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NIRA政策レビュー

アジアにおける中所得国の罠とは

NIRA政策レビューNo.58 2012/10発行

伊藤元重(NIRA理事長)、黒田東彦(アジア開発銀行 総裁)、小林栄三(伊藤忠商事株式会社 取締役会長)、タノン・ ビダヤ(TMBアセット・マネージメント顧問、元タイ財務大臣)、呉 軍華(株式会社日本総合研究所 理事)、 戸堂康之(東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授)

 安価な労働力を強みに輸出主導で中所得国化したアジア諸国は、成長への新たな道を模索している。先進国入りを前に成長が停滞する 「中所得国の罠」。アジア諸国はいかに「罠」を回避・克服するのか。本号では、 アジア諸国の持続的成長には自律的なイノベーションが不可欠であり、そのための研究開発、人材育成、 インフラ整備に向けた各国の取り組みが重要であることや、それに対して日本は多様な貢献ができることが議論された。

アジアの持続的成長の鍵とは
 伊藤 元重(NIRA理事長)


識者に問う
 「中所得国の罠? アジア経済の今」

 力強い成長が続くアジア諸国も、経済構造を変えないと先進国になれない、という「中所得国の罠」の議論が注目され始めている。この「罠」 をどう捉えるべきか。その回避・克服のために、アジアの当事国や日本政府・日本企業は、何をしていくべきか。国際機関、学界、 ビジネス界の第一線で活躍している識者に聞いた。

                         *以下、記事中の敬称は略

1 「罠の克服は各国で多様
  黒田東彦 アジア開発銀行 総裁

2 「アジア経済を『筋肉質』に
  小林栄三 伊藤忠商事株式会社 取締役会長

3 「ASEAN経済共同体の完成で罠を回避せよ
  タノン・ビダヤ TMBアセット・マネージメント顧問、元タイ財務大臣

4 「罠からの脱出には政治改革が不可欠
  呉 軍華 株式会社日本総合研究所 理事

5 「イノベーションがアジア発展の条件
  戸堂康之 東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授

                       インタビュー実施 2012年8~9月
                       聞き手:江川暁夫(NIRA主任研究員)

印刷版   English
 *印刷版「識者に問う」では、各識者の意見のエッセンスを抽出し、見開きの記事にまとめています。

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「アジアの持続的成長の鍵とは」
  伊藤 元重(NIRA理事長)

アジアは成長を続けるのか?
 21世紀はアジアの時代である。そう言われてから久しい。 実際、この30年、アジアは急速に成長してきた。米国や欧州など、他の地域の大国もアジアへの関心を強めている。
 ただ、最近になって、アジアは本当にこのままのペースで成長していくのか、そうした疑問を漠然と感じている人が増えている。
 例えば、30年間、破竹の勢いで成長してきた中国。日本を抜いて世界第二位の経済大国になったが、ここにきて成長率が低下しはじめている。 今の成長鈍化は循環要因にすぎず、成長率はまた上がっていくだろうという楽観論も多いが、 一方で中国の直面する構造問題を指摘する専門家もいる。
 30年以上続けてきた一人っ子政策の影響もあり、これから縮小が始まる生産年齢人口。所得・賃金の上昇による、 企業の生産コストの押し上げ。輸出一辺倒では成長を続けることが難しいという見通し。そして、 格差の拡大や共産党一党独裁政治の持つ矛盾で社会が不安定化するおそれ。先々のことを考えると、 今起きている成長率の低下が決して循環要因だけではないと考えるのは、私だけではないだろう。
 東南アジア諸国はどうだろうか。ベトナムやミャンマーの産業発展の可能性は注目されている。しかし、まだ発展の初期段階だ。 アジア通貨危機前は急速に成長したタイやマレーシアも、最近は前ほど注目されなくなっている。成長の足踏みも目立つ。
 本当にアジアの成長は続くのだろうか。この問いに明快な解答を与えることは難しい。世の中にも、楽観から悲観まで幅の広い議論があり、 どの辺りが正しいのか分からない。そして何より、「アジア」と一言で括れるものではない。国によって様々な違いがある。さらには、 一つの国の中でも違いがある。中国などは、上海近くの発展地域と、内陸部の貧困地域では、まったく違った経済であると言ってよい。
 それでも議論を始めるためには、何かきっかけになるマジックワードが必要だ。本号では、それを「中所得国の罠」に求めた。
 中所得国の罠という概念は、アジア開発銀行の報告書を通じて広く知られるようになってきた(注1)。高い成長を続けているアジアだが、 先進国のステージまで来たのは、日本、韓国、台湾、シンガポールなど、ごく限られた数しかない。多くの国は、 依然として中所得国にとどまっている。
 経済発展論の世界では昔から「貧困の罠」という概念がよく使われてきた。貧困国には、貧困から抜け出せない「罠」 とでも言うべき構造的な問題があるというのだ。中所得国の罠はそこから派生した概念で、 中所得国はなかなか先進国になれない構造的な問題があるのではないかという見方である。
 アジア開発銀行の報告書は、アジアが中所得国の罠に陥ったときと、それを脱したときとで、 何十年かあとのアジア経済が大きく違うことを強調した。罠に陥らないような政策(技術開発、人材育成、インフラ整備など)が必要となるのだ。

