翁百合
NIRA総合研究開発機構理事/日本総合研究所理事長

概要

 2020年、世界経済は未曾有のコロナ危機に見舞われた。日本の対応は、国際的に見ると比較的うまくいき死亡率も抑えたといえる側面もあるが、深刻な構造的課題が浮き彫りになったといわざるを得ない。
 国際比較の視点から見て、特に重要な課題は、医療提供体制の総合的な見直しと非常時対応の態勢整備、経済安全保障としてのワクチン開発の強化、接種に伴う様々な規制への機動的対応、データ分析や未来社会の構想に基づいた重点的・機動的な財政支出─などである。
 また、将来にわたって重要な政策対応は、コロナ禍に伴う公的債務の拡大と格差拡大への対応である。これらに対しては、格差拡大を縮小する方向での税制や財源の在り方などについて検討する必要がある*

INDEX

国際的な視点から日本を見ることの重要性

 2020年、世界経済は未曾有のコロナ危機に見舞われた。日本の対応は世界の中でどうだったのだろうか。本稿では2020年1年間の日本と先進各国のコロナ対応を、各種データを用いて国際比較分析し、コロナ感染症の収束が見えない中、私たちが今、検討しなければならない政策課題を提示する。日本の対応は、国際的に見ると比較的うまくいき死亡率も抑えたといえる側面もあるが、深刻な構造的課題が浮き彫りになったといわざるを得ない。国際比較の視点から見て、特に重要な課題は、医療提供体制の総合的な見直しと非常時対応の態勢整備、経済安全保障としてのワクチン開発の強化、接種に伴う様々な規制への機動的対応、データ分析や未来社会の構想に基づいた重点的・機動的な財政支出などである。

 また、将来にわたって重要な政策対応は、コロナ禍に伴う公的債務の拡大と格差拡大への対応である。これらに対しては、格差拡大を縮小する方向での税制や財源の在り方や、セーフティネットの在り方、金融政策との関係などについて検討する必要性がある。

1.新型コロナウイルス感染症と各国経済

 新型コロナウイルス感染症の発生から1年以上が経った。先進国の一部ではワクチン接種が進んだが、まだ感染が広がっており収束の段階には至っていない。これまでも、NIRAオピニオンペーパーNo.52、54で、特徴のある政策を展開したスウェーデンやドイツのコロナ対応について見てきた(注1)。その後、感染症の困難の中にいる国や、収束に向かいつつある国など、国によって状況は大きく変わりつつある。現在、日本は、どのような状況、また、「立ち位置」にいるのだろうか。主に先進国との国際比較の視点から、2020年第4四半期(10-12月、4Q)までの各国GDPデータなどを手掛かりに、日本における約1年間のコロナ対応の特徴と課題を整理し、評価を試みたい。

(1)死亡率と経済ダメージの関係

 新型コロナは、需要・供給両面から経済に影響を与える。まず、ロックダウン、または緊急事態宣言のような「緊急のコロナ対応」時には、観光などに伴う都市間移動や外食など社交的な行動が直接的に抑制され、対面を必要とする関連サービス需要そのものを減少させた。主要国における経済のダメージは、こうしたサービス消費が激減したことによる影響が圧倒的に大きい。加えて、死亡者増加による人口減、サービス関連などの雇用状況の悪化に伴う所得の減少、さらに感染への警戒、不安の増大や経済見通しの悪化などマインド面から、家計消費や企業投資などを減少させている可能性がある。一方、供給面では、工場の一部閉鎖や職場での感染症対策により生産性を低下させている可能性がある。こうした観点から、参考指標を見ながら、日本の感染症への対応と経済回復の関係を考察したい。

 はじめに、新型コロナの人口当たり感染者数や死亡者数を見ると、日本は欧米諸国に比べて圧倒的に少ない。特に、人口に占める死亡者数の割合である死亡率が低いことは日本の感染対策の成果ともいえる。イギリス、イタリア、アメリカなどの欧米諸国の死亡率は高く、アジア諸国のそれは低いことが改めて確認できる(図表1)。

図表1 各国の死亡率の推移

(出所) COVID-19 Data Repository by the Center for Systems Science and Engineering (CSSE) at Johns Hopkins UniversityよりNIRA作成。

