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わたしの構想

学生本位の大学教育

わたしの構想No.38 2018/10発行
識者:林 芳正(文部科学大臣*)、マーティン・ウィリアムズ(オックスフォード大学 副学長代理(教育))、宮川 繁(マサチューセッツ工科大学 教授・東京大学 特任教授)、スブラ・スレシュ(ナンヤン工科大学 学長)、ベン・ネルソン(ミネルバ大学 創立者 兼 CEO)
*原稿掲載順、識者肩書は2018 年9 月28 日校了時点
企画:金丸恭文(NIRA総研 理事長、フューチャー株式会社 代表取締役会長兼社長 グループCEO)

学生本位の大学教育
科学技術が加速度的に進歩し、産業や社会が急激に変化する時代に、学生が大学で学んだことを自らの職業生活や社会活動に生かし、長い職業人生を満足して送ることができるようになるためには、今、大学教育に何が求められているのだろうか。学生本位の教育を実現するために、大学はどのような役割を果たすべきなのだろうか。
日本の教育行政の指針や、世界の代表的な大学の取り組みを読者に紹介し、今後のわが国の大学教育のあり方について考えを深める機会としたい。


 わたしの構想No.38「学生本位の大学教育」PDF    ■英文版

企画に当たって
金丸恭文(NIRA総研 理事長、フューチャー株式会社 代表取締役会長兼社長 グループCEO)
「大学はどう変わるべきか? ――発明家と起業家を輩出せよ」
Keywords………得意なこと・好きなこと、稼げる力を持った学生、稼ぐ力を備えた大学、ガバナンス改革、産と学が融合したトップ

 識者に問う
「学生本位の大学教育」

デジタル時代における学生本位の大学教育とは何か。
その実現のために、大学は何をすべきか。

1 林 芳正 文部科学大臣*
  「ソサイエティ5.0 をけん引する人材育成
  Keywords……Society 5.0、リカレント教育、数学の基礎的リテラシー、文理横断的なプログラム、主専攻・副専攻

2 マーティン・ウィリアムズ オックスフォード大学 副学長代理(教育)
  「デジタル時代に教育は何を教え、その方法はどうあるべきか
  Keywords……未知の課題に取り組む力、議論と論拠を見極める力、知的アプローチの習得、チュートリアル指導、革新と伝統の融合

3 宮川 繁 マサチューセッツ工科大学 教授・東京大学 特任教授
  「学生の起業家精神に応え、伸ばす教育を
  Keywords……希望する専攻、オンラインの活用、教育の柔軟性、Just in time の教育、起業家精神

4 スブラ・スレシュ ナンヤン工科大学 学長
  「広大なキャンパスは科学技術の実験場
  Keywords……広大なキャンパスは科学技術の実験場

5 ベン・ネルソン ミネルバ大学 創立者 兼 CEO
  「学生に不可欠なのは、学びと現実世界の統合
  Keywords……影響力のあるリーダー、学びを現実世界で実践、横断連携力、新分野への応用力

             インタビュー実施:2018 年 7 月~ 8 月
             インタビュー:榊麻衣子(NIRA 総研研究コーディネーター・研究員)
                    川本茉莉(NIRA 総研研究コーディネーター・研究員)
             マーティン・ウィリアムズ氏、ベン・ネルソン氏は寄稿による
             編 集:新井公夫、山路達也

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 識者が読者に推薦する1冊(推薦図書リストはこちらから)

林 芳正氏
安岡正篤〔1998〕『新編 百朝集』関西師友協会

マーティン・ウィリアムズ氏
David Willetts〔2017〕A University Education, Oxford University Press

宮川 繁氏
Yuval Noah Harari〔2014〕Sapiens: A Brief History of Humankind, Harvill Secker
(ユヴァル・ノア・ハラリ〔2016〕『サピエンス全史―文明の構造と人類の幸福』上・下巻)

スブラ・スレシュ氏
Paul Kalanithi〔2016〕When Breath Becomes Air, Random House
ポール・カラニシ〔2016〕『いま、希望を語ろう―末期がんの若き医師が家族と見つけた「生きる意味」』田中文(翻訳)、早川書房

ベン・ネルソン氏
Stephen M. Kosslyn and Ben Nelson(ed)〔2017〕Building the Intentional University:Minerva and the Future of Higher Education, MIT Press

