいは上昇が見込まれる)労働があります(もちろん、反対に過剰となる労働もあるでしょう)。ここにチャンスがあるのです。
 人々の動きをスマートに調整することでソーシャル・ディスタンスを保つ、個別サービスを効率的に行う、リモートワークを効果的に行う、分散的に暮らす、これらを行う上でコストがかかりすぎるボトルネックは多くあります。そのような領域こそ、イノベーションが生み出される可能性の高いところであり、クリエイティブ・レスポンスが求められているところです。

2020年6月1日公表

菅沼隆 マイナンバー・カードをシティズンシップ・カードとして全国民に普及せよ

立教大学経済学部教授

   

   

 今回のコロナ非常時にあぶり出された日本の脆弱性一つが、マイナンバー制度が不備で、「特別定額給付金」を迅速に国民に届けられなかったことである。
 私は北欧デンマークの社会政策を研究してきた。デンマークに留学し、生活をした。福祉国家としての日本の最大の弱点は「国民登録番号制度」の不備にあることを痛感した。デンマークの国民登録番号制度は納税者番号制度であり、正確・公正・公平な徴税を実現している。
 国民登録番号カードは、健康保障カードでもある。カードには「かかりつけ医」の名前と住所が記載されており、無償で受診できる。また、カードは身分証明書として通用する。電車・バスの割引証明、図書館の利用などの他、劇場や美術館などの会員登録などさまざまな場面で使用される。カードを持つことは、市民権(シティズンシップ)の証しであり、安心感の源泉である。
 日本のマイナンバー・カードもシティズンシップ・カードとして市民の生活を保障するものにしなければならない。特に、次の危機に備えて「定額給付金」を必要な市民に届けるためには、次の3条件を備えることが必要である。
1.全国民にカードを普及させること。
2.全国民の所得情報を捕捉すること。
3.銀行口座と「紐付ける」こと。
 これにより今後の所得保障政策を機動的・柔軟に実施することができるようになる。特に、平時でも、低所得者政策として効果的な「給付付き税額控除制度」が実施可能となる。
 新型コロナウイルスのような国家全体を揺るがすリスクは、今後も繰り返し襲ってくる。それに備えてシティズンシップ・カードとして全国民に普及させることは喫緊の課題である。

2020年6月1日公表

園田耕司 国際社会の命運握る米大統領選

朝日新聞ワシントン特派員

     

  

 6月1日夕、ホワイトハウス前のデモ取材を終え、トランプ大統領の演説を支局に戻って聞こうと現場を立ち去りかけたとき、後方200メートルで複数の炸裂音とともに白い煙が上がり、群集が逃げる姿が見えた。催涙ガスが発射されたと気づいた。この日のデモは平和的に行われ、子ども連れの姿もあった。にもかかわらず、デモ隊を強制排除したのは、トランプ氏が現場の教会前で写真撮影を行うためだった。本来は中立者として抑えているはずの怒りの感情がこみ上げた。
 米国は今、パンデミック、未曽有の経済低迷、全米各地の抗議デモいう3つの国家的危機に直面する。米大統領は本来、国家的危機の際、国民に団結を説くのが伝統だ。しかし、トランプ氏は違う。大統領選に向けて自身の支持者を鼓舞するため、「火にガソリンを注ぎ込む」(NY州のクオモ知事)手法で米国社会の分断をあおる。
 米国の混乱は国際社会に大きな影響を与えている。「アメリカ・ファースト」を掲げるトランプ政権は元々、同盟国・友好国とのあつれきを繰り返していたが、パンデミックをきっかけに国際的なリーダー役を事実上放棄しつつある。トランプ氏を厳しく批判したマティス前国防長官の側近で、チーフ・スピーチライターを務めたスノッドグラス氏は「中国とロシアは国際的、内政的な混乱を作り続けるトランプ氏から恩恵を受けている」と指摘する。
 米大統領選は国際社会の命運をも握る。日本など同盟国にとって唯一の希望となるのは、バイデン前副大統領の当選だろう。トランプ氏が再選すれば、米国の政治的混乱はさらに4年間続く公算は高く、米国の国際的リーダーシップを立て直すのはもはや難しくなる。中国は「米国不在」の間、新たな国際秩序の守護者であるかのように振る舞い、国際社会での発言力を強めていくだろう。

2020年6月16日公表

識者提言 タ行

高口康太 革命におびえる日本、商売に邁進する中国

ジャーナリスト

   

   

 「アフターコロナ」が流行語となっている。ニュースを眺めていると、ありとあらゆることがアフターコロナでは変わるらしい。在宅勤務が一般化しオフィス不要の会社すら出てくる、グローバリゼーションの逆流が始まるのではないかといった、よくある話だけではない。ざっくり眺めただけでも、マーケティング、医療、観光、エンターテインメント、教育……ありとあらゆる業界がアフターコロナで激変するという議論が展開されている。
 中国を専門とする筆者は情報収集の50%超を中国語で行っているが、日中の温度差の大きさに驚かされる。中国でも「後疫情」(アフターコロナ)という言葉はあるものの、この大きな事件によって生み出されたビジネスチャンスはどこか(マスク狂騒曲はその最たるものだった)という即物的な話が中心であり、コロナによって文明社会が激変するという議論はほぼ見ない。中国の友人に日本の議論を伝えると、「考えすぎじゃないの」と小ばかにされたほどだ。
 この違いはどこから生まれたのか。中国が世界でいち早くコロナの抑え込みに成功したから、その影響を小さく見積もっている……というよりも、もともとの発想の違いではないか。例えばAI(人工知能)についても、日本ではシンギュラリティ(技術的特異点)や雇用喪失などの革命的変化が好んで語られ、中国では顔認識や自然言語処理でどんなビジネスができるかが興味の中心だ。
 目の前のビジネスのことばかり考えるのは近視眼的ではあるが、しかし大きな社会的事件があるたびに革命が起きるとやいのやいの騒いで数年後には忘れるのは軽薄だ。目の前のビジネスのことだけ考える近視眼的な発想がいいかどうかは別として、浮つかずに現実に立脚した思考が必要だろう。

2020年6月16日公表

高松平藏 余暇空間・居住空間への意識が強まる

ドイツ在住ジャーナリスト

   

   

