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NIRA政策レビュー

震災からの復興に向けた課題

NIRA政策レビューNo.56 2012/02発行

伊藤 元重(NIRA理事長)、牧原 出(東北大学大学院法学研究科/公共政策大学院教授)、澤田 康幸 (東京大学大学院経済学研究科教授)、神田 玲子(NIRA研究調査部長)

問題提起 「震災からの復興に向けた課題
         伊藤 元重(NIRA理事長)
視点1  「災害復興における危機管理
         牧原 出(東北大学大学院法学研究科/公共政策大学院教授)
視点2  「震災後の被災実態把握はどうあるべきか?
         澤田 康幸(東京大学大学院経済学研究科教授)
解説解題  神田 玲子(NIRA研究調査部長)

 東日本大震災の発生から1年を迎える。未曾有の激甚災害という危機的経験をした今、災害時や復旧・復興過程における危機管理体制はいかにあるべきか、改めて問われている。危機下でのあるべき姿は、平時から考えられねばならない。政治、行政、経済、社会など様々な視点からの検討が必要とされる。
 本号では、災害時や災害後の情報収集のあるべき姿、被災自治体をはじめとする行政組織の対応や連携・分担のあり方について、情報分析の課題や意義などの観点から、災害時や災害後の危機管理体制の課題を論じている。

 概要(PDF版)      全文(PDF版)

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問題提起 「震災からの復興に向けた課題」
              伊藤 元重(NIRA理事長)


危機下の対応のあり方
 平時と危機下では、政治や行政のあり方は異なるはずだ。 そして危機は突然訪れる。平時から、危機時の対応のあるべき姿を考えておかなければならない。東日本大震災の経験を通して、 災害時や復旧・復興過程における危機管理体制のあるべき姿について検討する必要性を痛感している専門家は多いはずだ。政治、行政、経済、社会など、 様々な視点からの検討が必要となる。本号では、東北大学の牧原 出教授に政治学・ 行政学の観点から危機管理体制について議論を提起してもらう。そして災害の経済学の研究で著名な東京大学の澤田康幸教授に、 過去の震災の調査の成果も含めて今回の大震災を振り返ってもらいたい。
 災害が起これば、その現場は自治体である。今回の災害時あるいはその後の復興過程において、 地方自治体の対応にはどのような問題点があったのだろうか。巨大な津波によって自治体は多くの職員を失った。インフラも破壊された。 平時の行政活動でも困難な状況であるのに、ましてや震災直後の対応から復興まで、正常ではない状況での活動は困難を極めたものであるはずだ。
 こうした異常事態においては情報収集能力が決定的に重要になるはずだ。非常時の情報収集の体制をどう確保していくのか。 それぞれの自治体には、対応マニュアルはあったはずだが、それだけでは大きな危機に対応することは難しい。 今回の経験から何を学ぶことができるだろうか。情報は行政が集めるだけのものではない。 被災した住民が正しい情報を速やかに確保できることも重要である。災害時には、動けるものが適切な行動をとり、 住民が協力していくことが重要である。行政は通信会社やマスコミなど民間事業者と連携をとって、 非常時でも必要な情報が住民に届くような仕組みを強化しなくてはならない。
 多くの人が、縦割り行政の弊害を指摘している。想定の範囲にある通常の行政を効率的にこなすのには、 ピラミッド型の行政組織がもっとも効率的であろう。自治体内だけでなく、国と地方についても同じだ。しかし、災害時には、 ピラミッド型で縦割りの行政組織では対応できない問題が多く出てくる。現場が独自に判断して行動できる柔軟性、 自治体内で組織を超えて現場で協力して対応できる体制、そして自治体間や自治体と国との連携強化のあり方が問われている。
 災害時も行政の体制が平時と違うことは言うまでもないが、大きな災害が起きてみると、 平時の行政システムにも様々な問題があることが見えてきたはずだ。災害によって社会や行政にストレスがかかって、 はじめて表面に出てくる行政組織や制度慣行の問題点である。
 震災を受けて、被災地を中心に、元に戻す復旧ではなく、21世紀の社会事情にあった新たなインフラや制度の構築と旧来の制度の見直しという復興のアイディアが多くの人によって提起されている。 被災地の中には、高齢化、過疎化などの問題の先進地域も含まれ、農業や漁業など構造問題を抱えた産業の比重が大きい。 行政や政治のあるべき姿を考えるということは、産業や地域社会などの姿にまで思考の範囲を広げていくことであるはずだ。

