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NIRA政策レビュー

老年学から加齢を再考する

NIRA政策レビューNo.64 2015/01発行
髙山緑(慶應義塾大学理工学部教授)、小熊祐子(慶應義塾大学スポーツ医学研究センター・大学院健康マネジメント研究科准教授)、柳川範之(NIRA理事)

 高齢者とは、どのような存在なのだろうか。心理および身体能力に詳しい老年学(ジェロントロジー)の専門家にインタビューを行った。知的能力と身体能力には高齢期でも維持されるものが多く、さらには向上するものもあるという従来とは異なる発達観がデータとともに示され、高齢者を正しく把握することの必要性が指摘された。
全文(PDF版)


インタビュー 1
 髙山 緑  慶應義塾大学理工学部教授
 「認知と感情のエイジング


インタビュー 2
 小熊 祐子 慶應義塾大学スポーツ医学研究センター・大学院健康マネジメント
       研究科准教授
 「サクセスフルエイジングのための身体活動


インタビューを終えて
 柳川 範之 総合研究開発機構(NIRA)理事
 「高齢者の実態に即した政策運営を

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インタビュー 1
 髙山 緑  慶應義塾大学理工学部教授
 「認知と感情のエイジング」


 ジェロントロジーは、日本語では「老年学」または「加齢学」と訳され、さまざまな分野を総合した学際的な学問分野である。私は、ジェロントロジーの領域の中でも、老年心理学を専門としている。今回は、加齢に伴うエイジング(老化)について、知能や知恵に代表される知的機能、性格、そして生きていく上で感じる満足感や肯定的感情であるWell-beingの3つについて、データを追いながら紹介していく。

変わる高齢者発達観

 人間の能力には、高齢期に低下する能力もあれば、向上する能力もある。人間は、生涯にわたって発達を続けることが可能である。

 人間の能力や機能の発達の一般的なイメージは、生まれてから青年期にかけて全ての能力や機能が向上し、その後、中年期にかけて能力は維持され、高齢期に差しかかったあたりから全て一律に低下するというものであった(図1)。
 しかし、こうした従来の発達観は、過去30年ぐらいかけて、研究者の間では「生涯発達」という捉え方に変わってきた。すなわち、生まれたときから上がる能力もあれば、青年期や中年期あるいは高齢期から発達する能力もある。また、使わなければすぐに低下する能力、ある程度維持されて下がるものなどもある。能力は、多次元的で多方向的であるという見方である。そして、能力や機能には、一度下がりかけても、訓練することによって、また取り戻すことができる、「可塑性」もあると考えられている。


知的機能は加齢とともに低下するとは言えない

 学校教育や仕事を通じて得た知識や経験を生かして応用するための知能は、70歳前後まで上昇する。機械の操作や物の使い方、技能など、体が覚えている記憶で、特に若いころに身に付けたものは、高齢期でも失われにくい。

 知的機能の代表的なものが、「知能」である。心理学では、知能は、大きく「流動性知能」と「結晶性知能」の2つに分けられると考えられている。

 流動性知能というのは、新しいことを学んでいく、あるいは、新しい環境に適応していく、そういったときに必要となる問題解決能力である。例えば、学校で新しいことを学ぶ、高齢者が転居した先の環境に慣れるなどに必要とされる能力である。長年、知能の加齢変化の研究を行っているアメリカの研究者シャイエの研究によると、流動性知能は、30歳代から60歳代頃まで維持され、その後、ゆるやかに加齢とともに低下するというデータが報告されている。もちろん個人差があるが、平均的な変化で見ると、その低下は極端なものではなく、80歳代でも、20歳代のときの8割前後の能力が保持される。

 他方、結晶性知能は、学校で学んだことをはじめ、日常生活や仕事などを通じて積まれた知識や経験を生かし、応用する能力である。この知能は、生まれてからの環境や、学んできたことが影響してくるので、より後得的なものである。結晶性知能に関する能力は、60~70歳前後まで緩やかに上昇する。そして、ピークを向かえた後、緩やかに低下をするが、80歳ぐらいまでは、20歳代頃と同程度の能力が維持されることが報告されている。高齢者の活用においては、ここをいかに生かすかが一の要素となろう。

