企画に当たって

ウクライナ危機、食料安保を議論する契機に

いま、議論すべき論点は何か

東 和浩

NIRA総合研究開発機構理事/株式会社りそなホールディングスシニアアドバイザー

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食料の生産基盤強化、自由貿易、ファイナンス

 ロシアによるウクライナへの侵攻が長期化し、人々の「食」への影響が懸念されている。国際連合食糧農業機関(FAO)が公表する食料価格指数はこの数か月高止まりしたままだ。もともと新型コロナウイルスの感染拡大による物流の滞留などでフードサプライチェーンは世界的に混乱しており、そこにウクライナ侵攻による混乱が追い打ちをかけた。

 今回のウクライナ危機を、日本と世界の食料安全保障のあり方を見直すきっかけとすべきだ。日本は食料の多くを世界各地から輸入している。カロリーベースの食料自給率は約4割と、先進国でも最低の水準だ。いざ有事となった際に、国民の食料供給に支障は出ないのか、あらためて不安を抱いた人も多いのではないか。

 一方で、世界に目を向ければ、途上国を中心に、自分の体重や活動を維持する最低限のカロリーすら、日常的に摂取できない人々がいる。飢餓は、いまだ撲滅できていない人類の課題の1つだ。今後、世界の人口増や気候変動が進む中で、食料へのアクセスが困難となる人がさらに増える可能性もある。日本の食料安全保障とともに、世界の人々の食料安全保障も重要なテーマであろう。

 日本や世界の食料供給は、いま、どのような課題に直面しているのか。食料安全保障を確保するために、どのような論点で何を議論していくべきか。政策関係者、研究者、事業者など内外5名の識者に話を伺った。

国内の食料生産基盤の強化が必要だ

 まず、日本の食料安全保障において、何がリスクとなるのか。農林水産省食料安全保障室長(インタビュー当時)の久納寛子氏によれば、戦争やパンデミックといった人為的な問題だけでなく、森林火災などの自然災害も、食料供給のリスクとなる。日本は、今回の経験で、食料の生産基盤を日本国内に維持する大切さを痛感したと指摘する。生産基盤の強化のためには、生産の担い手の確保や、持続可能な農業のための技術開発に努めること、また農業・農村に対する消費者の理解が重要だと説く。

 輸入への依存が生産基盤を脆弱にしていると警鐘を鳴らすのは平澤明彦氏(株式会社農林中金総合研究所執行役員)だ。中国などの大きな買い手が増えて、日本の世界における食料購買力は低下しており、今後、日本の食料輸入の安定性は損なわれる可能性があると指摘する。食料安全保障の観点からは、コメなどカロリー貢献度の大きな品目を生産するための農地面積を確保していく必要があると主張する。

 他方、コメ卸売業を営む藤尾益雄氏(株式会社神明ホールディングス社長)は、事業者の立場から農業の産業強化に取り組んでいる。同氏の企業は、調達、加工、販売、外食産業、青果市場の運営まで一貫したビジネスを展開しており、米粉などの加工品をはじめ事業の拡大に成功している。長年コメに携わり培ったノウハウを生産農家に提供するため、農家支援を専門に行う部署をつくり、農家への助言を行っている。

 金融業に長く関わってきた自身の経験から、収穫が自然条件に左右される農業金融には独特なノウハウが必要と感じてきた。しかし、藤尾氏が展開するような6次産業化への取り組みによって産業としての安定性と付加価値が高まれば、ファイナンスの柔軟性は高まる。民間の金融機関には、産業の枠にとらわれずに事業展開を行う知見がある。それを1次産業に注入することで、生産基盤を強化する役割を担うことが期待される。

自由貿易体制の確保が必須

 ウクライナからの穀物の輸出途絶という事態は、世界の食料安全保障にとって深刻な危機である。外務省資源安全保障室長の菊地信之氏は、国際社会による途上国への迅速な支援や、「食料のための人道通行」の実現など国際社会への日本の働きかけを紹介する。他方、食料の多くを輸入している日本の食料安全保障においては、世界の食料事情を安定させ、自由貿易体制を確保することが、日本にとっても利すると述べる。

 農業、貿易等に関する研究をしている諏訪明子氏(パリ経済学校教授)は、新型コロナの感染拡大やウクライナ危機で浮き彫りになったのは、世界の食料供給網が主要な生産地と少数の海運会社に集中している脆弱さと、穀物が食料・飼料・燃料という3用途を巡って投機対象になっていることだとして、世界の食料供給の構造的な問題を指摘する。今後、世界は気候変動や人口増で農産物の需要過多と供給過多の地域が出てくるとし、農産物貿易がますます重要になる中で、肥料と種子という2つの産物を「国際的な公共財」とすべきであると主張している。