 世界で都市に住む人が増加している。しかしながら、国連経済社会理事会のレポートによると、2018年の段階で居住地から徒歩400m以内の公共のオープンスペースにアクセスできる人は2割程度にしか過ぎないという。都市の定義は難しいが共通しているのが人・建造物の集積である。だからこそ、全体像を見た(精神的・物理的な)公衆衛生の発想が必要だ。公園、緑地などのオープンスペースも適度な割合で都市内に「集積」させることが、都市としてのクオリティーを高める。そういう質の高さを持つ都市は世界で、まだまだ少ないということだろう。
 ここで筆者が住むエアランゲン市(11万人、バイエルン州)を見てみよう。留意していただきたいのが都市のスケール感だ。ドイツの自治体人口の規模は相対的に少なく、10万人を超えると大規模都市と呼ばれるので、同市はそこそこ大きな都市だ。1人あたりのGDPもドイツ平均を上回る。さて、コロナ禍では外出制限がかかったが、単独でのジョギングや散歩は行うことができた。そこで力を発揮したのが公共のオープンスペースである。土地利用を見ると、スポーツ・余暇・レクリエーション(3.32%)、緑地(1.74%)、そして都市を囲むように森が広がる(20.61%)。森といっても平地だ。しかも居住地域とうまく連結しており、普段から自転車が走り、ジョギングや散歩などをする人が行き交う。ドイツの都市づくりでは早くからこういう部分が考えられてきたが、今後より議論が活発になると思われる。
 また報道によると、コロナ以前は「田舎に住みたい」という人は11%だったが、今後もっと増えるという予測もある。在宅勤務や幼稚園・学校の閉鎖で、居住空間への関心も高まっている。

2020年6月1日公表

竹ケ原啓介 ポストCOVID-19で問われるESGの本質に目を向けよ

株式会社日本政策投資銀行執行役員産業調査本部副本部長

   

   

 新型コロナを機に、世界の経済・社会構造は大きく変化するといわれる。しかし、さまざまな経路を介して成長や雇用にもたらされる影響は一様ではなく、総体としての変化がどうなるのかは、百家争鳴の状態だ。代表的なトレンドである「脱グローバル化」と「急速なデジタル化」に限っても、前者が貿易の減少等により生産性を低下させる方向に働くのに対し、後者はIT投資の拡大を通じて生産性の向上につながる。最終的に生産性がどうなるのかは見方次第である。確実に言えることは、コロナ後の将来像の不確実性が高まったことだ。
 これは、企業のサステナビリティ経営やそれを評価するESG金融にも大きく影響する。危機対応の最中、閑却された感のある「ESG」だが、不確実な長期を展望し、ビジネスモデル(稼ぐ力)の持続可能性を追求する戦略という本質に立ち返れば、ポスト/ウイズ・コロナを考えるうえでも不可欠の視点といえる。例えば、コロナ前のホットイシューだった気候変動リスクでみれば、経済活動の停滞により、足下の温室効果ガス排出量は減少しているが、ロックダウン解除後に再び増加するのは間違いない。2050年の排出実質ゼロ化という制約の下、企業活動をいかに再起動するかは大きなテーマである。また、急速なデジタル化は、非接触化の進展による感染リスクの低減や生産性の改善に加えて、セクターによっては省力化につながる。今回の危機で改めて注目された「雇用基盤としての企業」という社会からの期待とのバランスが問われる局面だ。経営者と金融双方にとって、COVID-19後も非財務価値は大きな論点であり続ける。

2020年6月5日公表

竹村彰通 新型コロナとの共存、データ分析能力が不可欠

滋賀大学データサイエンス学部長

   

   

 この原稿執筆時点(5月29日)では緊急事態宣言が解除となり、第1波は一応コントロールできたように思われる。この間、西浦北大教授らによる感染症の数理モデルに基づく計算により、全国一律に8割の外出自粛が求められ、それにより新規の感染者が減少してきたことから、数理モデルの大筋での正しさと有効性が示されたと考えられる。同時に全国一律の8割外出自粛の社会経済的な損失は非常に大きかった。東京のような大都会と人口密度の低い地方を比べると、地方では通常の生活でも東京の8割外出自粛と同様の接触頻度のところもある。「みんなで一斉に8割減」はわかりやすいメッセージであったものの、地方の実態にあわなかった面もある。大都会への極端な人口と機能の集中の脆弱性も明らかになった。
 新型コロナは感染しても無症状の者もいることから、完全にゼロにすることは難しく、「ポストコロナの世界」は新型コロナと共存する世界になるであろう。安定した共存に至るまでに第2波第3波も確実視されている。新型コロナと共存する世界で、感染リスクと経済社会活動のバランスをとった綱渡りの生活を送るために必要なものが、接触頻度や感染経路等に関する詳細かつリアルタイムなデジタルデータの活用である。電話による聞き取りでの感染経路調査、その結果の手入力によるデータ収集の遅れなど、現状の日本のデータ処理と分析の稚拙さは目を覆うばかりである。自治体を含め危機管理担当組織のデータ分析能力の高度化と人材育成が急務である。われわれは数理・データサイエンスを最大限に活かして新型コロナと共存していかなければならない。

2020年6月1日公表

田中秀和 経済発展の基盤として重要度を増すICTの活用とその課題

レックスバート・コミュニケーションズ株式会社代表取締役

   

   

 COVID-19の流行によりICTを活用したサービスが世界各地でより注目を集めているが、弊社がビジネスを展開するアフリカにおいてもそれは同様で、スタートアップへの投資は熱心に行われている。アフリカでは全人口の60%以上が、郊外、遠隔地域に住んでいるという背景があり、遠隔ソリューションは今回の状況以前より注目されてきた。そしてこの傾向に応えるように、政府の取り組みを中心に多くの人がアクセスできるよう、インターネットを介したサービスが拡充されてきた。
 しかし、今回のコロナ環境により、オンラインであることの必要性が高まり、それによりあらためてインターネットインフラの脆弱度合いがハイライトされた。政府がオンライン教育やオンライン決済、e-コマースの推奨を表明したこともあり、今後もこの動きの加速が容易に想像される。実際、欧米の企業はインターネットサービスを提供するためにアフリカと他大陸をつなぐ海底ケーブルを拡充するプロジェクトや、空からインターネットを提供する事業への取り組みを相次いで発表している。インターネット設備が拡張されることで、そのインターネットを活用したさまざまなサービスはさらに増え、それに伴い、個々人が利用する容量も増えることは必須である。したがって、低価格、あるいはアフォーダブルなプランの提供、さらには、まだ低数値を記録しているインターネット接続率や普及率を増加させ、多くの人々がサービスを活用できる環境を作り出すことが今後のインターネットを活用したサービス、ビジネス、そして国の経済発展の中心になっていくことは間違い無いだろう。