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 企画に当たって

金丸恭文(NIRA総研 理事長、フューチャー株式会社 代表取締役会長兼社長 グループCEO)
「大学はどう変わるべきか? ――発明家と起業家を輩出せよ」

衰退が鮮明になった日本
 平成が終わろうとする今、日本の衰退は誰の目にも明らかだ。世界の時価総額ランキングから日本企業は姿を消し、科学研究では論文数が激減している。英科学誌『Nature』は日本の危機的な状況について特集を組んだほどだ。日本はすっかりイノベーションを起こせない国になった。
 日本人の収入も、先進国の基準からすれば格段に低い。消費者にそっぽを向かれるのを恐れた企業は思考停止して安売りに走り、デフレマインドからみなが抜け出せずにいる。今の日本はいわば「牛丼国家」である。
 対照的なのがEU諸国である。EUは価格勝負で新興国に勝てないことを早い段階で悟り、安売りからの脱却を目指した。特に二〇〇〇年以降、現代の知識基盤社会に適応できる人材を養成する教育にEUは力を注いだのである。

インプット指向から抜け出す
 日本の最大の問題点は、社会全体が「インプット指向」から抜け出せないことにある。すでに存在する知識を網羅的に集めれば集めるほど、新たな閃きは生まれなくなり、アウトプットも減ってしまう。日本の学校教育は、記憶力を競い合う時代遅れのクイズ番組のままだ。
 オックスフォード大学副学長代理のマーティン・ウィリアムズ氏は、教育の目的は「学生に向学心を植え付け、未知の課題に自信を持って取り組み、議論と論拠を厳密に見極める能力を習得させること」だという。その通りだ。
 日本の学校では主要五科目を重視し、これらに秀でた記憶力の高い生徒は「エリート」として中央省庁の官僚や大企業のサラリーマンになるが、こうした人材には「稼ぐ力」が乏しい。日本型エリートは起業家精神に程遠く、ひたすら安定したポストを求める。エリート以外の九割の人が生き生きと活躍できる社会をデザインする方が、日本のGDPを増やせるのではないか。

多様な物差しで生徒の可能性を育む
 日本の学校教育は主要五科目の成績を至上のものとして大量の脱落者を生み出し続けているが、もはやわれわれにそんなことをしている余裕はない。
 先端的な教育を行っているデンマークの小学校を視察した際、私は校長に「教育にとって一番重要なことは何か」を尋ねた。「生徒の尊厳を傷つけないこと」、それが彼の答えだった。この小学校では、ITの得意な生徒が学内生徒のITサポートに当たるなど、各人の得意分野を生かし、互いにリスペクトし合う関係が作られていた。
 日本でも、小中学校では生徒が自分の得意分野を見つけ、早めに自分の進路を決められるよう手助けをすべきだ。高校や大学では学科のポートフォリオを変えて、社会で稼げる実践的な内容を学べるようにする。もちろん、すべての人間が突出して好きなこと、得意なことを持つわけではない。だからこそ、学校側は「これが得意になれば食べていける」という学科、科目のポートフォリオを時代を先取りして取り入れ、常に再構築しなければならない。

