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NIRA政策レビューNo.59 | 2013/01発行 | |
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伊藤元重(NIRA理事長)、小塩隆士(一橋大学経済研究所 教授)、宇佐美 誠(東京工業大学大学院社会理工学研究科 教授)、 牧原 出(東北大学公共政策大学院 教授)、宮本太郎(北海道大学大学院法学研究科 教授)、 白波瀬佐和子(東京大学大学院人文社会系研究科 教授) |
現行の公的年金制度では、少子高齢化が進むにつれ、若い世代ほど受け取る年金額に比べて負担が大きくなる。 この世代間の不公平性の問題をどう考えるべきか。 本号では、世代でみて受益と負担の収支差を大体同じとすべき、また、 個人単位でみて受益と負担がつり合うべきという見方がある一方、社会保障制度全体で公平性を確保すべきとの指摘もなされた。
■「複合的な視点で世代間の公平性の議論を」
伊藤元重(NIRA理事長)
■識者に問う
「公的年金の世代間公平性とは」
わが国の公的年金制度は、
少子高齢化が進行するにつれて世代間の不公平が拡大する。こうした問題が指摘されながらも、抜本的な改革が行われずに放置されている。
公的年金制度における世代間公平性とは何か。 そして、現状をどう打開すべきか。経済学、法哲学、政治学、
社会学の第一線で活躍している識者に聞いた。
*以下、 記事中の敬称は略
1 「世代と所得を軸に改革を」
小塩隆士 一橋大学経済研究所 教授
2 「公平性は個人単位で考えよ」
宇佐美 誠 東京工業大学大学院社会理工学研究科 教授
3 「世代を超えた思いやりを」
牧原 出 東北大学公共政策大学院 教授
4 「社会保障制度全体で公正の実現を」
宮本太郎 北海道大学大学院法学研究科 教授
5 「世代内での再配分も課題に」
白波瀬佐和子 東京大学大学院人文社会系研究科 教授
インタビュー実施 :
2012年10~12月
聞き手:島澤 諭(NIRA主任研究員)
*印刷版「識者に問う」では、各識者の意見のエッセンスを抽出し、見開きの記事にまとめています。
■「複合的な視点で世代間の公平性の議論を」
伊藤元重(NIRA理事長)
税と社会保障の一体改革
社会保障制度は、日本の財政問題の本丸といってよい。
その財政的規模は膨大であり、税や社会保険料で国民が負担する金額も大きい。また、個々人の人生設計においても、
社会保障制度のあり方は大きな影響を及ぼす。
そのような理解から、政府は税と社会保障を一体にした改革を打ち出した。2012年6月に自公民三党で「税と社会保障の一体改革」
に関する合意が成立し、政権交代によってその取り組みに大きな変更がないような仕組みを構築した。改革の手始めとして、
まず消費税率の引き上げが決まり、そして社会保障制度改革国民会議を立ち上げて社会保障制度の議論を進めている。
今回、インタビューした識者の方々も、いくつか議論の進め方には注文をつけながらも、税と社会保障の一体改革という考え方を支持している。
ただ、社会保障制度改革国民会議は今年の8月までと期限を切られた暫定的な組織である。
社会保障制度を実際に改革するにはまだ膨大な時間がかかることは覚悟しなくてはいけない。その意味では税と社会保障の一体改革の議論は、
まだ始まったばかりと言える。
今回の政策レビューでは、こうした背景の中で、「公的年金における世代間の公平性」について取り上げることにした。
社会保障制度とはいっても、年金・医療・介護・子育て支援などで、公平性といっても大きく異なる側面がある。そのため、
あえて年金にしぼった方が、議論が明確になると考えた。また、団塊の世代が本格的な年金支給の時期にさしかかるということで、
年金改革がもっとも早い対応を求められているのも事実だ。
ただ、当然のことながら年金で取り上げられる問題は、他の社会保障制度にも関わることである。また、年金だけを切り離すのではなく、
社会保障を全体として取り上げることの意義も大きい。これはインタビューの中で識者の方も指摘している点である。
◆
今回のヒアリングのキーワードは世代間公平性という考え方だ。少子高齢化が進む中で、
若い世代ほど公的年金制度から受ける利益に比べて負担が大きくなる。国民の多くが不公平感を感じるような制度は、持続性を持つことが難しい。