何が持続的成長をもたらすのか
 もう20年近く前になるが、 当時マサチューセッツ工科大学教授だったポール・クルーグマンが、 成長方程式の議論を使ってアジアの成長は持続しないかもしれないという論評をフォーリン・アフェアーズ誌に出して、 アジアの成長持続性が大きな話題になったことがあった(注2)
 クルーグマン教授の議論は、A.ヤング教授(ボストン大学(当時))による学問的な成果を引用した形をとっているが、 成長の持続性を問うという、重要な問題提起であった。中所得国の罠と言われる問題も、これと深く関わる。
 成長方程式を用いた議論のエッセンスは、資本蓄積や労働人口の拡大だけでは、どこかで成長の限界に来るということだ。そして、 その先は経済学者がTFP(全要素生産性)と呼ぶ技術革新、あるいは生産性の上昇が重要となるのだ。
 低所得国から中所得国へは、海外からの投資や技術の導入などで到達することができる。また、農村部の人口が都市部に大量に移動することで、 工業分野での労働投入を増やすことができる。中国の輸出産業を支える農民工の存在がその典型である。しかし、 労働や資本の投入を増やし続けることはできない。投入拡大だけで成長を持続し、 先進国のレベルにまで国民の所得を引き上げることは容易なことではない。
 国内で持続的なイノベーションが起きることが必須である。これがTFP を引き上げていく。輸出に過度に依存するのではなく、 国内需要が持続的に拡大していくことで、生産を牽引していく必要がある。所得が需要を拡大し、その需要拡大が生産を刺激する。 こうしたサイクルが持続的な成長には必要である。
 クルーグマン教授の提起した議論は、アジア通貨危機で一度は決着がついたかに見えた。しかし、 アジアの多くの国が中所得国の位置につけた今、あらためてこの問題が提起されているのだ。アジアの国は更に成長を続け、 中所得国から先進国のポジションに移行することができるだろうか。

アジアの多様性を踏まえ、ともに成長の道を
 こうした問題意識を背景に、 いろいろな立場の専門家の方にインタビューした。それぞれの専門家の方の議論は、本号「識者に問う」を読んでもらいたい。
 アジアは多様である。持続的成長への課題とは言っても、中国とタイでは異なった問題がある。また、見る立場によって違いもあるようだ。 外から見る議論と、内部にいる人の議論でも相当な温度差があるように思われる。理論家と実務家の間でも、重要視する視点が異なる。 どれかが正しいというより、こうした多面的な視点でアジアの成長について考える必要があるということだ。
 このようにそれぞれの専門家によって視点は多少異なるが、いくつかの重要な点については同じような見方が共有されている。
 その一つはイノベーションの重要性である。キャッチアップの段階にある中所得国からフロンティアに出る先進国へ移行するためには、 自国内で持続的なイノベーションが起きることが必要となる。
 イノベーションは人材の質と密接な関係にある。持続的な成長を続けるためには、国内に優れた人材を確保する必要がある。 こうした人材をどう育成していくのかということが中所得国にとっての大きな課題である。教育制度が重要であることは言うまでもない。
 海外から積極的に直接投資を受け入れ、その生産や開発の現場で地元の人が様々な経験を持つことも人材育成にとって欠かすことができない。 その場合、どのようなタイプの投資を受け入れるのかによっても違いが出る。単純労働の活用だけを求めるタイプの投資ではなく、 開発に関わる機会が持てるような投資が増えることが必要となる。アジアの国々自身も、人材育成の重要性はよく理解している。 人材育成を促すような制度や政策が検討されている。
 日本は、こうした国の持続的成長に、どのような貢献ができ、そしてアジアの成長から何を得られるだろうか。一つには、 技術革新を促すような直接投資を行うことが期待される。アジアで技術開発能力が高まれば、日本はアジア諸国との間で知識・ 技術も最適配置できるようになる。ただし、それにはアジアの各国でも知的財産権が保護されるという安心感を醸成することが必要だ。 識者の意見にもあったように、日本政府が知財保護を含めたソフト面での政策協調をアジア諸国との間で行っていくことが、アジア、 日本双方の成長機会を作ると考えらえる。また、成長の基礎ともなるべきインフラ整備での貢献について指摘する識者もいた。 インフラ分野は日本の有力な輸出産業となりうるという議論もあるだけに興味深い指摘である。日本がアジアとともに持続的な成長をできるよう、 議論を発展させたいものである。

注1: Asian Development Bank[2011]"Asia 2050: Realizing the Asian Century," Manila.
注2: Krugman, Paul[1994]"The Myth of Asia's Miracle," Foreign Affairs, 73(6).