 知的機能のひとつに「記憶」がある。これも仕事に関連する重要な能力である。記憶にはいろいろな種類がある。まず、いつ、どこで、何をしたかという記憶(エピソード記憶)。また、学校や職場で学んだ知識や概念に関する記憶(意味記憶)。これらの記憶は、自分が意識をすれば、言葉にして表現できるという特徴がある。さらに、いろいろな機械の操作や物の使い方、技能などに関係するもの(手続き記憶)もある。これは、「体が覚えている」というものなので、一度できるようになると、それを言葉にしようとするのはなかなか難しい。

 このうち、エピソード記憶は、比較的衰えが早いと言われており、一般的には、30歳代後半~40歳代頃から少しずつ低下する傾向がある。しかし、意味記憶の方は、70歳代から80歳代まで、ほとんど低下しないことがわかっている。また、比較的若いときに身に付けた手続き記憶は、高齢になっても衰えにくいと言われている。定年退職を迎えた人たちでも、技術者・技能者のニーズは高いと思うが、それは、一度身に付けた技術は、高齢期になってもかなり正確に再現できるという特徴を反映しているためと考えられる。

 初心者からエキスパートになるまでのプロセスを捉える「熟達化」という概念がある。熟達化は、幅広く深い知識と、豊富な手続き的な知識がベースになっている。熟達化するには、おおよそ1万時間の訓練が必要であり、どの領域でもほぼ共通している(いわゆる「10年ルール」)。では時間をかければ誰もが熟達化するかと言うと、必ずしもそうではない。それは、練習の質の違いだと言われている。毎日、練習のたびに、少しずつ新しいことにチャレンジし、絶えずセルフモニタリングをして、自分にフィードバックする。そのような意識で、質の高い練習を繰り返すことが大切な要素となる。芸術やスポーツなどの領域で、一流のパフォーマンスを示す人たちには、ほぼ共通している。こうした専門的な訓練や実践的な経験を通じて獲得した能力は高齢期にもあまり低下しないと言われている。

個人のパーソナリティが知恵に影響を及ぼす

 知恵は、80歳代の超高齢期でも低下しないが、年を取れば上昇するというものでもない。

 これまで話してきた知的な能力は、子どものころから発達するものであるが、成人期や高齢期に特徴のある知的な能力があるのではないかという発想から、1980年代ころから知恵の研究が行われている。知恵とは、生活の中で遭遇する問題に対する熟達した知識であると定義されている(注2)。知恵を身に着けていくことで、人生の重大な場面において、洞察力、理解力、判断力を発揮し、他者に対して助言することもできるようになるとしている。

 知恵が身に付くには、5つの要素が必要だと仮定されている。特に基礎的な最初の2つの要素は熟達化に関連のあるものだ。まずは、多様な深い知識があるかどうか(宣言的な知識)、状況分析ができて、いろいろな状況に応じて戦略を立てることができるか(手続き的な知識)があり、これは、人生の前半から発達していくと考えられている。また、その問題にどんな背景があるかを認識できているか(文脈理解)、多様な価値観を認識してアドバイスができるか(価値相対性の理解)、人生の不確実性を理解した上で最善の判断・行動をすること(不確実性の理解)は、人生の後半により発達するものである。

 この5つの視点から、知恵は、高齢期になるとどう変化するのか、というのは私自身の研究テーマのひとつだ。予想では、高齢期になるにつれ知恵の水準は上がっていくと考えていたが、研究の結果は、成人期から高齢期にかけて年齢とともに単純に上がることを示すものではなかった。予測(期待)とは異なる結果ではあったのだが、一方で、この結果は非常に重要なことを示唆している。単に年を取り、経験を積めば知恵が上がるわけではないということである。知恵を成熟させていくのは、性格、認知の能力、動機づけの方向性、さまざまな人生経験など年齢以外の要因が関わっていることが示唆される。