 さらに、前出の平澤明彦氏は、戦争中も自国の食料確保以外の理由で「第3国への食料提供を止めない」という規律に国際社会が合意し、それを明文化すべきであると主張する。

今回の危機を、食料安全保障を議論する契機に

 識者の意見からは、食料安全保障は、国内の利益とグローバルの利益の両方のバランスを取りつつ、幾層にも対策を重ねていくことの重要性を痛感する。国内の観点からは、有事に備え、国内の生産基盤を強化すること、そして、いざという時に食料を海外から確保できるように、平時から自由貿易体制を維持し、国際社会との連携を深める。また、グローバルな視点からは、人々の命にもかかわる農産物を人類の「公共財」と定義し、世界の食料供給網を強化していく。日本の食料自給率を引き上げるべきだという意見も多々あるが、自給率を上げること自体を目的化するのは本質的ではない。国際的な協調を強化することを前提に、食料安全保障の政策目標があらためて問われるべきである。

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日本と世界の食料供給はどのような課題に直面しているのか。食料安全保障のため、日本は何をすべきか。

フードサプライチェーンの強靱化に向けて

久納寛子

農林水産省大臣官房政策課 食料安全保障室長(*)

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リスク、国内の生産基盤、複層的なサプライチェーン

 危機は、いくつかのリスクが折り重なって具体化したときに発生する。今年2月以降、緊迫化したウクライナ情勢は、現在も予断を許さない状況が続いているが、それにさかのぼること2020年以降、世界的な新型コロナウイルスの感染拡大によって、グローバルな物流の混乱が顕著となっていた。また、北米の北部の高温乾燥により、2021年以降、穀物等の国際価格が上昇する状況にあった。こうした中、ロシアによるウクライナ侵略が起こり、両国が小麦の主要な輸出国であったことも相まって、穀物等の国際価格はそれまで以上に高い水準に押し上げられた。日本は、主に北米や豪州から穀物等を輸入しており、量的な確保が懸念されたわけではないが、穀物等の国際価格の上昇や為替相場の変動の影響は避けられず、食料の生産基盤を日本国内にもしっかりと維持していくことの大切さをあらためて痛感する経験となった。

 自然災害によってフードサプライチェーンが停滞する事態も、世界各地で起きている。例えば、2021年夏に米国南部に大型のハリケーンが上陸し、沿岸の穀物輸出施設も大きな被害を受け、復旧に時間を要した。また、カナダ西部で大規模な森林火災が起こり、陸上輸送インフラも大きな損傷を受けた。日本はカナダ西部から、なたね油の原料や、パスタの原料となるデュラム小麦を多く輸入していることもあり、食料安全保障室としても事態の推移を刻一刻と注視することとなった出来事である。

 フードサプライチェーンの強靱化を図り、食料を安定的に供給するためには、グローバルにもローカルにも、複層的なサプライチェーンを生成・維持しつつ、食料自給率を向上させ、持続可能な食料生産を推進していくことが必要である。このため、日本に今ある田畑を、大切な食料生産のインフラとして、今後もしっかり守っていく。また、食料生産に携わる担い手を確保しつつ、持続可能な農業生産を可能とするさまざまな技術を開発し、生産現場の皆さんに活用してもらい、消費者の皆さんにも食と環境を支える農業・農村の大切さを理解していただくことも重要である。日本は人口減少期を迎えているが、世界に目を向けると、人口は増加し続け、経済発展によって、食料需要は旺盛である。こうした状況を踏まえると、国内市場だけではなく、海外の需要をうまく取り込んで、輸出を増やしていくことも重要な方策となる。コロナ禍でも日本の農産物の輸出が増えているのは、明るいニュースである。

(*)肩書はインタビュー当時

識者が読者に推薦する1冊

マイケル・E・ウェバー〔2020〕『エネルギーの物語―わたしたちにとってエネルギーとは何なのか』柴田譲治訳、原書房

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日本と世界の食料供給はどのような課題に直面しているのか。食料安全保障のため、日本は何をすべきか。