災害の情報をどう活用するのか
 NIRAでは震災後の被災地域(岩手、宮城、福島の3県)の復旧・復興インデックスを作成し公表している注1[図表]。県レベルだけでなく、 市町村レベルでの復興のスピードの状況を個別指標と総合指標で数値化することは、 それぞれの地域での課題を明確にする上で有意義であると考えている。災害による被害や復興のスピードというのは、 数字だけで捉えられない多くの要素がある。ただ、数字に乗るデータをきちっと把握し、それを丁寧に分析することは、 将来の災害への対応のあるべき姿を考える上でも意義の大きなことだ。こうしたインデックスを作成する過程で分かったことだが、残念ながら、 自治体や国のレベルでのデータ収集には様々な課題がある。災害時はもちろん、平時においても様々な課題が明らかになってきた。
 澤田教授は、いろいろな国や地域における災害後の対策や政策についての研究調査で著名な研究者である。災害時の情報収集のあるべき姿や、 その情報を分析する上での課題や意義について貴重な意見がいただけるものと期待している。NIRAの復旧・復興インデックスプロジェクトでも、 澤田教授にはご指導いただいた。
 データを収集してそれを分析することで、阪神・淡路大震災、新潟県中越地震、東日本大震災など、様々な震災後の状況を比較することが可能になる。 阪神・淡路大震災の教訓はどのように生かされたのか、あるいは生かされなかったのか。過去の震災の教訓として学んだことを、 今後の東日本大震災からの復興にどのように生かすことができるのか。こうした点についても、 何らかの示唆が得られるのではないかと期待している。
 震災後の復興においても、データに基づいた経済政策運営が求められる。限られた復興予算の中で様々な課題をこなさなくてはいけない。 本当に必要な所に復興支援の手が届かなくてはならない。仮設住宅を多く建ててもそこに被災者が来ないという状況が起きたことは、 正しい情報による政策判断ができていないという結果であるだろう。
 大きな災害は世界のいろいろな所で起きている。そうした災害の教訓を将来に生かすために、様々な研究調査や政策的論議が行われている。 たとえば米国のルイジアナ州をおそったハリケーンカトリーナのケースなどはその典型だろう。そうした海外の事例をしっかりと学ぶと同時に、 日本の経験を海外に発信していくためにも、必要なデータをきちっと集め、それを綿密に分析することが求められる。



●注1 『東日本大震災復旧・復興インデックス』(2011年9月同12月更新版2012年3月更新版-データが語る被災3県の現状と課題-)、総合研究開発機構。

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視点1 「災害復興における危機管理」
         牧原 出(東北大学大学院法学研究科/公共政策大学院 教授)