 私は、個人のパーソナリティと知恵との関係についての研究も行っているが、ドイツと日本での研究から、例えば、個人の特性であれば、新しい経験や、自分とは違う価値観に対して、面白がって、それを吸収できるような、オープンなパーソナリティ特性を持っている人の方が知恵の得点が高くなる傾向がある。また、高齢者で知恵の得点の高い人は、他者との交流、特に異世代との交流を盛んにしている傾向がある。

高齢者は調和的で誠実なパーソナリティを持っている

 開放的で異世代との交流が盛んな高齢者は、知恵が高い傾向がある。高齢者の人格は、年とともに、より温かみが増し、より真面目になっていく。また、感情も安定してくる。

 次に、高齢者のパーソナリティとは、どのようなものかを見てみよう。一般的には、高齢期になると、頑固になるとか、うつうつとしやすくなるとか、どちらかと言うとマイナスのイメージを持たれていることが多いと思うが、実際は必ずしもそうではない。

 心理学では、パーソナリティを「感情の安定性」、「外向性」、「経験への開放性」、「調和性」、「誠実性」の5つの要素で捉え、非常に多くのデータを分析した結果が出ている(図2)。このうち、「感情の安定性」は、成人期に比べて、高齢者の方が安定さが増し、加齢とともに感情が安定し、衝動が抑えられることがわかる。また、「調和性」と「誠実性」は、特に、20代から40代にかけて上昇する傾向があり、加齢に伴い、より温かい人間関係を好み、また、より真面目になることを示している。「外向性」の一側面である社会的優越性は、自分が社会に出て、人との関係の中でより優位でいる感覚を持ちやすいかどうか、という数値であるが、これも加齢とともに上がってくる。


 他方、高齢期になってやや低下する傾向があるのが、「外向性」の一側面である社会的バイタリティーと「経験への開放性」だ。この変化は、高齢期になると、積極的に外の世界へ出ていって活躍しようとしたり、新しいことに触れることが少なくなることを示唆している。

 こうした傾向は、平均値から加齢とともにどう変化するかを見たものだ。しかし、ある集団の中には、誠実性が高い人、低い人、平均的な人がいる。その人たちが年齢を重ねてくるとどう変化するかと言うと、その順番はあまり変わらない。高い人はずっと高いし、低い人は低い傾向がある。これは、人はもともと自分の性格を生かすような、あるいは、性格に合うような環境を選んでいく傾向があるため、環境によってあまり大きく左右されずに、安定しやすい可能性があるためである。

 また、最近の研究では、パーソナリティには遺伝子も関わっており、感情の安定性、経験の開放性などに限定したパーソナリティは、特定の遺伝子の配列と関係があることがわかってきている。日本人は、比較的、感情が不安定になりやすい傾向があったり、刺激や開放性を実はあまり求めない傾向にあることがわかっている。

人とのつながりが人生を豊かにする

 人を支え、人に支えられるという、質的に高い人間関係を持っている高齢者は、幸せを感じている。人とのつながりは、高齢者の大きな生きがいの一つである。

 最後に、人生に対する満足度であるWell-beingについて紹介したい。Well-beingは、身体的、心理的な健康状態を表す概念であり、主観的な幸福感も含まれる。

 アメリカのある研究では、Well-beingは、若いときは高く、その後下がっていき、40歳代後半から50歳代頃に最も低くなり、そこから再び上昇する。そして、80歳代頃に最も幸福感が高くなるという結果が報告されている。

 Well-beingは何によって影響を受けるのか検証している数多くの研究からは、幾つかの促進要因と抑制要因があることが示されている。例えば、身体機能、認知機能がしっかりしているということ、そして、社会参加や社会関係があるということは促進要因になる。社会関係とは、人的ネットワークがある、必要なときにサポートを受けることができる、また、自分が相手にサポートを与えることができる、というような関係を築いていることである。さらに、教育年齢が高い方がWell-beingが高くなる傾向や、女性の方が男性よりも幸福感を得やすいという結果もある。経済状態も影響し、あまり貧困だと、ネガティブに影響をするというデータが出ている。

