NIRA総合研究開発機構
ドイツ日本研究所(DIJ)
ドイツ 科学・イノベーション フォーラム 東京(DWIH東京)

概要

 ITの急速な普及とともに「共創」という言葉が盛んに叫ばれるようになった。市民と科学者が協調するシチズン・サイエンス(市民科学)もまた、社会を共に創る重要な取組みである。その事例として、世界的にも高く評価されているのは、自然科学における市民科学である。一方、人文科学や社会科学における市民科学はまだ黎明期にあると言える。

 自然現象ではなく、我々自身が研究対象となる人文・社会科学研究の領域で、市民科学はどのような役割を果たしうるのか。NIRA総研、DIJ、DWIH東京が共催したコンファレンス(注1)で、国内外の研究者がシチズン・サイエンスについて、次のような議論を交わした。

 市民科学は、人文・社会科学研究の発展に、新たな可能性をもたらしうる。市民によるデータ提供にとどまらず、社会的課題の解決に向けて、市民の知識や知恵を生かすことに市民科学の発展性がある。それを引き出すには、市民参加のためのプロトコルの設計、市民科学を支援する大学の関与、データのオーナーシップや個人情報保護の観点を踏まえたデータ提供・管理体制の構築が必要だ。また、昨今の巨大IT企業によるデータプラットフォームは、データを囲い込む敵ではなく、市民とデータを共有するツールと考えるべきであり、ビッグデータの時代は、自分がほしいデータをデザインする時代になる*

INDEX

1.はじめに

 ITの急速な普及とともに「共創」という言葉が盛んに叫ばれるようになった。市民と科学者が協調するシチズン・サイエンス(市民科学)もまた、社会を共に創る重要な取り組みである。その事例としては、世界中のバードウォッチャーが参加したアメリカ発の鳥類学プロジェクト「e-Bird」、市民天文学のビックプロジェクト「Galaxy Zoo」などが知られている。Galaxy Zooでは膨大な天体観測のデータを市民が手分けすることで、短期間で分類が進み、新たな形体の銀河という大発見に至った。日本でも市民科学の手法を活用した「マルハナバチの国勢調査」が高く評価されている。

 このように、とりわけ自然科学における市民科学は、国境を越えた盛り上がりを見せている。その背景には、世界的な研究データのオープン化(オープンサイエンス)の流れがある。ビックデータを市民が収集・分析する活動は、データを発掘し、価値をつけ、社会に還元する仕組みそのものだ。こうした動向を踏まえ、日米欧の政府機関でも、市民科学の政策的な支援が見られる。日本では平成28~32年度の第5期科学技術基本計画において、科学技術イノベーションの基盤強化の1つとしてシチズン・サイエンスの推進がうたわれている。

 一方で、人文科学や社会科学における市民科学はまだ黎明期にあると言える。自然現象ではなく、我々自身が研究対象となる領域で、市民科学はどのような役割を果たせるのか。2019年秋、人文・社会科学分野における市民科学の可能性と課題に焦点を当てたコンファレンス「デジタル時代におけるシチズン・サイエンス―市民社会と協働した人文・社会科学研究の可能性―」が開催された。NIRA、ドイツ日本研究所(DIJ)、ドイツ 科学・イノベーションフォーラム 東京(DWIH東京)が共催し、国内外の第一線で活躍する専門家による活発な議論が行われた。人文・社会科学分野における市民科学の意義・メリットは何か、市民との接点をどのように形成していくのか。責任ある協働研究は、どのような方法で進められるべきか。具体例とともに紹介する。

トピック:シチズン・サイエンスとは

 シチズン・サイエンス(citizen science,市民科学)とは、職業的な科学者ではない一般市民が科学研究に関わることを表す。複数の起源があり、概念にも幅があるが「研究のために市民の力を借りること」あるいは「科学者と市民が共に研究成果を生み出すこと」として定着している。活動の直接的なねらいは、衆知を集めて研究を推進することにあるが、教育活動の一環として、また研究成果を広く周知するアウトリーチとしての側面も大きい。欧米では1990年代から盛んとなり「シチズン・サイエンス」という言葉もこの20~30年で定着した比較的、新しいものだ。一方で、天体観測や自然観察をはじめ、市民による科学研究はアリストテレスの時代から行われていた。やがて19世紀に入り「科学者(scientist)」が職業化したことで、社会構造として専門家(プロ)と市民(アマチュア)という立場の違いが生じた。それゆえに“市民”による科学研究「シチズン・サイエンス」という試みも生まれた。