東日本大震災固有の特性とは
 東日本大震災から災害復興における危機管理の課題をどう引き出せるか。その際に必要なのは、震災が事例としての固有の特性を持っており、それを十分自覚しなければ、そこから一般的な教訓を引き出せないことである。マグニチュード9.0、東北地方から関東地方までの太平洋沖に長大な震源域があったプレート地震というのが震災の基本的な性格である。その結果、広域にわたって被災し、地域の基幹的なインフラが途絶し、長い海岸線を津波が襲った。
 だが第1に、発生時刻が早朝・深夜や関東大震災のような昼食時ではなく、15時前であった。その結果、緊急対応が比較的容易であり、市街地を覆う大規模な火災は発生しなかった。
 第2に、地震のエネルギーが膨大だとはいえ、直下型地震のような揺れではないために、単純な比較はできないにせよ同規模の直下型地震が起こった場合と比べて、建築物の被害は少なかったといいうる。
 第3に、結果として津波による沿岸部の被害が、人的・物的損失の大部分をなした。内陸の都市部の復旧は、インフラの復旧とともに急速に進んだ。
 そして第4に被災地域には、関東・中京・関西地区の規模の大都市圏はなかった。そのため、人口の密集した大都市部に大混乱が生じるという事態は避けられた。
 もちろん原子力発電所事故が重なった複合災害ではあるが、たとえば深夜に同規模の地震が首都圏で発生した場合や、早朝に東南海地震が発生した場合など、以上の4点の条件とは異なる地震が発生した場合には、より深刻な被害が生じ、救助・復旧は今回の震災以上に困難を極めることは十分あり得る。その点で、今回の地震からは、その特性による固有の救助・復旧の問題が浮かび上がったというべきであり、だからこそ被災地の地方自治体が実際に直面した問題を具体的に整理検討し、そこから一般化を慎重に進める必要がある。本稿では、東北大学公共政策大学院において、島田明夫教授が学生グループとともに宮城県・岩手県の被災自治体に対して行った詳細なヒアリング記録をもとに注1 、発災から復旧までの時期に関する問題点を危機管理の視点から整理する。その上で、可能な限りあるべき危機管理体制を一般化して論ずることにしたい。

東日本大震災発災後の地方自治体
 図表は、中央防災会議の資料をもとに、地震発生後の被災自治体の一般的な対応課題のうち、特に災害対策本部設置、災害情報の収集等、応援要請、救援物資の輸送の項目について、時間軸とともに示したものである。これらが今回の震災後の対応では実際にはどのようであったか、調査結果からは以下の諸点が引き出せる。
 第1に、災害対策本部は発災後すぐに設置されている。ある町では、「津波が来るまでの対応はマニュアル通りできた。津波後災害対策本部は機能しなくなり、特定の組織を作り、重点的に避難民の情報を把握する」などの措置をとったという。ここに、地震以上に津波災害の深刻さがうかがえる。
 第2に、災害情報の収集等についてである。まず多くの自治体で潮位計が破損、流失しており、第1波までは潮位を確認できた自治体も第2波以降では把握できなくなっていた。そして被害状況の把握は困難を極めた。電話回線が使用できず、事務所等の出先と本庁、県と市町村との情報経路が遮断されたためである。その際に、第一次的には職員が現地に直接足を運んで情報を収集するという手段がとられたが、多くは本庁の指示ではなく自発的な情報収集であり、結果として地域により精粗が見られた模様である。次いで、自治体保有の衛星携帯電話を利用したり、これを通信会社から県が借り受け、被災市町村に輸送するという形で連絡経路が確保された。すでに発災初日から通信会社は対応を開始していた。
 第3に応援要請の態様である。第一に市町村と出先事務所との関係では、沿岸市町村では事務所が被害を受け、連絡が途絶したものが多かったが、本庁で連絡機能を集中させて対応したという。第二に、県と市町村との関係では、県から早い段階で被災市町村に業務支援の職員が派遣されていたものの、人手が決定的に不足する被災市町村から県への派遣は、連絡のための来庁を除いてなかった。しかしこれについて、ある市では、県庁所在地と沿岸部との被害状況が決定的に異なったため、職員を派遣しておいた方が被害と支援について認識を共有できたのではないかという意見を出している。第三に、警察・消防・自衛隊などの実働部隊との調整については、多くの被災市町村は災害対策本部で報告と調整を行っていたが、仙台市では現地で必要に応じて行った。都市規模によって対応が異なったと言うべきであろう。第四に、国の支援は震災初日から職員が被災地に入り行っていたが、これについては市町村の多くが、県を通さず直接国と情報伝達を行うことが必要と感じている。第五に他の自治体との連携については、物的支援については全国知事会ないしは国のように中央に類する立場からの調整が効果的であったのに対して、人的支援については地方自治体による直接の支援が実効的であった。後者については、個々の自治体のみならず関西広域連合による支援もまた効果的であった。また、関西広域連合の連合長が兵庫県知事であったように、深刻な災害に見舞われた経験のある自治体であればこそ、被災地のニーズを意識した支援をきめ細かに判断しうるように見受けられる。
 第4に救援物資の輸送については、出先事務所等の被災、連絡手段の途絶などにより、ミスマッチや供給遅延などが随所で生じたが、避難所の状況を随時本庁に伝えたり、物資を運ぶといった点でもっとも効果的であったのは自衛隊であった。