2020年6月16日公表

玉木林太郎 ダチョウにならないように

公益財団法人国際金融情報センター理事長

   

   

 パンデミックに直面しても忘れてしまってはいけないものがたくさんある。やがて来る夏になると特に切実になる気候変動のリスクもその一つ、最も深刻な問題だ。強烈な台風が襲って洪水が起きても避難所は「三密」ですぞ。
 パンデミック・クライシスへの対応でわれわれが思い知り、気候変動クライシスへの対応にも共通する教訓は多い。
 まずは科学的知見を尊重すること。科学的知見を無視してウイルスの脅威を否定した政治指導者もいたが、彼らは「ダチョウ連盟(オーストリッチ・アライアンス)」と呼ばれ、結局国民は最も悲惨な目に遭った。不都合な真実から目を背けて頭を砂に突っ込むダチョウのような対応をしたリーダーは、同時に気候変動についても否定論者である。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の積み上げた膨大な科学的知見のおかげで今やわれわれが何をすると何時頃何が起きて、それを避けるためには何をすればいいかわかっているのだから、それを尊重し行動に移そう。
 またパンデミックは一国限りの解決はありえないという点でも気候変動と同じだ。全員が救われないと誰も救われない。気候変動への対応を他国任せにして生き延びることはできないし、自国だけクリーンにしても意味がない。
 気候変動にはワクチンはない。すべての国が歩調をそろえ科学の指し示すところに向けて舵を切るしかない。経済回復と称して従来型のインフラ投資を盛大に行い、環境負荷の高い経済の復活を許してしまったら、われわれは全員ダチョウだということだ。

2020年6月1日公表

辻井潤一 フィジカル空間とサイバー空間の逆転

国立研究開発法人産業技術総合研究所人工知能研究センター長

   

   

 COVID-19による社会変化は、フィジカル(物理)空間とサイバー(情報空間)の逆転によって引き起こされる。この逆転現象は、インターネットでの情報収集、SNSによる情報発信など、ここ20年間に急速に進行してきた。COVID-19は、この逆転をさらに加速する。10年間で起こる変化が、1年、数カ月で進行している。
 情報処理技術の関係者も、実の空間としてフィジカル空間、それを補助する虚の空間としてサイバー空間を考えていた。今回のCOVID-19は、この関係を逆転させ、人の営みの多くがサイバー空間に移動し、フィジカルな空間は補助的なものになる。
 会議や交渉、ショッピング、娯楽という営みの大きな部分がサイバー空間に移行している。日常業務や会議のための移動がなくなるメリットを多くの人が感じている。メリットは、移動コストだけではない。例えば、TV会議は、周りの空気を読んだ議論、アフタ-5の飲み会での合意形成という日本的なものがはぎとられ、より合理的な議論ができるという人も多い。
 サイバー空間が人の営みの主な空間となる意味は、大きい。サイバー空間でのショッピングや情報収集を基盤とした巨大企業が、世界経済を席巻しているが、この大変革がより幅の広い分野で起こる。人の営みの大部分がサイバー空間に蓄積され、それを活用する人工知能技術、ビジネスが生まれる。
 この変化は長期的には人間社会にとって良いものであろう。ただ、短期的な社会混乱は避けがたい。特に、サイバー空間の虚の空間としての本質は変わらない。意図的な加工や妨害は、サイバー空間では極めて容易である。真理や事実から乖離した架空の情報空間が、簡単に構築できる。サイバー空間に移行した社会の脆弱性が、大きな課題となろう。

2020年6月16日公表

徳田英幸 制度改革なしに、真のデジタル変革はない

国立研究開発法人情報通信研究機構理事長

   

   

 COVID-19のパンデミックへの対応を振り返ると、感染症拡大抑制に関してだけでなく、行政、医療、働き方、教育など、さまざまな領域でICTの利活用に関する課題が見えてきた。特に、感染症拡大状況を把握するために、各保健所からのデータ収集にFAXが使われていたり、テレワークはできても、押印や請求書処理のために出勤する必要も生じた。また、街角での人の密集度などは、通信会社などのサービスからデータが収集されたが、住民へのフィードバックがされていない。また、特別定額給付金はオンライン申請しても、自治体側が手作業で住基ネットの住民データとの確認をしなければならないといった行政システムの準備不足も露呈した。
 一方、テレワーク用のWeb会議システムなどは、緊急事態宣言後に東京では50%以上の会社が活用し、大きく出勤率抑制に貢献できた。韓国やシンガポールでは、感染者との接触を通知してくれるスマートホン用アプリが活用され、プライバシー保護の課題はあるが、一定の抑制効果を上げている。教育においては、国内の大学の多くが春学期の授業を遠隔授業へシフトして開始した。一部の小中学校においても遠隔授業が試みられているが、年内にも各生徒に1台のタブレットやPCを貸し出せる環境が整備される必要がある。
 これらの課題を解決しつつ、アフターコロナ社会のICTは、どのようになっていくかを考えると、ICTの技術的進化とともに、制度改革の重要性が見えてくる。両面での”真のデジタル変革”を進めていかなければ、新たな感染症や自然災害に耐えうるレジリエントで、安全・安心なSociety 5.0を実現することは難しいであろう。

2020年6月5日公表

識者提言 ナ行

中西寛 国家主権とガバナンスの交錯

京都大学大学院法学研究科教授

   

   

 実のところ「ポスト」COVID-19を語るには早すぎる。COVID-19について人類はまだ知らないことが多いし、ワクチンも治療薬も短期にできるとは限らない。これからの人類はCOVID-19を手始めに、新興感染症の脅威と長く向き合うことになるだろう。
 その前提で、今回のパンデミックが国際関係に及ぼす根本的な影響としては国家の役割の再確認を指摘すべきである。ウイルスが国境を知らない存在であるにもかかわらず、人類が緊急的かつ大規模な対応をとる上で効果的手段は、国境管理制度であり、国家単位の保健医療体制であった。この点は中国の独裁的国内体制やアメリカのトランプ政権の国際協力への冷淡さによって一層顕著となったが、国際協力がより強固であったとしても国家単位の対応の重要性は変わらなかったであろう。
 加えて先進国を中心に大規模な財政拡張が行われ、「大きな政府」は必然となった。規制緩和と自由市場の建前にも関わらず、今日の資本主義経済は政府の金融財政政策に殺生与奪の力を握られているといっても過言ではない。
 しかしなお、国家が閉鎖的な自国中心主義をとり、国際間で対立と無益な競争に入ることは世界にとって非合理であることも明白である。今後の国際関係は、国家主権の必要性を認識した上で、そこから孤立主義、保護主義、単独主義の道を選ぶのか、それとも国家主権を踏まえた国際ガバナンス体制を再構築する道を選ぶのかが問われるだろう。

