長田久雄
桜美林大学大学院老年学研究科教授

概要

 高齢者の能力は、年々若返る傾向にある。社会活動を営むために十分な能力をもつ高齢者も多く存在している。さらには、日本の高齢者は、国際的に見て現役世代と遜色のない能力を有している。これから日本が迎える超高齢社会を活力あるものにするためにも、このような能力のある高齢者が社会参加できる社会を創る必要がある。そのためには、日本社会に根強く残る「エイジズム」を克服し、年齢に関係なく能力に基づいて働くことができる「エイジレス就業」を実現しなければらない。それは、高齢者を過小評価せず、過大評価もせず、等身大の能力を科学的知見に基づき、正しく理解することから始まる。
 能力からみて、高齢者が働くことのできる職業を具体的に提示すべく、われわれは科学的知見をもとに、職業分析を行った。分析結果によれば、高齢者は80%弱の職業で働くことが可能である。そのうちのおおよそ半数は、経験がなくても働ける職業であり、残りの半数も経験があれば継続して働くことができる職業である。また、20%強の職業では、高齢者が働くためには配慮が必要である。しかし、現在の65歳以上の就業者の比率は、この結果から乖離しており、高齢者の就業上のミスマッチが認められた。

INDEX

 高齢者の機能・能力は、訓練次第で維持・向上でき、経験の蓄積などにより変化への適応力も高まることが近年の研究で明らかになっている。本年6月の日本老年学会では、「高齢者の身体機能や知的能力は年々若返る傾向にある。社会活動を営む能力がある高齢者が社会参加できる社会を創ることが今後の超高齢社会を活力あるものにするために大切である」との声明が出された。

 その実現のために克服すべき課題の1つが、高齢者の就業を阻害する根強い「エイジズム」(年齢差別)だ。エイジズムというと高齢者の能力を過小評価する場合を想定するかもしれないが、「年齢を重ねると人格が穏やかで豊かな知識と経験がある」という過大評価も問題である。高齢者に対する社会の誤った理解は個人の不公平感につながる。

 われわれは、高齢者の機能・能力について正しく理解することで「エイジズム」を乗り越えられると考える。そこで、本稿では科学的知見に基づき、高齢者(65~74歳)の機能・能力を研究する第一線の研究者が想定する高齢者の標準的な機能・能力をベースに、就業可能性の観点から職業を分類した結果を提示する(注1)

エイジレス就業を必要とする時代が目前に迫っている

 まず、われわれが提唱する「エイジレス就業」について述べておきたい。そこには、2つのメッセージが込められている。第1に、高齢者=支えられる人、という価値観を見直すことである。日本人の高齢期の就業意欲が高いことはよく知られている。65歳を超えても働きたいと考える人は半数を超える。そのような高齢者まで一律に「高齢者は支えられる側」と旧来のままの価値観を当てはめてしまうことは、高齢者自身はもちろんのこと、社会にとっても、大きな損失といえよう。

 第2に、これからの時代に必要とされる仕事は、エイジレス=年齢に関係ない、ということである。ITやサポート器具などの発達によって、これまで高齢者には困難と考えられてきた作業も現役世代と遜色なくこなせるようになってきている。また、機械にはできない、複雑な動きや高度な思考や判断が伴う、いわゆる非定型の仕事が相対的に増えており、成果を出せるか否かは、年齢ではなく、個人の能力差に左右されると考えられる。

高齢者就業にミスマッチが生じている

 日本の高齢者は、どれだけの能力を有しているのだろうか。OECD(2013)では、「国際成人力調査」を実施し、各国の成人スキルの状況を把握している。それによると、日本はすべての年齢で、読解力、数的思考力ともに参加国中で第1位であった。また、いずれも、日本の55~65歳の水準は、海外の若年層にも引けを取らない(図1)。このことは、日本の高齢者の就業能力が国際的に高水準にあり、社会で活躍できる可能性があることを示唆している。