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識者に問う1 「罠の克服は各国で多様」
 黒田 東彦(アジア開発銀行 総裁)

「中所得国の罠」は資源国の成長に関する議論の応用
――― 「中所得国の罠」のリスクは、 どのような要因から生じるとお考えでしょうか。
黒田 「中所得国の罠」は、ラテンアメリカやアフリカなど資源が豊富な国が、 資源開発をして鉱物資源や食料品などを輸出することで中所得国に移行したが、先進国にはなれていないことを指した。しかし、この概念は、 資源国のみに限られない。ADBは"Asia 2050"というレポートを2011年に公表し、アジアが順調に成長した場合と、 「中所得国の罠」に囚われるなどによって順調に発展しない場合の2つのケースを示し、2050年の姿を比較した。これを契機に、アジアでの 「中所得国の罠」に注目が集まるようになった。
 アジアの場合は、天然資源の開発に頼らずに、低賃金労働力という人的資源が豊富で、これを源泉に製造業が輸出で稼ぎ、 低所得国から中所得国にたどり着いた。しかし、自国の賃金は上昇し、他の低所得国から追い上げられる。一方で、先進国には追い付かないため、 「中所得国の罠」から抜け出せるのか、という議論になる。中国やマレーシア、タイ、インドネシアなどで懸念されている。
 実際、アジアで、戦後に先進国になれた国は、「4匹の虎(韓国、台湾、香港、シンガポール)」しかない。この事実は、 低所得国から中所得国になるのに比べ、中所得国から先進国になるのはいかに難しいかということを物語っている。

中国などのアジア諸国は、簡単には「罠」に陥らない
――― 中国などのアジア諸国が 「中所得国の罠」に陥るとの懸念が高まっているようにも思われます。
黒田 中国は、巨大な国だけに、人的資源も天然資源もたくさんある。しかし、 天然資源を売ったわけではなく、ASEAN諸国と同様、直接投資を製造業に招致して、それらの輸出によって中所得国化した。 新製品やイノベーションは輸出産業において最も効率が高いが、輸出産業の半分以上が外国企業によるので、 中国の現地資本の企業がどれだけイノベーションをして新製品を作っているか、中国が「中所得国の罠」に陥っているのではないか、 との悲観論につながっているのかもしれない。
 しかし、簡単に「罠」に囚われると悲観する必要もない。中国では、起業家も育ち、イノベーションも育ってきている。大学教育も、特に理科系、 科学技術系はたいへん熱心で、イノベーションの基礎になる科学技術の能力を高めている。外国企業から学ぶ中国人企業も増えている。一方で、 自らのテクノロジーを育てるために必要となる表現の自由、知的所有権や法規範などの点が劣っている、との批判もある。しかし、 これまでは借り物の技術ゆえに知的所有権の対価を払わないことが得だったとしても、自ら技術開発するようになれば、 それを知的所有権として守るようになるだろうし、法規範も、これまでと違ってくるだろう。
 他のアジア諸国でも、その多くが製造業を中心とする産業構造だ。タイも、輸出品は資源ではなく製造業だ。インドの場合は、 繊維などの製造業もあるが、サービス産業もある。フィリピンの最大の輸出品目はエレクトロニクス製品であるが、 インドを抜いて世界最大のコールセンター国になっているなど、サービス産業もある。 これらの産業活動の中で自律的なイノベーションが育つ余地があると思っている。外資からの技術移転があり、現地資本の企業も育っている。 ラテンアメリカやアフリカと同様にアジアも簡単に「中所得国の罠」に囚われると悲観する必要はない。

持続的な成長に向け、徐々に経済構造を変えてきている
――― 今後、中国が「罠」 に陥らないためには、消費を強くしていくべきなのか、あるいは、輸出主導の産業構造の中で技術やイノベーションを育てればよいでしょうか。
黒田 中国は輸出額で世界最大で、かつ、これまで毎年2割の輸出増を遂げてきた。世界市場が3%程度しか伸びないときに、そのような高い伸びを今後も続けることは難しい。
 また、中国経済においては、必要なインフラや生産設備への投資は行うとしても、 GDP比で4割を超えるような投資がいつまでも必要だとは思えない。技術のキャッチアップに加え、自分の技術開発をする必要があるが、 これには自分でコストをかける必要が生じるので、簡単にはできない。様々な意味で、中国はこれまでの成長モデルから変わらざるを得ないし、 その中で、やはり消費が今後の成長の源泉となる必要がある。
 そうした変化は徐々に生じてきているとも思うし、政府の基本的な方向性を見ても、 輸出や投資をこれまでのように大幅に増加させることはもはや困難で、消費を増やしていかなければならないということが、 政策当局者は既にわかっているようである。その際、現政権は、地方の人たちの消費・購買力をより底上げしていく必要性を理解し、 沿岸部のみが先行せずに中西部の成長も支えるべく、様々な地方振興策を行ってきた。一気には変わらないが、変わりつつあると思う。