ここから引き出せる課題
 以上をまとめれば、被災地における初期対応とは、遮断された情報経路を局所的に結びつけながら、時々刻々と変化する被害に対応する過程であった。ここからは次の課題が引き出せるように思われる。
 第1に、今回有用であった衛星電話については、レンタル費用が高額であるため、現状ではすべての地方自治体が常時整備することは困難である。しかし、今回の震災のように広域にわたって通信が途絶しうるプレート地震の対策には有用であり、国の補助を含めた対応を検討すべきであろう。
 第2に、自衛隊がきわめて有用であったことは、ヒアリングからも確かめられた。ところが埋葬などに実際に自衛隊が関わったものの法整備上の手当がないなど、より実効的な作業のための制度改正の余地はまだある。危機管理の法政策については今後一層の検討が必要である。
 第3に、震災後の国・地方自治体の復興計画では「自助」の役割が強調されているが、津波に対して自主防災組織で見回ることによって被害が生じるなど、自助のリスクもないではない。他方市街地の火災では、「自助」はより効果的かもしれず、「公助」「共助」との分担については、災害の性質に応じたきめの細かい対応が重要であろう。
 第4に、平時からの取り組みについて、ヒアリング先の地方自治体の多くが、BCP(事業継続計画)の策定作業中に震災が起こったと回答している。今回の震災ではBCPがどの程度実効的かは検証されていない。全国の多くの地方自治体が地域防災計画を見直すであろうが、そこでBCPなど新しい試みをどう組み入れるかが問われる。
 最後に、今後日本に甚大な被害をもたらすであろう局地的な余震や、大都市圏が被災するであろう東海・東南海・南海地震に対応するには、阪神・淡路大震災のような大都市圏で生じた地震の経験と、東日本大震災のプレート地震の経験とを、様々なシミュレーションを通じて組み合わせることが必要である。今後発生するであろう被害をどう封じ込めるか――そのための材料は身近にある。それに応えることは、これまでの自然災害によって傷ついた数多くの被災地への知的支援なのである。










●注1 東北大学公共政策大学院では、修士1年次学生を7~8名単位に班分けし、各班が担当教員が前年度に準備したテーマにもとづき国・地方自治体が現在抱えている問題を、一年かけて調査・提言する授業「公共政策ワークショップ」を毎年開講している。本調査は、そのうち島田教授が担当したプロジェクト「東日本大震災に照らした我が国災害対策法制の問題点と課題に関する実証研究」で、同教授と学生の行ったヒアリング記録に基づくものである。


牧原 出(まきはら・いづる)
東京大学法学部卒。専門は政治学・行政学。2006年より現職。
著書に、『行政改革と調整のシステム』[2009]東京大学出版会、ほか。

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視点2 「震災後の被災実態把握はどうあるべきか?」
              澤田 康幸(東京大学大学院経済学研究科教授)


 東日本大震災の発生から1年が経過し、被災地は中長期の経済・生活復興期に移行している。震災後、様々な提言が出された。しかしその中身は、阪神・淡路大震災後に出された提言と重なる点が多い。このことは、過去の経験が十分には生かされていないことを示唆する。そして、その根本には、復興の基本となる実態の把握が不十分であるという問題がある。過去の経験を踏まえ、被災の実態を正確に把握し、いわば「エビデンス(科学的証拠)」に基づいて適切な政策をタイミングよく施行するためには多くの課題がある。エビデンスは、政策の有効性を判断するための「政策評価」でもあり、被災の経験・教訓を国(地域)・世代を超えて生かすための「公共財」でもある。
 本稿では、今回の大震災の危機時・復興過程における情報収集にどのような問題があったのかを浮き彫りにし、将来への教訓を示したい。