食料安全保障のために、農地の維持に資する補助金を増やすべきだ

平澤明彦

株式会社農林中金総合研究所 執行役員基礎研究部長 理事研究員

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第3国への食料供給、土地利用型農業、農家への所得補償

 ロシアとウクライナという食料の輸出大国同士の戦争は、戦後、初めての事態だ。このままでは、コロナ禍で急増した飢餓人口が、戦争という人為的な理由でさらに拡大してしまう。問題は、穀物の生産国である両国からの輸出が困難となり、戦争の当事者ではない第3国の食料供給に大きな影響が見込まれることである。両国の安価な小麦を輸入しているのは、主にアフリカや中東などの低・中所得国だ。今後、第3国に被害が出ることが慣例化することは避ける必要がある。従来、経済制裁下のイラクに対しても、人道的な物資、食料、薬品の提供は認めてきており、第3国に被害が及ぶのはもってのほかだ。戦争中も自国の食料確保以外の理由で「第3国への食料提供を止めない」という規律に国際社会が合意し、それを明文化すべきである。

 日本の農業は、有事で輸入が止まったら、国民が最低限食べるだけの食料を供給する生産力すら不足しかけているのが現状だ。かつての東西冷戦構造下では、当時、食料が余っていた米国から、日本はその余剰分を必要なだけ買うことができた。しかし、この20年で状況は変化した。中国などの大きな買い手が増えて獲得競争が強まる中で、日本の購買力は相対的に低下し、日本の食料輸入の安定性は損なわれる懸念がある。

 それにもかかわらず、日本国内の生産基盤は、輸入に依存してきた結果、もはや、非常に脆弱になってしまっている。農産物の輸入自由化の流れに対して、農林水産省は付加価値の高い品目の生産を推奨し、「強い農業経営を増やす」というミクロな政策に重きを置いてきた。これは良い面もあったが、半面、脱落する人も多く、生産基盤が全体として縮小した。日本の食料安全保障の観点では農地面積の確保が重要であり、コメや飼料などカロリー貢献度の大きな品目を生産できる「土地利用型の農業」を支えていく必要がある。

 日本の農業がこれ以上深刻な事態に陥るのを避けるには、土地利用型農業で十分な収益性が得られるように補助金を増やすことだ。併せてコメの国内価格を下げて消費を促進できないか検討が必要だ。農業は元来、他産業に比べ生産性の向上に限界があるため、先進国は補助金で農家に所得補償するのが常である。安全保障環境は激変しており、不測時に備えて食料の安定供給を確保するために税金を使うのは、国民も合意するのではないか。

識者が読者に推薦する1冊

Zhang-Yue Zhou[編], Guanghua Wan[編]〔2017〕『Food Insecurity in Asia:Why Institutions Matter』Asian Development Bank Institute

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日本と世界の食料供給はどのような課題に直面しているのか。食料安全保障のため、日本は何をすべきか。

海外需要も取り込み、コメの生産・消費を拡大する

藤尾益雄

株式会社神明ホールディングス 代表取締役社長

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コメを生かす商品、儲かる農業、農家支援

 コメは日本人の主食だが、この半世紀で1人当たりのコメの消費量は大きく減少した。代わりに、多くの食を輸入に依存している。今後、世界の人口が増加する一方で、気候変動が作物の生産に影響を及ぼし、食料需給はひっ迫すると懸念されている。日本が食料自給率の維持・向上と食料の安定供給を目指すには、コメや野菜の生産基盤を強化することに加え、コメの消費拡大を同時に行っていくことが重要になる。

 コメ業界は、これまで、消費拡大の努力を怠ってきたのではないか。もっと、コメの機能性・特性・おいしさを生かした商品を需要に応じて開発・提供して、消費を増やしていかねばならない。当社グループでは、パックご飯などの加工商品や、米粉を製造している。さらに米粉を原料としたチーズ代替品の開発にも成功した。小麦価格が高騰している中、コメの用途は再注目される。世界に目を向ければ、コメを消費する国はアジア圏で多く存在し、約5億トンにもなる巨大なマーケットが存在する。国内で消費できなかった高品質のコメを積極的に海外へ輸出すれば、コメの生産・消費を拡大できる。

 国産米の価値を正しく価格に反映できれば、コメの加工業界も、外食産業も、製品・商品づくりの幅が大きく広がる。しかし、政府が実施しているような、作付けを減らすことで米価を維持し、生産者の所得を補償する政策では生産基盤の強化はできない。当社グループは精米やパックご飯の輸出を増加させ、生産者が安心して生産できるように取り組んでいる。