稼ぐ力を持った大学を作る
 大学については、基礎と応用研究のバランスが重要だという意見が根強いが、学科のバランスも考えるべきだ。例えば、日本はソフトウエア分野で完全に取り残されているにもかかわらず、大学の学科ポートフォリオは旧態依然のままで、硬直化している。その結果、工学部では学科ごとの募集定員が固定され、自分の希望とは異なる専攻になる学生もいる。
 一方、マサチューセッツ工科大学の宮川繁教授によると、同大学では学生が自分の希望に応じて専攻を選ぶことができ、全体の約四割の学生がコンピューターサイエンスを専攻するそうだ。起業家精神の育成にも熱心である。ナンヤン工科大学(シンガポール)のスブラ・スレシュ学長は、同大学では専攻にかかわらず全学生にデジタル技術の科目履修を義務づけているという。いずれも、大学側が社会の変化に柔軟に対応できる体制をとっており、これが、本当のバランスといえる。ミネルバ大学創立者のベン・ネルソン氏は、「どんな専門分野にも活用できる『横断連携力』と、新分野への『応用力』が特に重要だ」と述べている。さまざまな学問分野と、デジタルが組み合わさることで閃きが生まれ、新たな価値創造につながる。
 これらを体現する出来事をスタンフォード大学に見ることができる。昨年、一クラス一〇〇〇人規模という同大学史上、最多の学生が履修したコンピューターサイエンス学科のAI講義があった。専攻にかかわらず医学部、経営大学院、心理学の学生もが集結し、新分野を求めて必死に学んだそうだ。専門性の異なる学生同士が共同プロジェクトを進めることも多く、自然と横断連携力も身に付く。プロジェクトをきっかけに起業に至ることもまれではない。
 日本でも、林芳正文部科学大臣(*)の主導の下、ソサイエティ5.0に向けた人材育成が始まった。学部や研究科の枠を越えた文理横断的なプログラムの実現に向けて、動き出す。
 稼ぐ力を持った大学経営の実現の鍵は、ガバナンスの大胆な改革とトップの経営資質にある。学長の権限を強化したものの、そもそも学長は教授の支持により選ばれるので、改革のリーダーシップを取ることは容易ではない。
 経営資質の面では、実業経験のある人材が大学組織を率いることも大学経営の肝となる。象徴的なのが長年に渡りスタンフォード大学をけん引し、二〇一六年に退任したジョン・ヘネシー前学長だ。同氏は、同大学で近代コンピューター・プロセッサの礎となる仕組みを考案した超一流の発明家であると共に、時代を席巻した半導体企業の創業者でもある。その発明家・起業家が大学をけん引するのだから、アカデミアからの生え抜きがトップを任されがちな日本とは異なる次元の経営となる。同じことは教員にも見て取れる。同大学の理系学部では教授が起業家であることも珍しくなく、投資家を兼ねることもあるという。一人の中で産と学が「融合」した人物が教育、研究を率いるのだ。
 宮川教授は、大学が学生の期待に応えられなければ、大学は社会の重要な役割を担えなくなる、と指摘する。大学自身が稼げる力を備える。そして、稼げる力を持った学生を育てる。守るべきは教員の雇用ではなく、学生の未来だ。われわれは、いま一度、この原点を思い出す必要がある。

(*)肩書きは二〇一八年九月二八日時点。

金丸恭文(かねまる・やすふみ)
NIRA総合研究開発機構理事長。フューチャー株式会社代表取締役会長兼社長 グループCEO。内閣府規制改革推進会議議長代理なども務める。

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 識者に問う
デジタル時代における学生本位の大学教育とは何か。
その実現のために、大学は何をすべきか。

1 林 芳正 文部科学大臣(*)
「ソサイエティ5.0 をけん引する人材育成」


 今、これまでにない速度で、AI等先端技術が高度化し、「超スマート社会(ソサイエティ5.0)」が到来しようとしている。今の仕事の半分ぐらいがAIやロボットに代替可能というリサーチ結果も出ているが、半分の仕事がなくなり失業するというのではなく、今はない仕事が生まれてくることを意味する。これからの社会がどうなるかをいかに見据え、必要な能力をいかに育成するか。教育の役割は極めて重要となっている。
 私は、学生本位の大学教育とは、学生が卒業して社会に出た際に、自分は大学で何を学んで、どのようなことを身に付けたのかを説明できることだと考えている。大学は学位の授与の基準や条件を明確にすることが求められる。「人生一〇〇年時代」といわれる中で、政府の会議でも、リカレント教育の強化が一つの大きなテーマとなってきた。私もミッドキャリアで学位を取ったが、その経験から考えても、特にリカレントになると、大学はどのようなスキルを身に付けさせることができるか、また、学生も何のために何を身に付けたのかに、中心的な価値が置かれるようになるのではないか。
 昨年秋から、私の下で、ソサイエティ5.0に向けた人材育成について有識者の懇談会を行った。この懇談会では、「論理的な思考」、「コミュニケーション力」、「感性、好奇心・探求力」の三つを必要なスキルと結論づけている。このような力の育成に、教育全般で取り組む必要がある。大学では、データサイエンスやプログラミングといった数学の基礎的なリテラシーを、文理の壁を越えて共通に身に付けさせることが必要である。文科系なので数学はいらないといった今までのようなことはなくなるであろう。
 文理の壁を取って、両方をマスターすること――専攻が複数ある米国では主専攻(メジャー)・副専攻(マイナー)といっているが――、学際的な研究が増える中、専門以外で得意な分野を持つ、学際的な学びをすることが大事になってくる。
 一部の大学ではこのような改革をしているところが出てきているが、中央教育審議会でも、学部や研究科の枠を越えた文理横断的なプログラムの実現について議論しており、そのためには、教員が機動的に動ける工夫が必要である。科学技術の進歩は早い。二〇三〇年くらいを目指し、着手できることは速やかにスタートしていかなければならない。

