NIRAオピニオンNo.13 2015.01.19 社会保障改革しか道はない今こそ、財政健全化への決意を示すとき この記事は分で読めます シェア Tweet 土居丈朗 慶應義塾大学経済学部教授 鶴光太郎 慶應義塾大学大学院商学研究科教授 井伊雅子 一橋大学国際・公共政策大学院教授 小塩隆士 一橋大学経済研究所教授 西沢和彦 日本総合研究所上席主任研究員 柳川範之 総合研究開発機構(NIRA)理事/東京大学大学院経済学研究科教授 概要 団塊世代が75歳に到達する2020年代初までという時間制約、異常な債務残高と堅実さに欠く政策対応、そして、将来的な金利上昇リスクの高まり。今こそ、財政規律を確立するための道筋を、2020年度の財政健全化目標の法定化という強い決意で示し、わが国の政府財政への信認を揺るぎないものとしなければならない。 内閣府の試算では、かなり楽観的な名目成長率が続くとしても、2020年度には11.0兆円の基礎的財政収支の赤字が生じる。にもかかわらず、現時点で、黒字化目標を達成するための具体策を、政府は何も示していない。財政の現状をみると、社会保障支出はほぼ一貫して上昇し、高水準に達しているのに対して、非社会保障支出の対GDP比は、OECD諸国と比較して最低水準となっており、その削減余地は限られている。財政健全化のためには、社会保障における過剰な支出の削減や効率化への追求へと目を転じざるを得ない。削減のための具体的な方策を議論することが何よりも肝要である。 その上で、中長期の国と地方の財政規律の確立のためには、社会保障の財源を消費税によって確保することで社会保障の受益と負担の均衡を目指すことが基本となる。 PDFで読む INDEX 2020年度の黒字化と中期財政計画の法定化 強い決意を示す理由は、団塊世代の75歳入り、異常な債務残高、金利上昇のリスク 経済成長だけでは財政健全化は実現できない 社会保障給付の削減を実施せよ 社会保障の受益と負担の均衡により財政規律を確立せよ 2020年度の黒字化と中期財政計画の法定化 2015年10月からの消費税率10%への引き上げの延期が決まった。延期のための法律が新たに策定され、消費税率引き上げの2017年4月実施、および景気条項(注1)の削除が盛り込まれる予定だ。 しかし、単に、増税の先送りを法定化するだけでは不十分である。われわれは、財政健全化目標を堅持するために、安倍内閣および自民党が先の12月の衆議院選の公約で掲げた以下の点を合わせて、一括して法定化することを提案する。 ─国・地方の基礎的財政収支の2020年度までの黒字化 ─その実現に向けた中期財政計画の今夏までの作成 この措置を通じて、政府が財政健全化に強くコミットし、その決意を内外に示すことで、政府財政への信認は揺るぎないものとなる。 強い決意を示す理由は、団塊世代の75歳入り、異常な債務残高、金利上昇のリスク なぜ、2020年度の目標を法定化という政府の強い意志で示すべきなのか。1つには、2020年代初には、団塊の世代が75歳に到達し、社会保障給付費が大幅に増加することがある。この機を逃すと、社会保障給付の受給者が急増し、財政の健全化が著しく困難になる。 わが国の社会保障制度は、高度成長期に形作られ、勤労世代に負担を負わせて高齢世代に給付するという賦課方式的な形で運営されている。このことが、人口減少・高齢化社会にとってはアダとなる。勤労世代の人口が減り、高齢世代の人口が増えると、勤労世代の1人当たり負担はますます増え、社会保障制度の持続性を大きく損なう。また、高齢世代の純受益(受益マイナス負担)に比べると、若い世代の負担超過が一段と増え、社会保障をめぐる世代間の受益と負担の格差の拡大を目の当たりにする将来世代が、社会保障制度に対する強い不信感を抱きかねない。これらは、社会保障制度の持続可能性・公平性を大きく損なう一大事である。 次に、わが国の政府債務残高(対GDP比)が、世界的に見ても未曽有の規模にまで累増していることがある。こうした異常な状況下で、受益に見合った負担を国民に課すことができなければ、日本の政策への信認が揺らぎ、金融資本市場を通じて日本経済のリスクが高まる恐れが強い。欧州債務問題に見られるように、先進国においても、債務残高の累増と政府の政策遂行への市場の信認の低下が国債金利の急騰を引き起こし、財政危機と金融危機の同時発生を招いた。実際、日本の消費税引き上げ延期を受けて、ムーディーズは日本国債の格付けの引き下げを行っている。こうした事態にもかかわらず、政策当局者および政策にかかわっている専門家の間に、経済の現状認識および政策運営に対するコンセンサスが形成されていないことは深刻な問題だ。負担や痛みを先送りし、場当たり的な対応に追われている今の状況は、民主政治が毀損していることの顕れでもある。 