 高品質のコメの生産を実現するには、生産者は二律背反する生産性と創造性の両方に取り組めることが大切だ。当社グループでは、調達、加工、販売、外食産業、青果市場の運営まで一貫したビジネスを展開してきた。「儲かる農業」の実現に向けて、長年コメに携わり培ってきたノウハウを生産農家に提供する農家支援を専門に行う部署をつくった。

 これらの取り組みにより、商品開拓力と強い生産体制を有する産業の好循環がコメに生まれる。「近い将来、世界規模の食料危機が起こる」という危機感が強い。日本の農業と食を守るのは自分たちだという決意をもって、励んでいきたい。

識者が読者に推薦する1冊

柳井正〔2015〕『経営者になるためのノート』PHP 研究所

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日本と世界の食料供給はどのような課題に直面しているのか。食料安全保障のため、日本は何をすべきか。

有事への備えは平時から。世界の食料情勢の改善は日本の食料安全保障確保にも

菊地信之

外務省経済局 資源安全保障室長

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食料のための人道通行、自由貿易体制、食料安全保障外交

 ロシアとウクライナは世界の小麦輸出量の約3割、とうもろこし輸出量の約2割を占める穀倉地帯である。2022年6月現在、ロシアによるウクライナ侵略の影響によりウクライナ国内における生産力の低下、黒海を通じた輸出の途絶といった事態が発生し、世界の食料安全保障を危機に陥らせている。ウクライナからの主な輸出先は中東やアフリカの脆弱な国々。事態を放置すれば、脆弱な人々の人道上の危機となり、政治社会の不安定化も引き起こしかねない。また、ウクライナからの輸出途絶、肥料の主要輸出国であるロシアによる肥料の輸出制限は、世界の食料価格高騰の要因となっている。購買力の低い国や方々にとって、穀物価格の高騰は、食料へのアクセスの一層の低下を意味し、危機を更に深刻化する。

 危機の最善の解決策は、ロシアが即時に侵略をやめること。だが、まずは、現下の危機に対応しなければならない。日本を含めた国際社会は、影響を受けている途上国へ人道的な食料支援を行っている。また、食料輸出の再開を人道問題と捉え、「食料のための人道通行」を実現するようロシアを含めた関係国に呼びかけてきた。その考えが受け入れられたのか、6月下旬のG7サミットでは、輸出力の回復のための議論が行われた。国連やG7等同志国の実際的な取り組みも進んでいる。輸出できずにウクライナ国内に滞留したままの穀物を適切に備蓄できるよう、簡易の貯蔵庫を作る取り組みも進めている。EUが主導している陸路でEUの港湾へ輸送し、輸出する「連帯レーン」と連携するもの。

 食料安全保障というと、日本では多くの場合、自国の食料をいかに確保するかが主題となる。他方で、国際社会の取り組みとしては、食料が不足している人にいかにして届けるかという食料へのアクセスが主題となる。持続可能な開発目標の「貧困をなくそう」と「飢餓をゼロに」の問題である。若干異なってみえるこの日本と世界の取り組みは、現在のような危機においては、限りなく一体化する。日本のように食料の多くを輸入に依存する国は、世界の食料アクセスの改善を支援して、世界の食料事情を安定化させることが、結果として自国の食料安全保障に資する。また、これは日本が国際社会で果たすべき責任でもある。

 他方、日本にとっての食料安全保障は、国内の食料自給率を高めることとされることが多いが、若干表層的である。豊かになり食料に趣向性・多様性が好まれるようになれば、自ずと自給率は下がる。真の安全保障に関わる自給率は、有事に国民が最低限飢えないで暮らせる国産品の自給を維持できる生産能力を持つこと。平時には、むしろ「お金を出したら食料が買える状態」を安定的に維持することが重要だ。そのためにも、自由貿易体制を確保し、世界の食料事情を安定させる必要がある。保護主義に陥ることは避けなければならない。

 加えて、備蓄制度を整え、必要な自給能力を維持するための農業生産の基盤と担い手を確保するための農業の振興も必要。その点では輸出を増やしたり、儲かる農業を実現するのも重要であろう。さらに、有事が実際に起きた場合には、どこの国から緊急に調達してくるのかが問題となろう。現在、日本は、供給の安定している米国、豪州などの友好国から食料を購入しているが、仮に、途絶するような場合に備えて、特別に日本に提供してくれる関係を築いておくための、「食料安全保障外交」を、平時から展開しておくということも考えられる。