 また、全体の死亡者数がどの程度コロナ禍以前を上回っているか、いわゆる「超過死亡数」を見ると、直近数か月のデータが入手できていない制約はあるが、日本や台湾の人口動態全体への影響は一貫して小さいのが特徴である(図表2)。イギリスが2020年4月には前年比100%を超える超過死亡数であり、アメリカ、スウェーデンも死亡者が2020年は高めであった。日本の場合、2020年末には超過死亡数は前年比8%程度に上がっているものの、全体としてはマスクや手洗いなどの徹底でインフルエンザなど他の病気による死亡者が減少したことから、人口動態への影響はほぼ見られず、平年並みの死亡数となっているのが大きな特徴といえる。病気による死亡者が減少したことから、人口動態への影響はほぼ見られず、平年並みの死亡数となっているのが大きな特徴といえる。

図表2 過去5年平均比超過死亡数の各国比較

(注) 2015年~2019年の同時期の平均死亡数との差を表している。
(出所) The Human Mortality Database, The World Mortality Datasetを基にCharlie Giattinoらが算出した“Excess mortality P-scores”よりNIRA作成。

 コロナによる死亡者の多寡は経済に影響を与えているのだろうか。IMF加盟国について、2020年4Qまでのコロナによる死亡率と名目GDPの変化率の間に負の相関があるかを見ると、-0.22であり、相関があると結論づけることはできない(図表3)。イタリアやスペインは死亡率が高い上、経済の落ち込みも大きく、負の相関があるように思われるが、同じように死亡率が高くても、アメリカ、スウェーデンなど経済の落ち込みを比較的食い止めている国が存在する。中でも、アジアは、総じて欧米に比べて死亡率が低く、経済のダメージは小さい傾向がある。日本も同様だが、台湾や韓国は死亡率がより低く、経済の落ち込みも食い止めている。

図表3 IMF加盟国の経済の落ち込み(名目GDP、2020年4Q対前年同期比)と死亡率(4Q)

(注) IMFデータは4Qの数字を実質GDPで取れない国が多いため、名目を使用。n=42。
(出所) IMF “International Financial Statistics”、 COVID-19 Data Repository by the Center for Systems Science and Engineering (CSSE) at Johns Hopkins UniversityよりNIRA作成。

(2)サービスの落ち込みによる経済への打撃

 1)経済ダメージの国際比較
 新型コロナ感染拡大により、世界の経済成長は2020年第1四半期(1Q)に大きく減少した。その後、世界経済は回復に向かいつつあったが、冬にかけて再び感染が拡大したため、足踏みする状況となった。2021年に入り、各国でワクチン接種の動きが加速してきており、今後は接種が先行している国から順次回復していくものと見られる。

 GDPの各国比較にあたっては、デフレータ等の推計方法が国によって異なっているため、実質と名目の両方を考慮した。また、コロナ禍以前の水準にどの程度戻ってきているかを見るため、深刻な影響を受けた2020年第1四半期を除き、2020年第2四半期(2Q)から第4四半期(4Q)平均の回復期を、2019年第4四半期(4Q)と比較した(図表4)。

図表4 2020年2Q~4Qの実質および名目GDP増減率(2019年4Q対比)

(出所) 内閣府「国民経済計算2020年10-12月期・2次速報」、Statistics Sweden“ GDP Quarterly 1993‒2020:4”、UK Office for National Statistics“ Quarter 4 (Oct to Dec) 2020, quarterly national accounts”、OECD “Quarterly National Accounts”よりNIRA作成。

 まず先進各国(G7諸国とスウェーデン)の経済の動きを見ると、消費の減少が全体の7~8割と大半を占めていることが分かる。また、各国別に見ると、大きく落ち込んだのはイギリス、フランス、イタリアだった。イギリスの最終消費支出は、政府の最終消費支出の医療と教育のデフレータの推計方法が他国と大きく異なるため、実質でなく名目で見るほうが減少幅の実態を表す(注2)。日本の落ち込みは、先進国の中では軽微であり、ロックダウンをしなかったスウェーデンに次いで経済のダメージが小さいことが分かる。