さらに、金利上昇リスクが高まっていることがある。目下の低金利で利払費の深刻さは見過ごされているが、(1)金融緩和の断固たる継続、円安傾向によるインフレ期待の上昇、(2)デフレ脱却後の日本銀行の政策転換、(3)高齢化による国内貯蓄の減少を契機に、日本の国債市場に対し海外を中心としたマーケットの予想が反転すれば、日本銀行が介入し続けたとしても現在の低金利を維持することが困難になる。国債金利が上昇すれば、債務残高が大きいだけに、利払費の急増は避けられない。足元の動きを見ると、史上最低水準の国債金利でも債務残高の累増の影響により、利払費は既に増加傾向に転じており、注視が必要である。さらなる利払費の増加は、近い未来に起きうる話である。 団塊世代が75歳に到達する2020年初までという時間制約、異常な債務残高と堅実さに欠く政策対応、そして、金利上昇リスクの高まり。どれ1つとってみても、今こそ、財政規律を確立するための道筋を、強い決意で示さなければならない理由である。 経済成長だけでは財政健全化は実現できない 現時点で、2020年度の黒字化目標を達成するための収支改善の具体策を、政府は何も示していない。内閣府が2014年7月に公表した「中長期の経済財政に関する試算」では、2010年代後半以降にかなり楽観的な仮定と思われる3%台後半の高い名目成長率が続くとしても、2020年度には名目GDP比で1.8%、金額で11.0兆円の基礎的財政収支の赤字が生じるとの推計結果が出ている(注2)。かなりの高成長が実現しても基礎的財政赤字が解消できないことを、政府自らが認めているわけである。また、それよりも低い名目成長率2%弱の成長の場合には、2020年度には名目GDP比で2.9%、金額で16.2兆円の赤字となる。この11.0~16.2兆円の基礎的財政収支の赤字をいかに解消するかは、財政の信認を今後も維持していく上で重要な課題である。 もっとも、基礎的財政赤字の解消は財政再建への第1歩にすぎない。なぜなら、利払費を含めると2020年度には財政収支全体の赤字額は20兆円程度(18.1~20.9兆円程度)にまで上乗せされるからである。 増税をしなくても、高い経済成長率が実現すれば財政健全化は、達成できるとする見方がある。機械的な試算によれば、成長によって基礎的財政収支の黒字化を達成するには5%程度の名目成長率が必要だ(注3)。しかし、全体の人口が減少する中で、少子高齢化が今後さらに進むわが国にあっては5%の成長率は実現不可能である。高い成長率を設定して財政健全化が実現できると見込むことは、もしその成長率が実現できなければ、財政健全化の計画は画餅に帰すことを意味する。これ以上、財政健全化を後退させられないわが国の状況からすれば、見通しの甘さは致命的な問題に発展しかねない。 さらに、経済成長に期待しすぎる財政収支改善は、歳出効率化や適切な租税負担など財政規律を緩ませる。保守的な経済見通しのもとで歳出削減、税収増を実現すべきである。 社会保障給付の削減を実施せよ 国の一般会計における主な歳出の推移を見れば(図1)、社会保障はほぼ一貫して上昇し、かつ、高水準に達している。これまでの財政支出増は、社会保障支出の動きでほとんどが説明できる。 現に、今を生きる世代への社会保障給付の財源は、保険料と税だけでは十分に賄えず、赤字国債を発行して将来世代に付けを回している状況である。今後一段と進む高齢者人口の増大に伴い、社会保障給付額は2020年度にかけて約24兆円の増加が見込まれている。消費税を10%に引き上げたとしても、将来世代に負担を先送りする状況はほとんど解消されない。 図1 一般会計における主な歳出の推移(1980年度~2012年度) (注)決算の数値(出所)決算書などを元に作成 他方、国と地方の歳出全体で見ると、既にOECD諸国との比較でも日本の非社会保障支出の対名目GDP比は最低水準になっている(図2)。無駄を省くという努力は絶え間なく続けていくべきだが、先の内閣府の試算でも、非社会保障支出については、2020年度にかけて実質横ばいを既に想定しており、さらに非社会保障費だけで11.0~16.2兆円の削減を行うには無理がある。非社会保障費の削減余地が限られていることは事実であり、自然、社会保障における過剰な支出の削減や効率化の追求へと目を転じざるを得ない。 こうした現実を直視すれば、消費税引き上げの先延ばしにより社会保障改革が先送りされることがあってはならないことは明らかだ。遅滞なく社会保障改革を行っていくことが肝要であり、そのためには社会保障支出の削減の具体的な方策の議論を始めることが重要だ。 図2 非社会保障支出の国際比較(対名目GDP比、2012年) (注)「その他」は物件費、経常移転、資本移転、補助金等を含む。