世代間公平性は、制度の長期持続性を考える上で重要な鍵となる。
しかし、残念ながら、政府における社会保障制度の改革論議では、世代間公平性の視点が十分とはいいがたい。
当面の課題に対応するのに精一杯という面もあるだろうし、
ことさらに世代間の不公平を表に出すことで改革論議に混乱が出ることを避けたいという意識があるかもしれない。
ただ、白波瀬氏も指摘しているように、「どの世代の人々も、自らの生活が社会によって支えられているというのを実感してもらえる」
という社会保障制度にしないと、年金制度の持続性も確保することはできない。世代間公平性の問題を避けては通れない。
公平感の捉え方
現在の高齢者世代は低い負担で高い年金支給額を得ている。しかし、
若い世代になるほど、支給額に対して負担が大きくなる。これから生まれてくる世代は、さらに重い負担となる。今の年金制度の下では、
制度の不整備によるつけが後の世代に回され、若い世代ほど不利になる。こうした世代間の不公平を放置することが、問題視されているのだ。
しかし、このように単純に捉えると、問題解決の選択肢も非常に限られたものとなってしまう。高齢者への支給をもっと減らすことで、
若い世代の負担を少しでも軽減していくということだ。しかし、選挙の有権者は高齢者が圧倒的に多いことを考えると、
そうした改革を単純に実現することはきわめて難しい。
今回のインタビューから受けたもっとも重要なメッセージは、世代間の公平性という問題を単純化して捉えてはいけないということだ。
世代間だけではない、より多様な軸で公平性を議論しなくてはいけない。どのような軸が考えられるだろうか。たとえば、
小塩氏は所得という軸の重要性を強調する。高齢者の中にも所得や資産の多い層は少なくない。そうした同じ世代内の移転も含めて考えれば、
世代間の対立という難しい問題を少しでも緩和できる。白波瀬氏も「公的年金は社会保険の枠組みをベースとして、・・・
将来に備える蓄えであって、世代間の損得論を強調しすぎるのは望ましくない」とし、世代内の再配分の重要性を強調する。
高齢者間の再配分を行うことで、若い世代の負担が軽減できる。
宇佐美氏は公平性を個人単位で考えることを強調する。所得を重視すべきだという他の二人の方の意見と似た面はある。ただ、「公平性」
ということを徹底して詰めていくとなると、個人という視点から制度の公平性について議論を深めていくということがどうしても必要だ。ただ、
一方で家族内の分配ということも、社会システムの中で重要な意味をもっている。公平性は深く掘り下げていけばいろいろな論点が出てきそうだ。
社会保障制度全体の中での公的年金
公的年金というお金のやりとりだけに議論を限定すると、
選択の幅が狭まる。社会保障制度全体の中で公的年金制度のあるべき姿を考えるべきだ。白波瀬氏や宮本氏はこの点を指摘する。
白波瀬氏の言葉を借りるのであれば、現金給付だけでなく、「生活保障の観点から、教育・保育サービス、医療等の現物給付を通して、
世代を超え、生涯にわたる社会保障制度」全体で、公平性を担保する方向が考えられるのだ。さらに、宮本氏の言葉を借りれば、
公平性は制度の信頼性を高めるために重要だが、「年金制度の世代間の公平性ばかりが強調され、
社会全体の公正(justice)が議論されていない」ことは問題である。「雇用や家族、福祉を含むトータルな社会保障制度の中で、
現役世代への就労支援や家族支援に財源が振り向けられること」も重要なのだ。公的年金制度だけの枠で世代間の公平性の議論をするのではなく、
現役世代が何を求めているのかという点にもっと議論を向けるべきである。牧原氏も指摘するように「高齢者は給付の一部を我慢してでも、
それを次世代に投資するという発想」を持つことも含めて、総合的な視点から世代間の公平性の議論をする必要がある。
つまり、公的年金に論点をしぼることで世代間の公平性という重要な問題の存在が分りやすい形で浮かび上がってくる。
そうした形で多くの人が問題の存在を認識することができる。しかし、そのようにして公平性という問題をいったん深く考え始めると、
公的年金だけに限定した制度論議ではすまなくなってくる。また、公的年金を超えたより広い社会保障制度や雇用・
教育制度にまで選択の幅を広げることで、より多くの国民が納得するような改革の方向が見えてくる。