2)自宅滞在時間による経済への影響
 日本は主要国の中では、政策対応が緩やかだったといわれるが、実際に政策措置の厳格度指数は弱く(図表5-①)、自宅滞在時間も短い(図表5-②)。

 データが収集できた125か国で厳格度指数と自宅滞在の散布図を描くと、0.52と緩やかな正の相関が認められ、政策的な強制により自宅滞在が長くなる傾向があったことをうかがわせる(図表5-③)。

図表5 各国の政策措置の厳格度指数、自宅滞在度合い、およびその相関 

(出所) Thomas Hale et al (2021). “A global panel database of pandemic policies (Oxford COVID-19 Government Response Tracker).”よりNIRA作成。

(出所) Google LLC "Google COVID-19 Community Mobility Reports". よりNIRA作成。

(出所) Thomas Hale et al (2021). “A global panel database of pandemic policies (Oxford COVID-19 Government Response Tracker)”、Google LLC "Google COVID-19 Community Mobility Reports"よりNIRA作成。

 主要国の自宅滞在時間と実質GDPの変化率(2020年平均)の関係には-0.79と負の相関が認められる(図表6)。日本の政府・自治体による緩やかな制限は人々の行動変容の程度が軽微にとどまり、経済活動の直接的な抑制が他国と比較して小さくなった可能性を示唆するものである。ロックダウンしなかったスウェーデンも、経済の落ち込みは小さい。

 ちなみに台湾は、ほぼ1年を通して日本よりも厳格度指数が緩く、自宅滞在時間も流行前とほとんど変わらない。この結果、経済の落ち込みも軽微なものとなっている。このように、国際比較から見れば、政府による措置が比較的緩やかで自宅滞在時間が短く、行動抑制があってもそれが短期間であれば、対面サービス消費を基本とする観光、飲食、交通などへの打撃が小さくて済んでいる可能性を示唆している。先進国ではデジタル化が進み、自宅でもデジタル対応で雇用が維持されたり、Eコマースで日常品などの消費が維持できる可能性がある。しかし、対面サービスのウエイトが高いイギリスで、厳格なロックダウン措置を何度も取らざるを得なかったことは、経済に大きなダメージを与えた可能性を示唆している。

図表6 自宅滞在時間とGDP成長率

(出所) Google LLC "Google COVID-19 Community Mobility Reports"、内閣府「国民経済計算2020年10-12月期・2次速報」、OECD “Quarterly National Accounts”よりNIRA作成。

(3)医療提供体制と経済回復

 日本における医療提供体制は、欧米と比較すると、重症者の受け入れ態勢が手薄である点が大きな課題といえる。コロナウイルスによる感染者や重症者が少ない一方、重症患者に人工呼吸器やECMO(体外式膜型人工肺)を装着するために必要となるICU(集中治療室)が不足しがちで、医療提供体制がすぐに逼迫してしまう。この問題が、コロナ禍に伴う経済停滞を長引かせ、今後の経済の回復を遅らせる可能性がある。さらに、他の先進国と比較して、ワクチンの接種の遅れも際立ちはじめていることは、今後の景気回復の大きな懸念材料となる。

1)重症者の増加と死亡率の動向
 前に述べたとおり、日本は、感染症による死亡者数が低く抑えられている。しかし、感染症による死亡者数を感染者数で除して求めた致死率を見ると、以前は、各国と比べ低水準で推移していたが、最近は若干の上昇から横ばいとなり、2021年3月以降はアメリカとほぼ同水準になっている(図表7)。日本の感染者数における死亡者数の割合が若干高まっている背景には、重症になりやすい高齢者の感染が多いことに加え、重症者が増加すると医療提供体制が逼迫しやすくなっている可能性がある。

図表7 主要国における新型コロナウイルス感染者数に占める死亡者数の割合(致死率)

(出所) COVID-19 Data Repository by the Center for Systems Science and Engineering (CSSE) at Johns Hopkins UniversityよりNIRA作成。