2020年6月16日公表

中村潤 デジタルを使った安心基準づくりが焦点に

中央大学国際経営学部教授

   

   

 2 years of digital transformation in 2 months – マイクロソフトVPであるMr. Jared Spataroの言葉の通り、デジタル化への加速は凄まじい。ここでの課題と取り組みを技術経営の視点で三段階にわけて述べる。
 第一に、生命科学への期待である。スマートフォンを使った接触確認アプリが開発される一方で、個人情報の問題が指摘されている。このような葛藤は、データありきの情報科学の限界を突き付けている。未解明なCOVID-19に対して、生命科学がいまこそ求められている。ナノメートル・レベルの極小なウイルスの恐怖に対して、人はどのようにして安心を得ることができるのであろうか。世の中に安全基準はあるが、安心基準はないのである。
 そこで第二に、安心を求める意味では、モノのトレーサビリティの活用である(人のトレーサビリティは勘弁してほしい)。リスク回避によるグローバルSCMの見直しとともに、国産化の動きが出始めている。納期は不明、といわれるより、納期をコミットしてくれるほうが、顧客は安心する。トレーサビリティの向上には、利害関係者をまたがるデータ連携や認証・照合が必要であり、IoTの進化とともに、共通のプラットフォームが求められてくる。
 そして第三に、情報技術の更なる応用である。オンライン会議・授業に終始せず、ライブコマースの適用範囲はより広がってくるだろう。進化してきたIoTやロボティクス関連の技術を組み合わせ、5GxSLAMxAIx生命科学による遠隔診療の安心をいざない、コストを意識したローカル5G等を活用し、安全を極めた安心な制御空間の提案が求められる。
 冒頭に述べたデジタル化への加速から、コロナ禍を契機に変革に向けてターゲットセグメントの安心基準のよりどころをどこに設定するかが、今後の技術経営の鍵ではないだろうか。

2020年6月5日公表

二宮正士 新しい食料セーフティーネット

東京大学大学院農学生命科学研究科特任教授/東京大学名誉教授

   

   

 コロナ危機でフードシステムがどうなるか、日本の人々の関心は高かった。幸い、国内の農業生産はおおむね堅調で流通も確保された。日本のカロリーベース自給率は37%と非常に低いが、食料輸入額の減少は6%程度(2020年4月分前年比)で、国内備蓄もあることから供給に顕著な影響は無かった。一方、消費で目立つのは、普段から子供食堂を利用しているような弱者に加え、コロナ危機による失職や休職で経済的に困窮し、食という人権の基盤を十分に担保できない人々が、日本でも少なくないことである。
 世界の状況は、途上国を中心にさらに危機的で、バッタなど自然災害に加え、自国対応で精いっぱいで海外援助が滞るなど状況は非常に悪い。格差が大きく拡大する中、片や飽食し片や飢餓があるという矛盾は国内外を問わず存在するが、今回の危機で極めて鮮明になった。あらためて、日本のそして世界の人々のための新しい食のセーフティーネット機能を、フードシステムに持たせる必要性を痛感する。
 現在、世界で生産される食料の3分の1が廃棄されている(FAO、2011)が、その一部だけでも食のセキュリティーに効率的に活用できないか。そのためには、フードシステムを多面的に常時モニタリングし、食品廃棄を最小限にして食のセキュリティーのために再配分できるシステムをAIの力などを借りながら構築しなくてはならない。
 日本は、世界を魅了する食に恵まれ、日々それを享受できる幸運にある。しかし、一方で非常に低い自給率、生産者の高齢化、気候変動による不確実性など心配事はつきない。人口増や途上国の経済発展に起因する食糧不足も予想されている。食は人権とSDGsの基盤であり、われわれの食セキュリティーについて「人ごとのようにぼーっと生きている」わけにはいかない。

2020年6月16日公表

識者提言 ハ行

長谷川敦士 ビジョンを「見る」ためのプロトタイピング

株式会社コンセント代表取締役/武蔵野美術大学大学院造形構想学科教授

   

   

 COVID-19によって、社会は今までみたことのない世界に突入した。移動の制限はさまざまな産業に影響を与えたが、その一方で「通勤とは」「旅行とは」といった、これまでの「あたりまえ」に対して本質的な価値を問い直すことになった。
 特に、働き方や、教育などは、20世紀、あるいは19世紀の物質的制約の名残ともいえるやりかたの踏襲から、本質的なやりかたをみなおすきっかけとなっている側面があるといえるだろう。
 企業にしても行政にしても、ポストCOVID-19においては、「次の一手」をどうするかは大きな判断となる。たんなる施策レベルではなく、方針からの見直しが必要となり、過去を見ても海外を見ても先例があるわけでもなく、独自に判断をしなければならない。
 ここでまさに、中長期を見据えた「ビジョン」が必要となる。しかしながら、不確定な世界でいかにビジョンを持つことができるのだろうか。ビジョンは本来「見ること」であり、「見える未来」である。ビジョンは、対象分野や事象において試行錯誤を繰り返し、そのなかでの勘所をつかみながら、将来の可能性を想像したときに「見えてくる」シナリオである。
 ビジョンを見るために必要なのは、自身の分野のなかで試行錯誤を繰り返し、新しい仮説を見いだすことである。記号学者のパースは、まさにこの試行にもとづいて仮説を見いだす方法を演繹、帰納に続く第三の思考方法として「アブダクション」と呼んだ。
 アブダクションとは、プロトタイピングによって「考える」手法である。演繹的な課題解決や、既存理論にもとづく理解が不可能ないまこそ、アブダクションによってビジョンを「見る」ことが求められている。

2020年6月16日公表

早川真崇 コロナ禍をリスクと共存する社会を志向する契機に

渥美坂井法律事務所・外国法共同事業弁護士

   

   