社会保障制度は国民全員が納得して支えるものでなくてはいけない。だからこそ公平性が重要なのだ。ただ、
公平性を個々人の損得勘定の問題だけにとどめてはいけない。宇佐美氏が指摘するように、国民の多くが議論に参加し、
ある程度納得できるような「熟議的合意」を目指すことが求められる。また、宮本氏が指摘するように、年金制度の公平性と同時に、
社会の公正にまで議論を広げていく必要がある。宮本氏によれば、社会の公正とは、
「社会参加の条件がいつの世代でも確保されていくということ」である。「雇用の安定性が揺らぎ、家族の形成も不安定化している」
にもかかわらず、現役世代は負担のみに余儀なくされ、必要な支援を受けることができていないことが大きな問題だと言う。
「年金の勝負どころは公平性だ」としつつも、日本の場合、「年金の公平性を確保するという議論を突き詰めると、
そのためだけに財源が使い尽くされてしま」うという点を宮本氏は危惧する。日本の社会保障の支出の中で、
若い人に対する支援の比率を高めるためにも、社会保障制度全体、あるいはそれに雇用支援なども含めた、
大きな枠組みの中で考える必要があると指摘している。今後の公的年金と世代間の公平性をめぐる議論においても、大いに参考になるだろう。
将来世代に大きな負担を強いる制度は問題
――― 世代間公平性の観点から、
現在の公的年金制度をどのようにご覧になりますか。
小塩 現在の公的年金制度は、特定の世代にとって有利で、他の世代にとって不利になるという仕組みだ。
現時点での高齢者はもらい得、現在の中年層は損得どちらでもない、それより若年層は損をする、
という現在生きている世代の中の格差があることは確かである。さらに大きな問題は、
将来世代が現在世代に比べて受益と負担の収支差で大きな損をする、現在世代と将来世代の格差があること。
わざわざ将来世代に負担を先送りする制度を維持し続けるのは、やはり是認できない。
ただし、公的年金制度の発足当時は、拠出実績が不十分な高齢者に年金を支給する必要性があるため、高齢者は拠出より給付額が多くなる。
その格差まで解消すべきとはいえない。しかし、制度が発足してから長時間が経ったいまなお格差があり、これから将来も格差が拡大するのでは、
現制度をこのまま維持することは正当化できない。
年金は長期的なコミットメントで、現時点の意思決定が将来世代を縛ることになる。
将来の制度設計に関する意思決定に参加していない将来世代の人たちに不利になるような制度をつくってしまうのは明らかに不公平である。
だから、制度の運営の基礎には世代間の公平性を据えるべきだ。
マクロ経済スライドの発動を
――― 公的年金における世代間の公平性を実現、
あるいは回復するためにはどうしたらよいとお考えですか。
小塩 端的に言えば、給付を減らすしかない。現在の若年層、あるいは将来世代の状況を向上させるには、
高齢者層の給付を全体として下げることで帳尻を合わせるしかない。そういう点では、
高齢者への年金給付額を若年層の負担する保険料収入の額に合わせて自動的に調整する仕組みが必要だ。マクロ経済スライドも、
評価できる仕組みで、世代間格差の是正につながるが、発動されずにおり、それは問題だ。
余裕のある高齢層に的を絞った格差是正策を
―――
世代間の利害調整のあり方についてお考えをお聞かせ下さい。
小塩 高齢者は人口構成上大きな比重を占めている以上、
彼らに一方的に不利にするような政策は反発を招くだけだ。利害調整の方法として、年齢という軸のほかに、
もう一つ所得の軸を入れて2つの軸で議論するとよい。高齢者には、所得があり余裕のある人と、そうでない人の二つのグループがある。
後者の高齢者の給付をある程度上げて生活保障をする一方、前者の給付額を減らすことで、高齢世代全体の給付を減らす。つまり、
所得面で困っている人は年齢にかかわらず皆で助け、そうでない人は高齢者であっても助ける側に回る。そうすれば、
政治家も有権者に対して説得しやすくなる。困っている人だけを助けるという点で、限られた財源の用い方としても効率的だ。要するに、
高齢層の中でも、余裕のある人、利他的な考え方を持っている人達を仲間に入れて、世代間の行き過ぎた再分配を縮小することが必要。
社会保障制度改革国民会議に望むこと
――― 社会保障制度改革国民会議に対して、
どのようなことを望まれますか。