林 芳正(はやし・よしまさ)
参議院議員。防衛大臣、内閣府特命担当大臣(経済財政政策)、農林水産大臣をはじめ、政府の要職を歴任。二〇一七年八月文部科学大臣・教育再生担当大臣に就任。東京大学法学部卒。ハーバード大学ケネディ行政大学院を修了し、MPAを取得。三井物産株式会社等を経て、一九九五年初当選。現在四期。二〇一八年六月に閣議決定した第三期教育振興基本計画では、超スマート社会への変革が見込まれる中、次世代の教育の創造、大学院教育の改革、社会人の学び直しの推進等を教育政策の重点事項としている。
(*))二〇一八年九月二八日校了時点の肩書きです。

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デジタル時代における学生本位の大学教育とは何か。
その実現のために、大学は何をすべきか。

2 マーティン・ウィリアムズ オックスフォード大学 副学長代理(教育)
「デジタル時代に教育は何を教え、その方法はどうあるべきか」


 デジタル技術の急速な発展に合わせて教育や研究の内容をどう変更し、また、デジタル技術を教育方法の改善にどう役立てるべきか。この二つが鍵を握る。
 まず、われわれは、デジタル化が大学の根本的な役割を変えるとは考えていない。教育の目標は時代を経ても変わらない。それは、学生に向学心を植え付け、未知の課題に自信を持って取り組み、議論と論拠を厳密に見極める能力を習得させることだ。この目標はデジタル時代にも通用すると確信している。実用的なスキルは、デジタルであれ何であれ、いずれ陳腐化してしまうものだ。
 本校でもコンピューターサイエンスやエンジニアリング、生命医科学などの講座が増えている。しかし、他の科目と同様、教育で重視するのは知識やスキルの獲得ではなく、知的アプローチの習得であるというわれわれの信念に変わりはない。また、人文科学や社会科学の講座も数多くあるが、これらの科目も、聡明さや探求心の訓練として同等の価値を有し、また、イノベーションも同様に生まれる。実際、最も勢いのある学問テーマの一つはデジタル人文科学であり、テキストや文書、美術作品等の研究、分析、展示を向上させるためにコンピューター技術が用いられる。
 他方、デジタル時代の教育方法については、オックスフォード大学は比較的慎重かつ選択的な態度を取っている。「個別教育が最善」という信念を、コアとなる学部プログラムでは今も変わらず持ち続けている。テクノロジーの革新的な利用が広まっているが、個人教育の経験をさせることにこだわっている。すなわち、チュートリアル指導を教育の軸に据え、週に一度、学生二~三人のグループで、何名かの優れた教授と会って議論する。学生たちは、各授業の前に自習にしっかり取り組んだ上で、約一時間の発表と質疑に対する抗弁を行う。
 もっとも、本校は、革新的なアプローチより伝統的なアプローチに価値を置いているわけではない。むしろその二つは両立すべきものと考えている。少人数の対面教育を中心に据え、それにオンライン学習を融合させる。伝統的なアプローチが取ってなくなるわけではない。これまでの教育の改善に、新しいテクノロジーをどう使えるかだ。

マーティン・ウィリアムズ(Martin Williams)
オックスフォード大学理工学部教授。専門は構造設計、構造力学。Ph.D(ブリストル大学)。大学カウンシル委員、シニア・プロクター(学監)、学監オフィス委員会議長等、大学の経営やガバナンスに関する各種役職にも長年従事。二〇一七年より副学長代理(教育)。MPLS(数理・物理・生命科学)部門副代表も兼任。オックスフォード大学は、タイムズ大学ランキングで総合力のほか研究力で世界第一位(二〇一九年)。チュートリアル制度は同大学が高い学問的水準を維持する最大の強みとされる。

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デジタル時代における学生本位の大学教育とは何か。
その実現のために、大学は何をすべきか。