先進国化への努力は自助努力が不可欠
――― アジアが先進国化を目指す上で、 日本はどのような貢献ができるでしょうか。
黒田 何が「罠」で、 その罠を跳び越えるために具体的にどのような政策をすべきかを一概に言うのは非常に難しい。通常言われている「罠」は、 資源や低賃金労働で輸出が伸びて所得が上がっても、イノベーションや、新商品を作り出すことができないと先進国になれない、というものだが、 先進国化する過程で「4匹の虎」がとった産業政策や法規範のあり方をみても、かなり違う。ただ、結果論で、なぜ先進国になったかと言えば、 他人の技術を借りるだけではなく、イノベーションなどで、自分で新製品を作り、新しい生産方式を作り、マーケティングもやってきたからだ。 なぜそれができたかと言われると、一概には言えない。
  低所得国から中所得国になるときと異なり、中所得国から抜け出るためには、イノベーション、法規範、ガバナンス、所得格差の是正、 ソーシャル・セーフティネットなど、ソフトウエア的なものへの必要性が高まり、これらは相当程度、自分で作るしかない。 自助努力が基本となる。
  しかし、中所得国となったアジア諸国には、ある程度自分でやっていけるだけの資源も税収もあり、また、自ら戦略を持っている国もある。また、 支援するにしても、文化が違うなど、一筋縄ではいかない。したがって、支援についても、押しつけではなく、 その国が自らやるしかないということを踏まえつつ、それぞれの国からの要請に合わせて、 民間企業や政府の支援を展開していくということだろう。

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識者に問う2 「アジア経済を『筋肉質』に」
 小林 栄三(伊藤忠商事株式会社 取締役会長)

アジアに対する期待は高い
――― アジアに「中所得国の罠」があるとすれば、 具体的にどのようなことと考えられるでしょうか。
小林 「中所得国の罠」と言うかどうかはともかく、 今のアジア諸国について様々な懸念があることは承知している。
 アジアの経済発展は、今まで、第二次産業を中心として、日本企業の進出とともに進んできた。これにより、 低所得国から中所得国へジャンプできたというプラス面があった一方、自国に技術やノウハウの蓄積があまりない、というマイナス面がある。 すなわち体質が「筋肉質」になっていないのだ。その結果、その国が次のレベルへ行こうと考えたときにも、足腰が強くないので、 次のジャンプがなかなかできない。

――― アジア経済全般について、どのように展望されていますか。
小林 アジア諸国に対する期待は高い。21世紀の前半50年は、世界はアジア、中国を中心に動いていき、 日本を含め世界が、アジア、中国と一緒に成長・発展していこうと考えるだろう。後半50年はアフリカが主導権をとるのではないか。
  中国については、一般論としては、誰も10%成長が永続するとは考えていないが、中国政府は、「内需拡大」を自ら唱えているように、 全般的にしっかりと軌道修正するだろう。今後も日本より高成長となるのは間違いない。同様に、他のASEAN諸国も、 必要な軌道修正は行いつつ、高成長を続けると思う。その意味で、我々としてアジアに期待している。

日本企業はインフラ整備と人材育成で貢献できる
――― アジア諸国が期待通り成長・ 発展していくために必要なこと、またそのために日本ができることは何でしょうか。
小林 アジア経済が「筋肉質」に変わらなければならない。つまり、 自国で技術やノウハウが蓄積されるようにならなければならない。その国を筋肉質で足腰の強い国にするためには、そこに住み、事業をやる人が、 不都合を感じないような国にすることが重要だ。水がちゃんと飲める、どこかへ行こうと思えば電車も飛行機もあり、あるいは車でも行ける。 すなわち、港湾・空港や駅の整備、水の供給や汚水処理、電力供給などのインフラの整備が必要となる。
  要するに、アジアには巨大なインフラ需要がある。しかし、ほとんどのアジア諸国にはインフラ整備のための十分なノウハウがない。 一方日本はインフラ整備に関しては、今までの国内でのいろいろな経験があるから、その延長で様々な協力ができるはずだ。 政府もパッケージ型のインフラを輸出すると言っているように、今後、非常に大きなビジネスチャンスになる。実際、2010~2020年で、 アジアには8兆ドルの需要があると言われている。
 アジア諸国も、自国の将来の発展に必要なインフラが整備されれば、今のレベルからどのように成長してゆくのがよいかを自ら考え、 その回答を自ら得ていくことができるものと感じている。インフラの重要性を示す一例を挙げれば、インフラの比較的整った中国に比べると、 インドは期待されたほど順調には発展していない。日本企業は、中国に5,000社以上の現地法人企業を設立しており、 タイにも1,400社以上が出ているが、インドはようやく270社だ。これはインフラのレベルの差が大きいためだ。 インフラが整わない現状では、インドへ進出し、ものづくりをして、雇用を生んで、外貨を稼ぐというループはなかなか描けない。したがって、 日本がインフラ整備を支援することは、アジア諸国の経済成長に対する大きな貢献になる。