2.市民科学の推進に必要な“3つの鍵”

 欧米では科学・技術の政策的アプローチとして、また「科学の民主化」を目指した市民の科学リテラシーの向上、サイエンス・コミュニケーションの促進という観点から、シチズン・サイエンスに先進的に取り組む動きがみられる。2013年にはEU(欧州委員会)で、500万の市民科学者を5年間で統合するという高い目標が掲げられ、ドイツでは「シチズン・サイエンス・プラットフォーム」が整備されるなど、市民科学を推進する動きは加速している。

 ドイツから来日した社会学者のMartina Franzen氏(Institute for Advanced Studies in the Humanities ポストドクトラルリサーチフェロー)の基調講演では、人文・社会科学分野において市民と協働するための鍵として、3つの課題が示された。

「市民の関与するレベル」をどのように設定するか

 1点目は「市民の関与するレベル」をどのように設定するかという問題だ。ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)のMuki Haklay氏による市民科学の分類では、レベル1から4にかけて市民の関与が大きくなる。図表1のように、「レベル4」は市民科学の“究極の形”として、市民と科学者が一体となり、問題の定義づけからデータの収集、解析に至るまで、協働で成果を生み出すことが設定されている。レベル3・4には「課題の設定」という要素が含まれているように、作業的な補助だけでなく、何を研究テーマとすべきか議論する段階から市民が参画することも考えらえる。また、研究費の支援という関与の仕方もある。

 しかし、従来の活動の大半は市民がセンサーの役割を担う「レベル1」にとどまっているのが現状だ。「多くの場合、市民はまだリサーチプロセスの一部にしか組み込まれていない」と指摘する。市民のタスクとして何を依頼するのか。タスクの要件が低ければ参加の度合いも高まりやすい。だが、まず市民科学で目指す方向性について議論すべきだとFranzen氏は語る。市民科学の手法はさまざまあるが、市民は新たな知見を獲得するまでの一過程を担う存在なのか、それとも市民科学を通じて科学を民主化させ、社会を変えていくのか。我々が考えなければならない点はそこにある。

図表1 シチズン・サイエンスのレベル

(出所)Haklay, M.(2013)(注2)の図2を筆者にて日本語訳したもの

いかに多くの市民を確保できるか

 次に問題となるのが「いかに多くの市民にリーチし、数を確保できるか」という点だ。市民科学は無償での参加が多い。多くの市民科学者には本業があり、割ける時間は限られている。継続的に活動に参加し続けるにはモチベーションも必要だ。天文学、生物学、考古学など、個人の興味に直結しやすい分野は、趣味の一環としての参加に期待できる。だが、財政赤字や社会保障といった社会的な問題に自分の休日を使おうという人はそう多くはないだろう。つまり人文・社会科学の場合は、より効果的なリーチが必要だ。ただし、市民といっても“全員”ではないとFranzen氏。受けてきた教育レベルが高い人、経済的に余裕のある人の方が市民科学に参加する傾向が強く、トピックによっては性別にも左右されるという。

 明確なターゲティングに加え、もう1点注意が必要なのが「デジタル格差」の問題だ。IT化により市民科学の敷居は大きく下げられた一方で、情報通信技術を使わない人との間に溝が生じている。高齢な人ほどその傾向が強い一方で、ボランティア活動に積極的な世代でもある。ドイツでも、どのように高齢者を市民科学に巻き込むのか、その方策が議論されているという。

研究の設計や体制上の課題

 3点目は「研究の設計」や体制上の課題だ。人文科学は、比較的ビッグデータのリサーチがしやすい。その点では自然科学に近いと言える。しかし、社会科学では我々自身が研究対象となる点が非常にセンシティブだ。惑星や昆虫の動きや文字が人間の観察によって変わることはないが、社会科学の場合は対象者や観察者の行動に影響を及ぼす可能性がある。たとえば、観察者を意識した店主がいつも以上のサービスを振る舞うといったことが起こりうる。また過去には、物乞いの実態を調査する目的で、市民が通勤中に見かけた物乞いの人を記録する際、物乞いを多く観察するために観察者である市民が恣意的に通勤経路を変えてしまったという事例もある。市民の主観により研究にバイアスが生じないようにするには、プロトコルの設計が重要である。