 私たちが行っている研究からは、85歳以上の高齢者に着目すると、経済的な不安定さと、身体的な機能の低下がWell-beingを押し下げる。一方、必要なときにサポートを受けられると同時に、自分が周りにいる人にサポートを与えることができるという状況や自己効力感・自尊心の高さが、Well-beingに大きくポジティブに影響することが報告されている。高齢期になっても、自分が誰かのために役にたっていと感じることや,自尊心を感じることは幸福感をもって日常を送る上で大切な要素なのだ。

 知的な能力や身体能力もそうだが、「仕事」を考える際には、モチベーションを理解することも重要であろう。例えば、日本の高齢者は、70%ぐらいが働きたいと考えており、その割合は国際的にも高い。なぜ働きたいかと言うと、経済的な必要性もあるが、高齢期の就労の場合、自分の専門的な知識を生かしたい、有能感や「やりがい」、自尊心を感じたいというモチベーションも大きい。また活動を通じて人とのつながりを求めている場合もある。このようなモチベーションを満たすための就労の形態は必ずしもひとつでない。多様な働き方がある活動によって人と集まり、つながりができるというところに充実感を得るということは、仕事だけでなく、趣味や社会活動への参加にも帰結する。

個性的な高齢者たち

 高齢者は個性豊かな存在である。高齢者の能力を活用するにしても支援するにしても、その個性を踏まえて施策を考える必要がある。

 高齢者を考える上で最も難しいことの1つが、個性の豊かさである。高齢者の心理学におけるさまざまなデータを平均値で見ると、以上のような結果となるのだが、実は、高齢期になればなるほど、個人の知的能力のばらつきは大きくなる。これには種々の要因が考えられ、身体機能、社会関係、ライフスタイルなど、さまざまな要素が複雑に絡む。しかし、現実として、比較的若いときから知的機能の低下傾向を示す人もいれば、高齢期に入ってからも長く安定して高い能力を示す人もいる。高齢期に、ばらつきが大きいということは、平均値だけを議論して、画一的な支援施策で全ての人にそれを当てはめようとしても無理があるということを意味する。

 このように、高齢者は、個々人が強い個性を持っている存在である。高齢者の問題は、元気な高齢者がどう働くかという問題と、高齢者をどこまで面倒を見るかという問題とが、裏表の関係にある。これは、言い換えれば、持っている能力をどう生かすのかということと、能力が衰えてきて人に頼らなければならなくなった人たちをどうサポートするかという、2つの異なった問題が存在するということである。この全く異なる問題をきちんと整理し、正しく捉えていかないと、高齢者の問題を見誤り、施策を偏らせてしまうことになると思われる。

(注1) Baltes & Nesselroade[1979], in Nesselroade & Baltes (eds.) "Longitudinal research in the study of behavior and development," Academic Press, pp. 1-39.
(注2) Baltes & Smith[1990], in Sternberg (ed.) "Wisdom: Its nature, origins, and development," Cambridge University Press, pp. 87-120.
(注3) Roberts他[2006], Psychological Bulletin, Vol.132, Issue 1, pp.1-25.

髙山 緑(たかやま・みどり)
慶應義塾大学 理工学部 外国語・総合教育教室 教授。東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)、臨床心理士。


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インタビュー 2
 小熊 祐子 慶應義塾大学スポーツ医学研究センター・大学院健康マネジメント
       研究科准教授

 「サクセスフル・エイジングのための身体活動」

 私はスポーツ医学、内分泌代謝内科、運動疫学、予防医学を専門分野としており、高齢者関係の研究としては、慶應義塾大学医学部の百寿総合研究センターの先生方が中心に行っている85歳以上の「超高齢者」研究等でで「身体能力」「身体活動」に焦点をあてた研究をしている。