被災実態の把握
 東日本大震災の被災実態については、発生から12日後(2011年3月23日)の内閣府月例経済報告資料として16~25兆円の直接被害であるとの発表があった。迅速に被災推計額が公表され、「失見当」状態からくる混乱の回避に貢献したであろうことは高く評価できる。しかし、この推計額は、今回の震災被害が、阪神・淡路大震災の2倍の損壊率をもたらしたという、根拠不十分な仮定に基づいていた。それにもかかわらず、その後の予算措置の議論は当推計額に基づいて進んだ面がある。
 阪神・淡路大震災(1995年)では、当初の推計被害総額は約4.7兆円であった。しかし、発生から2日後の1月19日に現地入りした村山総理大臣(当時)に対して県の担当者が「10兆円を超える」と口頭で伝えたことが既定路線となったということである(貝原[1996])。
 こうした、被害額の不正確な推計は、復興投資の便益が被災地に均霑することを妨げる。復興投資の便益が被災の程度に合わせて現地に効果的に均霑するような復興の制度設計ができるよう地域別、セクター別の正確な被害額の推計が必要である。永松[2008]の推計によれば、阪神・淡路大震災後5年間に生じた7.7兆円もの復興需要のうち9割が被災地外に漏出していた。今回の震災では、阪神・淡路の経験に基づいて、被害推計の仕組みを事前に構築し、正確な被害額推計値に合わせて被災地の復興のための施策が迅速にうたれて、復興の便益が被災地に波及していくというのが理想であった。
 阪神・淡路大震災の後、林敏彦教授が「震災の基礎的データと被災地の経済基盤に関するデータから、被災地の現地調査を行い得ない初期の段階で、おおまかな経済的被害規模を推計する震災経済被害早期推計システムの開発が望まれる」と主張していた(林[2005])。しかしながら、そうしたシステムが構築されることはなかった。

「緊急災害統計情報収集メカニズム(EIS)」の提案
 今回の震災の反省を踏まえ、災害緊急事態の布告と同時に発動される情報収集のメカニズム、「緊急災害統計情報収集メカニズム(Emergency Information System: EIS)」というような仕組みを事前に構築してはどうか。これは、平時の公的統計収集が大きな影響を受けることを踏まえ、災害時にメディアや民間の情報もうまく合わせて必要な情報が適宜集約されるという、「情報継続計画(Information Continuity Plan:ICP)」とでも呼べるようなマニュアルを事前に作っておくということでもある。
 EISでは、被害額が日々更新され、数値が変化することがあってもよい。例えば、死亡者・行方不明者に関する消防庁の統計は、発災当初は日々刻々更新されていった。同様に、被害額についても、直接ストック被害に加えて、一次間接被害、二次間接被害が死亡者・行方不明者数とともに日々アップデートされていくようにすれば、様々な公的・民間支援の効果的な配分に大きな役割を果たしうる。また、地域別あるいはセクター別に被害額を公表・更新していくことも必要だろう。
 平常時は多くの公的統計は年1回程度の更新となっているが、災害時は、1カ月あるいは1週間に1回といった高頻度の更新が求められる情報がある。したがって、災害発生後は平常とは違うデータ収集や報告に対応できるようEIS・ICPといった周到な仕組み・マニュアルを事前に構築しておくことが必要であろう。

