櫛田健児
スタンフォード大学アジア太平洋研究所リサーチスカラー

概要

 日本のスタートアップエコシステムはこれまでにない関心を広く集めている。トップクラスの人材を惹(ひ)きつけ、大企業との提携に積極的なスタートアップの躍進が目立ち、一流大学発の技術も活用されている。他方で、「ユニコーン」不足、すなわち評価額が10億ドルを超える非上場企業が日本にはほとんどないことが、国内外から懸念される材料となっている。アメリカの調査会社であるCB Insightsによると、アメリカには117社、中国には73社、イギリスには15社、インドには11社のユニコーン企業があるのに対して、日本ではこれまでのところ2社にすぎなかった。
 日本にユニコーン企業が少ないことは、スタートアップのエコシステムが発展していないことを示しているのだろうか。歴史的な観点からみると、ユニコーン企業の少なさは、実は、1990年代後半からの重要な制度変更が奏功し、日本のスタートアップの環境が改善していることを示している。現在、日本のユニコーン企業が1社になっているのも、2018年6月、メルカリが東京証券取引所の小型株取引所「マザーズ」で過去最大の600億円の新規株式公開(IPO)を行ったためである。つまり、日本ではスタートアップのIPOがより容易となり、ユニコーンになる前に上場する環境が整備されているといえる。現在の状況は、ベンチャーキャピタリストが複数の戦略を取ることで、ユニコーンのような成長企業を育てることが可能となるまでに、日本のエコシステムが成長したと考えるべきであろう。

INDEX

日本のスタートアップエコシステムと「ユニコーン」

 市場評価が10億ドル以上あり、ベンチャーキャピタルによる支援を受けている非上場のスタートアップ、すなわち「ユニコーン」の動向は、国や地域のスタートアップエコシステムの活力と健全さを表す指標としてしばしば用いられる。ベンチャーキャピタルにより多額の投資を受けてスタートアップ企業が急速に成長できるエコシステム(生態系)が形成されていれば、ユニコーンは大量に育つと考えられている。

 ベンチャーキャピタリストは、投資先企業の合併・買収(M&A)やIPOからのリターンを得て、はじめて資金を回収する(エグジット)ことができる。そのため、ベンチャーキャピタリストは高い収益を期待して、既存市場をディスラプト(破壊)して、さまざまな事業分野でパラダイムシフトを起こす新技術を持っているスタートアップ企業を探し求める。一方、買収や公開時の市場評価が高いと見込まれるスタートアップは、ベンチャーキャピタリストによって高く値付けされ、多額の資金を確保することができる。こうした強固なスタートアップエコシステムは、シリコンバレーが作り出され、今でもIT企業を先導し、多くの場合は理想的な姿として描かれる。

 Gornall et al.(2015)の分析によると、1974年以降に設立された米国の株式公開企業のうち、ベンチャーキャピタルに支援された会社は、数では全体の42%であり、株式時価総額の63%、雇用者数の38%、研究開発事業費の85%を占めている(注1)。Apple、Amazon、Google、Facebookは設立当初ベンチャーキャピタルの支援を受けており、今は世界で最も株式時価総額が大きく、多額の現金を保有する企業にまで成長している。GAFAの例は、強固なスタートアップエコシステムによって得られる、最もすばらしいリターンの例だと考えられている。

 こうした状況から日本のスタートアップエコシステムの現状を把握しようとすると、日本のベンチャーキャピタル業界の産業規模が、アメリカ、欧州連合(EU)や中国に比べて小さいという点に着目した分析になりがちだ。実際に統計をみると、ベンチャーキャピタル投資の規模の差は確かに存在する。しかし、アメリカ以外のG7先進諸国と比べれば、その差はさほど大きくないことも明らかだ(図表1)。

 また、日本にユニコーン企業が少ない(CB Insightsによると、Preferred Networksの1社)ことも、しばしば懸念の材料としてみられている。しかし、本稿ではこうした見方にくみしない。ここでは、日本のスタートアップエコシステムが歴史的な制度発展の観点からみると、着実に進化していることを示したい。

図表1 ベンチャーキャピタルの投資額

(注)イギリスは2015年ではなく2014年。
(出所)Venture Enterprise Center, GVCA, BVCA, AFIC, IVC Research Center, KVCAを参照。