 ここでは、加齢と、身体活動(physical activity)や体力との関係についてデータを交えて説明したい。ここでいう身体活動とは、「スポーツ」のような激しい運動に限らず、仕事や通勤などでの活動も含めて、体を動かすこと全般を指している。

加齢をポジティブに捉える

 超高齢社会の鍵を握るのが、高齢期でも身体機能を維持・向上させることができるとする「サクセスフル・エイジング」という考えである。

 近年、「アンチ・エイジング(抗加齢)」という言葉がよく使われている。それは、健康長寿を目指す医学のことを意味し、たとえ何らかの病気を持っていても、元気なままで長寿を享受することを目指している。しかし、個人的には、加齢を抵抗(アンチ)する対象と捉える考え方には違和感がある。

 そこで、加齢に関連して、「サクセスフル・エイジング」という概念を紹介したい。Kahn & Rowe(1987年)は、サクセスフル・エイジングを「年をとっても心身機能が保持できている状態」と定義している。今までは、年を取るとだんだん機能が低下してきて、心も体も衰えてしまうこと(ユージュアル・エイジング)が当たり前だと思われていた。しかし、それは必ずしも起こることではなく、実は、訓練や努力のやりようによっては、高齢者でも身体機能を向上させ、サクセスフルになっていくエイジングがあると考えられる。これは、加齢を肯定的に捉えようとする概念である。日本のように、65歳以上の高齢者の人口割合が21%を超えた超高齢社会においては、いかにして「サクセスフル・エイジング」を実現させるかが重要な課題となる。

 加齢に伴い、人間の様々な身体機能は低下するとされている。例えば、運動に関連した身体機能の1つである最大酸素摂取量(単位時間当たりに、組織が酸素を取り込むことができる最大の量)は、加齢に伴い10年間で当初の値から10%程度低下する。また、年齢が上がると、肺機能、心臓の拍出量、筋力などが低下し、筋肉量や骨量も減少する。筋繊維は大きさも数も減少する。さらに、体の反応速度が低下し、内分泌的には耐糖能の低下により糖尿病になりやすくなり、また、柔軟性が低下する。逆に体脂肪率は増加する(注1)。

 ただ、これが全部、加齢とともに絶対に起こるのか、というと必ずしもそうではなく、運動をしていないから、あるいは身体を使っていないから生じている部分が大きいということも分かっている。

運動で加齢に伴う身体機能の衰退を減らすことができる
  

 高齢期でも、トレーニングにより、心肺機能や筋力を向上させることができる。運動の継続がポジティブな加齢を可能とする。

 図1に示したように、伝統的には(Classic view)、身体機能は加齢とともに低下するというのが常識だった。しかし近年では、トレーニングを積み重ねれば、かなりの機能は維持できることがわかってきており、見方が修正されている(Modified view)。トレーニングの内容次第で、高齢期においても持久力や筋力を改善させることもできる。


 以下に、具体的な2つの研究を紹介する。

 1つは、心肺機能の改善に関する研究である。持久力を示す指標である、最大酸素摂取量は、個人差はあるが、年齢が上がるほど低下する傾向にある。しかし、加齢に伴う最大酸素摂取量の低下は、トレーニングで改善できることが明らかになっている。例えば、Spinaらは、平均年齢63歳の男性15人と、平均年齢64歳の女性16人が3ヶ月のトレーニングを行った結果、最大酸素摂取量は、トレーニング前と比べて10~30%くらいの改善が見られた、と報告している(注2)。

 ただし、その効果は運動の強度に依存し、身体機能が向上するほどの効果を得るには、それなりにきつい運動が必要となる。例えばバイクマシンとか、トレッドミルなどで、息が上がるぐらいの負荷をかけるトレーニングとなる。そのぐらいの負荷をかければ心肺機能が向上する点は注目すべき結果だろう。