 さらにFranzen氏は個人の機密情報を扱う上で考慮すべき点にも言及。1937年、イギリスで行われた「マス・オブザベーション」は、市民が自分の身の回りの出来事を日記につけることで社会観察する大規模な社会調査研究として有名だが、社会科学のデータはプライバシーに密接に関わることが多い。情報の管理体制が求められることは明白だが、「個の尊厳」と「公共の利益」をいかに両立するかという問題もはらんでいる。また、社会科学分野で市民科学を進める上では「リサーチ」と「公共政策」という対立する価値――ホームレスのような問題を研究しようとしているのか、解決しようとしているのか――についても、参加者が理解しておく必要がありそうだ。

3.市民科学の新しい潮流

情報技術が市民科学を後押しする

 ITの専門家は現代のシチズン・サイエンスをどのように見ているのか。国立情報学研究所所長の喜連川優氏は、データベース研究のパイオニアとして長年、日本の市民科学を牽引してきた1人だ。喜連川氏の基調講演では、市民の手によりビックデータを収集・活用した事例、さらに最新の取り組みとして人工知能(AI)との協業を目指す事例が紹介された。

 まず市民参加型の代表的な事例として挙げられたのは、地球環境情報統合・解析システムDIASとの共同プロジェクトの成果だ。例えば、東京で行われた蝶のモニタリングは、保全生態学の研究者、IT研究者、そしてパルシステム東京の組合員から募った調査員の3者で進められた。調査員は蝶を発見すると、日時、場所などの基本情報と撮影した画像をアップロード。集められたデータは生態学者が管理・編集し、ウェブサイト「いきモニ」で公開されている。約5万件に及ぶデータは、種名や地域、画像での検索が可能で、生物多様性を把握する重要なデータ源として保全活動に役立てられている。絶滅したと思われた種が発見されるサプライズには参加者も大いに歓喜したという。

 さらにデータ収集アプリケーションを高度化させた事例として「コウノトリ市民科学」も紹介された。調査は全国規模で行われ、10代~80代まで多くの市民が参加。兵庫県の豊岡が一大生息地であることなど、新たな知見も見出された。コウノトリは韓国や中国にも渡ることから、その活動も国境を越えた広がりを見せている。

 このように市民がセンサーとしての役割を果たすモニタリング活動は、市民科学の王道と言える。自然科学の分野では、古典的な市民科学の歴史を紡ぎながらも、IT化による効率化、大規模化などの進展が目覚ましい。

過去に眠るビックデータを蘇らせる

 一方で、文系・理系の垣根を越えた人文・社会科学の事例として紹介されたのが、国立歴史民俗博物館の橋本雄太助教、東京大学地震研究所の加納靖之准教授らを中心に、同博物館、同研究所、京都大学古地震研究会などが協力して構築を進めるプロジェクト「みんなで翻刻」だ。翻刻とは、古文書や古記録など歴史資料に手書きされた「くずし字」を活字に起こすこと。すなわち、過去に眠るビックデータを活用しようという試みだ。具体的には地震史料を対象に、過去の自然災害を解明する目的で行われた。参加登録者は5千人を超え、約500点の史料から600万以上の文字がテキストデータベースに登録された。その正確性は98%を超え、内容を把握するには十分な品質だ。

 驚くべきは、参加者の多くは古文書の解読に初挑戦するいわば素人だということだ。素人でも参加できるのは、大阪大学文学研究科が中心に開発した「くずし字学習支援アプリKuLA」を初学者用の学習コンテンツとして提供し、さらに国文学研究資料館などが公開する「くずし字データセット」を教師データとして訓練したAIをもちいて、参加者の解読をサポートしているからだ。この自動くずし字認識ソフトは、人文学オープンデータ共同利用センター(CODH)と、凸版印刷株式会社が、それぞれ独自に開発した。加えて、ウェブ上で参加者が相互に添削しあうことでも正確性を高めていった(Wikipediaと同様の方式)。前出のモニタリング調査においても、市民が調査員として活動する下準備として、ゲーム形式で昆虫や植物の分類するトレーニングが行われていた。

 喜連川氏はこうした活動を振り返り「知的好奇心を持ってもらうことが市民科学を盛り立てる最も重要な要素であり、大きな牽引力になる」と話す。市民の学習意欲が社会を支えるといっても過言ではない。

市民の解読データがAIの“燃料”になりうる

 このようにマンパワーでデータを収集、あるいは分類するといった市民科学の手法は「古典的」と呼ばれるが、その産物は市民一人ひとりの学習の賜物である。これを礎として、さらにAIの学習に役立てる「データフュエルAI」が新たなトレンドとなっている。

