櫛田健児
スタンフォード大学アジア太平洋研究所リサーチスカラー

概要

 日本ではAI人材の教育が注目されている。政府は「AI戦略2019」を発表し、一部の大企業もAI人材育成に力を入れ始めた。新型コロナウイルスによって世界経済が大不況に突入する2020年は、松下幸之助が「不況時こそ人材育成の好機」という言葉を残しているとおり、体力のある大企業にとって、人材育成に力を入れるタイミングだ。
 しかし、AI人材育成の取り組みは、「AI人材」に対する正しい理解がなければ多大なリソースの無駄となる。日本が最も必要なAI人材は、世界のトップ企業のように優れた基盤のAIツールを開発する人ではなく、AIツールを使いこなす「リードユーザー」となるための経営層と現場の従業員だ。そのためには、文系の人も理系の人も「課題設定能力」を身につけなければならない。
 「課題設定能力」とは、ペインポイント(課題)を、徹底的にユーザー目線で深掘りする能力である。では、「課題設定能力」をどう養うべきなのか。一つは、トップ大学が社会人向けの本質的な教育を企業相手に行っているExecutive Educationにより、外からみた視座、徹底したペインポイント発掘、そしてAI活用や基本的なデータサイエンス経営を学ぶことである。さらに、産学連携による共同研究や人材循環を通じ、トップ研究者に産業界の問題意識を共有させることで、意味のある価値を共に作り出せる可能性が高まる。政府や企業は、課題設定能力に重点を置き、「AIを活用できる経営人材こそ日本に必要なAI人材」という視座で人材育成に取り組むべきだ。

INDEX

序論:注目される「AI人材」と育成計画

 日本では最近AI人材が注目され、政策面ではかなりの本気度をうかがわせる戦略を政府は発表している。その内容は世界を見渡してもかなり積極的なもので、紙面のトップに「AI人材25万人育成計画」という見出しで載った。それは、「統合イノベーション戦略」(2018年6月15日閣議決定)に基づいて、内閣官房長官を議長とする戦略推進会議が策定した「AI戦略2019」のことである(2019年6月11日公表)。

 その中で、2025年に達成を目指している複数の目標には、1 )全ての高校卒業生が「理数、データサイエンス、AI」について基礎的な知識を習得することや、2 )データサイエンスとAIを理解して専門分野に応用できる人材を年に25万人育成し、3 )データサイエンスとAIを駆使して世界で活躍できるレベルの人材を毎年2,000人発掘・育成し、4 )そのうちの100人はトップクラスを目指すことが掲げられている。また、5 )社会人に対しても数理、データサイエンス、AIなどを毎年約100万人に教育するという計画が盛り込まれた(注1

 政府が積極的にバックアップして、日本が必要とする人材を育成するという「AI戦略2019」は、アメリカの「個人の市場価値は市場に任せるべきで、スキルは個人が自分で習得すべき」という、ハンズオフな基本スタンスとは大きく異なる。フィンランドやスウェーデン、デンマークといった北欧でみられる、手厚い人材育成サポートでハイエンドな付加価値を狙った取り組みに近い考え方である(注2)。こうした政策は、うまくいけば日本の強みになり、人材に投資しようという積極的な考え方の表れとして捉えることができる。

 日本の大企業にも「AI人材」育成に力を入れているところが見受けられる。例えば、ダイキンは、2年かけて新入社員100人をAI人材に作り上げるというプログラムを実行中である(注3)。そのほかにも、オリンパスやキヤノン、コニカミノルタといった会社を始め、数多くの日本企業が「AI人材育成」の計画を立てている(注4)。既存の人材を切り捨てて新しく雇うだけではなく、育成しようという日本らしい取り組みである。

 しかし、こうした「AI人材育成」の取り組みも、もう一歩踏み込んで具体的に考えていかないと多大なリソースの無駄になりかねない。そもそも、1 )現在、AIはどのように価値を作っているのか、2 )世界のトップ企業はどのような方法でAI人材を育成しているのか、あるいは雇っているのか、3 )世界のトップ大学はどのような方法でAI人材を育成しているのか。これらを具体的に問うことで初めて「AI人材育成」をめぐる議論を深掘りできる。そうしないと、日本にとって最も有益な政策や企業、大学の取り組みにたどり着かない可能性が高い。根底にある問いは、どのようにしてAIを価値につなげているのか、ということである。

そもそも現在の「AI」とは:「知能」というラベルの誤解と危険

 AIの価値創造についての議論を進めるにあたって、まず現在のAIについての共通理解が必要である。なぜなら、そもそも「AI」の定義が曖昧だからである。歴史的には、AIというラベルがつけられた分野が何度か盛り上がり、過剰な期待が寄せられた。「知能」という言葉がラベルに入っているので、いろいろな人や企業の想像が膨らみ、あたかも人間のような思考能力をイメージさせられるということもある。しかし、過去の「AIブーム」では、期待されたほどの結果が出ず、その後、いわゆる「AI氷河期」に突入していった。これまでの歴史で得られた重要な示唆は、それぞれのサイクルでの「AI」はコンピューターサイエンスの特定の分野を示すのではなく、それぞれ異なる分野を示してきたということである。

 今回の「AI」の飛躍は、機械学習、特に深層学習という分野での劇的な伸びが原動力となっている。もはやブームではなく、実際に世界トップ企業のFAMGA(Facebook, Amazon, Microsoft, Google, Apple)が機械学習、深層学習を自らの中核ビジネスに取り入れ、その結果、莫大な収益を上げている。