「モノ・ヒト・カネ」のマッチング
 以上述べてきた被災実態の把握は、特に緊急対応期における様々な支援の効果的配分と対をなす。発災直後、多くの人々が善意で支援物資や義援金を送ろうとし、無数のボランティアが被災地に向かった。しかし、被災した側には受け入れ態勢が必ずしも整っていなかった。つまり、被災の実態が分からず、どこでどのような物資や人員が不足しているかが不明という、不完全情報の下で、大量のモノ・ヒト・カネを配分しなければならないという「支援マッチング」が大きな問題となった(尾山・澤田・安田・柳川[2011])。
 今回の震災では、過去の災害のさまざまな経験が生かされた。モノの支援マッチングについては、例えば、多くの被災市区町村が当初直接の支援を受け付けず、他方東京都庁などでは、水や紙おむつ、ラップフィルムなど、阪神・淡路などの経験から被災者にとって必要であることが事前に分かっている物資に限って受け付け、都庁を通じて被災地に送った。ヒトのマッチングについても、岩手県南部沿岸部の支援拠点となった「遠野まごころネット」は、ボランティア活動などについて徹底した横の情報共有を頻繁に行うことにより、有効な支援活動の達成に貢献した。これには、阪神・淡路大震災におけるボランティアの活動の経験が生きていた。
 また、阪神・淡路大震災では、インターネットが情報共有に活用されたが、そうした経験も踏まえつつ、今回の震災では、さらにインターネットやツイッターが安否確認やマッチング問題の改善に大きな貢献を果たした。例えば、岩手県大槌町では、被災者への要望アンケートの結果を定期的に集約、需要側の支援物資要望リストをネット上に公開し、物資の効率的なマッチングを行った。
 カネのマッチング、つまり義援金や生活再建支援金などの配分については、行政機能が麻痺したため、過去の震災に比べて配分が大幅に遅れるという問題が生じた。つまり、想定されていたメカニズム-罹災認定・死亡認定を行い、それに従って義援金や弔慰金を配分するというメカニズム-が被災した。これに対応するために東京大学空間情報科学研究センターの柴崎研究室などが、被災前後の航空写真を比較することで罹災認定できるシステムを構築し、罹災証明書の発行に活用された。このように、客観的なデータ・情報を迅速に収集・活用するという新たな教訓は今後も活用されるべきであろう。

今こそ「備え」の情報システム構築を
 発災後の現場で必要なエビデンスを集約する既存のメカニズムはいくつかある。以上述べてきた諸情報もそうであるし、被災・支援情報を一元管理する目的で運用の始まった被災者台帳も重要な情報である。今後は、こうした情報が被害額推計や被災の客観的な把握のためにより組織的に有効に活用されることが望ましい。EIS・ICPは、こうした災害時に特有の情報収集をうまく埋め込む形で構築されるべきであろう。
 とはいえ、発災前の「備え」のシステムを構築し予算を措置するための「平時」の合意形成は、一般に難しい(世界銀行・国際連合共編[2011])。したがって、東日本大震災からの復旧・復興が叫ばれている今こそ、こうしたメカニズムを構築する絶好の機会である。このタイミングを逃してはならないそうした試みこそが、多くの失われた人命を次に生かすことになるはずだ。

●参考文献
・尾山大輔・澤田康幸・安田洋祐・柳川範之[2011]「復興を考えるとき経済学の視点から見えてくること」『経済セミナー増刊:復興と希望の経済学』日本評論社。
・貝原俊民[1996]『大震災100日の記録―兵庫県知事の手記』ぎょうせい。
・世界銀行・国際連合共編、千葉啓恵訳[2011]『天災と人災-惨事を防ぐ効果的な予防策の経済学』ー灯舎。
・永松伸吾[2008]『減災政策論入門-巨大災害リスクのガバナンスと市場経済』弘文堂。
・林敏彦[2005]「復興資金-復興財源の確保」『復興10年委員会 復興10年総括検証・提言報告』兵庫県。
 http://www.disasterpolicy.com/Project/recovery/No2_0816/fukkouzaigen.pdf

澤田 康幸(さわだ・やすゆき)
慶應義塾大学経済学部卒。スタンフォード大学大学院Ph.D.。研究分野は開発経済学、国際経済学、応用ミクロ計量経済学。東京大学助教授、准教授を経て、2012年より現職。著書に『はじめて学ぶ国際経済』(共著)[2010]有斐閣、ほか。

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解説解題    神田 玲子(NIRA研究調査部長)