 重症者数の推移を見ると、第3波の真っただ中の1月に、重症者数は1,000人を超えた。その後、重症者数は徐々に減少したが、第3波の前の水準にまで戻ることはないうちに、第4波に突入し、早いスピードで前回の水準を超えてしまった(図表8)。他方、死亡者数は、重症者数の動きに連動して変化しており、4月に入ってからは再び増加を始めている。ここで、やや大胆な試みではあるが、死亡者数を重症者数で除した比率の動きを見る。第3波の時には、重症者に占める死亡者の割合が上昇したことが分かる。それまでは2~ 8%の幅で推移していたが、第3波の時に、一気に14~16%の水準にまで上昇した。その理由を断定することはできないが、医療提供体制が逼迫したことが何らかの影響を与えている可能性もある。適切な治療を施すタイミングが遅れれば、死亡リスクが高まることになる。感染症の犠牲者を最小限に抑えるためには、重症者数の増加を抑制し、医療態勢の逼迫を避けなければならない。

図表8 日本のコロナ感染症による死亡者数と重症者数、その割合 

(注) 死亡者数は7日間の移動平均をとっている。
(出所) 厚生労働省ホームページ「国内の発生状況など」よりNIRA作成。

2) 医療逼迫の原因の検討…ベースとなるICUの数、機動的病床転換、医師確保、地域間連携、病院間連携、IT化
 日本で医療態勢が逼迫する理由については様々な要因が考えられる。

 第1に、そもそものICU整備の問題がある。ドイツ、アメリカでは病床数に占めるICUベッド数が多いのに対し(OECD統計では、ドイツ8%、アメリカ7%)、日本が2%に過ぎないことから、重症者が増加するとすぐに逼迫することが予想される。日本は人口1,000人当たりの病床数が13.0床と多いにもかからず、ICU病床数は人口10万人当たり5.2床と圧倒的に低い(図表9)。

 ICUベッド数の国際比較に関しては、諸外国との定義の違いから、日本は過少に評価されているという指摘がある。しかし、ICUと病棟の中間的な重症度の患者を対象としたハイケアユニット等を含めても、日本の人口10万人当たりのICUベッド数は厚生労働省算出データによれば、およそ13.5床であり、ドイツの29.2床の半分にも満たない(注3)。

図表9 各国の病床数とICUベッド数

(出所) OECD (2020) "Beyond Containment: Health systems responses to COVID-19 in the OECD"、"Health at a Glance (2019)"よりNIRA作成。

 ドイツは人口8,400万人に対して、4月末時点で、3万台以上のICUベッド数を準備しており、現時点でも1万台程度の空きがある(図表10)。ここで示されているドイツのICUベッド数は、コロナ専用ではなく、国内合計のICU病床である。コロナ感染症用としては、そのうち4 分の1を割り当てるといわれており、1,400万人を有する東京の人口規模に換算すると、1,250台程度のICUベッドをコロナ病床用に持っていることになる。これは東京と比べて桁違いに多い。もっともドイツのICUの数には、比較的軽度の酸素吸入の手当用のベッドも含まれており、日本との厳密な比較は困難である。

図表10 ドイツのICUベッド数 

(出所) DIVIホームページ“Intensivregister”よりNIRA作成。

 第2に、ICUに関する機動的な病床転換や地域間連携、病院間連携、医師の機動的配置である。感染症は地域によって大きく状況が異なっている。従って、全国レベルおよび地域レベルでの医療態勢を確保する必要がある。ECMOnetのサイトから入手できるデータを基に、人工呼吸器受け入れ可能数と人口呼吸器の実施状況の推移を東京都と大阪府について見ると、地域によって状況が全く異なることが分かる(図表11-①、②)。大阪府の5月初旬現在の状況は極めて深刻といえ、人工呼吸装置での治療をできるICUに余裕はない。4 月中旬以降は、死亡者数が増えてきており、感染症による死亡者数を抑えることが何にもまして優先される局面にある。スウェーデンでは国主導で地域間での病院連携が機動的に実施されたが、これは重要である。なお、東京については、ICUベッド数に余裕があるようにも見えるが、前述の通り国際的に見るとICU整備の水準は低い。