 実は、くずし字の自動認識AIの開発については続きがある。2019年に、CODH、国立情報学研究所(NII)、国文学研究資料館(国文研)がKaggle(カグル)でコンペを開催したのだ。Kaggleとは世界中の機械学習エンジニア、データサイエンティスト約40万人をつなぐプラットフォームで、政府や企業などが提示した課題に対し、最も優れた分析モデルの開発者に賞金を与えるコンペが行われている。全世界的なコンペを通して、くずし字認識手法の開発を加速させようというわけだ。このコンペでは、「くずし字データセット」がコンペ用に改良され提供されたが、AIが学習する「教材」が増えるほど、AIの解析の精度は高まっていく。上記の「みんなで翻刻」によって解読された翻刻データも、AIの教材になることが期待される。

 喜連川氏は「データはAIを動かすためのフュエル(燃料)」であると話す。これまでの市民科学では収集したデータは専門家の手に渡り、研究材料として活用されるのが主だった。その行き先はAIへと大きく変化している。今後、あらゆる分野で機械学習の初期注入を担うことに、市民科学の貢献が期待されている。

誰もが素人であり、誰もが市民である

 事例とともに市民科学の潮流を追いながら、喜連川氏は改めて「シチズン・サイエンスにおけるシチズンとは?」と問いかけた。学問が進むにつれて、学術領域はどんどん専門化・細分化している。自然科学でも、人文・社会科学でもその傾向は変わらない。かつては1人の有識者が幅広い領域をカバーしていたことを考えると、そこには負の側面もあるが、いまや専門家も「専門外では素人」であり、逆に誰もが「何かしらの専門家」という時代だ。市民科学における職業的な科学者と市民との境目も薄れつつあると喜連川氏は指摘する。我々の誰もが「市民」なのだ。

 専門分野の“ど真ん中”でない人の偉業として記憶に新しいのが、2017年に重力波観測の功績でノーベル物理学賞を受賞したバリー・バリッシュ氏だ。共同受賞者であるレイナー・ワイス氏やキップ・ソーン氏が重力波の専門家であるのに対し、バリー氏はもともと素粒子を検出する加速器の開発者であり、重力波は専門外。しかし重力波の観測に成功したアメリカの天文台LIGO(ライゴ)の所長として、ビッグサイエンスを推進した管理職としての手腕が高く評価され、受賞に至った。いま、市民科学においても、こうしたプロジェクトのマネジメント、コーディネートの視点から市民の力が注目されている。

市民科学の新たな挑戦

 現在、ヨーロッパでは「Time Machine」というプロジェクトが始動している。2千年に及ぶヨーロッパの歴史をデジタル化してマッピングし、大規模シミュレータを設計しようという壮大な計画だ。喜連川氏はこの活動の背景に、過去の悲惨な歴史を繰り返してはならないという、ヨーロッパ市民の問題意識があるとみている。市民科学の原動力となるのは、好奇心だけではないのだ。

 近年、日本では高齢化に伴うさまざまな問題が顕在化し、世界的にはSDGsや、海洋プラスチック問題など多くの課題を抱えている。これらは決して1分野の専門家だけで解決できるものではない。すでに、国内でも相模湾のマイクロプラスチック汚染実態を明らかにする目的で、クラウドファンディングを通じて資金、関心、参加者を募るといった動きが出始めている。こうした社会全体で解決すべき難しい課題にこそ、シチズン・サイエンティストが求められていると喜連川氏は強調する。個々の“市民”が持つ知識・知恵をどのように組み合わせ、最大の効果を生み出していくのか。IT技術が飛躍的に向上してきた今、市民科学はかつての殻を破るべく新たな挑戦の時を迎えている。

4.デジタル時代におけるシチズン・サイエンスの可能性と課題

 前半の基調講演を受け、パネルセッションでは、米本昌平氏(東京大学客員教授)、林和弘氏(文部科学省科学技術・学術政策研究所科学技術予測センター上席研究官)、渡辺努氏(東京大学大学院経済学研究科教授)、および基調講演者のFranzen氏、喜連川氏がパネリストとして登壇。冒頭で、モデレーターの柳川範之氏(NIRA総合研究開発機構理事/東京大学大学院経済学研究科教授)は、データドリブン社会における市民科学の可能性と課題について問題提起した。

 テクノロジーの進展により、私たちは様々な情報やデータを入手できるようになった。基調講演で紹介があったように、データの提供者は専門家である必要はなく、市民が研究に参画することでデータが豊富になっていくという点に、まず市民科学の大きなメリットがある。さらに、市民の研究への参画のあり方が多様化し、単に情報を提供するだけでなく、研究のアジェンダ設定や分析といった、これまでは研究者の活動領域だったことに、関与する機会が増えている。研究に市民の考え方が入ることで、研究の質が高まるという側面も市民科学の大きな魅力だ。