 この機械学習、特に深層学習というのは、基本的には「AI人材」育成の真価は課題設定能力シリコンバレーからAI革命の本質を踏まえてパターン認識と考えるべきである。音声、画像、データ などのパターンを導き出し、それを基に判断を促す。2012年に画像認識の正解率が人間を上回ったAlexnetが現在の深層学習の飛躍的な伸びの原点である。深層学習は、何十年もあまり期待されていなかったニッチな分野から、一気に現在の「AI」と呼ばれる分野の中核となった。しかし、人工知能という「知能」が入ったラベルをつけてしまうと、一般的にはAIがあたかも自分で考えたりするようなイメージが先行し、過剰な期待なども寄せられてしまう。中には、AIを謳ったサービスなのに、実は機械学習すら入っていなく、意図的にAIという単語を入れることで顧客を増やそうという営業戦略も見受けられる(注5) 。(最近のヨーロッパでの調査によるとAIスタートアップの過半数には機械学習などのAIが入っていなかったという分析もある(注6)。)

AIによる新しい価値創造のメカニズム、具体例

 現在、AI(人工知能)が様々な業界をディスラプト(破壊)し、既存企業を脅かす技術として注目されている。近年、世界の時価総額でも、米国企業の保有キャッシュでもトップ10に名を連ねているFAMGAはすでにAIで膨大な価値を作り出している(注7)。政策議論を展開するにあたり、まずはこれらのトップ企業が具体的にどのようにAIで価値を作っているのかを具体的にイメージさせるような例を紹介したい。

 例えば、アマゾン(Amazon)の収益の根底には、1 )物流の最適化と2 )データセンターの運用(AWS)がある。後者のAWSは世界中に持っている巨大データセンターの運用効率をAIで向上させることで、今やアマゾンの収益の半分以上を叩き出す世界のITインフラビジネスとなっている。物流の方は、客が買うであろうものをAIで予想して近くの巨大倉庫に持ってくる。そして注文がくると、倉庫内で様々な形や大きさのものをロボットアームが棚から選び、箱詰めする。このロボットアームはAIで学習しており、棚に不規則に並べてある様々な形のものを識別して取り出し、速度も練習を重ねることでどんどん早くなる。倉庫内で働く単純労働者の数は数年前に比べて激減している。

 AIのレベルアップによってコストが下がるのはもちろんのこと、売り上げも増加する。コストの方はわかりやすい。AIの予想的中率が上がれば、近くの倉庫に持ってきた在庫を効率よく、早く客に届けられるからだ。予想が外れて買われなかったものは、余剰在庫として置いておくだけなので機会損失が発生する。したがって予想的中率が上がると、この機会損失が減る。倉庫内の機械によるAI学習のレベルが上がれば上がるほどロボットの動きは早くなり、素早い配達が可能となり、人件費も浮いてコストが下がる。

 売り上げが増加するのは、そもそも倉庫内のオペレーションと在庫の最適化により短時間で顧客に届けることができれば、普通の店ではなくアマゾンで売れる商品が増えるからである。売れる在庫をあらかじめ客の近くに置いておけば、客に届く速度が速くなり、アマゾンの売り上げが増加する。それだけではなく、巨大倉庫を結ぶ物流網は人間が運転するトラックなので、完全な自動運転を実装できれば大幅なコスト削減と物流網のフレキシビリティー向上によるスピードアップ、それに伴う売り上げアップが見込める。

 アマゾンは今やR&Dで世界トップの投資を行っており、企業買収も積極的に行っている(注8)。膨大な資金リソースや世界有数の巨大データセンター群を持ち、そして世界のほんの一握りの企業しか持っていない膨大なデータを常に集めている。アマゾンは、世界トップのAI人材を集め、顧客行動予想、ロボットの動きの学習能力、自動運転、データセンター運用、ロジスティクス最適化、音声認識など、様々な領域においてリーダーとなっている。本社はシアトルにあるが、シリコンバレーの人材を活用するため、スタンフォード大学の目の前にもオフィスを複数構えている。

 AIによる価値創造が新たなAI技術の最先端を生み、AIの価値創造がさらに進化する。アマゾンを見てもこの力学は分かりやすい。しかし、これはAIでの価値創造のポテンシャルの氷山の一角である。グーグル(Google)は検索に連動した広告で利益の大半を出しているが、数年前から自らの「AIの企業」というモットーの下で、中枢である検索と広告の領域でも、スマートフォンのアンドロイドのOS、自動運転や音声認識を使った機械翻訳、家の中の制御装置などでAIを積極的に活用している。

 電気自動車と充電網、そしてソーラーパネルを同時に販売・展開しているTeslaは、自動車でAIを使ったAutopilotのパフォーマンスを劇的に上げ続けている。最新モデルは高速道路でウインカーを付けると、車が周りの状況を確認してから自動的に車線変更をするのはもちろんのこと、多くのドライバーがAutopilotを使うことでデータが集まり、どんどん動きがスムーズになっていく。車線のど真ん中を走るため、人間よりも安定感があり、頻繁に車にダウンロードされるソフトウエアのアップデートでさらに磨きがかかっていく。ワイパーの動きも、画像認識による雨の降り方と、ドライバーがワイパーを自動的に設定される速度から手動で適切な速度に調整する行為を学習データとして、ダウンロードする度に精度が上がっている。Teslaはリアルデータを使ってAIで価値を出している。Autopilotでの走行距離の累計は他社を圧倒しており、このデータをより一層集めることで、AIで学習し、完全自動運転を実装させるという目標を立てている。

新技術の歴史と生産性:補完関係にある別の技術と、活用法の開発と発見

 ここで、より一般的な技術革命の進化と浸透の歴史的なパターンを紹介したい。文明の大転換を促した力学は、その技術の進化や革新のみで進んだのではなく、補完関係がある別の技術と組み合わさったことで本質的な革新を進めた(注9)