小塩 制度面では、スウェーデンの仕組みは理想的だ。何年もかけて、
多様な利害関係者が徹底的な議論をした結果、政権交代の有無にかかわらず、社会保障を自動的に調整する長期的メカニズムがある。日本の場合、
高望みかとも思うが、期待はしている。
内容面では、従来なかった社会保障と税の一体改革という議論の枠組みができたのは非常に重要なこと。しかし、現時点の一体改革の中身は、
決まっていたことをようやく実現させただけで、スタートラインに乗っただけだ。税と社会保障の共同戦線を張るというところまで来ていない。
例えば公的年金に関して、給付面では、余裕のある高齢者に年金給付はするが税金も多く取るとか、あるいは負担面で、
逆進的だと指摘される定額の保険料ではなく所得に応じた負担のあり方を導入するとか、還付つきの税額控除の導入など工夫の余地があるはずだ。
税と社会保障の両方の長所、強みを生かして、全体的にもっと踏み込んだセーフティネットの強化があってよい。
まず個人単位で考える世代間の公平性が重要
―――
世代間の公平性の観点から公的年金をどのようにお考えになりますか。
宇佐美 基本的には、世代は個人の集合だから、世代間の公平性も個人単位に分解して考えることができる。
年金制度に関する一つの考え方としては、積立方式で、一人ひとりが払い込む保険料と受け取る給付金との間でバランスがとれているとき、
個人ごとの公平性が保たれていると言える。これが世代を問わず実現されていれば、世代間の公平性も保証される。
個人単位で考えると世代間格差は容認できない
――― 現在の高齢世代は、
過去の経済発展を担った世代で、私的な側面では自分の親の面倒を見つつ、自分の年金も払ってきたわけで、
年金には世代間格差はあって当然という議論がありますが、どのようにお考えになりますか。
宇佐美 そうした意見については、ミクロとマクロという二つの観点から考える必要がある。まずミクロ、
つまり個人単位で考えると、同じ世代の中にも、兄弟姉妹の順番など家族の中の位置づけによって、親の私的扶養を実際に行った人もいれば、
行わなかった人もいる。経済発展への貢献度も、実際には人によってかなり違う。
このように多様な個人を同世代として一括りにして議論するのは、あまり説得力がないだろう。
他方で、マクロな視点も重要だ。戦後復興期から1973年に終わる高度経済成長期までという区切りで仮に考えると、
この時代に20年間とか30年間とか働いた世代は、現在にはもうかなり高齢だ。むしろ、現在の受給者のかなりの部分は、低成長期になってから働いた世代になる。そうすると、過去の経済発展への貢献を理由として、
現状の世代間格差をどこまで是認できるかは、かなり疑問だろう。また、国際的に見ても、低開発段階の国で社会的・経済的条件がそろえば、
経済成長は生じる。わが国もその一例だ。だから、今は高齢層である大勢の人たちが確かに経済成長に貢献したが、
しかしその人たちは経済成長期に居合わせたとも言えるわけだ。どんな時代に勤労世代だったかによって、
引退後に受け取るものが大きく異なってよいとは言えないはずだ。
公平性を保つ前提条件が崩れている
―――
現在の日本の公的年金制度を公平性の観点からどのようにご覧になりますか。
宇佐美 現行の賦課方式は、
歴史的には各家庭の中で行われていた高齢者の生活保障が社会化したものだと言える。仮に、各世代で大半の人が結婚して、
子供を二人またはそれ以上もつとか、あるいは海外からの移民をより積極的に受け入れるとかして、
各世代の規模がほぼ同じになるという前提条件が満たされているならば、賦課方式でも世代間の公平性が近似値的に保たれるだろう。ところが、
現在の日本では、ライフスタイルが多様化して少子化が進んでおり、また移民の積極的な受け入れも行われていないから、
世代の規模の一定性という条件が崩れてしまっている。後続世代ほど人口が少なくなっていくため、負担が徐々に増して、
世代間の公平性がますます損なわれつつある。こういう状態で賦課方式を継続するのは、少なくとも世代間の公平性の観点からは問題がある。
もちろん、他にも世代内の公平性や、現行制度の国庫負担に関わる国の財政状況など、考慮するべき点は数多くあるから、
世代間の公平性は一つの考慮事由にすぎないが、しかし無視できない事由だ。
熟議的合意を基本にした格差是正の実行を
――― 格差是正の過程で必要な、