 もう1つは、筋力・筋肉量の減少抑制・改善に関する研究である。筋力トレーニングをすることにより、筋力や筋肉量が低下するのを抑制、ないしは増大させることが可能であるといわれている。通常、筋繊維の数や筋肉の太さは、20~30歳がピークで、その後は年齢とともに減ってくる。60~70歳では、筋肉量は10年で約15%減少する。80歳以降だとさらに加速度的に下がり、10年で30%ぐらい減るといわれている(注3)。たとえば、50歳からランニングやバイクマシンのような有酸素運動をはじめて、20年以上継続して運動している21名の高齢者の体組成の変化を分析した研究結果では、50歳、60歳、70歳での体脂肪率は、12%、14%、16%と加齢とともに上がり、反対に除脂肪体重(概ね筋肉)は、61キロ、59キロ、58.2キロと下がってくるというものだった。確かに、恒常的に有酸素運動をしていても、筋力や筋肉量は下がってきてしまうというのも事実だ(注4)。

 筋力トレーニングをしっかりすれば、たとえ85歳以上の高齢者であっても筋力アップや筋肉量の増大を図ることができるという研究結果がある。85~97歳の11人に、12週間のトレーニングを行ってもらい、その前後で、最大限の力を発揮してもらったときに持ち上げられる重さを評価した(1RM測定法)。すると、改善幅は様々だが、ほぼ全員の筋力が向上した。図2は、1例の介入前後にMRIで大腿部断面を比較したものである。筋断面積(白い皮下脂肪に囲まれて黒く映っている部分)が広くなっていることがわかる(注5)。


 つまり、トレーニングにより、身体能力の衰退を抑えることが可能であることが、様々な研究結果でわかってきている。よりポジティブに加齢するというサクセスフル・エイジングの実現には、運動の継続が重要なわけである。

高齢者には運動習慣のある人が多い

 運動習慣のある人の割合は、高齢者の方が高い。歩数も70歳までは現役世代とほぼ変わらない。また、運動をしている人は、全体的に健康を意識している人が多い。

 では、日本の高齢者は、運動についてどのような意識を持っているのだろうか。厚生労働省が実施している「国民健康栄養調査」では、運動習慣の有無や一日の歩数の状況、身体活動や運動に対する意識などを調査している。

 「運動習慣がある」というのを、「1回30分以上の運動を週2日以上、1年以上継続していること」と定義すると、2003~2011年にかけて、運動習慣のある人の割合は、男性で29.3%から35.0%へ、女性で24.1%から29.2%へと若干増加している。また、2011年の回答結果を年齢別にみると、働く世代は運動する時間がとれていない傾向にあり、特に20~ 30代は男女とも割合が低い。他方、60歳を過ぎると、運動を習慣的に行っている人は大きく増える(図3)。ここでの運動習慣には、ウォーキングも含めているので、高齢者は比較的軽い運動を習慣的に行っている人が多いのではないかということは察しがつくだろう。それでも、60歳代で男女とも5割にも満たない状況である。


 また、1日の平均歩数については、経年で推移をみてもあまり変化がない。男性の平均が7,000歩強、女性の平均はそれより1,000歩ほど少なく、6,000歩台の前半で推移している状況である。この歩数は、運動だけではなく、生活全般で体を動かしている部分もカウントしているので、年齢別でみると、70歳まではあまり変わらず、それ以上になってくると、男性で約5, 300歩、女性で4,323歩と、激減している。これは、70歳以上になると、生活全般の活動量が減少していることを表している。

元気な高齢者が増えている

 高齢者の体力は経年的にみて向上しており、最近15年間で5歳ほど若返っていると言える。今の65歳の人の体力は現役世代に対しても遜色ない。

 次に、高齢者の体力の経年的な変化を、文部科学省の「体力・運動能力調査」の結果からみてみたい。これは、年齢別の身体能力を毎年測定し、その年次推移を検討する調査である。高齢者に関しては、65歳~79歳の男女を合計120名ずつ集めて体力テストを行い、持久力や柔軟性、バランスという体力の各要素を評価している。
 図4は、65歳から79歳の体力テストの総合点の平均値年次推移を図示したものである。この推移をみると、1998年~2012年にかけて、高齢者の体力が向上していることがわかる。総合的にみれば、15年で5歳ほど体力が若返っていると言えるだろう。一般的な感覚としても理解できると思うが、暦年齢で考えると、昔より元気な高齢者は確実に増えている。高齢者の体力は個々人でかなりばらつきがあり、平均値で一概にまとめられるものではないが、今の65歳の人たちは、まだまだ元気で、現役世代に対して遜色ないといえる。