 新型コロナウイルス感染拡大は、人の経済活動を支える行動様式に不可逆的な変化を与えている。すなわち、感染防止のためリモートワークやソーシャルディスタンスが推奨されるなど、人同士の物理的な接触を可能な限り回避する、新しい生活様式(ニューノーマル)が定着しつつある。緊急事態宣言が解除されても、目に見えないウイルスに感染するリスクに身をさらしながら日常生活を送らなければならないという状態は当面続くと見られる。この状況下では、個々が「リスクマネジメント」として新型コロナウイルスと向き合う意識で対応することが肝要である。自分は感染しないという「楽観バイアス」により感染対策を怠ることは、感染リスクの過小評価に基づく行動である。リスクマネジメントの観点からは、同じ感染予防の行動であっても、人の目や批判を恐れ、他人と同様の感染予防を行うという「同調圧力」による受動的な行動よりも、自己の置かれた状況を踏まえ、感染リスクを客観的に評価し、そのリスクを管理するための主体的な行動の方が望ましいと思われる。
 リスクマネジメントの要諦は、信頼できる正確な情報を収集し、これをもとに、リスクの発現する可能性とリスクの程度を正確に評価し(リスクアセスメント)、これに対する最適な対応策を分析し、実行に移すことにある。これには、直面する状況に対し、弾力的に対応できる力、すなわちレジリエンス(Resilience)が求められる。このようなリスクマネジメントの要諦は、どのような種類のリスクにも当てはまるものである。新型コロナウイルスの感染リスクに対して、レジリエンスを高め、リスクマネジメントを実践する機会と捉えることが、今後、自然災害や人災を含め、さまざまなリスクと共存できる社会を志向することにとって肝要であろう。

2020年6月16日公表

林いづみ 日本人の「共感力」を原動力に周回遅れのDXを挽回するのは今だ

桜坂法律事務所弁護士

   

   

 新たな感染症と前線で闘う人々のおかげで、外出自粛生活を送った私たちは、立ち止まる時間の中、それぞれの「気づき」を得た。
 Society5.0構想は、「現代の石油」といわれるデジタルデータを活用して生活を向上させる社会の実現を目指してきたが、まさに、今回のように「移動」が不自由な状況で、「人間らしい生活」を送るためには、デジタルトランスフォーメーション(DX)加速が欠かせないことに、気づいた人も多いだろう。
 このたび、政府のリーダーシップにより、初診からの遠隔診療・遠隔服薬指導が実現し、ようやく岩盤の「対面原則」に決別できた。しかし、台湾など各国のITを活用した新型コロナ対応と比較すると、技術はあるのに「変われない」日本社会のDX周回遅れぶりも露呈した。区市町村ごとのマイナンバー登録事務や、PHR(Personal Health Record)など個人情報の一元的デジタル管理ができていないことが、足元の感染拡大の抑止や、生活・経済の止血対策の、迅速な実行を阻んでいる。相変わらず紙の原本に捺印が必要な、経理処理や裁判所も止まった。通信環境・機器が不十分で在宅でのウェブ会議や授業に対応できない格差も顕著だ。
 とっくに済ますべき宿題を、岩盤の理不尽な抵抗にあって先延ばしにしたツケがきている。ニューノーマルに向けた国際競争の中、これからの1年は、DX加速の規制改革や制度整備を一気に進めるべき重大局面だ。
 Social Distancing対策で、人間の心理を数学的に分析した行動経済学が活用されたように、「変われない」日本の岩盤を破るカギは日本人の心理にあるだろう。ほとんどの日本人が、「だれかにうつさない為に」自発的にマスクし、8割近い外出自粛が実現したことは、世界的には奇跡だ。DX受容度もピークにある。ただし、すぐに水に流して忘れたがるのも私たちだ。日本人の際立って自発的な「共感力」を原動力に、周回遅れのDXを挽回するのは、今だ。

2020年6月1日公表

林幸秀 米中関係の悪化で、双方の科学技術発展に負の影響

公益財団法人ライフサイエンス振興財団理事長

   

   

 科学技術における米中関係が、どのようになるかに関心があります。中国は、米国へ大量の留学生や研究者を派遣し、一流の研究者に育成した後帰国させ、科学技術の基盤を築いてきました。また、千人計画などで帰化した中国系を含む米国人を招聘し、先端研究を強化してきました。トランプ大統領が出現し、米中貿易戦争で協力関係も危うくなっており、中国からの留学生が大幅に減少しているとか、千人計画で招聘されていたハーバード大学の米国人研究者が米国当局から逮捕・起訴されたという話が出ていたところに、このコロナ騒ぎです。米中関係の険悪化はさらに進むでしょう。
 科学技術の分野では米中の二強時代という人もいますが、それは論文数とか特許数とか表面的に数字で見える部分の話であり、現時点では、基礎研究力、高等教育のレベル、イノベーションのレベルなど、どれをとっても米国の敵ではありません。これを補っていたのが米中の科学技術の協力でした。従って、米中関係の悪化が長期間にわたることになれば、中国の科学技術に大きな影響が出てきます。
 もちろん、米国の方も無傷ではありません。授業料の極めて高い米国の有名大学は中国の留学生でもっていますし、米国の科学系の実験室やシリコンバレーのIT系の企業の研究者は、中国人がインド人と並んで支えている状況です。また、AIやITなどの中国のベンチャー企業に、米国のファンドが大量に投資しているとの話もあります。従って、どこまで米国が中国人を抜きにして発展できるかも注視したいと思います。

2020年6月1日公表

樋口務 ウイルス感染拡大の影響下での災害避難者の形態の変化と災害支援活動

特定非営利活動法人くまもと災害ボランティア団体ネットワーク代表理事

   

   

 世界的に拡大している新型コロナウイルス感染症(COVID-19)により、亡くなられた方々、およびご家族、関係者の皆さまに謹んでお悔やみ申し上げますとともに、罹患された方々には心よりお見舞い申し上げます。さて、2018年、2019年の豪雨で大きな被害を受け、現在も避難生活を送られている方々がいるが、今年ももうすぐその季節がやってくる。
 近々に起こるであろう災害では、3つの密がそろってしまう避難所に被災者が集まれない状況が予想される。そして、被災した地域は他の域外からの支援団体やボランティアに頼らずに、地元での対応が求められる。
 まず、現実的な避難のパターンとして2016年の熊本地震の避難形態で多かった車中泊と在宅での避難がさらに多くなることが予想できる。水や食料は、近年の防災啓もうにより住民の意識が高まり、物資を備蓄されている方も多い。となると、この場合、一番の課題となるのは何だろうか?それは「トイレ」だ。熊本地震でライフラインが復旧するまでの期間、車中泊の車が集まった場所は、トイレのある大きな施設の駐車場や避難所の近くの公園や空き地であった。在宅避難の場合もトイレは避難所を使っていた方が多かった。では、密の状態を作り出さずにトイレを確保するにはどうしたらいいのか?各家庭で、災害用のトイレの準備は今からできるかもしれないが限界もある。大規模な体育館等の指定避難所だけでなく、校区や町内会、マンションなど区画ごとに「避難所」となる場面も想定し、行政と連携し、仮設トイレの設置(手洗い場をセットでつけることが重要)や、物資の受け取りを可能にする仕組みづくりが急務である。
 もう一つの今までとは違う災害時に起こるであろう課題は、被災地外からボランティアや支援団体が入ることが難しくなることであり、被災地にとって大きな痛手になる。また、被災者のニーズの吸い上げも、行政だけでは難しくなるため地域の力が必要だ。町内会レベルでオンラインによる情報の発信や物資の調整など、被災地で外部との連携の役割を担える人の発掘と育成も求められる。
 一方通行ではない情報のやり取りが重要になりそうだ。