 例えば、蒸気エネルギーの革命は、海では蒸気船、陸では鉄道の動力化につながったことで世界の貿易、人の流れ、そして資金の流れを大きく変えた。この変化が国の富と軍事力のバランスを変え、世界の秩序を脅かし、世界地図すら書き換えるようなヨーロッパ各国の帝国主義を生んだ。やがて世界大戦へと導かれることになる。しかし、鉄道の利用を可能としたのは蒸気エネルギーだけではなく、ベッセマーが開発した鋼鉄を作るプロセスの役割が大きかった。それまでの鉄では、夏の高温による膨張と冬場の縮小に耐えられず、鉄道を高速で長距離走らせることができなかった。また、蒸気船による物流革命は、アメリカの五大湖を結ぶ運河と、南アメリカを回らずともアメリカの西海岸からヨーロッパを結ぶパナマ運河の完成によって本領を発揮した。このように、蒸気エネルギーのポテンシャルを引き出したのは蒸気エネルギーと関連技術だけではなく、補完関係があった別の技術や公共工事の役割が大きかったのである。歴史上の様々な技術はこのパターンをたどっている。

 また、世界のエネルギーが蒸気エネルギーから電気エネルギーに変わった際、工業プロセスの生産性が向上するまで、実に70年もかかっている。その理由は技術ではなく、その技術を使いこなす活用法の発見に時間がかかったためである。各工場でボイラーを取り払って機械の動力源を電力に切り替えてもさほど生産性は上がらなかった。工場のレイアウトと、「昔あったボイラーに合わせた機械配置のロジック」から「生産ラインのロジック」に置き換えたヘンリー・フォードのコンベヤーベルトを使った生産方式と生産プロセスが揃って、初めて大きなインパクトとなった。つまり、技術が変わっても、それを活用するノウハウが備わるまで生産性は向上しなかったのである(注10)

 より最近の例だと、コンピューターの導入が生産性の統計に表れるまで10年以上かかっている(注11)。10年以上も大企業がコンピューター関連の大きな設備投資を続けていたのに、生産性が向上しなかった力学は「生産性のパラドックス」と呼ばれた。しかし、1990年代半ばから状況は一転し、アメリカの大企業と経済の生産性が大きく向上した。のちに、それがコンピューターとIT投資によるものだったということが判明した。導入から活用、そして生産性向上までのラーニングプロセスが必要だったのだ(注12)

 これらの力学を、現在のAIに当てはめよう。

AIでの価値創造:補完関係となっている別の技術やビジネス

 現在の先端のAI(機械学習、深層学習)は、複数の補完関係がある技術、サービスやものに支えられている(図表1参照)。 

 機械学習、深層学習は大量のプロセシングパワー(情報処理能力)が必要である。多くの手法は豊富なデータも必要とする。そこで幾つかの具体的な要素が補完関係を作り上げている。

 まずはグローバル規模のクラウドコンピューティングで大量のプロセシングパワーが使えるようになった。プロセシングパワーは、近年、希少リソースから豊富なリソースとなっている(注13)。半導体の進歩だけでも、18ヶ月ごとに半導体に乗るトランジスターの数が倍増するという、「ムーアの法則」というスピードでの開発が半世紀近く続き、1971年の最初のインテルのマイクロプロセッサーから、2016年にはパフォーマンスが3,500倍、電力効率が9万倍、そしてコストパフォーマンスが6万倍向上している(注14)

 ナノテクは豊富なプロセシングパワーの恩恵も受けて進化し、様々なセンサーの価格を劇的に安くしている。今ではスマートフォンには様々なセンサーが含まれており、加速度計、ジャイロスコープ、磁気センサー、GPS、プロキシミティーセンサー、光センサー、マイク(音センサー)、タッチスクリーンセンサー、指紋センサー、歩数計、バーコード(QRコード)センサー、気圧計、心拍計、温度計などに加え、湿気センサーも含まれていることは珍しくない。様々なデータが安く採取できる。

 同時に、スマートフォンの世界的な浸透は劇的に早く、途上国で電話回線がつながっていないところでもスマートフォンが普及している状況となった。スマートフォンはアプリとクラウドにつながっていて、色々な企業が大量のデータを、様々な形で集めることができる。安価なセンサーとスマートフォンの浸透で、AI解析に有効なビッグデータを集めるのが容易となっている。

 また、Pythonなどのプログラミング言語や、Hadoopというオープンソースのソフトウエアが普及したおかげで、ビッグデータを扱う様々な解析の手法が広く普及した。もともとHadoopは、グーグルが内部で使っていたビッグデータを処理する社内ツールの根本的な考え方を、社外向けに公開してからオープンソースのコミュニティーが作り上げた経緯がある(注15)。その後、Hadoopはマイクロソフト(Microsoft)からフェイスブック(Facebook)、IBM、オラクルまでが取り入れ、ビッグデータを扱えるようになった。それまでは大量のデータを保存し、解析をかけるのに非常に高いコストがかかっていた。一部の先端の技術者しか扱えない技術が広く普及すると、その技術が様々な方向に応用されることで大きく文明が動くことが多く、これはまさにその例である。

 ちなみにHadoopが非常に高い価値を発揮しだした当初、世界的にHadoopのプログラマーが必要になり、そういった人材が圧倒的にシリコンバレーに集中していた(注16)。先端の技術が現れた時に、どこに人材が集中していたかという点で興味深い。先端技術に長けた人材がフォーカスポイントとしてシリコンバレーに集まり、そこでの経験でスキルを磨き、より魅力的な雇用先を見つけるという循環が、複数の技術の波で起こっている力学である。

 そして2008年からのスマートフォンの到来と目覚ましい浸透で、十何種類のセンサーを人類の大半が毎日持ち運ぶこととなり、これだけでも様々な情報が集まる。例えば、グーグルマップの渋滞情報は断トツに質が良いが、これはほぼ全てのアンドロイドのスマホがどこにあり、どうやって動いているのかを計った上で渋滞情報を提供しているからである。このグーグルマップをプラットフォームとして、その上に作られているUberやLyftは、効率よく顧客が集まる場所と時間帯に車を多く送り込むことで稼働率を上げられる。この最適化をAIで行うが、最適であればあるほど収益が上がるので、このAIの開発に相当な投資をしている。そして車の情報と人々の行動のデータが大量に集まることで、AIによるパターン認識の質が上がるのだ。