図表11 日本の人工呼吸器実施数と受け入れ可能数

(出所) 日本COVID-19対策ECMOnetのデータよりNIRA作成。

(出所) 日本COVID-19対策ECMOnetのデータよりNIRA作成。

 さらに、ドイツでは、今回のコロナ感染症に対応するために緊急時の昨年8 月以降1万台のICUを追加し、人口10万人当たり40床の水準まで病床転換、増設を進めている(前掲図表10)。ドイツでは、医療従事者という側面から見ても、トレーニングを受けて機動的にICUに対応できる医師が多い。こうした状況からも日本において、ICUのベッド数の機動的確保、柔軟な病床転換が可能な体制を構築すること、また医師の機動的配置を可能にすることが急務であることは明らかである。

 国内における地域の医療態勢の逼迫は、死亡リスクを高めるとともに、緊急事態宣言や行動制限要請などの実施により経済に大きなダメージを与えることから、避けるべき課題であることはいうまでもない。

 医療態勢が逼迫する理由は、病院の運営主体の違いもある。日本では、民間病院比率は81.6%、民間病床数は71.3%(厚労省医療施設調査、令和元(2019)年)であり、例えばEUの民間病床比率33.9%(2014年)と比べ大きく異なる構造であることが影響している可能性がある注4。スウェーデンでは、国立病院が中心であり、「国が中央管理して、ICUの空きのない自治体があれば自治体の枠を超えて患者を搬送し、救急搬送も、各病院の病床の使用状況が時々刻々変化するので、国が中央管理し、どの病院に搬送するかを救急車に指示し」、緊急対応がスムーズにできた注5。一方、アメリカでは民間病院比率が高い(民間のうち非営利75%、営利15%)が、ICUの病床割合は高くなっている注6。 

 さらに、第3の理由として、医療におけるIT化も、OECDの分析によればデンマーク、韓国、スウェーデンなどが圧倒的に高く、国際的に見て日本はドイツ、アメリカなどと並んで先進国の中では遅れていることも影響していると考えられる(図表12)。

図表12 医療のIT化の状況

(注) 入院患者や救急医療など10の医療データセットや患者調査等を基に、医療データの入手可能性や即時性など8項目の観点でスコア化したもの。最大値は8。
(出所) Oderkirk, J. (2021), "Survey results: National health data infrastructure and governance"よりNIRA作成。

 今後の見通しに関しては、ワクチンの接種状況が先進国の中では圧倒的に遅れており、今後の経済回復に影響を与える可能性がある(図表13)。特に最近、イギリスやアメリカの感染拡大が抑制されていることはワクチンの急速な接種の広がりによるところが大きい。イギリスではワクチン開発と確保の行動計画策定を2020年の早い段階からスタート、スピーディーな承認体制を構築、そして2020年10月には規制を緩和して、教育や訓練で接種者を医師以外にも機動的に広げることとした。この結果、多くの「注射を打つボランティア」を育成したことが大きい。また、カルテデータから基礎疾患の人を特定して、接種を奨励し、接種の予約もすべて電子的に行われた。

図表13 ワクチンの接種状況

(注) ワクチンを1回以上接種した人の割合。
(出所) 各国の保健省などの公表データをまとめたOur World in Data“Share of people who received at least one dose of COVID-19 vaccine”よりNIRA作成。

2.財政政策の有効性

(1)政策融資の割合が高い日本の財政政策

 世界全体で医療を、そして経済を支えるため、各国で大幅な財政支出を余儀なくされている(図表14)。2021年3月までで見ると、日本は感染症の死亡率が低いにもかかわらず、世界の中でも、GDP比で見たコロナ関連財政支出が極めて高いことが目立つ。その財政支出の内訳を見ると、「疑似財政活動」の範疇に入っている中小企業向けなど政策融資などのウエイトが世界で突出して高く、「真水」の財政支出はそれほど大きいわけではない。

図表14 各国の財政支出

(注) 2020年1月以降に計画された新型コロナ対策の財政措置で2021年3月17日までに公表されたもの。2021年実施予定も含む。対GDP比(World Economic Outlook database: April 2021に基づく)。対GDP比で真水の多い順に左から並べている。
(出所) IMF “Database of fiscal policy responses to Covid-19”よりNIRA作成。