 一方で、科学は巨大化する方向にある。自然科学分野同様、人文・社会科学分野でも、ビッグデータ化が進んでいる。豊富なデータを用いた解析をできるかが成果を左右するようになり、GAFAに代表されるようなデータビジネスを展開している民間企業が科学の発展に大きな影響力を持つようになると考えられている。こうした変化のなかで、市民が科学を進める意義や可能性を見出していく必要がある。

 柳川氏は、いかに研究のあり方や概念を広げて、市民科学による人文・社会科学研究の可能性を伸ばしていくか、市民が研究に責任をもって関わっていく体制をいかに構築していくべきか、という討論のテーマを示した。

「商品としての研究」を販売する役割を担う大学

 米本氏は、21世紀の大学は、研究の楽しさと苦労を味わいたいとする、一般市民の欲求を満たすサービスを提供してはどうかと提案する。西洋近代は、貴族が独占していた贅沢を、消費財の形にして、大衆に開放するという過程であった。科学研究はその代表的な1つだ。19世紀後半には、科学研究はその有用性が認められ、国防や工業製品のために、大学や研究所へと集約されていき、研究の専業化が進んだ。特に20世紀後半の冷戦時代には、大学や研究所が巨大化した。しかし、21世紀は巨大化した大学が機能しなくなっており、機能分散をとる方向に進むのではないかと米本氏は指摘する。その過程で、研究を一般に開放し、研究という知的満足と苦しみを味わえるサービスが登場すると予想する。大学は、旅行代理店が海外旅行パックを売り出すように、「商品としての研究」を販売し、大学の専門家が必要な装置や情報を提供し、研究を指導する機能を担うという構想だ。

 市民が選択するテ―マは、環境、教育、食糧、健康、福祉、文化、郷土史、近隣諸国関係といった市民生活に身近なものや、政治的なものが多いだろう。そうした市民による研究成果を発表できる媒体を設け、有効な形で知見が蓄積されるようになれば、政策立案や政策評価の際に活用可能な公共財にもなる。現在の社会諸科学に対する刺激にもなるはずだ。

 ポスト産業社会、人生100年時代の社会のあり方として、個々人の切実な問題意識から、資料を集め、分析し、新しい視点を提示することは、最も成熟した政治参加の形の1つというのが、米本氏の主張である。

協働型の市民科学が大きな成果を出す時代に

 林氏は、デジタル化により市民科学の概念が変わってきており、協働型の市民科学が今後の方向性であることを示した。従来の科学と社会の間のコミュニケーションは一方通行だった。研究費は市民からの税金を通じて科学者に配られ、科学者は研究終了後にアウトリーチに取り組む。研究過程における両者の相互作用はほとんどなかった。そうしたもとでの市民科学は、公害や原子力のようなテーマに対して、圧倒的な情報量を持っている科学者を市民が監視する活動という意味合いが強かった。

 しかし、ICTにより双方向のコミュニケーションをとりやすくなり、市民の科学研究へのかかわり方が多様になった。例えば、研究課題の設定の段階で市民が関与するのは新たな兆候だ。ヨーロッパでは1,000人ほどの市民を動員し、将来社会の姿を描いた後に、どういう研究テーマを設定すべきかを議論するプログラム(Citizen and Multi-Actor Consultation on Horizon 2020(CIMULACT)が実施されている。日本でも国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が2017年度から実施している「未来社会創造事業」では、市民から研究テーマを募集するプロセスが組み込まれている。

 クラウドファンディングによる研究支援も近年の特徴だ。これは研究を開始する前から市民が課題設定に関わるため、究極的な市民科学の1つといえる。デジタルトランスフォーメンションで市民が科学に関与しやすくなることで、ファンディングにおけるゲームチェンジが起きていると林氏は指摘する。さらには、職業的な科学者でも、アマチュアの科学者でもない、「独立系の科学者」が近年登場するようになった。ITスキルなどの専門性で研究資金を獲得し、その資金で自らのやりたい研究を行い、アカデミックペーパーを書く、資金面で自立した科学者たちだ。

 市民科学は従来から行われてきたが、デジタルトランスフォーメーションにより、科学者と市民との接点は実に多様になっている。市民と協働して研究を進めることで、ハイインパクトな成果が生み出された事例も日本で出てきている。我々は市民と協働型の科学研究のポテンシャルを認識し、科学の発展につなげていく必要がある。