利害調整のあり方、合意の仕方はどのようにすればよいとお考えですか。
宇佐美 まず、基本的な考え方として、私は「現実的合意」と「熟議的合意」を区別している。
「現実的合意」は、実際に存在する合意をさすのに対して、「熟議的合意」とは、皆が十分な情報をえた上で、私利によるバイアスなしに、
活発な議論を行ったならば達せられるだろう合意のことである。
公的年金などの社会制度について、国民の「現実的合意」と「熟議的合意」の内容が一致すれば、それが理想的だ。しかし、
特に公的年金制度は複雑なので、多くの市民の情報量には制約があり、また若年世代にとって受給は遠い将来のことだから、
時間割引が不合理な程度にまで大きくなりうるなど、「熟議的合意」の成立を阻む要因が多い。他方で、世代間格差は年々拡大し、
国庫負担分のために財政負担も増大していくから、今や待ったなしの状況だ。「熟議的合意」だと言える「現実的合意」が成立するまで、
制度改革を待っているわけにはゆかない。
そこで、政府は自らの責任で、「熟議的合意」に支持されると自分たちが信じる制度改革を進めるとともに、
その改革の是非を市民が判断できるように十分な情報提供を行うべきだ。この是非の判断は、
民主主義では最終的に選挙で信を問うという形で行われることになる。また、市民への情報提供という観点からは、
官庁だけでなく民間シンクタンクも、
年金制度の見通しについて何通りかの仮定の下でシミュレーションを行って公表することには大きな意義があるだろう。
社会保障制度改革国民会議に望むこと
―――
社会保障制度改革国民会議でどのような議論があればよいとお考えですか。
宇佐美 一つは、根源的な議論を望みたい。支給総額の増大のような目前の問題に対応するだけでなく、
それを入り口にして、そもそも年金とはどのような制度かという、本質論をめぐる根源的な議論まで進んでほしい。仮に、年金とは、
現役時代の社会への貢献度に応じて各人が受け取るべきものだと考える場合には、勤労所得がおおよそ貢献度に応じた金額であれば、
積立方式が個人単位の公平性を満たすことになる。ただし、勤労所得が性別などによる歪みを含んでいる限りでは、
それを補正する必要が出てくる。他方で、年金の少なくとも一階部分は基本的に生活保障だと考える場合には、税方式への制度改革が必要になる。
このように、本質論が改革の基本的な方向性を左右する。
二つ目に、複眼的な議論となってほしい。世代間の公平性は、抽象的な原理レベルでの重要な考慮事由だが、
次に具体的な制度を前提する段階では、個人へのインセンティブやマクロ経済効果など、別の論点が出てくる。
いっそう現実的なレベルまで来ると、政治的な実行可能性の問題も無視できない。そこで、議論のレベルを分けた上で、
様々な角度から意見が出される複眼的な討議になればと思う。
三つ目は二つ目と関係するが、包括的な議論を期待したい。年金制度は一つの公共政策で、公共政策体系の一部であるから、他の政策、
特に税制を視野に入れた議論が不可欠だ。積立方式への移行が望ましいと考える場合にも、制度の移行期では税金による手当てが必要になる。
あるいは、税方式に移行するならば、税制の検討はいっそう重要だ。税制を含めた他の政策は今回の直接の検討課題ではないだろうが、
しかし他の政策がどう変われば、公的年金のどの側面にどんな影響があるかなど、広い視野で包括的な討議がなされるよう願っている。
高齢者は、「世代を超えた思いやり」をもて
―――
世代間の公平性についての考え方が変わってきた、と。そうした中で、様々な世代に公平性の考え方が共有されていくために、
何が必要とお考えですか。
牧原 高度成長時代に現役だった世代は、今も年金をコホートによる発想で考えていて、「年齢」
の立場での発想の転換はできていない。自分達が働き盛りだった時に豊かだったのだから、老後も豊かであるべきだ、と思っている。だから、
次世代との公平に意識がいきにくい。しかし、今の時代にはこの二つは全く別であるという認識に改めることが、世代間の公平性のために必要だ。
現在の高齢者が、現在の若い人の立場にたって考えるならば、たとえ自分達が働き盛りだった頃には豊かであったとしても、
経済情勢が悪化した今、自分たちの定年退職後の年金給付を潤沢には出せないのだ、ということに気づく。そのように気づけば、