3 宮川 繁 マサチューセッツ工科大学 教授・東京大学 特任教授
「学生の起業家精神に応え、伸ばす教育を」


 MITの学生は、全員が希望する学科を専攻できる。最近は、時価総額の上位をテック企業が占めていることを反映して、コンピューターサイエンスなどの電子工学の専攻を希望する学生が増加しており、コンピューターサイエンスを専攻する学生数は、全体の四割にのぼる。稼げる分野に就職し、学部卒で初任給の平均は八八〇〇〇ドルになる。
 学生の希望をかなえるとなると、学生が殺到する電子工学の教授陣は、多忙を極めることになる。数多い学生に対応できているのも、講義にMOOC(大規模公開オンライン講座)などオンラインを活用して、教師の負担を軽減していることがある。少人数で行う演習は、数多く在籍している大学院生にも協力を得て、学生の要望に柔軟に応えている。MITは常勤の教員が一〇〇〇人ほどいるが、非常に厳しい審査を経なければ終身雇用とはならない。多くの教員は柔軟な雇用形態となっており、それも教育の柔軟性を高めているといえよう。
 MITなど米国の一部の大学で導入され始めたのは「Just in time」の教育、すなわち、学生が自分がなりたいものになり、作りたいものを社会に作るために、今、知らねばならないこと、それを教える教育だ。MITの学生の多くは、卒業後に自分で起業するか、あるいは、創業して間もないスタートアップ企業に入りたいと考えている。こうした学生の期待に大学も応えるために、インターンシップを積極的に活用して、学生が実社会とつながり、自分を試す機会を大切にしている。授業にはベンチャーキャピタリストも見学に来ることが許されており、学生のプレゼンテーションを聞いて、これはという学生に声を掛けるといったことも行われる。大学が学生の期待に応えられなければ、大学は社会の重要な役割から離れてしまう。将来を決めるのは起業家精神だ。
 私は東大でも仕事をしているが、日本と米国は、受験、学生の志向、教育の方法、就職など、すべて大きく異なると感じる。また、日本では、「Just in case」の教育、すなわち、念のため知っておくとよいことを教える教育が今も行われている。しかし、日本も、もっと学生に「起業家精神」を植え付け、それを伸ばすことに焦点を合わせる大学教育に変えた方がよい。日本もやればできるはずで、このままではもったいない。

宮川 繁(みやがわ・しげる)
専門の言語学の教鞭をとるかたわら、高等教育の質向上を目指す多くの活動に従事する。MITが二〇〇二年に世界で最初に開始したオープンコースウエア構想の提唱メンバーで、オープンエデュケーションの推進者。「MITイノベーション&起業家精神ブートキャンプ」も世界各地で開催。MITは、高等教育機関に所属する八万人以上の評価等によるQS世界大学ランキングで七年連続首位。英ガーディアン紙は、MIT創立記念の記事で「MIT因子:異端の天才の一五〇年を祝す」とたたえている。

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デジタル時代における学生本位の大学教育とは何か。
その実現のために、大学は何をすべきか。

4 スブラ・スレシュ ナンヤン工科大学 学長
「広大なキャンパスは科学技術の実験場」


 シンガポールはダイナミックな若い都市であり、国際色豊かな社会だ。NTUもその恩恵を受けており、教員や大学院生の三分の二は、一〇〇以上の国から来ている。多くの大学は硬直的だが、本校は歴史も浅いので変化に応じて進化していける。
 NTUが比較的短期間で世界的な名声を博したのは、トップの学生を引きつけ、彼らに教育を施したことにあると考えている。産官学の各界でリーダーや意思決定者、政策立案者となるための十分な潜在力を備える教育を提供してきた。
 本校の教育は、キャリア獲得のための単なるチケットではなく、その先の長い人生で不確実性に直面しても、適応できるスキルを獲得させるための訓練の場でもある。今年から、専攻にかかわらず、全学生がデジタル技術に関する講座を履修できるようにしている。学生は事前にオンラインで講義を受け、授業では少人数のグループで議論をし、その総合的評価を受ける。また、卒業生は一六〇〇SGドルでオンライン授業を受け、新しいトピックを学ぶことも可能だ。
 学界が長期的な視野に軸足を置くからこそ、大学は、より深遠で長期な知的視座を、さまざまな社会的な課題に提供する。本校が世界的に周知されたのも、多くの知的領域で最先端の知識を生んでいるだけでなく、知を、産業や政府、社会を益するような製品やプロセス、政策などに転換しているからだ。大学発の発見や発明をできるだけ速やかに、産業やスタートアップ企業が適用するためのメカニズムも導入している。
 二〇〇ヘクタールのNTUのキャンパスは、熱帯環境に適した建築、クリーンエネルギー、自動運転車などの科学技術の実験場だ。政府や企業と提携し、グローバル企業との共同ラボが数多く存在する。最も長い歴史があるのがロールスロイスのエンジン研究所であり、今年は、アリババとの人工知能の共同研究所の設立を発表した。シングテルやSMRTなどのシンガポールの企業に加え、デルタ電機、BMW、ボルボ・バス、シーメンスなどもある。産業に関したテーマの研究を学内で実施し、学生や教員に、学術的な成果を実践的な利用に転換するユニークな機会を提供する。世界的に優れた研究をすると同時に、教育にも重要性を置いており、教育と研究を密接に組み合わせている。