 つまり、AIと補完関係がある技術、そしてAIを活用することで収益増に直結するビジネスがAIのフロンティア(先端)を推し進めている。

 これからどのような技術がAIにとって補完関係を発揮してAIの価値をさらに高めるのかはまだ定かではないが、これを探すために様々なスタートアップや大企業が価値の模索に力を込めている。新しい、まだ我々が予想していないものと合わさると、AIによる価値創造はさらに飛躍的に伸びる可能性がある。

 AIの価値創造の力学は上記のような考え方ができる。

図表1 AI(特に機械学習、深層学習)と補完関係が強い他の技術や要素

日本ではどのようにAIは価値になりうるか:プロセスの仮説

 では、日本ではAIがどのように導入され、価値になりうるだろうか。過去の先進国の先端IT技術のパターンから仮説を立てることができる。

 先端だった技術が一般的に普及すると文明は大きく動くというパターンを繰り返している。例えば、ガソリンエンジンの技術は100年ちょっと前には一部のエリートしか活用できなかったが、今では人類の大部分が車を持ち、トラックを用いた物流の上に生活が成り立っている。コンピューティングパワーの進化と浸透は、1960年代には一部の先端研究所や軍から、劇的な速度で世界に普及した。

 AIは人類最先端の技術であるが、数年前は不可能だった、AIツールが非常に安価で外向きに公開されるという動きはすでに始まっている。アマゾンが社内で使っている物流のオプティマイゼーションのツールや、グーグルが使っている様々なデータ解析のツールは、少しずつ一般公開されている。自分で機械学習のプログラムが書けなくても、その恩恵を受けられる、というツールを2018年度末にアマゾンは複数一般公開しており、グーグルはすでにAutoMLという画像認識のツールを公開している。白物家電ならぬ「シロモノAI」の時代はすぐそこまで来ていると言えよう。

 こうなれば、わざわざトップ企業が作ったAIを超えるものを作る努力が必要なのではなく、彼らが提供するものを上手に使いこなす「リードユーザー」になることが大事である。

 リードユーザーは、他社が提供するツールをいち早く導入して、自らの価値を作り出すことができるだけではなく、そのツールなどの新しい用途を示す役割を果たす(注17)。歴史的にはコンピューターが大きな計算機だった1960年代に、保険業界は大きな計算を行うためにコンピューターを導入したが、実は様々な顧客のリスク計算を保険の値段に反映できることを発見した。保険業界は、コンピューターそのものの付加価値のポテンシャルを大きく変えたのである。航空会社も、初めは予約システムの管理をするためにコンピューターを導入したが、飛行機の運航のデータをもとに各フライト路線の需給バランスにより変動する運賃や、需給バランスにより定められたフライト路線そのものを導入することができたのである。

日本がリードユーザーになるポテンシャル

 日本は様々なAIツールのリードユーザーになるポテンシャルが高い。例えば、デジタルデバイド(スマホやタブレットなどのITツールを使える人と使えない人の溝)は日本では非常に深く、超高齢社会で一層深刻になっている。この状況は逆にAI活用の大きなポテンシャルである。音声認識はAIを通して急速に一般的に使えるレベルに達しているが、日本ではこれを情報入力の手段として価値につなげるポテンシャルはいくらでもありそうだ。

 例えば、ほとんどの日本のタクシーについているカーナビは音声入力ができない上、ユーザーインターフェースが優しくはないので、運転手が苦労をするケースが多く見受けられる。グーグルマップではすでに、動作は基本的に音声入力で問題がない。では、グーグルが提供する音声認識のツールをカーナビのソフトウエアのレイヤーに入れるべきではなかろうか。また、小規模な店舗は、売ったものがPOS端末でデータ化されても、探していたものが買えなかった人のデータは集まらない。いちいちタブレットに手で入力しなくていけないと店側の人も顧客も困ってしまうかもしれないが、「お探しのものはありませんでしたか?」と、年配の店主が年配の顧客に尋ねるだけで、答えが音声認識でデータとして落とし込まれ、翌週の発注に反映させられたら、小規模な店舗の売り上げも顧客のニーズも両方改善する。

 どちらの例も日本企業が音声認識のソフトを独自に作るべきだということではない。音声認識の仕組みは、集まるデータが圧倒的に多く、情報の処理能力も資金力も機械学習のトップ人材も豊富なFAMGAのものを使い、価値のある活動に当てはめるべきではなかろうか。

 音声認識以外に、簡単な画像認識にもポテンシャルがある。例えば、郵便配達員が普段の移動中に道路の状態に問題を見つけた場合、それをボタン一つで通知すると自動的に自治体が検査にやってきて、必要ならすぐに修理をするというシステムがあれば、自治体の検査費が減り、もともとかかっていた費用の一部を日本郵便に支払うこともできるかもしれない。(千葉市ではすでに市民からのスマホ写真で道路補修を頼めるようになっている(注18)。)同時に、郵便配達員の手間を過剰に増やしてはいけないので、1秒程度で操作できるユーザーインターフェース(UI)が必要である。このUIとその裏にある仕組みが価値であり、これは第三者に別の用途で使ってもらえるようなプラットフォームにもなりうる。

 さらに一歩踏み込んで、住宅のポストに郵便物を入れる際に、お年寄りにとって危険がありそうな自宅前の水路の蓋のズレや破損などを見つけた場合、郵便配達員の時間を1秒ほどしか使わず、ボタン一つでそれを事前登録した人に送れるような仕組みができたら、お年寄りの転倒による事故とその後の生活水準の劣化の防止が見込める。この場合のサービスは安全を保証するものではなく、あくまで何重も必要なリスク軽減策の一つであるという位置付けになるべきだろう。この道路破損や自宅前の危険探知の仕組みをAIにかけ、パターン認識によってどういう状況で、どういうところが、どういうタイミングで問題を起こすのかを把握することができれば、道路の危険な状態を未然に防ぎ、効率良く、自宅から外に出る時に発生しうる問題を学習し、バリアフリーに近い環境を提供できるかもしれない。