――― 特に日本企業としてできることは何でしょうか。
小林 インフラ整備とは、現地における地場ビジネスである。つまり、日本企業は、 アジア諸国にハード機器を輸出するだけでなく、それを据え付け、長期間そこでオペレーションすることになる。 現地ではそのための人材が必要となる。そこで、日本が人材の育成にも同時に取り組みながら、インフラを整備していくという形になれば、 日本の存在感も高まる。さらに、こうしたノウハウ伝達を通じて、アジア各国も強くなるというwin-winの関係を築ける。
 アジアと日本の距離感というのは時代によって異なるが、今は日本とアジアが非常に近くなりつつある。 最近はフィリピンやベトナムは中国と距離を置く一方で、日本に対する熱い思いがはっきりある。また、欧州が経済危機に陥る中、 主に欧州系企業が、資金とともにノウハウ・人材も引き揚げていった局面において、日本は大変親身になって対応したので、 日本を自国の発展にとって良きパートナーであると再認識するようになっている。今後も、 アジアの経済発展には日本が中心的な役割を果たすと思う。

アジアの内需を取り込むためには現地理解を
――― 日本政府は、 アジアの内需を取り込むという立ち位置のようにも見えます。中国やASEAN諸国で、それをどのように行っていくことができるでしょうか。
小林 中国には、今まで多数の日本企業が進出しているが、 中国を非常に競争力がある世界の工場という観点で捉えている企業が圧倒的に多い。一方、我々は、 中国を巨大な消費市場と捉えている日本企業とともに、現地の企業と合弁して中国の国内販売も行っている。今後、 これが引き続き大事なオペレーションとなり、中国での事業を引っ張っていくと感じる。
  ただし、アジアの内需を取り込むというのは、それほど簡単なものではない。今は、どの国でも「地産地消」、すなわち、 自分の国で消費する物は自分の国で作りたい、という傾向が非常に強い。したがって、単に日本から輸出するという発想ではなく、 自分達と異なった文化や言語、多様な価値観を理解する人材を用いて、地に足がついたオペレーションをやっていく必要がある。 この点に関しては、日本企業単独では難しい。多種多様な価値観やニーズに合ったモノづくりには、 その国の市場をよくわかっている現地のパートナーと組み、現地に同化していくことが大切である。

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識者に問う3 「ASEAN経済共同体の完成で罠を回避せよ」
 タノン・ビダヤ(TMBアセット・マネージメント顧問、元タイ財務大臣)

タイには中所得国の罠に陥るリスクが存在する
―――  タイが中所得国の罠に陥っているのではないかとの議論が日本にはあります。
タノン タイ国内でも、中所得国の罠と類似の議論はある。このため、政府も、 主要な中長期の政策課題として、この罠を如何に回避するかということを考えているようである。
 私は、罠に陥るリスクは存在していると考えている。経済構造についてみると、中所得国の罠に陥るリスクは明白であり、 これはタイが農業と製造業の双方を主翼とする経済となっていることによる。輸出がGDP比70%と大きいタイは、 世界的な景気減速の影響を特に深刻に受けている。一方で、人口の40%が農業に従事していることで、一人当たり所得は低く、 所得不平等も特に地域間で大きくなり、消費が増えない。結局、輸出に頼らざるを得ず、 そのために直接投資に頼り続けるという構造が残ることとなる。
 そうなると、輸出部門である製造業の生産性を高めていかなければならず、先端技術を製造業部門において導入するほか、人材育成など、 製造業部門においてはやるべきことはたくさんある。現政権もある程度は取り組んできている。しかし、 生産性向上に決定的に重要な役割を持つ物流インフラの整備に関し、国内の問題が影を落としている。すなわち、政局不安定と汚職によって、 ポピュリズム政策を優先するようになる一方で物流インフラの整備の遅れをもたらしている。また、現政権は、 昨年の大洪水を受けた洪水対策を予算化したが、現時点でほとんど動いていないようだ。こうした遅れが今後どの程度続くのかはわからないが、 タイ経済の競争力を弱め、成長率を鈍化させる。さらに、地方経済をみると、地方政府は灌漑整備とその管理スキームを考え、導入しているが、 低知識・低所得の者が多い東北地域の農民には扱えず、良質の農作物があっても、その生産性が非常に低い。 これらの課題に政府が取り組まなければ、中所得国の罠がより近づいてくると思う。

課題への対処には、明確な戦略と、それに沿った実行が重要
―――  それらの課題へ取り組んでいくことは、タイでは難しいものなのでしょうか。
タノン それらの課題への対処は十分に可能なものであり、 もう一段上の所得レベルに行けないとの悲観は持っていない。ただし、しっかりした戦略を持つことが重要だ。
 物流インフラを整備してビジネス上のボトルネックを解消するには、工程と期限を明示し、 近い将来を見据えたタイのポジショニングを考えた上で優先順位付けをした戦略を持つことが大事だ。しかし、 戦略作りは20年続く議論に結論を得られていない。また、事業の優先順位も、民間部門の動きを見ながら考えられるのではなく、 政治的に決められていくという問題がある。
 洪水の予防・回避は、一方で水を必要としている農業との優先度の比較を地域ごとに考えていけばよいし、農業の効率化についても、 政府が最初に後押しさえすれば導入可能なモデルを、既に民間部門が作っている。最低賃金の大幅な引き上げが批判され、 特に中小企業ではその影響が大きいとの批判があるが、中小企業が賃金上昇を現実のものとして直視できれば、 生産性を上げていくための効率化努力を考えるようになるだろう。