市民科学による、個人情報保護、データ取得への新たなアプローチ

 渡辺氏は、社会科学分野の市民科学を推進するうえで、個人情報保護やデータ取得のハードルをいかに下げるかが鍵になると指摘する。個人情報保護は社会科学分野の研究を進めるうえで欠かせない。例えば、ポイントカード情報などの消費者の購買情報を利用する場合、データを生み出している市民は、その情報をみられたくないという希望を持っていることがしばしばある。職業的な科学者や事業会社であれば、ルールを設け、その下で個人情報保護を行うことが可能だが、アマチュアの科学者が同じような仕切りで研究を進めることは困難だろう。市民科学において、いかに個人情報を保護するかは、新しく、難しい論点だ。

 また、データ取得にかかる費用も重要な論点だ。市民科学を広めるうえでは、費用はかからないにこしたことはない。しかし、データには経済的価値があり、質のよいデータはただでは入手できないのが現実だ。データを提供する主体に対して、どのように対価を支払うのか、また費用をいかに低減させるのか。市民がデータを使うためのハードルを下げる工夫が必要だ。

 こうした課題を、市民間の合意に基づき解決できないかと渡辺氏は指摘する。例えば、ある地域で得られた情報はその地域住民が利用できるなど、市民間の合意により、個人情報保護やデータ取得の費用の問題を乗り越えるという発想だ。研究する主体も、観察される主体も市民であれば、自分たちの情報を外に出すことにはならない。市民による市民を対象とした研究は、比較的、個人情報やデータ提供に関する合意を得られやすいだろう。市民科学の文脈の中で解決策をみつけることは、市民科学の発展にとって重要な視点だ。

巨大プラットフォーム企業の台頭と市民科学

 喜連川氏は、プラットフォーマーとの関係から市民科学の意義や目指すべき方向性を説いた。GAFAなどの巨大プラットフォーム企業が台頭するなか、今、世界中でデータのオーナーシップに関する議論や法整備、運用が進んでいる。無形のデジタルの財にどう規制を設けるかは、新しくて難しい問題だが、「FAT(Fairness、Accountability、Transparency):公平性、説明責任、透明性」の原則が確立すれば、プラットフォーマーはデータを囲い込む敵ではなく、データを市民に提供する公共財としての役割を果たすかもしれないという。そのような方向に進むためにも、データに対する倫理観を社会全体で醸成し、プラットフォーマーとうまくつき合っていく必要がある。市民科学には科学やデータに対する倫理観を育む教育的な意義もあり、その果たす役割は大きい。

 また、渡辺氏も、GAFAによるデータビジネスと市民科学の関係は、競合するものではなく、むしろ、補完するものという視点から捉えるべきだと指摘する。GAFAはAIを用いて、人間の行動を精緻に調べているが、AIが機能するには、「人間は何をしたいのか」、「どういうときに人間は1番幸せを感じるのか」といった、個々人が無意識に形成している目的関数をAIに与える必要がある。しかし、この目的関数がどういうものかがAIの専門家にとって1番難しいという。人間が何を志向しているかは、市民が自らを振り返り、まわりの人をよく観察することによって、見えてくるものだろう。こうした人間の行動原理を明らかにする研究を市民科学として進める意義は大きいと渡辺氏は強調する。

 喜連川氏は、GAFAが持っておらず、我々が持っているデータが何かを認識しておくことも忘れてはならないと指摘する。例えば、日本には100歳以上の人口が8万人いるが、この人々の情報は、世界的に見ても日本にしかない貴重なものだ。また、コホート研究(注3)に代表される長期的な追跡データも、プラットフォーム企業がもっていない貴重なデータである。こうしたデータを有効に活用し、生活や社会科学の発展につなげていくことは、市民科学が目指すべき方向性だ。

 さらに、情報技術が進化するなかで、これからは誰かが持っているデータを使う時代ではなく、自分がほしいデータをつくる、データデザインの時代だと喜連川氏は強調する。市民科学においても、自らデータを作り、研究する市民が登場するだろう。そのような活動を安心して行える環境整備は重要であり、データを守る法律や、国際的な協力体制を構築していく必要がある。

データ駆動型社会における市民科学の概念の拡張

 会場からは、「伝統的な日本の文脈における『市民科学』は、原発や公害といった論議を呼ぶテーマを扱ってきたが、人文・社会科学分野における市民科学も、そのような意見の分れるテーマを扱うことが可能か?それとも排除されるのか?」という質問があがった。柳川氏は、伝統的な市民科学の概念を否定するのではなく、データ解析の観点を加えることで、市民科学の概念を広げられるのではないかと提案する。意見が分かれる議論においても、データを見て、解析したうえで、それぞれの価値判断や結論がでてくるようになれば、データが何もない状況よりは、議論が建設的になる。データ駆動型社会においては、誰にでもデータが使え、分析でき、結果に基づいた議論がオープンな形で行われることが重要と、デジタル時代における市民科学の方向性を示した。