 死亡者と行方不明者が合わせて2万人近くに及んだ東日本大震災の発生から1年を迎える。本号では、自然災害における危機管理体制と題して、今回の経験から何を学べるのか、行政学者の牧原出氏と経済学者の澤田康幸氏に論じてもらった。
 牧原氏は、東北大学公共政策大学院が被災自治体に対して実施した詳細なヒアリング資料に基づき危機管理のあり方を帰納的に議論している。自衛隊が機動的に活動するための法整備や「自助」だけを過度に強調しすぎない「共助」「公助」との役割分担のきめ細かい対応の必要性を訴えている。また、澤田氏は、災害現場でのフィールドワークをもとに計量的分析を行ってきた自身の経験を踏まえ、阪神・淡路大震災の経験が十分には生かされていないという現状認識から、情報収集のメカニズムの具体的な提言を行っている。
 冒頭で伊藤元重氏が記しているように、平時と危機下では、政治や行政のあり方は異なる。自然災害の場合、「現場」は被災した地域であり、対応にあたるべき自治体も被災している。伊藤氏は、非常時の情報収集の体制をどう確保していくのか、平常時の行政機構は効率的に機能したのか、さらに、復旧・復興においてもデータに基づいた経済政策の運営が求められており、限られた復興予算のなかで本当に必要なところに復興支援の手が届いているのか、問いかけている。
 そもそも自然災害対応は、直後の初動対応、応急対応、そして復旧・復興対応に大きく分かれる。これらの3局面で情報収集や行政機構の連携のあり方は大きく異なるだろう。伊藤氏の問いかけに対して、2人の論者はどう応えているのか。
 牧原氏は、今回の震災では津波によって、現場と情報通信網が遮断され、初動対応及び応急対応時の被害状況の把握が困難を極めたことを指摘する。連絡網が確保されるまでは職員による自発的な現場での情報収集が行われたが、地域によって精粗が生じたという。情報通信機器や人が自分の足で伝達することも含めて何重もの体制を整備する必要を示唆している。他方、澤田氏は、復旧・復興期において、効果的な政策の実施を行うためにも、客観的なデータに基づく根拠が重要であり、被災地の被害情報を刻々と更新するための、いわば「緊急災害統計情報収集メカニズム」が必要だとしている。これは徐々に被害状況に関する情報を更新して被害額を正確に推計していくための仕組みである。データによる分析に基づき限られた予算を効果的に配分するために、こうした仕組みが不可欠であることは、澤田氏を含めて多くの識者がこれまでも提起してきたものだが、依然として構築されていないことを訴えている。
 次に、行政機構の連携のあり方についてどのような議論がされているのか。行政機構が機動的に連携することは、被災地のニーズと支援の円滑なマッチングを可能にする。両氏とも、救援物資の輸送が行われ、また、災害発生後に多くのボランティアが被災地に向かったが、受け入れ態勢が整っておらず、効果的な配分ができなかったことを指摘する。牧原氏は、現場では自衛隊が大きな役割を果たしたことに着目する。また、澤田氏は東京都や岩手県遠野市の取り組み、ネットを駆使したマッチングなどITを活用した連携も効果的であったとする。ニーズと支援のマッチングについては今回の経験から学ぶべき点は多い。特に、牧原氏は、物資の支援と人の支援では情報の集約の仕方が異なるという指摘をしている。物資の支援では中央に類する組織による調整が効果的であったのに対して、人的支援については地方自治体による直接の支援が効果的であったとみている。つまり、モノかヒトかによって、集約して計画的に手配した方がよい場合と、それぞれに任せて分権的に対応した方がよい場合に分かれるというのだ。この指摘は、総務省や全国町村会を通じた自治体職員の派遣制度よりも、自治体間同士のペアリング支援の方が、派遣した職員数が多いこととも一致している。
 現在、災害時の警察、消防、自衛隊、都道府県、市町村による初動対応や応急対応を取り決めている災害対策基本法の見直しの議論が行われている。過去の経験は8年もすれば人々の記憶から失われてしまうともいう。元来、人の記憶は忘却されるものだとすれば、記憶が鮮明な今のうちに実行しなければならないことは多いはずだ。法的見直しを含めた着実な実現が望まれる。


※本誌に関するご感想・ご意見をお寄せください。 E-mail: info@nira.or.jp

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