自分たちは給付の一部を我慢してでも、それを次世代に投資するべきだ、という考え方に、発想を転換していくことができる。この
「世代を超えた思いやり」というべきものが、今の時代は求められている。
政治は、高齢世代が共感できるメッセージを送れ
―――
世代を超えた思いやりという考え方を国民の間で共有していくためには、世代間の公平性をはかる基準が必要なのでしょうか。
牧原 公平性をはかる基準があれば、確かに制度の透明性を高めることはできるが、
それによって世代を超えた思いやりという理念を国民が共有できるかといえば、難しいのではないか。制度の透明性を高くして、
理性に訴えながらじっくり話せばわかる、ということだけでは不十分だ。
国民の多くは、実は既にもう問題はある程度わかっている。ただ、彼らは最後の一歩を踏み出すために共感できるような物語、
ふわっとした理屈が欲しいのだ。そもそも年金における賦課方式は、現役世代から高齢世代へという、
ある種の世代を超えた思いやりの理念だった。しかしこれからは若い人から高齢者に賦課されるのではなく、
高齢者から若い人に還流していくべきだと、高齢世代が思えることが重要だ。そのメッセージを国民の心に届く言葉で送るのは、
やはり政治の役割となる。
現役世代への支援が求められている
―――
そのお考えをもう少し詳しくお聞かせ下さい。
宮本 社会保障制度は、社会の公正(justice)を実現すべきものだが、社会の公正とは、
別の言葉でいえば「参加保障」であり、皆が社会に参加できる条件づくりが実現している状態をいう。
現在、現役世代がおかれている状況は、かつて制度設計した頃とは大きく変化している。雇用の安定性が揺らぎ、家族の形成もままならない。
つまり、現役世代の社会参加が十分になされず、不安定化してしまっているということだ。それにもかかわらず、
現役世代は負担のみに余儀なくされ、必要な支援を受けることができていないことが最も大きな問題だ。
年金という個別の制度の中で世代間の公平性を実現することも重要だが、現在の社会にとってより重要なのは、雇用や家族、
福祉を含むトータルな社会保障制度の中で、現役世代への就労支援や家族支援に財源が振り向けられることによって、
社会の公正が実現されることだ。現役世代が就労でき、家族を作って子どもを生み育てることができる条件を、社会が用意しなければならない。
日本の社会保障の支出構成は、いびつ
――― 確かに、日本では、
現役世代に対する社会保障の支出が少ないです。
宮本 日本の社会保障の支出内容は、人生後半部分への偏りが激しい。現在、
日本の社会保障における65歳以上の人々に対する支出と若い人たちに対する支出割合を比較すると、7.5倍くらいの差があるが、
それを3倍ぐらいにして、若い人に対する支援の比率を高めなければならない。
年金の公平性を確保するという議論を突き詰めると、そのためだけに財源が使い尽くされてしまい、
現役世代への支援に必ずしも振り向けられないおそれがある。そこで、戦略的には、年金制度の内部だけで公平性を議論するのでなく、
トータルな社会保障制度として公正を実現することを考えたい、と思っている。
見通しの悪さがもたらす不公平感
―――
現在の公的年金制度を公平性の観点からどのようにお考えになりますか。
白波瀬 日本は1950年代合計特殊出生率が急激に低下し、
その結果として人口高齢化が1980年代以降急速に進行した。公的年金の受給対象者が、制度を設計した当初よりも急激に増加する事態は、
想定外のものであった。この現状に対して、公的年金制度の持続性自体に疑問が呈され、不公平感、あるいは不信感を持つ人々が増えている。
それは、自分が高齢になっても自分が積み立てた保険料の恩恵を受けることはないのではないかというあきらめにも通じる。
見えない将来という高い不確実性が重なって、年金制度のみならず日本政府に対する不信感が高まっている。これが現状である。
お互いに支え合うなかで公平性の確保を
―――
どのようにしたら公的年金に対して公平感を持つようになるとお考えでしょうか。
白波瀬 この質問に対する答えは極めて難しいが、将来の恩恵をことさら強調するだけでなく、
現時点で恩恵を実際に感じられる状況を提供することが大切ではないか。すでに述べたが、公的年金制度とはある時期、
どの個人にとっても得をしたり損をする可能性が織り込まれている。その上で、社会のレベルでお互いに助け合っている、