真のAI人材は「課題設定能力」が高い人、ペインポイントの考え方

 上記のロジックをたどると、日本に必要な「AI人材」は、技術としてのAIを開発したり、狭い意味で特定の領域に応用したりできる人材だけではなく、「課題設定能力」が長けた人材も含めている。政府が目標に含めている「AIを応用できる人材」は、実は、本質的にはAIの技術者ではないのである。したがって、この人材にAI技術の育成プログラムのみを受けさせるのは間違いである。

 現在のAIは「知能」と言っても、勝手に問題設定をしてくれるわけでもなければ、他のどのようなものとの補完関係が強いのか、ということなどは判断してくれない。どういう風に、どういうデータを集め、どのようにして価値につなげるのかはあくまで人間の仕事である。

 シリコンバレーで主流となっている考え方で言うと、課題は「ペインポイント」である。ペイン、つまり痛みがあるところは課題であり、ペインポイントは多くの場合、測ることができる。価値というものは、ペインポイントの解消からくる。

 「お客様のペインポイントは何であろうか?」。「お客様のお客様のペインポイントは何であろうか?」。例えば、コマツの鉱山用の巨大ダンプトラックは10年ちょっと前から自動運転を行っているが、これは人件費の節約ではなく、自動運転にすると巨大なタイヤの寿命がかなり延びるので、顧客のオペレーションコストが下がる。この場合、顧客のペインポイントは非常に高価なタイヤの交換にかかる費用と時間(機会損失)で、自動運転はこのペインポイントに加え、他の鉱山ダンプトラックが直面する幾つかのペインポイントを解消している。

 すなわち、顧客にとってのペインポイント、あるいは社会課題のペインポイントを探し出し、これを解決する仕組みを考える。この解決法にAIが力を発揮すれば、非常に効果的かもしれないので、その問題設定にAIのツールを扱える部隊を当ててみる、という発想になる。例えばグーグルは、広告を誰に打つのか、そして価格はいくらにするのか、というペインポイントを、検索と連動した広告、そしてオークションプライスの価格設定というソリューションで解決し、全自動のソフトウエアで行うことで業界を大きくディスラプトし、20年で世界トップ5の価値の企業となった。

 日本の例を挙げると、家族に不幸があり、相続などの手続きが発生すると、ライフラインサービスの名義変更や保険、証券、不動産の状況の把握と様々な手続きの実行、行政とのやりとりなど、多くの人の場合、軽く100時間以上かかる。この100時間は、特に子育て世代に降ってくると、非常に大事な100時間である。これを日本経済全体で考えると、相当な時間と労力がかかっており、ある程度数値化できる非常に深いペインポイントである。したがって、これらの手続きを圧倒的に簡素化するITを駆使した仕組みは深いペインポイントの解消を見込めるので、価値は高い。そしてAIを使ってどのような状況の人はどんな他のものを持っているのかを予測したり、相関関係が高い他の状況の予想と手続きのレコメンデーションをしたりすることも可能なはずである。この仕組みを作り上げ、価値を提供する人材は、AIをどのように価値につなげ、どのようなシステムを開発し、ユーザーにとって時間と手間の節約につなげるのかを考え、実行する部署の人であり、複数のデータサイエンスの技術者の力を借りて、問題意識を設定してプロジェクトを進める人である。こういう人も「AI人材」と考えるべきであろう。

 ペインポイントの考え方をたどると、「AIで価値を生む人材」は「AIを扱える技術者」とは異なることが明確である。パターン認識が中心の現在のAI(機械学習、深層学習)をどのような問題に当てるかを見極める人材である。

 この「課題設定能力」に必要なスキルにはCritical Analytical Thinking(言ってみれば建設的分析思考)や、「質問力」がある。これは何でこうなっているのか?そもそもどういう力学でこうなり、どのような力学で進んでいるのか?これは社内プロセス優先で、顧客の立ち位置から見て、「これはどうなのか?」という質問ができる人材と、その視点を活用して価値創造に焦点を当てられる組織体制が重要である。また、「数字を見ないと判断しない」という極端で安易な「データ思考」の人もいるが、そもそもその数字は最も測りたいことをきちんと表しているデータなのだろうか?もっと、本質的に測りたいものを測れる仕組みはないだろうか?Critical Analytical Thinkingはこのような発想も含む。

 例えば、航空機でどれほどのストレスを感じるかは、技術的にはFitbitのような腕時計型センサーやシャツに織り込んだセンサーを提供している日本のスタートアップの製品などを使えば簡単に測ることができる。マイルと引き換えにストレス情報を提供しても構わない顧客も充分いるはずで、それを集めれば、他社と比べてストレスが低いフライトを提供しているかが測れるし、どうすれば軽減できるのかという実験もできる。これによって、価格競争に持ち込まれるという航空業の力学からある程度脱出できるかもしれない。この例でも「技術者としてのAI人材」ではなく、「AIを価値につなげられるAI人材」がより重要ではなかろうか。

 著者がシリコンバレーで日本の大企業数社相手に行っている研修などでも、Critical Analytical Thinkingや質問力を若手から中堅の社員に提供しており、社内であまり練習してこなかったがゆえに、磨かないとすぐには身につかないということが分かってきた。

 AI人材の育成は、大学や大学院生だけではなく、社会人の経営層やマネージメント層の育成が重要で、しかも技術としてのAIを学ぶだけではなく、課題設定能力の育成が重要である。 