2020年6月1日公表

古田大輔 メディアの真のデジタル化が始まる

株式会社メディアコラボ代表

   

   

 紙や印鑑、電話やファックスなどの手続きや情報共有へのテクノロジーの導入、面会やイベントなどのオンライン化。全ては新型コロナウイルスが加速しているデジタル化の一端だ。一連の流れは、欧米に比べてデジタル化が遅れてきたメディア業界にも変革を促す。
 近年、ようやく各社がウェブへの情報発信を強化しつつあるが、それはメディアのデジタル化という大きなテーマにとって、断片的なものに過ぎなかった。メディアのデジタル化とは、情報を自社サイトにアップするだけではない。情報収集・分析、表現の仕方まで、全てをデジタル第一にすることだ。
 新型コロナの陽性者数や死者数などのデータをファックスでやりとりして数字の訂正など混乱を生み、給付金手続きが遅々として進まない。これらの反省に立って改革は着実に進み始めた。行政の情報発信がデジタル化されれば、メディアの情報収集や分析のデジタル化も進む。鶏と卵だ。新型コロナに関する報道で称賛されたような、デジタル技術を使ったわかりやすいチャートなどの表現が広がっていくだろう。
 専門家会議のメンバーなど有識者が独自にTwitterやYoutubeでレベルの高い情報発信を始めたことも、メディアの変革に拍車をかける。メディアが情報流通網を独占していた時代ははるか昔、専門家を含む誰もが直接情報を発信する時代に、情報発信のプロとしてのメディアに何が求められるのか。
 新型コロナで景気が悪化し、マスメディアの経営も厳しくなっている。デジタル技術を活用し、自分たちがどう役立つ存在なのかを示すことができたメディアだけが生き残る時代に、本格的に入っていく。

2020年6月16日公表

細川昌彦 中国依存脱却は急務

中部大学特任教授/元経済産業省貿易管理部長

   

   

 新型コロナは世界の弱点、問題点をあぶり出した。中国の爪を隠さない戦狼外交、米国の格差・分断社会と一国主義、EUの分裂、そして日本は中国依存の脆弱性だろう。米中対立が激化する中で、経済と安全保障が一体化し、「経済安全保障」は一丁目一番地の重要テーマだ。
 新型コロナ騒動でも中国はあからさまに経済力を他国への脅しに使っている。米国に対しては医薬品の輸出規制でどう喝のメッセージを発し、豪州には大豆の輸入制限で揺さぶっている。日本もかつてのレアアースの供給制限があったように、中国依存からの脱却は急務だ。
 消費面ではインバウンド需要だ。「訪日外国人の30%が中国人」という過剰依存を見直すべきだ。韓国もかつてTHAAD配備への報復措置として韓国への団体旅行を禁止されている。観光政策も安全保障の視点が必要だ。
 生産面ではサプライチェーンの中国依存リスクが顕在化した。部品調達が困難になって日本国内の工場停止に追い込まれた。経済効率とリスク分散はトレードオフの関係にある。今後は中国リスクを踏まえてそのバランスの見直しが必要だ。
 米中テクノ冷戦によるリスクも要注意で、その主戦場は半導体だ。米国は中国による半導体製造に神経をとがらせている。今後、日本企業も安全保障の視点も踏まえて対中ビジネスにどう向き合うべきか見直す必要もある。
 医薬品原料や医療資材の中国依存も問題として浮上した。国内生産、供給の多角化、備蓄など安定供給のための政策が急務だ。医療の安全保障は新たな課題だ。
 政府も企業も安全保障の視点での政策・事業の棚卸しが必要だ。新型コロナをその契機にすべきだ。

2020年6月16日公表

識者提言 マ行~

前川智明 ポストコロナ時代に求められる介護業界のリーダーシップとデジタル化

株式会社エクサウィザーズCare Tech部長

   

   

 当初思い描いていた2020年は、COVID-19により全く違う世界となった。われわれの生活や価値観も強制的な変化を余儀なくされており、介護業界もこの変化にいかに対応できるかで将来が決まる分水嶺に来ていると感じている。
 こうした中で、ポストコロナ時代に介護事業者に求められるのは「リーダーシップ」と「組織の機動性を高めるデジタル化」と考えている。
 COVID-19を過度に恐れず、共存を前提とした対策をリーダーシップをもって進めていくことが必要だ。これまでの慣習にとらわれず「どうすればこれまで以上に質の高いケアを提供できるのか?」をゼロベースで考えながら実践していくことが求められる。こうした変革に立場は関係ない。むしろ、普段からケア現場で業務の難しさを感じている現場スタッフの方から積極的に声をあげ、「あるべきポストコロナ時代のケア」を提唱していくことこそ重要だと考えている。
 また、既存のやり方を変えていく上で、デジタル化は欠かせない。例えば、外出自粛が求められる中で「遠隔介護」は一つのキーワードであるが、アナログ中心のオペレーションでは「遠隔介護」は難しい。対面でなくても介護ができる環境の構築は今後避けては通れない方向性の一つであり、ここにはデジタルが必要不可欠である。デジタルをうまく活用しながら遠隔介護オペレーションを進めた事業者がポストコロナ時代をリードしていくことになるのではないだろうか。
 この苦難の時代だからこそ、リーダーシップをもって、変化を恐れず、さまざまな取り組みをデジタルで進める介護事業者が増えれば、介護業界も変わっていくと感じている。弊社としてもデジタル化支援の一助を担うことで、わずかではあるがポストコロナ時代における介護業界の変革のお手伝いができれば幸いである。

2020年6月16日公表

待鳥聡史 重視されるべき自由と多元性

京都大学大学院法学研究科教授

   