 一方、今後の日本の回復は欧州と並び緩慢となる恐れがある。21年4月のIMF見通しでも、中国のみならず、巨額の財政支出が予定されるアメリカの回復にも大きく遅れる可能性があり、懸念される(図表15)。

図表15 各国GDP水準の復興シナリオ (IMF2021年4月見通し、前年比)

(出所) IMF “World Economic Outlook database: April 2021”よりNIRA作成。

(2)効果的な財政支出とは何か

 日本の感染症対応の財政支出は国際的に見て量的には大規模といえるが、質的な課題がある可能性が指摘できよう。財政支出の内容は資金繰りや保証のウエイトが高い。確かに、これらの対策により「窮境企業」が救済されている面は大きい。ただし、効果的に経済を支え、ウィズコロナ、アフターコロナにおけるニューノーマルへの支援もできているか、検証が必要である。

1)消費の下支え政策

 日本の財政支出は大規模で、前述のとおり、経営が悪化している中小企業への公的金融機関による資金繰り支援や民間金融機関の融資の保証など財政投融資関連のウエイトが高く、これらが企業を支え、間接的に雇用を支えている部分が大きいとみられる(前掲図表14)。真水部分では、給付金などの家計や事業者支援が大きく、失業の抑制や企業の存続に効果があったといえる。2020年度の一般会計の支出項目で最も大きいのは、一律10万円の特別定額給付金の約13兆円である。

 2020年2Q~4Q/2019年4Qの個人消費減少率をドイツ、スウェーデン、イギリス、アメリカと項目別に国際比較すると、いずれの国もサービス消費の落ち込みが消費の落ち込みのほとんどを説明している(図表16)。特にイギリスはサービス消費が大きく落ちているが、対面の食事や観光、交通などのサービスの比率が高かった注7。日本では耐久消費財消費も若干のマイナスだが、耐久財消費はプラスまたはプラスマイナスゼロの国が多い。

 四半期ごとに見ると、ドイツ、アメリカは第3四半期あたりから耐久財消費が持ち直しており、ドイツの場合環境対応車への補助金政策、時限的消費税率引き下げなどが奏功したことが考えられる。一方、日本の家計を見ると、2020年の消費性向は前年を大きく下回っており、特別定額給付金によって必ずしも消費が促されなかったことが確認できる注8。また、家計の現預金残高を見ると、2019年12月から20年9月にかけて、1,007兆円⇒1,034兆円と27兆円増加しており、給付金は貯蓄に回ったものも多いと推察される。

図表16 項目別消費支出の国際比較

(注) 2019年4Qを100として算出。
(出所) OECDデータよりNIRA作成。

(注) 2019年4Qを100として算出。
(出所) OECDデータよりNIRA作成。

2)将来につながる公的投資
 固定資本形成を見ると、主要国は押しなべて低調であるが、特に日本の公的固定資本形成はほぼ横ばいの状況である(図表17)。これに対して、ドイツはコロナ禍で厳しい状況にあった2Qの公的資本形成が大きいことが見てとれる。ドイツの予算を見ると、6月の段階で、グリーン関係やAI、量子コンピューター、5G、6Gの研究開発などへの投資を決めており、こうした公的資本形成がこの厳しい四半期のGDPの下支えに1.42%ポイント寄与している。

図表17 固定資産形成の国際比較(2019年4Q以降の四半期ベース)

(注) 2019年4Qを100として算出。
(出所) OECDデータよりNIRA作成。

(注) 2019年4Qを100として算出。
(出所) OECDデータよりNIRA作成。

3)企業の新陳代謝
 また、アメリカではGAFAなどEコマースやリモートワークなどのIT関連やテスラなどの株価が伸びており、コロナ禍であっても、スタートアップ企業がDXなどを中心に2020年中頃から次々と新規参入している。シンガポールもコロナ禍の中で2020年も新規開業数が多く、経済のダイナミズムが働いているといえる。これらの国と新規開業数で比較すると、日本はドイツと同程度であり新規開業は必ずしも多くはない(図表18)。一方、日本の民間企業の過剰債務はGDP比4倍近くに膨れ上がり、先進国で次に大きいイギリスでも3倍未満であることと比べると、新陳代謝の不足が問題といえそうである。