トップのAI人材を作り出す産学連携の仕組み

 次に、トップレベルのAI人材が、シリコンバレーではどのように育成されているのかを紹介したい。

 世界トップ10に入る時価総額、米国企業トップのキャッシュ保有、そして世界トップ15のR&D投資を行っているFAMGAは、基本的に所有しているデータの量、採取できるデータのポテンシャル、情報を処理するためのコンピューティングリソース、そして使える資金が世界の他の企業に比べて段違いに多い。したがって、トップクラスのAI技術者を雇うための報酬は払えるし、会社ごと買収して技術者を手に入れるAcquihire(=acquire + hireの造語)も簡単に行える。そしてトップの技術者は報酬だけで雇用を決めるとは限らないので、豊富なデータとコンピューティングリソース、そして優秀なチームで、理論の面でフロンティアを開拓できるというのも「売り」である。さらに、理論の最前線を一段と推し進めることで製品やサービスに最新のAIを取り込み、それが社会実装できるという自らのインパクトも優秀な人材を引き寄せる要因となる。

 AIのフロンティアで活躍する人には博士号を持っている人が多く、トップ大学にいる人材も数多く引き抜く。同時に、引き抜かない博士や研究者は、大学では理論の前進によって評価されるが、これはFAMGAと共同プロジェクトで、彼らの資金リソースとデータを使いながら、彼らのために価値を作る一方で理論も進むという産学連携のパターンが、スタンフォードやカリフォルニア大学バークレー(UC Berkeley)といったシリコンバレーの大学では成り立っている。(元々は第二次戦時中にマサチューセッツ工科大学(MIT)で開発された産学連携のモデルである。)理論の前進が産業界に大きな価値を生むので、大学に寄付金や研究助成金、社員との共同プロジェクトなどが大学に提供され、それによってトップ教授も博士課程の学生達も潤沢なリソースで理論の次のフロンティアを推し進めていく。

 例えば、スタンフォード大学のAI研究所の所長であるFei Fei Li教授は、2年間大学を離れてグーグルに入り、またスタンフォード大学に戻ってきた。これによって彼女のラボは産業界の最新の問題意識を理解するとともに、グーグルにいた間にはおそらくグーグルにとっても価値となる仕事をしてきたはずである。グーグルとスタンフォードを結ぶ人脈のパイプがその部分ではさらに太くなり、次の理論発展と、それを価値に変えるビジネスも産業界で進む。

 このようなトップレベルの人材循環は、残念ながら日本企業と日本の大学ではまだできていないし、理解している人は限られている。もちろん、日本の大学に非常に優秀な人材はいる。しかし、これらの人材は産業界のリソースを豊富に使え、何億ドルもするインフラを活用し、FAMGAが持っているような巨大なデータを使って実験をする環境が備わっていない。したがって、日本のトップレベルのAI人材育成は、世界のトップにはなかなか届かない環境にあるので、有望な学生や研究者を海外に送るという計画が実を結ぶ可能性が高いといえよう。その人たちが将来日本に戻る、あるいは海外からでも日本企業、日本社会に貢献することを期待するべきだろう(注19)

大学での「AI人材」育成の最前線、シリコンバレーとアメリカトップ大学

 シリコンバレーとアメリカのトップ大学の学部や修士レベルではハイレベルな「AI人材」を作り出しているが、そこではどのような教育が行われているのか。その具体的なカリキュラムの内容よりも、現段階では構造に関する知識の方が日本の政策議論に必要である。

 まず、教授が上記の産学連携で認識した産業界の問題意識を、理論の進化で解き、膨大な価値を作り出すという力学を経験している場合、学生の教育も理論だけではなく、実際の産業界の問題意識にも絡めることができる。同時に、大学レベルでも様々な仕組みが手伝っている。

 著者が所属するスタンフォード大学では、他のアメリカの大学同様、入学してから専攻を決めるシステムになっている。特定の学部に応募するのではなく、入学してから専攻を決める。定員という概念がなく、学生たちの選択によってそれぞれの学部で教えられる授業も決まれば、ゆっくりと教授の数も変わってくる。人気が低い学部はどんどん小さくなり、人気が高い学部が大きくなり、それに伴うリソース配分も変化するのである。

 そんな中、近年、コンピューターサイエンス(CS)を専攻する学生が劇的に増えている。2008年度の学部生の総数は約6,800人で、このうちCS専攻の学生数が141人だったのに対し、2012年度にはCS専攻の学生が倍以上の360人に増えた。そして2018年度の学部生7,083人に対してCS専攻の学生はなんと739人に上った(注20)。スタンフォード大学の卒業生は現在のAIのフロンティアにあるディープラーニング、マシンラーニングなどが扱えると初任給が数千万円で、グーグルやアマゾン、フェイスブック、アップル(Apple)といった(シリコンバレーから見ると)「安定大企業」に就職できる。これらの企業が面白くないと感じればスタートアップに就職して、すぐに自らのインパクトが明白になってやりがいが出る仕事につくこともできる。しかもスタートアップの場合、ストックオプションをもらい、大型M&AやIPOとなれば一気に億単位の収入も見込めることがある。スタートアップは成功しない確率の方が高いが、それでもチャレンジする魅力がある。大学院生はさらに専門性が高く、選択肢も報酬も高い。また、コンピューターサイエンス以外の、例えばビジネススクールの大学院生は、CSの人と組んで起業するというケースも少なくない。

 また、「メジャー」(専攻)でなくても「マイナー」(副専攻)という制度もあり、必要な単位を取れば、副専攻の分野も卒業証明書に記載される。現在、専攻がCSでなくても、副専攻で、CSの深層学習の授業を受けたという学生は、専攻が例えば歴史やフランス文学であっても就職には全く困らない状況になっている。

 スタンフォード大学と同じシリコンバレーの経済圏にあるカリフォルニア大学バークレーはData Science Collegeという学部を新設した。AIを含むコンピューターサイエンスの分野でUCバークレーはスタンフォード、マサチューセッツ工科大学(MIT)と並ぶトップ校で、大学の規模がスタンフォードの3倍以上あり、シリコンバレーに多くの人材を輩出している。コンピューターサイエンスだけでは抱えきれない人数の学生が専攻するだけではなく、他の専攻を得る学生がデータサイエンスの授業も受けることで就職時に身についているスキルを向上させ、価値を上げようというのだ。