5.おわりに

 コンファレンスでの議論を通じて、市民科学は、自然現象だけでなく、社会現象への理解を深め、新たな知識を創出するうえで、大きな役割を果たす可能性があることが明らかになった。そのためには、いくつかの条件があることが指摘された。第1に、市民参加は、データ収集だけにとどまらず、データの解析や結果の発信など、市民のもつ知識を様々な段階でいかす市民協働型の視点が重要である。第2に、市民の参加が少ないと研究の終了や失敗につながるため、市民参加の動機付けを強める必要がある。市民参加のインセンティブを高める工夫として、デジタルツールを駆使し、市民の知的好奇心を刺激するテーマを研究できる環境を整備することなどが考えられる。第3に、数だけではなく質の確保も重要な論点となる。市民参加のプロトコルの設定、個人情報保護、データ提供・管理の体制などを構築し、市民と科学者による責任ある協働研究を実現していかなければならない。また、データプラットフォームを形成している巨大IT企業の台頭は市民科学と競合するものではないという指摘があった。むしろ、プラットフォーマーが持っていないデータや、AIによるビッグデータ解析を効果的に行うために明らかにすべき研究テーマは数多くあり、市民科学がそれを補う余地は大きい。同時に、プラットフォーマーは市民にデータを提供する存在とりなり得る。こうした補完関係を積極的に構築していくための体制、制度づくりも、市民科学を発展させていくうえで不可欠であることが指摘された。

 最後に、世界の健康、経済、社会の大きな脅威となっている新型コロナウイルスが蔓延する今、市民科学がどのような役割を果たせるかについて、コンファレンスの議論を踏まえて、一言述べて結びとしたい。新型コロナパンデミックを終息させるための最大の課題の1つは、感染を拡散させる原因となる人々の動き的確に追跡できていないことだ。正確な追跡には、個人の移動や健康状態にまで踏み込んだ秘匿性が高い個人情報を収集する必要がある。それを可能とするためには、市民の賛同が不可欠だ。市民がデータ提供だけにとどまらず、市民自身がデータの可視化、分析、知識の創出に参加し、データを共同所有する枠組ができれば、市民の賛同を得られやすいだろう。また、自発的なデータ提供を求めるだけではなく、市民がデータを共有する何らかの経済的インセンティブを設け、政策的に市民科学を推進することも検討に値する。

 過去、社会が危機に直面したとき、市民が団結し、その危機を乗り越えてきた歴史が人類には幾度もある。新型コロナパンデミックもそのような脅威の1つだ。しかしながら、市民からの情報が適切に集約され、政府や市民の行動の変容につなげられたとは言い難い状況が未だにある。コロナ対策が成功するかどうかは、最終的には市民が積極的に関与するかどうかにかかっているといっても過言ではない。そのためには、新型コロナウイルスの影響に関する情報を一方的に市民に伝えるだけでなく、パンデミック下で我々がとるべき手段を市民と科学者がともに考える活動を活発化させることは重要であり、市民科学が果たす役割は極めて大きい。市民と科学者との双方向でのコミュニケーションを積み重ねていく努力が求められている。

NIRA・DIJ・DWIH東京共催コンファレンス「デジタル時代におけるシチズン・サイエンス―市民社会と協働した人文・社会科学研究の可能性―」プログラム


開会挨拶
Dorothea Mahnke (ドロテア・マーンケ) ドイツ 科学・イノベーション フォーラム東京 所長

趣旨説明
神田玲子  NIRA総合研究開発機構理事、研究調査部長

基調講演1
Martina Franzen (マルティナ・フランツェン) Institute for Advanced Studies in the Humanities ポストドクトラルリサーチフェロー

基調講演2
喜連川優  大学共同利用機関法人情報・システム研究機構国立情報学研究所所長

パネル・ディスカッション
パネリスト
喜連川優  大学共同利用機関法人情報・システム研究機構国立情報学研究所所長
林和弘   科学技術・学術政策研究所科学技術予測センター上席研究官
米本昌平  東京大学客員教授
渡辺努   東京大学大学院経済学研究科教授
Martina Franzen Institute for Advanced Studies in the Humanities ポストドクトラルリサーチフェロー
モデレーター
柳川範之  NIRA総合研究開発機構理事/東京大学大学院経済学研究科教授