   

 COVID-19感染症の流行は、現代世界の価値観を大きく揺るがせた。過去30年以上にわたって望ましいとされ、一貫して拡大基調にあった人々の自由で多様な活動や国際的な往来は、いずれも感染拡大の主因とされた。代わって、社会経済活動の抑制や厳格な出入国管理などによる自由への制約が、ときに強権の発動を伴いつつ短期間に導入された。これらの手段には、一定の有効性があったのだろう。
 しかし、強権的かつ集権的に自由を抑止することがパンデミック対応の正解だと判断するのは早計だ。むしろ長い目で見たときには、人々と社会が自由で多様性に富むこと、それに基づく多元的な過程により、試行錯誤しつつ政策決定を進めることの意味は大きい。
 そう考えるべき理由は、パンデミックが複雑な社会現象だからである。COVID-19は、感染者以外の極めて多くの人々に大きな影響を与えている。それへの対応は、医学的観点のみならず、社会や経済、個々人の心理などの複雑な要因とその相互作用を含めた観点からなされる必要がある。誰もが多様な立場から自由に議論できる社会、それを政策決定に反映できる政治体制は、このような複雑な現象への対応において明らかに優れている。
 日本はどうだろうか。経済の破綻は避けるべきだという議論は強いが、自由な社会と多元的な政策過程が持つ真価は、まだ十分に認識されていないのではないか。ポストCOVID-19において大切なのは、正解を短時間に導く能力ではなく、いかなる選択にも誤りの可能性があることを認識し、それに備える能力を高めることなのである。

2020年6月16日公表

松原仁 「三密」を維持するための情報処理技術

東京大学大学院情報理工学系研究科教授

   

   

 よく言われているように、今回のCOVID-19がなんとか収まったとしてもCOVID-19の流行以前の社会に戻ることはない。新しい感染症がこれからも繰り返しやってくるので、密閉、密集、密接のいわゆる「三密」を避ける必要がずっと続くことになる。一方でわれわれ人間は「三密」を好む。仲間と「三密」状態になると楽しい。それは長い進化の過程で獲得した傾向だと思われる。「三密」になることで集団の結束を高めてきたのだろう。「三密」を志向することによって多くの種が滅亡する中で人間は生き残ってきたのである。その傾向はちょっとやそっとのことではなくすことはできない。緊急事態宣言が解除されると途端に多くの人間が「三密」行動に励んでしまう。大げさに言えば感染症の流行によって「三密」を好む人間は滅亡の危機を迎えているのである。
 われわれは先祖の時代とは異なり、遠隔でつながることができるようになっている。人間が「三密」を好むことを前提として、密閉、密集、密接の状態を遠隔で楽しめるようにしていくことが期待される。例をあげれば、いま盛んになっているオンライン飲み会を現実の飲み会に近づけていくということである。オンライン飲み会の楽しさはまだ現実の飲み会には程遠い。人工知能、バーチャルリアリティー、ユーザーインターフェース、シミュレーションなどの情報処理技術を使うことによって遠隔の「三密」の楽しさを高めることができる。そうして人間は感染症流行を乗り越えて生き残っていけると信じている。

2020年6月1日公表

眞野浩 データ経済によるCOVID-19からの復興

EverySense,Inc C.E.O./一般社団法人データ流通推進協議会事務局長

   

   

 COVID-19禍において、感染防止のためにテレワーク、遠隔診療、遠隔授業、オンライン行政手続きなどICT活用が進んだ。また、各種給付金の支給におけるマイナンバーの活用、SNSによる調査、接触情報の共有なども行われ、DXの価値があらゆる面で顕在化した。今後は、レガシーの典型であった行政機関の検討会さえもWEB会議が主流の時代となるだろう。
 しかしながら、現場では給付金の申し込みサイトがダウンし、手書き作業によるデータ転送のため集計に誤りが生じるなど、多くの課題も浮き彫りになった。これは、いままでの日本の”IDなき社会”と、屋上屋を重ねてきた各種法制・制度の限界に起因すると言える。
 このような中、従来のサービスや有形財の資産価値に毀損が発生しており、新しい経済資産と経済モデルの創出が大きく期待される。そこで、DXとデータ共有の重要性は、疑義なく多くの人が認めている今、データそのものを経済復興に向けた財と捉える機会であろう。
 データを企業や機関が内部留保している資産と捉えたとき、データ共有のための、中立・公平な仲介機能をもつデータ取引市場を社会基盤として整備すれば、市場原理によりデータの価値は、第三者による合理的な評価が可能となる。つまり、従来は無形財であったデータが財として評価され、データ自身がProductとなりGDPを構成する要素となる。そこで、データ共有の先にデータ主導経済の創出までを見据えた取り組みが、経済復興の起爆剤となることを期待している。折しも、データ取引の標準化活動としてIEEE P3800(注1)も開始され、内外の多くの参加者による標準化が期待される。

1 Standard for a data-trading system: overview, terminology and reference model.

2020年6月16日公表

三神万里子 リスク管理の多面化・多層化へ

ジャーナリスト

   

   

 グローバル感染症は以前より予想されていたが、多様な技術開発半ばで今回の事態は起きた。まず、地域単位で実証実験中のMaaS(交通情報クラウド)は観光や移動時間短縮に今は注力されているが、テロや感染症、災害など危険エリアを避けながら活動を継続できるよう動線誘導するのが本来のゴールだ。そのため端末の普及や使いやすいハードやアプリ開発に投資は続くだろう。今後不況に直面する企業は物件賃料から見直し、セキュリティー確保の上でリモート勤務を推進、業務フローも見直し遠隔操作・監視・自動化、データ転送が進む。サプライチェーンの国内回帰も起こるため働ける場所は地方都市に分散する。リモート限定求人も現れ、すでに地方の戸建て需要も増加中である。これにより人々は、従来の時間拘束による勤怠管理ではなく、職務制によって業務品質を自己管理する世界になる。健康管理も人事制度に組み込まれるため、いずれは流行する感染症ごとに年齢や性別、既往症による重篤化リスクが端末でシェアされ、地域別の病院キャパシティーから高リスク者のみ行動自粛をするなど緻密で分散した管理になるだろう。急な繁忙に襲われる企業と、売り上げが激減する企業間の雇用シェアは隣接業界間での協定や人材紹介業による異分野マッチングが進み、個人のスキルは長期的に複線化するため働き方は年齢を問わずフリーランスに近づく。企業の緊急・大規模な現金需要はパンデミック保険が米国で開発されたところであり、地方都市中小企業向けには地方に古くからある「講」や沖縄の「模合」を発展させた現金プールの仕組みとクラウドファンディングが発展しそうだ。