 MITの取り組みは特に興味深い。MITは10億ドルの寄付を受け、AI Collegeを設立する。このAI Collegeの取り組みで非常に興味深いのは、コンピューターサイエンスの分野ではMITはすでにトップなので、何教えるのかと思ったら、このCollegeには哲学、文化人類学、歴史学、社会科学などの学者を集め、学生たちにコンピューターサイエンス以外を教えるのだ。彼らが考えるトップAI人材はAI以外の分野での教育も重視しているのだ。

 アメリカのトップ大学が社会人相手に教える授業も日本にとって参考になるはずである。大学のビジネススクールや産学連携を進める機関は、企業相手に教育コンテンツプログラムも展開しているExecutive Educationという分野で、日本のビジネススクールでも最近は増えてきた。普通の企業研修よりも突っ込んだ内容で、カスタムのプログラムも展開していて、企業の様々なレベル向けにコンテンツを提供している。教員は教授で、Executive Educationからの収入で教授を雇うという仕組みである。

 例えば、UCバークレーのビジネススクールではDigital Transformationのプログラムがあり、トップ経営層のブートキャンプ、Chief Technology Officer(CTO)のブートキャンプ、そしてデータサイエンティストになるためのオンラインコース(これも文系、理系のそれぞれのバックグラウンド用)がある。しかし、特筆すべきなのはデータサイエンティストをマネージするための経営層、中間管理職向けのプログラムである。データサイエンティストがいても、そしてそういう人材を作っても、活用できないと価値にならなく、活用するのは経営者、管理職層なので、組織のこのレイヤー向けのコンテンツにも力を入れているのである。本稿のテーマである、AI人材は技術者のみとして捉えるべきではない、という主張を裏付けている。

AI人材の議論の根底:「価値」を作ること、IT革命の本質

 以上でみたように、ITで価値を作るには、まずは課題、ペインポイントを理解しなくてはいけない。その解決法を見つけ、それがどうすればスケールするのかを考えなくてはいけない。

 どんな技術も、その技術で何ができるか、ということだけではその技術の浸透も、価値の高い活用も進まない。「誰がその技術で何をするか」にもよるのだ。例えば、複数投与した薬の副作用の複雑な絡み合いを分析するAIのツールが開発されたというニュースを見たとしよう。この技術がどういうふうに導入されるかは、各国の規制の枠組みと、ルールを作る政治力学にかかっている。このツールが実用化のレベルになったら、アメリカでは保険と医療機関を垂直統合で運営しているKaiser Permanenteという大企業が真っ先に導入し、処方箋と通院、入院する人を減らすことでコストを下げて収益をあげる。しかし、同じツールを日本に導入しようと思うと、処方箋を減らしたくない業界団体や、薬を処方することがビジネスモデル上の稼ぎ手となる小規模な医療機関や、診療所を束ねる業界団体から反対の声が浮かびそうである。したがって、日本ではまず、政治を動かして規制の枠組みを整えてからではないとこのツールは使えない可能性が高い。このAIツールは、「AIで技術的に何ができるか」ではなく、「誰がどうやって価値につなげるか」によって浸透と発展のパターンが変わってくるわかりやすい例である。

 この例の場合、日本に必要なAI人材は、ツールを開発する人だけではなく、どうすればこのツールが使えるようになるのかという分析と政治力学を作り出し、行政を動かせる人である。

まとめ

 日本の政府や企業が最近、本腰を入れて提唱し、動き始めている「AI人材育成」は評価すべき動きであるが、AIが価値を作り出す力学や、シリコンバレーのトップ企業、アメリカのトップ大学がどのようにAI人材育成を行っているのかを知った上で議論することが望ましい。

 AIをめぐっては現在、圧倒的にリソースを持っているトップ企業のFAMGAがすでにAIで価値を作っているので、AIに積極的にリソースを投資して、より高い価値を作り出すことで膨大な収益とコストダウンにつなげ、その力学に乗って優秀な人材とスタートアップ買収、R&Dと開発、実装、実験を行っている。現在のAIは基本的にはパターン認識であり、個別最適化をスケールできる形を作り上げている。どんな新しい技術も、補完関係がある別の技術と制度などで活かされる。AIは現在補完関係にある要素が幾つかあり、これから新しい物も発見されていくだろう。この新しい要素の開発や発見に膨大なリソースが現在注ぎ込まれており、法制度や、それを動かす政治力学、そしてその技術をどのようなペインポイントに当てはめるかによって、膨大な価値が生まれ得る。ただ、これからの価値を発見、作り出すのは技術者としてのAI人材だけではなく、問題意識をどう設定するのかということに長けている「課題設定能力」やCritical Analytical Thinkingができるハイレベルな人材にかかっている。

 トップ企業では産学連携の様々な循環で、問題意識と理論の前進を補完しあって進めていく。膨大な価値を生む理論の前進が大学のサポートとなり、人材循環の原動力になり、トップ人材は最も価値を作り出した企業に行き、フロンティアの理論の課題を膨大なリソースで進めていく。

 アメリカの大学ではそもそも市場価値が高い専攻を選ぶことができ、副専攻という制度も手伝って、市場が求めるスキルを育成するフレキシビリティーが組み込まれている。また、トップ大学ではAI人材に対し、コンピューターサイエンス以外の知識や考える力を育成することに力とリソースをつぎ込んでいる。同時に、社会人向けの本格的な育成プログラムであるExecutive Educationも各大学は様々な学問で取り組んでおり、しかもデータサイエンティストをマネージするコースも展開しているので、ここでも「AI人材」がAI以外の領域で強い人材だと考えられていることがうかがえる。

 日本政府も企業も、こうしたAIの価値創造と課題設定能力を含んだ「AI人材」を念頭に入れながら、人材育成という社会課題的には非常に価値ある道を突き進んで欲しい。

参考図表1 S&P500企業の現金保有額トップ15(2017年、金融を除く)

(注)シリコンバレーが本社の企業を青塗りしている。
(出所)CB Insights, Bloomberg; cash numbers taken from companies’ latest quarterly and annual filings

参考図表2 時価総額が世界トップ10の企業(2019年8月時点)

(出所)https://www.statista.com/statistics/263264/top-companies-in-theworld-by-market-value/

参考図表3 研究開発費の大きい企業(2018年、10億ドル)

参考図表4 アメリカのIT大手は他の企業より多くのAIスタートアップの企業買収を行っている。

(出所)https://www.cbinsights.com/research/top-acquirers-ai-startups-matimeline/

参考文献

1 Cohen, Stephen, J. Bradford DeLong and John Zysman(2000)Tools for Thought: What is New and Important about the “E-conomy”. Berkeley, CA: Berkeley Roundtable on the International Economy, University of California at Berkeley.