(出所)OECDのデータを元に作成 例えば、医療分野では無駄な治療・投薬の是正、入院医療から在宅医療への提供体制の転換促進、また、介護分野では軽度者(要支援1、2、要介護1)の給付削減、年金分野では公的年金等控除の圧縮などが挙げられる。 もちろん、社会保障給付を削減すればそれでよいわけではない。給付と負担のバランスを考えながら、国民生活のセーフティーネットとして社会保障給付を維持し、国民生活の質を維持・向上させつつも、過剰に費用がかかっている部分の効率化や、社会保障にとって真に有用ではない支出の見直しが必要なことはいうまでもない。 社会保障の受益と負担の均衡により財政規律を確立せよ 中長期の国と地方の財政規律の確立のためには、社会保障の財源を消費税によって確保することで社会保障の受益と負担の均衡を目指すことが基本となる。このため、まずは社会保障給付の改革を行うが、その上で残る赤字には、さらなる消費税の引き上げによる対応が必要となる。と同時に、拡大が見込まれる利払費を含む非社会保障支出については、消費税以外の税で賄うこととする。ここで社会保障給付の負担増を消費税に求める理由は、消費税が景気動向に左右されない安定的な財源であること、また、将来世代に付けを回すことなく、今を生きる世代が老若を問わず負担することから社会保障の財源としてふさわしい特徴を兼ね備えているためである。 このように社会保障と消費税をそれ以外の歳出と歳入の枠組みと分けて捉えることにより(図3)、財政収支の改善を図り、わが国の財政規律を確立することができる。このことは、国民が消費税の水準を選択することによって、社会保障の在り方を主体的に決定することにほかならない。 次号では、2020年度黒字化を実現するための社会保障改革を中心とした具体的な施策および削減額を示すこととする。 図3 社会保障とその他の2つの枠組み(国・地方の予算) (注)2020年度には既に消費税率が10%となっていることを前提(出所)内閣府「中長期の経済財政に関する試算」、内閣官房社会保障改革担当室作成資料等のデータを元に作成(注4) 土居丈朗(どい たけろう)[共同代表]慶應義塾大学経済学部教授。博士(経済学)(東京大学)。専門は財政学、公共経済学、政治経済学。 鶴光太郎(つる こうたろう)[共同代表]慶應義塾大学大学院商学研究科教授。博士(経済学)(オックスフォード大学)。専門は比較制度分析、企業統治、雇用システム。 井伊雅子(いい まさこ)一橋大学国際・公共政策大学院教授。博士(経済学)(ウィスコンシン大学マディソン校)。専門は医療経済学、公共政策。 小塩隆士(おしお たかし)一橋大学経済研究所教授。博士(国際公共政策)(大阪大学)。専門は公共経済学。 西沢和彦(にしざわ かずひこ)日本総合研究所上席主任研究員。専門は社会保障制度改革、税制改革。 柳川範之(やながわ のりゆき)NIRA理事。東京大学大学院経済学研究科教授。博士(経済学)(東京大学)。専門は金融契約、法と経済学。 引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。 (出典)土居丈朗・鶴光太郎・井伊雅子・小塩隆士・西沢和彦・柳川範之(2015)「社会保障改革しか道はない」NIRAオピニオンペーパーNo.13 脚注 1 「社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための消費税法等の一部を改正する等の法律」附則第18条 1 「社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための消費税法等の一部を改正する等の法律」附則第18条 2 中期的な財政健全化の議論がデータに基づいてできるよう、国・地方の歳出・歳入や社会保障費の見通し等について、内閣府は「中長期の経済財政に関する試算」等の内容を充実すべきである。 2 中期的な財政健全化の議論がデータに基づいてできるよう、国・地方の歳出・歳入や社会保障費の見通し等について、内閣府は「中長期の経済財政に関する試算」等の内容を充実すべきである。 3 必要な成長率の試算(PDF) 3 必要な成長率の試算(PDF) 4 『図3 社会保障とその他の2つの枠組み(国・地方の予算)』 試算の考え方(PDF) 4 『図3 社会保障とその他の2つの枠組み(国・地方の予算)』 試算の考え方(PDF) シェア Tweet 関連公表物 社会保障改革しか道はない(第3弾) 土居丈朗 鶴光太郎 井伊雅子 小塩隆士 西沢和彦 柳川範之 社会保障改革しか道はない(第2弾) 土居丈朗 鶴光太郎 井伊雅子 小塩隆士 西沢和彦 柳川範之 ⓒ公益財団法人NIRA総合研究開発機構※本誌に関するご感想・ご意見をお寄せください。E-mail:info@nira.or.jp 研究の成果一覧へ