 また、意識調査において、「自分の適性が、現在の自分の職業に必要な適性を上回る」と考える就業者の比率が、日本は調査国中で最も高かった。つまり、自分の能力が仕事で必ずしも十分に生かされていないと感じている日本の就業者は、諸外国よりも多いことになる。

 国際的には現役世代と遜色のない能力を有しているにもかかわらず、日本の高齢者が活躍の場を与えられていないというミスマッチが生じているのであれば、そのミスマッチを解消することは活力ある超高齢社会を実現するうえで急務であることは論をまたない。

図1 OECD「国際成人力調査」55~65歳の国際比較

(注)スコアは0点から500点の間のスケールで示される。
(出所)OECD(2013)「国際成人力調査」を基に作成

働き方を工夫すれば約8割の職業で働き続けられる

 こうした問題意識にたち、機能・能力からみて、高齢者が働くことのできる職業とは何か、心理学と医学を中心とした老年学の専門家からなる研究会を立ち上げ、議論を行った。世界的にみても豊富で詳細な職業データが入手可能な米国の職業データベースO*Netを用い、各職業に求められる能力水準(注2)と、高齢者の機能・能力に関する専門家の知見を突き合わせ、職業を就業可能性の観点から3つのグループに分類した。具体的には「経験がなくても働ける職業」、「経験があれば継続して働ける職業」、「就業するには配慮が必要な職業」である。特に高齢者は、感覚・運動機能や体力、生理・心理的能力などの個人差が大きいため、一律に議論することには問題もあるが、標準的な機能・能力を有する高齢者を想定しながら判断した。

 その結果、標準的な機能・能力を有する高齢者であれば、就業者数でみて8割弱の職業で働くことが可能であることがわかった。その半分にあたる約4割の職業が、「経験がなくても働ける職業」であり、もう半分の約4割の職業が、「経験があれば継続して働くことができる職業」に区分される。また、残りの約2割の職業でも、適切な配慮がなされれば就業を継続することが可能である(図2)

図2 分析結果の概要

(注1)分析対象は、O*Netの職業分類(942職業)のうち就業者規模が比較的大きい277職業とした。米国全就業人口の約82%をカバーする。
(注2)人口シェアは、該当する職業を日本の職業分類に対応させ、国勢調査(2010年度)の就業人口数を用いて算出した日本の就業人口シェアである。

 「経験がなくても働ける職業」には、例えば、事務員や飲食店などの店員、小売店の店長などが当てはまる(表1)。標準的な機能・能力を維持する高齢者であれば、過去の就業経験にかかわらず、就業は可能であると考えられる。

 また、「経験があれば継続して働ける職業」についても、機能・能力が維持されている限り同じ職業で継続して働くことが可能というだけでなく、一部の例外はあるが、類似の機能・能力を要求する別の職業へ転職することも可能と思われる(表1)。例えば、専門知識を必要とする製品の販売担当経験者であれば、類似した能力を要求しているファイナンスサービス販売代理人や広報宣伝担当者、社会福祉系の職業などへ転職しても活躍できる可能性が高い。業務内容は大きく異なるが、知識やノウハウが不足する部分については、これまでに培われた経験や能力で、それほどの時間を要せずキャッチアップできる可能性がある。

 ここで気をつけておきたいのは、声かけを密にし、明るい雰囲気を醸成するなどの工夫を講じることで、高齢者の活躍の場がさらに広がる可能性があるという点である。高齢者の能力は現役世代と比べて心的重圧を受けやすく、例えば、銀行窓口や社員食堂の調理人のような時間に追われる職業や、医療関係者のような他者の健康や安全に重大な責任を有する職業などでは、心理的な負荷が高いために能力を存分に発揮しきれない高齢者も存在する。心的負荷を軽減できる職場作りをすれば、そういった高齢者も能力を発揮しやすくなる。

表1 高齢者が働ける職業リスト(例)