シリコンバレーのエコシステムの特徴

「シリコンバレー」は、もはや単なる地名ではなく、経済システムのモデルであり、複数の制度が、それぞれ補完関係を持ってお互いの機能を高めながら成り立っているシステムである。シリコンバレーモデルは、故青木昌彦による比較制度分析における核心的なケースとなっている(注2)。比較制度分析とは、政治・経済をサポートする国家間または地域間の基礎制度を比較するフレームワークあるが、ここでいう制度は、法律に限らず、社会のさまざまなプレーヤーがお互いの関係を持つ際に使う共通認識や暗黙のルールなども含んだ概念である。シリコンバレーモデルはさまざまな新しい競争原理の方針を生み出し、モジュール式の設計や製造パラダイム、グローバル生産ネットワーク、プラットフォームの競争など、各地でコモディティ化を加速させた(注3)。特にITプラットフォームは近年の世界トップ企業の原動力となっている。サードパーティの事業者がプラットフォームプレーヤーによって提供されるリソースを活用することで、プラットフォーマーおよびサードパーティの両者の付加価値が上がり、特にプラットフォーマーへの恩恵が大きい。プラットフォーマーはグローバル競争の重要なプレーヤーとして2000年代に登場し、シリコンバレーを中心に多大な利益と付加価値を作り出している(注4)

 シリコンバレーモデルの根底にある制度は、(A)ファイナンス、(B)人的資本、(C)産学官連携、(D)産業組織、(E)起業文化、(F)事業インフラの6つである(注5)。(A)~(F)はカテゴリーであり、それぞれのシリコンバレーでの具体的な力学は次の通りである(図表2)。

図表2 6つの制度におけるシリコンバレーのエコシステムの特徴

(出所)Dasher, Harada et al.(2015)より作成。

着実に進化している日本のエコシステム

 戦後の日本の制度体系は、日本におけるシリコンバレー型制度の発展を阻害する要因が多かった。上記の6つの制度ごとにみると、以下のような障壁があったといえる。(A)銀行中心の金融システムがベンチャーキャピタルの余地をほぼなくしていた。(B)終身雇用制度が高度な人的資本を閉じ込めていた。(C)産学官連携は多くの規則に縛られていた。(D)大企業は外部の組織に頼ることなく自社で研究開発に取り組んでいた。(E)起業家は社会的なエリートと考えられていなかった。(F)事業環境と法整備がスタートアップ企業向けに構築されていなかった。

 しかしながら、1990年代半ば以降、日本のスタートアップエコシステムは着実に進化したといえる。日本の政治経済が発展していくにつれて、さまざまな制度変更やビジネス環境の変化がスタートアップエコシステムのプレーヤーたちに新たな機会をもたらした。90年代半ばまでの日本のスタートアップエコシステムが直面した構造的障壁の多くは、戦後日本の高度成長時代の経済モデルが成功したが故に存在したもので、それらは2010年頃までには、以下のように様変わりしていった。(A)新しい小型株市場が創出され、ベンチャーキャピタル業界が発達した。(B)大企業の威信が低下する一方、労働流動性が増大した。(C)規制の変更により産学連携がより活発になった。(D)企業はますます「オープンな」イノベーションとスタートアップ企業とのコラボレーションを取り入れ始めた。(E)起業家はこの10年でより称賛されるようになった。(F)法律事務所、会計事務所、行政プログラムなどのビジネス環境が、スタートアップエコシステムを積極的に支援するようになった(図表3)。これらの変化の詳細な分析については、文末脚注に記載のURLの論文を参照されたい(注6)

 旧来の日本の経済モデルは核となる各制度が相互に依存して強固なシステムとなっていたため、制度を変更することは難しく、これらの変化は緩やかなものだった。しかし、こうして整理してみると、それぞれの相互補完的な制度が連動して新しい価値基準に移行したといって差し支えないだろう(注7)。1990年のバブル崩壊以降30年にわたる日本の経済モデルの進化は過小評価されてしまいがちだが、スタートアップエコシステムの環境は着実に前進していると断言できる(注8)。その契機となったのが、小型株市場の創設である。