識者が読者に推薦する1冊

岡崎久彦〔1983〕『戦略的思考とは何か』中公新書

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日本と世界の食料供給はどのような課題に直面しているのか。食料安全保障のため、日本は何をすべきか。

これからの食料政策
「持続可能性」「主体性」の観点を

諏訪明子

パリ経済学校(Paris School of Economics) 教授

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世界の食料供給網の脆弱性、食料・飼料・燃料を巡る競合、国際的な公共財

 新型コロナウイルス感染症の流行とウクライナの戦争は、食料に関する主要な2つの問題―「グローバル・サプライチェーンの脆弱性」と「食料・飼料・燃料の相互連動性」―を浮き彫りにした。世界の食料供給網は、主要な生産地と輸送を担う少数の海運会社に集中しており、また、食料・飼料・燃料は、穀物を生産する土地を巡って競合している。バイオ燃料に補助金が支給されている米国では、小麦畑はトウモロコシの生産に変わり、収穫の半分はガソリン添加剤のエタノールに加工される。また、食品産業の主原料である大豆油の40%はディーゼルエンジンの燃料として利用される。市場原理が競争を促進し、収穫物の3つの用途の間に、投資家は巨大な「裁定取引」の機会を見いだしているのだ。

 一方、地球温暖化と人口増によって、食料の需給は構造的に変化する。気温上昇と水不足は、土地利用や作物のそれぞれの地域適性に影響する。また、食料需要はアフリカ諸国では増大するが、欧州や日本では減少する。その結果、現在耕作可能な土地であっても、今後、食料不足になる地域もある。

 昨今は、短期的な問題と長期的な問題を分けて議論しがちだ。欧州の政策担当者の中には、休耕地化と農薬の低減を主な柱とする農業のグリーンディール政策をいったん保留とし、食料危機を回避しようとする人もいる。しかし、将来のリスクを増やさずに問題を解決することは可能だ。バイオ燃料への補助金を廃止し、食料に利用できる土地を増やせばよいのだ。

 事実、短期と長期の問題は同一の問題である。農産物の需要過多と供給過多の地域間の貿易は、これまで以上に重要な意味を持つ。特に、肥料と種子という2つの産物がカギとなる。これらを「国際的な公共財」とし、その取引は、国際的なイニシアティブ、すなわち、新型コロナウイルス感染症で行われたような官民パートナーシップによって保証されるべきであろう。

 貿易への依存が高まる中、食料の自給は有効な目標ではない。食料安全保障は、従来の見解、すなわち、入手可能性、アクセス、利用、安定性を重視する考え方から、持続可能性と主体性を統合する考え方に移行する必要がある。主体性とは、自らの判断で食料システムに関わる能力であり、自らの文化的価値を維持する手法でもある。日本は、「食」が世界文化遺産に認定されており、食に対する新しい視点を提唱する上で主導的な役割を果たせる。また、このような視点は、CFS、WTO、WHO、ユネスコとの協力をより必要とするであろう。

(参考) HLPE(2020) Food security and nutrition: building a global narrative towards 2030. A report by the High Level Panel of Experts on Food Security and Nutrition of the Committee on World Food Security, Rome.

識者が読者に推薦する1冊

Jennifer Clapp〔2020〕『Food』Polity

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)NIRA総合研究開発機構(2022)「日本の食料安全保障、国内と世界の2軸で挑む」わたしの構想No.61

データで見る

  • 日本国民の1人1日当たり供給カロリーを構成する品目と自給率

    注1)全体の食料自給率を計算する上で、輸入飼料により国内生産された畜産物は国産に含めていない。
    注2)破線は品目別カロリー自給率の100%を図示したもの。
    出所) 農林水産省資料より作成。

    付表

  • 世界の輸出上位国(小麦、大麦、トウモロコシ)(2020年)

    出所)FAOSTATより作成。

    付表

  • 世界の食料価格指数の推移

    注1)NIRA算出。名目・実質とも、2000年を100としたときの食料価格指数の推移を示した。2022年の値は1月から6月の平均値。
    注2)実質食料価格指数は、名目食料価格指数から物価の影響を排除したもの。
    出所)国連食糧農業機関(FAO)食料価格指数より作成。

    付表

  • 世界の飢餓人口の割合

    出所)国連食糧農業機関(FAO)“Percentage of undernourished people by region in 2000 and 2020”

    付表

ⓒ公益財団法人NIRA総合研究開発機構
神田玲子、榊麻衣子(編集長)、山路達也
※本誌に関するご感想・ご意見をお寄せください。E-mail:info@nira.or.jp

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