ASEAN経済共同体完成はタイにとっては「罠」を回避する好機
―――  ASEAN経済共同体(AEC)完成のタイ経済への影響をネガティブに捉え、タイが中所得国の罠に陥ると考える向きもあります。
タノン 私はむしろ、AECは、タイが中所得国の罠を回避できる好機であると考えている。 AECにより周辺国が成長して力をつければ、彼らがタイにとって輸入者となる。また、 タイから労働集約産業を周辺国に分散化させられるだけの力を周辺国がつければ、タイはそれらの産業への補助金を減らすとともに、 他の高付加価値産業により集中できる。ただし、タイでは、川上産業はまだ発展しておらず、そのための統合的な政策もまだないため、 その部分を輸入に頼るという構造になっている。
  それを前提とすると、AECを好機にタイが罠を回避するには、次の5つのことが必要だ。いずれの取り組みも難しいものではないが、 解決時期と工程を、AECで他国が同様に開放的になり力をつける前に投資家に示す必要がある。それが企業の決断を早め、 タイの競争力を高めることにつながる。それができなければ、新しいタイプの投資が外国から来なくなるのみならず、 タイ企業が国外に出て行ってしまう。
 (1) 税制改革。現在の政府も、直接投資の更なる流入や地域統括拠点の設置に対する法人税減免、個人所得税の引き下げなど、 政府はよく取り組んでいる。
 (2) 中規模企業や新技術に対する投資優遇策。これもある程度取り組みは進められているが、 巨大投資を必要とするエレクトロニクスやITなどのハイテク部門への投資奨励と、法人税の減免競争後に利益を得るためには、 これらの産業を担う人材の育成が重要となる。
 (3) 知的財産保護。取り組みは進んでいるが不十分である。タイでは音楽などのエンターテインメントの違法コピーは多く存在する。 外国企業のみならず、タイ人の事業を保護するためにも必要となる。
 (4) 関税システムの改善。中には、制定後100年も経つ時代遅れの制度に外国企業が悩まされるなど、問題と不便を生じさせている。 効率的なシステムにする必要がある。
 (5) 規制・制度改革。規制や不要な制度により事業開始にかかる手続きや時間コストが高いため、 産業部門の相対的な優位性を相殺してしまい、産業の効率性を減じてしまう。

――― AEC後のタイやASEANの長期的な発展に対して、日本企業や日本政府はどのような貢献を行っていけるでしょうか。
タノン 日本はタイへの最大の投資国であり、政府間の経済連携協定などの協力強化を含め、 グッドパートナーであることは間違いない。今後は、日本企業も日本政府も、 AECを契機に高まると思われるインドシナ全体の生産過程の再配置を、タイと組んでどのように進めていくかを考え、 共に行動していけると良い。タイは、この地に関して日本企業がわからないことを補い、労働集約産業を中心に、 タイを拠点とした製造工場等の周辺国への分散化ができるよう協働することができる。これは、タイ以外にはどのASEAN諸国にもできない、 まさにwin-winの状況だろう。インフラ整備や人材開発のみならず、日本がインドシナ諸国に何を求めるかというものを戦略的に示せれば、 インドシナ諸国もそれに応じて、様々なことをやっていけると思う。人材開発においても、タイは日本のニーズをうまく把握し、 それに応えるような対応を民民ベースで進め、成功事例を作ってきたし、今後も民民協力で人材開発が進められるところはまだたくさんある。

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識者に問う4 「罠からの脱出には政治改革が不可欠」
 呉 軍華(株式会社日本総合研究所 理事)

中国は高成長の裏で経済社会上の問題を悪化
――― 「中所得国の罠」に陥る要因として、 どのようなものが考えられるでしょうか。それらは、中国経済において、どの程度発現していると考えられるでしょうか。
 どの発展途上国でも、発展の初期段階では技術進歩がなくても人的、物的資本の蓄積、 いわば量的拡大による成長を達成することが可能だ。しかし、中所得国レベルまで発展すると、量的拡大による成長パターンを改め、 生産性の向上を伴う成長パターンに転換しなければ「罠」にはまってしまう 。この観点からすると、中国は既に「中所得国の罠」に陥っており、 あるいは少なくともその入り口にいるというべきだ。
 1990年代末から2000年代初め頃、中国はすでに「中所得国の罠」に向かっていた。 その時点で成長パターンの転換が必要と認識されたが、順調な転換には至っていない。 それでもその後の10年間高成長ができたのはWTO加盟を果たしたからだ。2001年のWTO加盟を契機に中国の輸出は大きく拡大した。 輸出拡大による高成長が政府収入を拡大させ、政府主導の投資による成長を可能としたが、その間、中国を「中所得国の罠」 に陥れかねない諸問題も一層深刻になった。その諸問題とは、余剰人口による配当を使い切ったことや、 不動産バブルに伴い土地コストが急上昇したことのほか、環境問題はこれ以上無視できない状態となり、所得も二極分化し、 官民対立が先鋭化したことなどがあげられる。
 この結果、中国は、現在、従来の発展パターンから脱却できず社会的な混乱状況に陥るか、 構造改革を進めることによって持続可能な成長パターンに転化するかの瀬戸際に立っている。