 種目別に見ると、テストの種類によって、年次推移の傾向は異なる。握力や長座体前屈(柔軟性)は、過去15年間であまり変化がない。一方、上体起こし(腹筋力)や開眼片足立ち(平衡性)の結果では、同じ年齢で比べると今の高齢者の方が向上している。また、10メートル障害物歩行や6分間歩行という有酸素能力、いわゆる心肺持久力を測る種目でも、15年の間に体力が上昇しているという結果が出ている。

 このように、体力テストの結果から、現代の高齢者は、以前の高齢者と比べて、若返っているということがいえる。

運動習慣をつけることで高齢者の体力は向上する

 運動習慣のある高齢者は、運動しない人より体力レベルが高く、運動継続年齢に比例して体力が増すということが研究結果で示された。また、追跡調査により、元気で長生きするために体力が重要な要因であることが示唆されている。

 京都府立大学の木村みさか教授は、90歳までの体力テストを実施している。この研究は、高齢者にとって実施しやすい6項目の種目からなる体力テストを作成し、60歳から90歳まで約1,000名のデータを何十年にもわたって集め、高齢者の体力を分析したものである。

 総合得点としてみると、体力は60~90歳にかけて加齢とともに下がっていくという結果であった。しかしその低下の程度は種目によって異なる。たとえば、大きく下がる種目に片足立ち(平衡性)があるが、20歳のときを100%とすると60歳の時点で約20%になってしまう。他方、あまり下がらない種目は、座位ステッピング(敏捷性)、握力である。

 また、運動習慣の違いにより体力レベルに差が認められている。例えば、運動強度の条件として、早足かそれ以上の運動を行っている高齢者の体力は、それ以下の強度の運動しかしていない高齢者より明らかに優れており、また運動継続年数に比例して良い値を示している。さらに、体力テスト参加者の追跡調査により、高齢期に入ってからの体力は、元気で長生きするための重要な要因であることが示唆されている(注6)。

サクセスフル・エイジングの実現へ向けて

 サクセスフル・エイジングの実現へ向けて、まずは10分間の手軽な運動から。

 実際のところ、運動をする人としない人の2極化が進んでいる。この格差を拡大させてはいけない。厚生労働省が「プラス10」というスローガンを掲げているが、みんなが10分、今より体を動かすようになれば、国民全体の身体活動量が平均で10分増えることになり、健康寿命の延伸や罹患率の低下などにつながるはずである。

 私たちは、今、藤沢市で、市と協働で身体活動促進のキャンペーンを行っている。簡単にできる体操を地域で集まって行うといった身近な地域のコミュニティー作りを兼ねた取り組みに、力を入れている。また、健康教室といったセッティングでは、関心の薄い方は来てくれないので、地域の自治会の集まりや、囲碁教室や陶芸教室といった運動とは関係ないサークルへ出向き、ワンポイントの講話や体操を行うようにした。体を動かすことを実感する中で、今後も継続したいという声も多く、専門家がサポートしつつ、自主的に地域で運動継続ができるような仕組みを作ろうとしているところである。

 スポーツクラブやジムで行うトレーニングだけが運動ではない。対象によっては(特にもともと身体活動量の低い高齢者の方など)身近でできるウォーキングや、軽い体操などでも、身体機能の低下を抑えられたり、改善できたりするということもわかってきている。また、認知機能の低下も、複合的な運動プログラムにより予防や改善できるという結果が日本で示されてきている。歩きながらしりとりや計算をするというような、ダブルタスクの活動が、より効果的であるともいわれている。