図表18 各国の新規開業企業の状況

(出所) 法務省「登記統計」、Germany Federal Statistical Office “Statistics of business notifications”、 Singapore Department of Statistics “Formation and Cessation of Business Entities”、U.S. Census Bureau “Business Formation Statistics”よりNIRA作成。

3.金融緩和の功罪

 各国で国債発行が増え、中央銀行が買い入れて低金利を持続している。こうした金融緩和もあって株価は高めに推移し、このことが経済を下支えしている(図表19)。一方で、公的債務残高のGDP比率は各国で上昇しているが、日本のそれは突出しており、コロナ禍の前からの構造問が悪化。今後の財源確保の課題に加えて、債務残高の拡大は「金融のマクロ不均衡」という金融システムへの潜在的なリスクも拡大させている(図表20)。

 さらに、株価の上昇で留意すべきことは、資本収益率が成長率を上回る状況が続き、その恩恵を享受できる高所得層と貧困層の格差が世界的に拡大している可能性があることだ。特に、アメリカではデジタル化の進展でGAFAなどの株価が上昇し、富裕層の資本所得の拡大が続いている可能性を指摘できる。世界的に、デジタル化の可否でさらに格差が拡大している。特に、オンライン教育を受けられない子供たちが途上国に多く、深刻な問題となっている。

図表19 株価推移

(注) 2019年12月末を100として算出。
(出所) Thomson Reuters DatastreamよりNIRA作成。

図表20 国の債務残高GDP比率の推移

(出所) IMF“ World Economic Outlook Database: April 2021”よりNIRA作成。

まとめ:ファクトファインディングの整理と若干の政策上の課題へのコメント

(1) 医療提供体制の整備とワクチン接種の迅速対応、効果的な財政支出が課題

 全体としては、コロナにより先進国全体は大きな影響を受けたが、先進国の中では、2020年の日本は死亡率も低く、経済面でもダメージは小さく、比較的よく対応してきた側面もある。ただ、各国を見ると、医療提供体制を機動的に工夫している国もあるほか、コロナのダメージはサービス消費に集中しており、こうした状況を踏まえて効果的な経済対策を実現している国も存在する。

 今後、国際的に見ると、経済対策として効果的に未来への投資を行った国とそうでない国の差が徐々に出てくると思われるほか、日本は2021年になってますます顕在化している医療態勢の課題を抜本的に解決していく必要がある。特に、経済社会の復活を果たすためにも、病床、病院など医療提供体制の抜本的改革と緊急時の機動性確保、経済安全保障としてもワクチン開発への支援とスピーディーな接種体制の構築が必要といえる。今、議論すべき目前の課題として、以下の2点を挙げる。

 ・ 医療提供体制の抜本改革とワクチン接種スピードの根本強化:平時の医療提供体制も見直しは不可避であるが、特に危機時への対応について、スウェーデンのようなより強力な病院間、地域間連携を進められるよう制度整備が必要。また、医療のデジタル化、オンライン化の加速は必須である。経済安全保障という観点からも国産のワクチンなどへの研究開発支援や、承認までのプロセスの短縮、ワクチン接種を実施する者の拡大など機動的に規制緩和などができるようにすることも極めて重要である。

 ・ 財政支出の工夫(ワイズスペンディング):雇用維持や休業支援モードも必要であるが、スタートアップ企業の支援、ドイツのようなDX、グリーン化の支援など、アフターコロナのビジネスモデルへ改革を進めるダイナミズム、経済活性化とバランスが取れた財政支出を実行していくことが望まれる。また一律の給付金よりも、効果的な消費支援策を考慮する必要がある。

(2) 長期的課題として重要なのは、公的債務拡大と格差拡大への対応

 公的債務の拡大への対応については、現状財政支出が極めて膨大とならざるを得ず、公的債務が企業債務の拡大と並んで、マクロ的な金融不均衡を拡大させ、金融システムの潜在的リスクを大きくしている。また、金利が正常化していく過程で、利払いが大きな負担になりかねない。今、議論すべき長期的課題として、以下の2点を挙げる。

