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NIRA政策提言ハイライト

リカレント教育を普及させるのは誰か

NIRA政策提言ハイライト 2021/02発行

■仕事のスキルや能力を高める教育・学習への参加率が低い日本
 「人生100年時代」にあって、人々のキャリア生活も延びている。一方、技術革新が急速に進行するなかで、企業の在り方や、人々の働く環境が大きく変わってきている。新たなスキルや知識が求められ、人生の初期で実施される学校教育だけでは、ビジネス環境の変化に対応し切れなくなっている。そこで今、「リカレント教育」の必要性に改めてスポットライトが当たっている。リカレント教育とは、わたしの構想no.52「職業訓練・リカレント教育を「生涯学習」に位置付けよ」(2021)の柳川範之氏によると、成人のための「新しい仕事内容や新しい企業に必要とされる能力を身に着けるための教育」を示す。
 日本ではこれまで、公的な職業訓練のほか、長期雇用を前提とした企業内での研修やOJT、OFF-JTを通じて、能力開発が行われてきた。日本でリカレント教育の重要性が謳われて久しいが、依然として普及しているとは言い難い状況にある。例えば、図1のOECDの調査によれば、日本は「仕事への貢献を目的とした成人による学習」への参加率が、世界各国と比べて低いことが示されている。

図1 各国の「仕事に関連した学習」の参加率

注)「仕事に関連した学習」は、仕事への貢献を目的とした成人による学習全般を示す。OJTやワークショップ・セミナーなどへの参加も含まれる。表は10か国を抜粋。*は2015年。
出所)Richard Desjardin(2020)OECD Education Working Papers No. 223 “PIAAC Thematic Review on Adult Learning”。数値はSurvey of Adult Skills(PIAAC 2012, 2015)Databaseのもの。


 リクルートワークス研究所主任研究員の辰巳哲子氏は、前掲の「わたしの構想」の中で、「現代は個人のキャリアは個人が主体的につくることが強調されている」と言う。しかし、厚生労働省の能力開発基本調査1によると、2019年に、メディアや専門書による自習、社内の自主的な勉強会、民間教育訓練、大学などの講座受講を含む「自己啓発」を行ったと回答した人は、労働者全体の中で29.8%、正社員だけで見ても39.2%と、半数に満たない。
 一方で、再教育を受けたい、学びたいと思っている人々は多い。株式会社リクルートキャリアのアンケート調査2では、9割の人が何らかの形で「学びたい」と考えている結果が示されている。やる気の大きさに対し、学び直しが行われないのは何故だろうか。

■「投資に対する学びの効果が見えない」「何を選べばいいか分からない」
 能力開発基本調査によると、自己啓発を行う上で「問題」を感じる労働者が約8割いる。問題の上位2つを占めたのは「仕事が忙しくて自己啓発の余裕がない」55.0%、「費用がかかりすぎる」30.9%であった。 また、自己啓発を行った人のうち、企業や公的な費用の補助を受けたのは45.6%にとどまり、半数以上が自己負担で学び直しを行っている。
 辰巳氏は、IT技術者などを除くと、ほとんどの人にとって、学びに投資する時間や金銭に見合った効果やリターンが見えづらく、仕事の中で学びの効果を実感する場面が少ないことを指摘している。リターンには給与アップのほか、職場での評価への反映などが考えられるが、能力開発基本調査では「自己啓発の結果が社内で理解されない」と答えた人が2割近くいた。
 さらに、どのようなキャリアを築き、どう学習すべきかが分からない人々が多いことにも着目したい。リクルートキャリア「働く喜び調査」によると、「何を学べばよいかが分かる」と答えた人が3割以下だったことを辰巳氏は取り上げている。企業側も、環境変化のなかでどのように人材に投資すればよいか分からなくなっている可能性がある。これは、学び直しに対するリターンが見えづらいことと関連しているだろう。方針が見えなければ学び直しに対するインセンティブを設けるのは難しい。

■政府・企業・教育機関だけでなく、個人も学び直しを諦めない
 将来予測が困難なことはもはや当たり前であり、「分からない」と言い続けるわけにはいかない。企業は、社員がスキルや知識を繰り返しアップデートすることで、変化に強い体制作りが可能となる。そのためには、学んだ効果の見える化を含め、評価制度の見直しを図り、費用負担などでも社員の学び直しを積極的にサポートすべきだろう。「どうすれば、日本企業がDX競争に勝てるのかーDXならびにポストコロナ時代に向けた 新経営戦略の実践―」の中で、ウリケ・シェーデ氏は、ポストコロナの世界でDX(デジタル・トランスフォーメーション)の必要性が高まる中、日本企業は今後、既存の中核事業を深化させながら、全く質の異なる新しい事業を開拓することが重要であり、その実現には、評価制度の抜本的な見直しを含む人事制度の改革が必須であることを指摘している。
 もちろん、企業だけが努力を求められるべきではない。効果的なリカレント教育の普及には、政府・企業・教育機関が連携し、環境を整えることが必須だ。職業訓練の公的な支出をGDP比でみると、日本はOECD諸国の平均以下で推移していることが以前から指摘されている3。また、訓練を提供する機関も、人々のニーズに沿った魅力的なプログラム開発が必要である。
 リカレント教育の受益者は個人だけではないにもかかわらず、現状は、個人の努力に委ねられすぎている側面があるが、それでも、『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』の著者、リンダ・グラットン氏の言葉を借りると、「最も大きく変わることが求められるのは個人」だ4。何をすれば良いか分からないまま、自らを再教育する選択を捨ててはいけない。リカレント教育を普及させるには、環境整備を待たず、個人、1人ひとりが積極的に情報を収集し、自分のキャリアをどのように発展させ、「人生100年時代」をどう生き抜くかを考えることが不可欠だ。


<参考文献>
NIRAわたしの構想No.52「職業訓練・リカレント教育を「生涯学習」に位置づけよ
ウリケ・シェーデ NIRA研究報告書(2020)「どうすれば、日本企業がDX競争に勝てるのかーDXならびにポストコロナ時代に向けた 新経営戦略の実践―

1 厚生労働省(2019)「令和元年度能力開発基本調査
2 株式会社リクルートキャリア「人生100年時代に働きながら学ぶこと実態調査プレスリリース」(2019年5月28日)
3 OECD.Stat(2017)”Public expenditure and participant stocks on LMP”(2021年2月19日アクセス)
4 東洋経済新報社LIFESHIFT特設ページ(2021年2月19日アクセス)


北島あゆみ(NIRA研究コーディネーター・研究員)

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