2 Estevez-Abe, Margarita, Torben Iversen and David Soskice(2001)“Social Protection and the Formation of Skills: A Reinterpretation of the Welfare State.” Varieties of Capitalism: The Institutional Foundations of Comparative Advantage 145 : 145-83.

3 Friedman, Thomas L(2017)Thank You for Being Late: An Optimist’s Guide to Thriving in the Age of Accelerations (Version 2.0, with a New Afterword). Picador/Farrar Straus and Giroux.

4 Jorgenson, Dale W., Mun S. Ho and Kevin J. Stiroh(2008)“A Retrospective Look at the U.S. Productivity Growth Resurgence.” The Journal of Economic Perspectives 22, no. 1 : 3 -24.

5 Kushida, Kenji E., Jonathan Murray and John Zysman(2015)“Cloud Computing: From Scarcity to Abundance.” Journal of Industry, Competition and Trade 15, no. 1 : 5-19.

6 Ornston, Darius(2012)When Small States Make Big Leaps: Institutional Innovation and High-Tech Competition in Western Europe. Cornell University Press.

7 Perez, Carlota(2010)“Technological Revolutions and Techno-Economic Paradigms.” Cambridge journal of economics 34, no. 1 : 185-202.

8 Tambe, Prasanna(2014)“Big Data Investment, Skills, and Firm Value.” Management Science 60, no. 6 : 1452-69.

櫛田健児(くしだ けんじ)

スタンフォード大学アジア太平洋研究所リサーチスカラー。Ph. D. 
(政治学) (カリフォルニア大学)。Stanford Silicon Valley – New Japan Projectプロジェクトリーダー。専門は政治経済学。

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)櫛田健児(2020)「AI人材」育成の真価は課題設定能力-シリコンバレーからAI革命の本質を踏まえて」NIRAオピニオンペーパーNo.51

脚注
1 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/tougou-innovation/pdf/aisenryaku2019.pdf
2 北欧モデルについては下記を参照していただきたい。 Darius Ornston, When Small States Make Big Leaps: Institutional Innovation and High-Tech Competition in Western Europe(Cornell University Press,2012). Margarita Estevez-Abe, Torben Iversen, and David Soskice, “Social Protection and the Formation of Skills: A Reinterpretation of the Welfare State,” Varieties of capitalism: The institutional foundations of comparative advantage 145(2001).
3 https://tech.nikkeibp.co.jp/atcl/nxt/column/18/00454/00012/
4 https://www.nikkei.com/article/DGKKZO47324850S9A710C1EA5000/
5 IBMワトソンは、デビュー当初、深層学習を使っていなかったにもかかわらず、「AI」と宣伝したため、多くの企業が導入したが、結局思ったほどの価値を見出せず、AI自体に対して不信感を持つという副作用も出ている。
6 https://www.forbes.com/sites/parmyolson/2019/03/04/nearly-half-of-all-ai-startups-are-cashing-in-on-hype/?sh=413763a2d022
7 Appendixの参考図表1、参考図表2を参照。
8 Appendixの参考図表3、参考図表4を参照。
9 Carlota Perez, “Technological Revolutions and Techno-Economic Paradigms,” Cambridge journal of economics 34, no.1 (2010).
10 Stephen Cohen, J. Bradford DeLong, and John Zysman, Tools for Thought: What Is New and Important About the “E-Conomy”(Berkeley, CA: Berkeley Roundtable on the International Economy, University of California at Berkeley, 2000).
11 Ibid.
12 Dale W. Jorgenson, Mun S. Ho, and Kevin J. Stiroh, “A Retrospective Look at the U.S. Productivity Growth Resurgence,” Journal of Economic Perspectives 22, no.1 (2008).
13 Kenji E. Kushida, Jonathan Murray, and John Zysman, “Cloud Computing: From Scarcity to Abundance,” Journal of Industry, Competition and Trade 15, no. 1 (2015).
14 もし自動車が同じパラメーターでパフォーマンスが向上していたら、最高時速が時速4,820キロ、燃費が1ガロンで300万キロ、そして価格が4セントになっていた、とインテルのエンジニアが計算した。Thomas L Friedman, Thank You for Being Late: An Optimist’s Guide to Thriving in the Age of Accelerations (Version 2.0, with a New Afterword) (Picador/Farrar Straus and Giroux, 2017).
15 https://medium.com/@markobonaci/the-history-of-hadoop-68984a11704
16 Prasanna Tambe, “Big Data Investment, Skills, and Firm Value,” Management Science 60, no.6 (2014).
17 Stephen Cohen, J. Bradford DeLong, and John Zysman, Tools for Thought: What Is New and Important About the “E-Conomy” (Berkeley, CA: Berkeley Roundtable on the International Economy, University of California at Berkeley, 2000).
18 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO48996370W9A820C1L71000/?n_ cid=SPTMG002
19 世界有数のAI技術者でアントプレナー、大学教授も務めたグーグルとアップルの元重役で、HPの社外取締役も務める松岡陽子博士が最近パナソニックの役員になり、子会社の社長になったのはこの一例である。https://globe.asahi.com/article/12841264
20 Stanford University Registrar’s Office

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