図表3 日本のスタートアップエコシステムの制度進化:シリコンバレー、1990年代および2010年頃の日本との比較

日本の小型株市場の創設が契機となった

 1990年代後半、活発なスタートアップエコシステムを育成したい日本にとって、大きな障壁であったのは、ベンチャーキャピタリストがエグジットする機会、つまり新規株式公開(IPO)や合併・買収(M&A)の機会が不足していたことだった。とりわけIPOの状況は厳しいもので、企業が株式を公開するまでに平均して何十年もかかった。したがって、IPOのための小型株市場の整備が切実なニーズであった。

 こうしたなか、日本の「金融ビッグバン」改革の一環として、新しい証券取引所の創設に関する規制緩和が実施された。1999年に2つの競合する小型株市場が創設され、ベンチャーキャピタリストがエグジットし、リターンを得るにあたり、安定した基礎となった。この2つの小型株市場は現在、東京証券取引所により運営されている。その結果、現在の日本はアメリカよりもIPOの実施が容易となり、日本のベンチャーキャピタルにとっては、エグジット戦略環境が非常に安定的になったといえる(もちろんアメリカでは日本と比べてM&Aが圧倒的に多いので、アメリカではM&Aも安定的なエグジット戦略に含まれるが)。なお、これらの市場の設立および発展の話はそれ自体興味深いものだが、本レポートの範囲を超えるので省略する。

 ここで重要なのは、マザーズに上場している企業の規模は、米ナスダックの上場企業の規模よりはるかに小さいことである(図表4)。また、マザーズ上場にかかる実際の費用は、アジアの他の市場で上場にかかる費用よりはるかに低い。こうしたことから、日本のベンチャーキャピタル業界は、マザーズによる小規模なIPOが可能になって以来、日本でのM&A活動が比較的少ない状況を鑑みて、野球で例えるならば、ホームランではなくシングルヒットを狙う傾向にあった(注9)

 一方で、規模が小さい段階で上場した企業は、その時点からさまざまな株主の声に配慮して安定した成長を追求する圧力がかかり、大きなリスクをとって劇的な急成長を目指すことができなくなってしまう傾向がある。これは日本発の高成長企業から巨大企業になるスタートアップを生む大きな妨げとなっている。これまでの日本のベンチャーキャピタルは、投資先企業からの安定した収益を目指し、小規模であってもスタートアップ企業にIPOを勧めて、利益を上げる傾向がある。

図表4 日米の小型株市場でのIPOにおける1社あたり調達額(中央値)

(注)カッコ内は平均値。
(出所)東京証券取引所、ナスダック。

過去からの大きな進歩としてみる現状の評価

以上でみたように、現在の日本における小型株市場の状況は昔に比べて大きく進歩している。ベンチャーキャピタルは企業に投資してから数十年ではなく、数年以内のIPOにより安定した利益を期待することができる。先の図表4に見るように、日本の小型株市場のIPOの規模は米ナスダックの10分の1以下であり見劣りするようにもみえるが、シリコンバレーと単純に比較するのは尚早であり、歴史的な観点から考察を加えるべきと思われる。日本のベンチャーキャピタルがエグジットとしてIPOやM&Aを期待できずに担保を伴う融資を行っていた2000年以前の頃に比べて、現在の状況は大きく前進している。

 こうしたなか、ユニコーン企業であったメルカリのIPOは、日本のスタートアップエコシステムを新たな可能性に導いている。日本のベンチャーキャピタルが大きなIPOを目指し、うまくいったら膨大なリターンが得られるということが実証されたからである。メルカリの大規模な株式公開は、数百万ドルを投資したベンチャーキャピタルに数億ドルの莫大(ばくだい)な利益をもたらした。いまや日本のベンチャーキャピタルはホームランを目指すという戦略をとることができるようになったのだ。マザーズは現在、小規模IPOと大規模IPOの両方を支えることができる市場として機能する可能性を示している。日本のベンチャーキャピタルは小規模なIPOだけではなく、より大型のIPOを目指すための前例を得ることができたのだ。

 日本でスタートアップエコシステムをより発展させていくうえで、このことは何を意味するだろうか。シリコンバレーの足跡をたどっていくのか、それとも全く違う新しいものを作っていくのだろうか。