2020年6月17日公表

室田昌子 生活様式の変化を住宅地再生のチャンスに

東京都市大学環境学部環境創生学科教授

   

   

 人は簡単には行動を変化させることが難しいが、新型コロナは生活行動をなかば強制的に変更させた。これまで進まなかったテレワークを広め、さらに会議や交流、買い物、学習、娯楽などのオンライン化を浸透させIT化を進め、社会変動を一気に加速化させた。
 テレワークの普及とIT化は、人々の生活様式を変える。これまでは都心のオフィスで仕事をし、オフィス・自宅の移動途中で食事や買い物、娯楽、運動などをする人も多かったが、オフィスと移動時に行われてきたさまざまな行動が、自宅とその周辺で行われることになるだろう。
 自宅内や自宅周辺で、仕事、外部とのコミュニケーション、買い物、娯楽、運動、特別な食事などを行うようになり、従って、これらが可能なよりレベルの高い居住環境を求めるだろう。例えば、自宅内での快適な仕事場、家族それぞれのIT空間、自宅でみんなで楽しめる娯楽や本格的な運動空間であり、同時に効率としての省エネ化も求められる。
 自宅周辺の日常生活圏では、ウォーカビリティーの向上、屋外空間の機能拡充、小さな拠点空間などが求められよう。例えば、公園などの屋外空間は、これまでは子どもの遊び場とされてきたが、今後は、大人も含めた気分転換・居場所、運動・健康づくりなどの機能が求められる。
 このような変化は、これからの住空間や周辺居住環境、都市の在り方を大きく変えていくものである。人口減少や衰退化が指摘されてきた郊外住宅地や地方は、テレワークのしやすい住宅地として選択される可能性がでてきた。今後の生活様式に対応できる適切な住宅機能と居住環境を見直し、地域再生のきっかけとしていくことが重要である。

2020年6月16日公表

森川博之 「気づき」から社会の再定義へ

東京大学大学院工学系研究科教授

   

   

 COVID-19の影響に関して、トップの営業成績を上げてきた方から聞いた話が興味深い。
 対面営業よりもオンライン営業の方が良いという。対面で行う打ち合わせだと、すべての参加者の表情を同時に把握できないが、ビデオ会議だと画面上で全員の表情を一目で把握できるためだという。
 ビデオ会議という存在は知っていても、実際に使ってみるといろいろな「気づき」がある。
 オンライン授業も、当初は対面でないと教育効果が上がらないなどという言葉が飛び交っていたものの、実際にやってみると学生からも教員からもすこぶる評判が良い。
 新しい技術に対しては、こんなものは必要ない、金を払ってまで使わないなどの懐疑的な声が必ず上がる。しかし、実際に使ってみると、新たな「気づき」がある。この「気づき」を一早くビジネスにつなげたものが勝者となる。
 洗濯機の登場で、家事労働の負担が大幅に減ることは明白だったが、洗濯機が社会に与えた影響はこれにとどまらなかった。衛生観念が大きく変わり、毎日洗濯するようになって、衣類の需要が一気に増えたことも、社会には極めて大きな影響を与えた。今から振り返れば当たり前のことであるが、「洗濯機で衛生観念が変わる/衣類の需要が増える」ことを登場前から認識していた人は誰もいなかったろう。
 デジタルは経済の構造を過酷なまでに変えていく。COVID-19がこの動きを加速する。後戻りすることなく、デジタル・ニューディールを加速し、社会の仕組みそのものの再定義を進めていかなければいけない。身の回りの「気づき」を大切にしながら将来を深く洞察し、新しい社会や事業の構築につなげていくことが大切だ。

2020年6月16日公表

山本健兒 社会経済地理学から見た「ポストCOVID-19」の世界の課題

帝京大学経済学部地域経済学科教授/九州大学名誉教授

   

   

 COVID-19がわれわれに突き付けた重要な問題の1つに生活圏とは何か、それはどのような広がりを持つのかという社会経済地理学的な問題がある。1970~80年代にドイツ語圏のこの研究分野で定着した概念に「人間存在の基本的諸機能」がある。人間存在とはDasein(ダーザイン)の和訳だが、要するに生活のことである。それは、居住という機能を軸にして、労働、学校教育を含む自己陶冶、必需品・サービスの調達、共同社会活動、保養といったほとんどの人が日常生活の中で遂行する基本的諸機能のことである。これはRaumforschung(空間研究)分野の1学術雑誌に、1964年に公表された論文に由来する。
 それらの機能を果たすためには居宅を起点として往復移動せざるをえない。上の諸機能がいずれも比較的コンパクトなほぼ同じ空間的広がりの中に収まることはかつてあったし、現在でも国や地域によってはあるだろう。そうであればローカルなコミュニティーは実感できる。しかし今や、各機能に応じた移動空間は人によって異なるだけでなく、同一人物にとっても異なる。それゆえ、住民のほとんどが共通の帰属意識をもつ「地域」があるかどうか、特に大都市圏では疑問視される。
 ところが大都市圏こそ、近接性(proximity)の故に多様な人々との出会いが容易な場であり、バズ(buzz:ざわめき)でしかない情報が絶えず感知される環境だからこそ暗黙知の獲得と彫琢に有効であり、知識創造のための対面接触にとって格好の場であるという説を、幾人もの著名な欧米の経済地理学者が唱えてきた。逆に、ICTの発達の故に大都市圏から遠隔地にあっても情報交換は容易にできるし、人々は分散居住する世界に変わるだろうという主張もあった。
 実際には多くの国で各主要大都市圏への人口と経済の集中が進んだ。COVID-19あるいはその変種と共存せざるを得ないであろう今後、大都市圏化が抑制されて分散居住が進むだろうか。ヒトは一人では生きていけないどころか、群れる動物でもある。もちろん絶えず群れるのではなく、ときには一人沈思黙考するからこそイノベーティブな考えもひらめく。つまり、時には群れ時には分散するという人間の性を生かせる空間整備(Raumordnung)が課題となるゆえんである。整備された空間をどのように活用するかは個人とコミュニティーのあり方に左右されることは言うまでもないが。

2020年6月1日公表

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)NIRA総合研究開発機構(2020)「日本と世界の課題2021 ポストCOVID-19の日本と世界」

ⓒ公益財団法人NIRA総合研究開発機構

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