 ・ 公的債務の拡大への対応:コロナ後に格差が拡大する中で、税制の在り方をどう再設計するかを検討し、長期的な財政の正常化について検討する必要がある。イギリスでも経済の回復が見込まれる2023年度以降、法人税率を引き上げる動きがある。アメリカでもバイデン大統領の下、法人税や富裕層増税案が議論される予定であるほか、G7でも法人税の最低水準を議論していく動きがある。コロナ後はニューノーマルの新しい税体系を考える必要がある。


 ・ 格差への対応:世界全体を見ると、債務拡大、金融緩和継続による財政と金融の境界の曖昧化、格差拡大(中間層崩壊の加速)といった懸念がある。今後、世界全体としてコロナ禍からの格差拡大を是正しつつ、財源を確保しながら経済を復活させていく必要がある。中でも、企業の破綻があっても、スムーズな雇用のシフトを可能にする包摂的なセーフティネット構築や、デジタルデバイドへの対応が急務といえる。コーポレートガバナンスにおいても、社会的課題への対応を株主が企業に対して一層促す必要がある。長期にわたる金融緩和が株価を上昇させていることについても経済を支えている一方、格差を拡大させている側面があることには留意する必要があるといえる。

参考文献

Hale, Thomas & Angrist, Noam & Goldszmidt, Rafael & Kira, Beatriz & Petherick,Anna & Phillips, Toby & Webster, Samuel & Cameron-Blake, Emily & Hallas,Laura & Majumdar, Saptarshi & Tatlow, Helen(2021). A global panel databaseof pandemic policies(Oxford COVID-19 Government Response Tracker).Nature Human Behaviour. 5. 10.1038/s41562-021-01079-8.

IMF(2021a)“Fiscal Monitor Database of Country Fiscal Measures in Response tothe COVID-19 Pandemic” 

─(2021b)“World Economic Outlook, April 2021: Managing Divergent Recoveries

OECD(2021)“Business dynamism during the COVID-19 pandemic: Which policies for an inclusive recovery?”, OECD Policy Responses to Coronavirus(COVID-19),OECD Publishing, Paris,

Oderkirk, J(2021)“Survey results: National health data infrastructure and governance”, OECD Health Working Papers, No. 127, OECD Publishing, Paris, https://doi.org/10.1787/55d24b5d-en.

Office for National Statistics UK(2021a)“International Comparisons of GDP during the coronavirus(COVID-19)pandemic

――( 2020b)“Coronavirus and the latest indicators for the UK economy and society: 11 March 2021

Oxford Martin School University of Oxford Our World in Data

UK Department of Health and Social Care(2021)“UK COVID-19 vaccinesdeliveryplan

日本COVID-19対策ECMOnet

一般社団法人日本集中治療医学会(2020)「ICU等の病床に関する国際比較についての見解」

岩村充(2020)『国家・企業・通貨:グローバリズムの不都合な未来』新潮選書

小方尚子(2021)「特別定額給付金の効果とコロナ禍での家計支援の在り方」日本総合研究所リサーチフォーカス No.2020-036

翁百合(2020a)「スウェ―デンはなぜロックダウンしなかったのか」NIRA オピニオンペーパーNo.52

――(2020b)「ドイツのコロナ対策から何を学べるか」NIRAオピニオンペーパーNo.54

田近栄治(2020)「政府はコロナにどう向き合ったか(下)」東京財団政策研究所

トマ・ピケティ(2014)『21世紀の資本』みすず書房

翁百合(おきな ゆり)

NIRA総合研究開発機構理事、日本総合研究所理事長。京都大学博士(経済学)。著書に『金融危機とプルーデンス政策』(日本経済新聞出版社、2010年)など。金融審議会委員、産業構造審議会委員等を務める。

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。​
(出典)翁百合(2021)「日本のコロナ対応策の特徴と課題-国際比較の視点から見えてくるもの-」NIRAオピニオンペーパーNo.57


ⓒ公益財団法人NIRA総合研究開発機構

※本誌に関するご感想・ご意見をお寄せください。E-mail:info@nira.or.jp

研究の成果一覧へ