 制度的な観点からみれば、日本がシリコンバレーとは異なる道をたどっていることはすでに明らかである。小規模なIPOができるということは、ソフトウェアやメルカリなどのマーケットプレイスのように、急成長は見込めない科学技術のスタートアップでも、日本では上場して安定的に成長できるということである。これは間違いなく日本の強みと考えるべきである。再生医療や大企業と協力・連携を必要とするサービス、および製造業などの領域でもスタートアップエコシステムが成り立つ可能性があり、これらの領域ではより急成長を求められるアメリカに比べて優位性があるかもしれない。アメリカやシリコンバレーではこういった企業がM&Aの対象となることが多いが、買収されたスタートアップは、多くの場合、多かれ少なかれ買収先の企業経営に組み込まれてしまい、かなりの自主権を失ってしまう。IPOを行うスタートアップと独立を保っているスタートアップとでは、かなり異なった形で発展していくのである。したがって、シリコンバレーとは異なる形式の企業が小規模IPOとして日本に現れることが期待される。

 同時に、日本では制度的にユニコーン企業を作ることが、日本のベンチャーキャピタルと海外の投資家双方にとって、有効かつ魅力的であろうモデルであることが証明された。拡張性の低いスタートアップは着実にIPOに向かう一方で、規模の大きいスタートアップはユニコーン企業になるべく進んでいくという、複数の均衡点を狙った戦略が共存する可能性がある。この点においては急成長してIPOをするか、M&Aで買収されて独立性を失うシリコンバレーモデルとは大きく異なっている。科学に深く根差すスタートアップが増えるにつれ、これが日本の強みになっていくかどうかがわかるだろう。特に、既存の大企業と共生することで、シリコンバレーに比べたら緩やかに成長する日本のスタートアップが世界のスタートアップエコシステムに貢献できるかもしれない。

櫛田健児(くしだ けんじ)

スタンフォード大学アジア太平洋研究所リサーチスカラー。Ph.D.(政治学)(カリフォルニア大学)。Stanford Silicon Valley–New Japan Projectプロジェクトリーダー。専門は政治経済学。

引用を行う際には、以下を参考に出典の明記をお願いいたします。
(出典)櫛田健児(2018)「日本の「ユニコーン」不足はバッドニュースか?-歴史的な制度発展の観点から考察」NIRAオピニオンペーパーNo.39

脚注
1 Gornall, W. and I. A. Strebulaev(2015) “The economic impact of venture capital:Evidence from public companies.”
2 Aoki, M.(2001) Toward a comparative institutional analysis, Cambridge, Mass.,MIT Press.
3 Baldwin, C. Y. and K. B. Clark(2000) Design rules, Cambridge, Mass., MIT Press.
Borrus, M., D. Ernst and S. Haggard(2000) International production networks in Asia rivalry or riches? London New York, Routledge.
Kushida, K. E.(2015) “The Politics of Commoditization in Global ICT Industries:A Political Economy Explanation of the Rise of Apple, Google, and Industry Disruptors,” Journal of Industry, Competition and Trade.
Sturgeon, T.(2006) Modular production’s impact on Japan's electronics industry.
D. H. Whittaker and R. E. Cole(2006) Recovering from success: innovation and technology management in Japan, Oxford University Press.

4 Gawer, A. and M. A. Cusumano(2002) Platform leadership : how Intel, Microsoft, and Cisco drive industry innovation, Boston, Mass., Harvard Business School Press.
Kenney, M. and J. Zysman(2016) “The rise of the platform economy,” Issues in Science and Technology 32(3): 61.

5 Dasher, R., N. Harada, T. Hoshi, K. E. Kushida and T. Okazaki(2015) “Institutional Foundations for Innovation-Based Economic Growth,” Nippon Institute for Research Advancement.
6 http://www.stanford-svnj.org/s/SVNJ-WP-2018-1-Kushida-Abenomics-Third-Arrow-r6de.pdf
7 Aoki, M.(2001) Toward a comparative institutional analysis, Cambridge, Mass., MIT Press.
8 Vogel, S. K.(2006) Japan Remodeled: How Government and Industry are Reforming Japanese Capitalism, Ithaca, NY, Cornell University Press.
Kushida, K. E., K. Shimizu and J. Oi, Eds.(2014) Syncretism: The Politics of Economic Restructuring and System Reform in Japan, Shorenstein APARC.

9 Riney, J. (2016) “7 Things Investors & Founders Need to Know about the Japan Startup Ecosystem,” Retrieved 2016, June 1, from http://500.co/japanstartup-ecosystem-founders-investors/.

©公益財団法人NIRA総合研究開発機構
発行人:牛尾治朗
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