閉会挨拶
Franz Waldenberger (フランツ・ヴァルデンベルガー)  ドイツ日本研究所所長

コンファレンスで活発な議論が展開

講師プロフィール

Martina Franzen(マルティナ フランツェン)

The Institute for Advanced Study in the Humanities(KWI)in Essen ポストドクトラルリサーチフェロー。2010年ビーレフェルト大学でPh.D.(社会学専攻)を取得。同大学科学技術研究所リサーチフェロー・主任研究員(2009-14年)、ベルリン社会科学研究センターポストドクトラルリサーチフェロー・科学政策研究グループ主任研究員(2014-19年)を経て、2019年より現職。研究対象はサイエンス・コミュニケーション、シチズン・サイエンス、価値評価研究、社会学理論など。最近の論文として“Changing science-society relations in the digital age: the citizen science movement and its broader implications.”( 単著, Handbook on Science and Public Policy, 2019, pp.336-356)。

喜連川優(きつれがわ まさる)

大学共同利用機関法人情報・システム研究機構国立情報学研究所所長。データベース研究のパイオニア。文科省「情報爆発」プロジェクトを牽引(2005-10年)。超巨大データベースに関する内閣府の最先端研究開発支援プログラム(2010-14年)を主導。専門はデータ工学。東京大学大学院工学系研究科情報工学専攻博士課程修了。博士(工学)。東京大学地球観測データ統融合連携研究機構長などを経て、2013年より国立情報学研究所所長。東京大学生産技術研究所教授も務める。情報処理学会会長(2013-15年)。SIGMODエドガー・F・コッド革新賞、紫綬褒章、レジオンドヌール勲章シュバリエをはじめ、受賞多数。

林和弘(はやし かずひろ)

文部科学省科学技術・学術政策研究所上席研究官。政策科学研究に従事し、学術情報流通の変革とその重要性について啓発活動を行う。化学の知見とITスキルを踏まえ、先駆的に学術論文誌(日本化学会)の電子化と事業化に貢献。科学技術動向、予測調査や研究力を定量的に把握する手法の開発にも取り組む。東京大学大学院理学系研究科博士課程中退。日本化学会学術情報部課長を経て、2012年より現職。現在、G7科学技術大臣会合、日本学術会議、内閣府などのオープンサイエンス推進に関する委員会等に専門家として参画。Japan Open Science Summit 2018ではシチズンサイエンスセッションの企画と座長を務め、日本学術会議若手アカデミーのシチズン・サイエンスの取り組みもサポート。

米本昌平(よねもと しょうへい)

東京大学教養学部客員教授。臓器移植、遺伝子技術から気候変動問題まで、諸外国の規制政策の比較を中心に、科学と政治・社会のあり方について提言。専門は科学史、科学論。京都大学理学部卒業。三菱化成生命科学研究所研究室長、同・科学技術文明研究所長、東京大学先端科学技術研究センター特任教授などを経て現職。著書に、『バイオポリテイクス』(中公新書、2006年)、『地球環境問題とは何か』(岩波新書、1994年)など。

渡辺努(わたなべ つとむ)

東京大学大学院経済学研究科教授。同研究科長及び同学部長。専門はマクロ経済、国際金融、企業金融。日本銀行シニア・エコノミスト、一橋大学経済研究所助教授・教授を経て、2011年より現職。京都大学、ボッコーニ大学、コロンビア大学等で客員准教授・教授などを歴任。1992年ハーバード大学でPh.D.(経済学専攻)取得。東大日次物価指数を渡辺広太氏と共同開発。2015年に株式会社ナウキャストを創業、同社技術顧問。統計改革推進会議委員、キヤノングローバル戦略研究所研究主幹等を兼務。

柳川範之(やながわ のりゆき)

NIRA総合研究開発機構理事。東京大学大学院経済学研究科教授。専門は契約理論、金融契約、法と経済学。東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。慶應義塾大学経済学部専任講師、東京大学大学院経済学研究科助教授、同准教授を経て、2011年より現職。経済財政諮問会議の有識者議員、東京大学金融教育研究センター・フィンテック研究フォーラム代表などを兼ねる。著書に『法と企業行動の経済分析』(日本経済新聞社、2006年)など。

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
NIRA総研・ドイツ日本研究所(DIJ)・ドイツ 科学・イノベーション フォーラム 東京(DWIH東京) (2021)「デジタル時代におけるシチズン・サイエンス」NIRAオピニオンペーパーNo.58


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