自らの生活を社会によって支えられているという、実感を持ってもらえるような社会サービスやセイフティーネットの存在を通して、
将来に向けた制度設計の意味を理解してもらえるように努める。負担の大きさを感じている若年世代にも、
雇用や子育てといった社会的支援を通して、現時点で社会の中で守られている実感を与える。
現在の厳しい財政事情を考えると工夫が必要であるが、生活保障の観点から、現物給付を中心とする社会サービスを提供することで、
世代を超えた社会保障制度の公平性をアピールすることが考えられる。ただ、ここでの公平性は、1時点で決まることでなく、
年齢(出生時期)によって異なる時代背景との関係の中で、一生を通じて検討すべきことであるので、時間軸が複数存在し、
その評価が多次元的であるがゆえに複雑である。だからこそ政策立案に携わる者の手腕が問われていることは言うまでもない。
ここで一つ強調したいことは、人々の生き方が多様になるにつれて、
従来のように年齢を基準にした制度設計の有効性は薄れているという点である。教育・保育サービス、
医療の保障といった社会サービスをより広く提供することと、
ターゲット型の現金給付の組み合わせをいかにデザインするかが持続可能な社会保障制度の鍵となる。限りある社会保障財源の中で、
不確実性の高い将来に向けた社会保障制度を、
それぞれの世代の受けた恩恵が総額で公平になるよう構想していくような生涯互恵型の構造が望ましい。
世代内の公平性の確保を積極的にすすめよ
―――
公的年金の世代間公平性についてどのようにお考えになりますか。
白波瀬 公的年金における世代間の不公平は避けては通れない。
制度を立ち上げるときはいくら将来を想定するとしてもあくまで現時点からみた将来の投影図にすぎないので、
実際には制度そのものの中に世代間格差を内包するという矛盾を抱えている。したがって、制度設計時の予想と現実との齟齬を、
制度の見直しをする中で世代間格差をできるだけ小さくすることはできても、全てを解消することは不可能に近い。そこで、
世代間格差とともに世代内格差問題についてもう少し積極的に検討する必要があるのではなかろうか。
公的年金制度問題を、若者対高齢者という世代間だけの議論で終わらせてはいけない。まず、公的年金は、民間の私的保険ではなく、
社会保険である以上、厳密な意味で損得論が展開できないと思う。また、平均寿命が80年になる現在、
長期にわたる貯蓄という側面をもつ年金制度には不確実性が伴い、世代間の損得論を強調しすぎるのは弊害の方が大きい。
例えば、高齢になるほど格差が大きくなっており、高齢者を一律に横並びに見て対応することはできない。
高齢でも所得や資産のある裕福な人達もいることを考えると、高齢者であっても資力がある場合は、
社会保障財源に貢献する役割を担ってもらい社会参画していただく。高齢層は拡大していくグループであるが、
社会的には次の世代を担う若年現役層への恩恵もまた提供していかなければならない。つまり、
多数派が少数派を支える構図を少子高齢社会の中で構築しなければならず、それは、
現役層が高齢層を支える公的年金制度理念のパラダイムを軌道修正することに通じる。高齢層も含めた世代内再配分が進めば、
若い世代の負担も軽減されるし、若年層が高齢者を一律に「得している世代」と感じることも少なくなり、利害調整は進むと思われる。
生活者の立場にたって議論を
―――
社会保障制度改革国民会議に期待することはありますか。
白波瀬 国民会議のメンバーとして選ばれた方々は、
これまでもすでに公的制度の構築や政策議論に深くかかわってきた専門家ばかりである。だからこそ、これまでの議論の繰り返しにならないよう、
まさしく国民のレベルで議論が深まることを期待する。
社会保障と税の一体改革は言葉としてはよく耳にするが、残念ながら、実際の生活者にとってその中身が見えにくくなっている。政治の立場、
立場で都合よく、社会保障と税の一体改革を安易な落としどころにする感もいなめない。
従来あまり議論されなかった世代内問題も含めて、生活者の立場に立った国民的議論をしていただきたい。また、この会議での議論を、
国民に対しても丁寧に説明する機会を意識的に持っていただくことを望む。
※本誌に関するご感想・ご意見をお寄せ下さい。 E-mail: info@nira.or.jp