成長の鈍化は「罠」を反映
――― 中国が「中所得国の罠」 に陥っているとお考えになる具体的な根拠は何でしょうか。
 何を基準に「中所得国の罠」に陥ったと判断すればよいか、という定義の問題はあるが、 人口ボーナス期がすでに終焉したのは最も分かりやすい根拠として取り上げられよう。ちなみに、人口ボーナス期の終焉を基準にすれば、「罠」 に陥ったのは最近のことであるが、他の基準、たとえば所得の二極分化や環境の破壊、官民対立の先鋭化などを基準にみると、すでに「罠」 に陥った。
 「中所得国の罠」に関してこれといった数値的な基準がない状態では、「罠」にどの程度陥っているのかを具体的に述べるのは難しい。中国は今、  かつてと比べて成長が減速したにもかかわらず、労働力不足の問題が解消できない。同時に、 環境悪化や所得格差の拡大などの問題に対する大衆の不満が、大きな社会変動に繋がりかねないほど深刻になっている。また、 投資拡大に対する成長の依存度がますます高くなっている。このような点から考えれば、中国は既に「中所得国の罠」 に陥っていると判断してよいと思われる。しかしその一方で、統計データの信憑性の問題があるが、 中国政府が発表したGDP成長率などの指標が経済の実態を反映しているのだとすると、減速しているものの、成長率がなお7-8%を維持しているので、「初期段階」とも考えられる。換言すれば、足下の景気減速は景気循環的側面から捉えるべきでなく、中国がすでに 「中所得国の罠」に陥りかかった兆候だと捉えるべきだ。

中所得国の罠からの脱出には政治改革が不可欠
――― 中国経済が「中所得国の罠」 に陥った影響は、どのような部門に、より強く出てくるでしょうか。また、「罠」 からの脱出のために中国政府が行っている注目すべき政策や、足りない政策は何でしょうか。
 経済成長が停滞し、社会的な混乱が起きた場合、 所得水準が低く学歴も低い社会の弱者層がより多くの影響を蒙るのは他の国でもみられる現象であり、中国も例外ではない。
 「中所得国の罠」に陥った場合、社会的、階層的な対立が一層先鋭になり、高所得層の不安も増大する。党・ 政府の幹部の関係者や新興資産家だけでなく、中産階級の中でも海外への移民ブームが起きていることに象徴されるとおり、 これまでの高成長で最も多くの恩恵を受けた層も、先行きに対して高い危機感を持っている。
 中国政府は、現状を打破するために、最低賃金の引き上げをはじめとする所得増加計画や民間セクターの育成、省エネ産業の育成など、 それなりの政策を打ち出している。しかし、これらの施策のみでは、「中所得国の罠」を回避・脱出することは、到底、無理だ。「官本位」 かつ拝金主義的な社会から転換し、知識・創造を尊重する社会を構築して、中国経済の生産性を高めなければならない。「一人っ子政策」 の見直しによる高齢化問題への対処、国有企業の独占・寡占の打破による市場経済化の遂行に加え、権力・ 所得格差で分断されている現行社会を改め、より公平で平等な社会を作ることで国民の教育レベルを高めていくことが不可欠である。 これらの問題を解決するに当たっての最大の障害は、国有企業の経営者を含む党・政府の幹部や知識人層を中心に形成された既得権益層だ。 つまり、既得権益層を打破するために、政治改革が不可欠だ。この意味で、 一党支配体制そのものに対する改革を避けて小手先の対策を講じるだけでは、中国は「中所得国の罠」から脱出することはできない。
 その際、日本としては、高度成長期に策定・実施した所得分配政策に関する経験を伝達することが、こうした問題への対処の一助となろう。 中国だけでなく、他の国にも有効ではないかと思われる。

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識者に問う5 「イノベーションがアジア発展の条件」
 戸堂 康之(東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授)