(注)*は就業するためには資格・免許の取得が必要

高齢者の就業には配慮も必要

 高齢者の就業能力は、環境に影響を受けやすいといわれている。能力は備えていても、働く環境によっては、能力が発揮されない。場合によっては、ミスが誘発されやすくなり、思わぬ事故につながる恐れもある。そのような環境の職業に従事する場合には、従事者である高齢者側も、採用する使用者側も、なんらかの配慮が必要となることを念頭に置くべきである。特に気をつけなければならない職業は、騒音の中で聴力が必要となる職業、集中が阻害されミスが生じやすい環境下で危険にさらされやすい職業、自動車・重機の運転が必要となる職業などである。

 このような「配慮が必要な職業」には、約2割強の職業が該当した。それらは、現場で業務を行う職業に多く、具体的には、保安職業従事者、生産工程従事者、輸送・機械運転従事者などに多い(表2)。

表2 高齢者が働くうえで配慮が必要な職業リスト(例)

 ここで注意すべきは、高齢者のための適切な配慮がなされないまま、このような環境的なリスクがある職業に就業させるのは、厳に慎むべきということだ。しかしもう一方で、このことは、適切な配慮を行うことにより、高齢者は十分な戦力となりうることも示唆している。働きやすい環境を整えれば、高齢者はまだまだ活躍できる可能性をもっているのである。これからの高齢社会の到来に備え、職務環境の改善策を真剣に見直すべきだろう。例えば、高齢者一人ひとりの実情にあわせて業務分担や就業時間を柔軟に変更できるようにする社内制度、器具やITなどの技術によるサポート体制の強化、若手従業者とのチーム編成による相互の支え合いなどは一考に値する。適切な配慮を行えば、高齢人材は、コスト以上の価値を生み出す存在となりうるのである。

 最後に、高齢者の就業のミスマッチについて触れたい。上記で提示した職業の割合は、該当する職業について全年齢の就業人口で計算したものである。これを65歳以上の就業人口構成で計算したものと比較すると、配慮が必要とされた職業に就業している高齢者は3割を占め、先に示した全年齢の構成比(2割)よりも多く、高齢者の就業が、高齢者には配慮を要する職業に偏っていることがわかる(表3)。他方、経験がなくても就業できる職業の65歳以上の人口構成は3割強と、全年齢の4割よりも少ない。つまり、能力的に可能な職業に対しての高齢者雇用は相対的に限られ、高齢者の職業選択のミスマッチが生じているといえるだろう。高齢者が働くうえで適した職業への就業を促すことや、就業上配慮を要する環境の技術的改善が、重要な課題となろう。社会が年齢による能力変化について正しい理解をもったうえで、それぞれの年齢の特性に配慮した適切な職場環境を整備し、「エイジレス就業」の時代を拓いていかなければならない。

表3 各区分の人口シェア

(出所)総務省「平成22年国勢調査」を基に作成。

長田久雄(おさだ ひさお)

桜美林大学大学院老年学研究科教授。博士(医学)。専門は、老年心理学。

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)長田久雄(2015)「エイジレス就業の時代を拓く」NIRAオピニオンペーパーNo.18

脚注
1 研究メンバーは、筆者の他、伊藤由希子(東京学芸大学)、権藤恭之(大阪大学)、原田悦子(筑波大学)、藤原佳典(東京都健康長寿医療センター研究所)、南潮(同)である。とりまとめは西山裕也(NIRA)が担当した。 1 研究メンバーは、筆者の他、伊藤由希子(東京学芸大学)、権藤恭之(大阪大学)、原田悦子(筑波大学)、藤原佳典(東京都健康長寿医療センター研究所)、南潮(同)である。とりまとめは西山裕也(NIRA)が担当した。
2 O*NETでは“能力”は“レベル”と“重要度”の2つの尺度があり、それぞれ7段階、5段階で評価され100段階に換算されている。 2 O*NETでは“能力”は“レベル”と“重要度”の2つの尺度があり、それぞれ7段階、5段階で評価され100段階に換算されている。

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