 長期的な視点で考えると、種々の身体活動を続けられるような環境をつくりだすこと、より若いころから体を動かす習慣をつけることが、高齢になっても身体活動量を維持し、ひいては、サクセスフル・エイジングを実現する上で重要なポイントである。

(注1) American College of Sports Medicine[2013] ”ACSM's Guidelines for Exercise Testing and Prescription,” 9th edition.
(注2) Spina他 [1993], Journal of Applied Physiology, Vol.75, No.2, p.849.
(注3) Lexell他 [1988], Journal of the Neurological Sciences, Vol.84, Issues 2-3, p.275.
(注4) Pollock他 [1997], Journal of Applied Physiology, Vol.82, No.5, p.1508.
(注5) Harridge他 [1999], Muscle & Nerve, Vol.22, No.7, p.831.
(注6) 木村みさか[2012]、「京都府立医科大学雑誌」Vol.121, No.10, pp.519-534。

小熊祐子(おぐま・ゆうこ)
1991年慶應義塾大学医学部卒。博士(医学)。公衆衛生学修士(ハーバード公衆衛生大学院卒)。内科腎内分泌代謝科出身。1999年よりスポーツ医学研究センター助手。2000-2003年ハーバード大学公衆衛生大学院に留学。2005年より現職。専門は予防医学・運動疫学。身体活動促進のための研究・臨床、予防医学・運動疫学に関連した教育・研究を行っている。


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インタビューを終えて
 柳川 範之 総合研究開発機構(NIRA)理事 
 「高齢者の実態に即した政策運営を」


 われわれはどこまで高齢者の実態を把握しているだろうか。これからの政策運営に必要なのは、体力も気力も伸びている高齢者の姿をデータに基づいてきちんと把握することだ。

 わが国の平均寿命が伸びてきたことは、多くの人が知る事実だ。しかし、その高齢者が全体としてどのような健康状態にあり、どれだけ体力が伸びてきているのかを把握している人は多くない。何となく元気な高齢者が増えてきたなといった印象論を語ることはできても、科学的なデータに基づいて、高齢者の健康状態や体力の変化を判断できていないことは、特に政策を考える際に大きな問題となる。わが国は、少子高齢化が進み、高齢者の割合も増えている。今後、この傾向が高まることは確実であり、高齢者の実態を正確に把握したうえで、彼らの生きがいと満足度を高め、また社会貢献も含めた自己実現の機会を増やしていくことは、これからの社会にとって不可欠なことだろう。

 今回の政策レビューでインタビューを行った高山・小熊両者からは、この点に関して重要な情報が示された。両者ともに、科学的データに基づいた議論を展開しており、これらの実態を踏まえて、高齢者の雇用問題等を考えていくことは、とても有意義なことだ。驚くべきポイントは、高齢者の能力が近年、急速に伸びてきていることであり、また高齢者の能力も継続的な訓練によって、さらに伸ばすことができるという事実であろう。わが国の政策運営においては、残念ながら、これらの重要な情報が十分に反映しているとはいえない。もっと、これらの事実を踏まえて政策を考えていくべきだ。

 特に、少子高齢化が進んでいる現在、高齢者が生きがいをもって働くことができ、充実した生活を送ることを可能にすることは、社会の幸福という面からも、また社会保障の負担を軽減し、財政問題を解決する面からも、必要不可欠なことであろう。これからの日本社会にとって、このような知力、体力の推移や変化に関するデータを集め、それを活用して政策や制度を考えてくることは、とても重要な作業に違いない。

柳川範之 (やながわ・のりゆき)
NIRA理事。東京大学大学院経済学研究科教授。慶應義塾大学経済学部卒。東京大学Ph.D.。専門は契約理論、金融契約。著書に『法と企業行動の経済分析』[2006]日本経済新聞社(日本経済図書文化賞)等。



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<関連頁>
75歳まで納税者になれる社会へ(NIRAオピニオンペーパーNo.11/2014年9月)



※本誌に関するご感想・ご意見をお寄せください。
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