自前でのR&Dがないと、技術が進歩しないという罠に陥る
――― アジア諸国が 「中所得国の罠」に陥る可能性については、どのようにお考えですか。
戸堂 「罠」とは、開発経済学の世界では、「貧困の罠」にあるように、 いくら頑張っても成長が停滞し、そこから抜け出せないという概念である。そのため、アジア諸国のように成長を続けている状態を 「中所得国の罠」という概念で表現することに、個人的には若干、違和感を覚える。ただし、 中所得国となったアジアの国々でイノベーションが生じないという意味での「罠」は存在していると思うようになってきた。
 基本的に、成長はイノベーションによってのみ起こる。途上国が長期的に成長するためには技術を進歩させる必要がある。それには、 外国からの直接投資を導入する他力本願な成長と、自国内での研究開発(R&D)による成長の2つがある。 私が2005年に行った実証研究では、自国内の企業が自らR&Dをすると、知識力が培われ、イノベーションが起こり、 他の企業や国民にそれが伝播し、生産性が上昇することによって持続的に成長できる。しかし、直接投資に過度に依存して成長してしまうと、 そうした知識の蓄積や技術の伝播が国内で生じないとの結果になった。
  中国のR&Dへの財政支出は先進国並みで、かつ、非常に伸びており、加えて、 直接投資導入時にはR&Dセンターも造らせるなどの取り組みも行っている。私が行った別の実証分析では、 中国の現地でR&Dをやっている企業に焦点を当てると、直接投資にR&Dをさせることによって、 現地の地場の企業にも技術が伝播してR&Dが行われ、現地の企業の生産性が上がる、という結果となった。その結果、 自国の知識力が上がって、今や自国でイノベーションが起こっている。中国は非常にうまくやっていると思うし、「中所得国の罠」 に陥る可能性はほとんど考えられない。
 しかし、東南アジアには、タイやインドネシア、フィリピンなど、成長している割にR&Dが増えているわけではない国や、 直接投資が増えて他力本願で成長してきた国がたくさんある。それらの国々では、自国のR&Dを通じた技術進歩がないという意味での 「中所得国の罠」から脱け出すため、R&D促進を後押しする積極的な政策が必要である。

中国経済の減速は中所得国の罠とは無関係
――― 最近は、最終消費地としてもアジアは注目されてきています。 また、中国の景気減速の兆しがみられることを踏まえ、アジアは今後、輸出主導から消費がけん引する経済構造へ転換していくべき、 との議論があります。そうなったとき、日本企業は何らかの変化が求められるでしょうか。
戸堂 既に、アジアで生産されたもののうちのかなりの部分が、 その国やその周辺地域の消費に回されているし、日本企業はその状況に対応してきている。今までと大きく違う世界となるわけではないだろう。 ただし、知識拠点、イノベーションの拠点としてのアジアの重要性は、今後、増してくるだろう。イノベーションさえ起これば、所得が増え、 所得が増えれば、少なくとも中長期的には消費も増える。アジアの国が輸出主導型でなおかつ内需も大きくなっていくことに、特に問題はない。 中国経済の減速も、成長すれば成長率は落ちるという、通常の所得収れんの議論からすれば当たり前の話だ。

――― 特に中国については、格差の問題が、中所得国の罠のリスクとも絡めて議論されているようにも思われます。
戸堂 格差が広がり、社会不安が耐えられなくなったとき、社会不安が経済成長の足を引っ張る、 という意味では、格差はある程度の範囲に収めなければならない。最近の中国を見る限りでは、格差の広がりは限界には来ていると思う。ただ、 それは「中所得国の罠」なのか。私が思っていた以上に様々なものが、中所得国の罠に絡めて議論がなされているようだが、 長期的な経済成長に一番大事なのは技術進歩だ。技術進歩がなければ、内需があろうが何があろうが、絶対に長期的には成長できない。

アジアが知識拠点化するチャンスを活かせ
―――  アジアの長期的な経済成長や発展の鍵を握るのが自前の技術進歩だとすると、アジアの技術進歩に関し、 日本企業はその機会をどう活用していくべきでしょうか。また、日本政府の支援方策などについてアイディアをいただけますか。
戸堂 日本企業がアジアで研究開発をすれば、サポートになる。今後、 アジアが知識拠点化すると考えられる中で、日本企業は、まだ、アジアとの知的なつながりが若干少ないので、 アジアでのイノベーションや高度人材を日本にどのように取り込み、活用していくかという話にもなってくるだろう。しかし、多くの日本企業が、 国外に技術を出してしまったら、技術が漏出して損をするのではないかと考えているように思われる。
 このため、政府の取り組みとしては、知的財産を保護するようアジアの国に要求していくことが重要だ。これは二国間や多国間の自由貿易協定・ 経済連携協定(FTA/EPA)の交渉の中で進めることができる。知的財産が保護されるようになれば、ある程度の技術は現地に移転し、 基幹技術の開発は日本に残す、というような研究開発ネットワークを、アジア地域で効率良く展開できるようになるだろう。 これによってアジアの国の技術レベルが上がり、所得レベルも上がるので、アジアの消費も伸びて、最終的には日本企業の利益にもなるという、 Win-Winの関係に行き着くと考える。

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≪関連頁≫
アジア中間所得層の拡大を妨げる 『成長の果実の偏在』
(NIRAモノグラフシリーズNo.35/2012年8月)
 江川暁夫 NIRA主任研究員

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