スブラ・スレシュ(Subra Suresh)
世界的に著名なエンジニア・科学者。二五の特許を持つイノベーターでもある。インド出身。理学博士(MIT)。MIT工学部長、米国国立科学財団理事長、カーネギーメロン大学学長等を歴任。二〇一八年一月より現職。NTUは工学・科学・経営・医学・人文芸術社会のカレッジに、学生数三三〇〇〇人。人工知能論文動向ランキング(日経・エルゼビア共同調査)でマイクロソフトについで世界第二位(二〇一二~一六年)となるなど、教育機関で世界トップの実力を誇る。

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デジタル時代における学生本位の大学教育とは何か。
その実現のために、大学は何をすべきか。

5 ベン・ネルソン ミネルバ大学 創立者 兼 CEO
「学生に不可欠なのは、学びと現実世界の統合」


 急速な変化、という言葉ではいい尽くせない「デジタル革命の波」があらゆる分野に押し寄せ、高等教育も例外ではない。大学の役割は、学生の選ぶ進路によらず、その世界で影響力のあるリーダーになるための準備をすることであり、それは変わらない。デジタル時代の「準備」の意味が大学に問われており、それは、技術や知識の習得から実践の方法に及ぶ。わずかな料金でウェブを通じて講義が受けられる時代に、理解もせず漫然と講義を聴き、試験でそれを書き写すような学習をする必要があるだろうか。
 従来型の講義形式の授業が効果的でないことは、科学的に実証済みだ。学生が自主的に学び、スキルを伸ばし、実践的知識の獲得により多くの時間を充てることで、大学はその役割を一層うまく果たすことができる。われわれはミネルバ大学で、それを実践してきた。学生は授業の前に多様なデジタル教材を使って準備するため、授業はすべて少人数の集中セミナーとし、意見交換、討論、応用に専念することができる。
 将来の成功のためには、学生の時から世界で活躍するリーダーやイノベーター、そして組織に触れ、学んだことを現実世界で実践する機会が数多く与えられるべきだ。ミネルバの学生は、教室で学んだ考えやスキルを都市のプロジェクトで試す。これは「学びと現実世界を統合する」取り組みの一例であり、すべてのコースで必須である。最新の進歩や発明を座学のみならず、現実に触れ、時には実際に組織で働く機会を得る。
 働く人に求められるニーズの進化に即したものを、学生は学ぶ必要がある。その点で、どんな専門分野にも活用できる「横断連携力」と、新分野への「応用力」が特に重要だ。ミネルバの学生は他の大学のように狭い専門に閉じこもるのではなく、その実践的な知識を学ぶ。例えばコンピューターサイエンス等の専攻分野では、膨大なデータを扱うために必要となるインフラと技術に関する分析、設計、そして活用方法を重点的に教える。ビッグデータに潜む事実を発見し、活用する上で不可欠なこれらの能力は、世界中のほとんどの組織と広範に関係性があり、また、数多くの成長産業の基礎となるものである。
 横断連携、他分野に転換可能、そして実践に役立つスキル・セットを授けること、また現実世界で経験から学ぶ機会を提供することは、学生が将来に備えるために、大学が保証できる唯一の方法であると確信している。

ベン・ネルソン(Ben Nelson)
ペンシルバニア大学ウォートン校の一年目に大学カリキュラム改革を計画。学生自治の学部教育学生委員会(SCUE)議長となり、改革に努める。同大で学士(経済学)取得後、オンライン写真共有・印刷サービスのスタートアップ「スナップフィッシュ」CEO等を経て、二〇一四年ミネルバ大学を創立。場所を選ばず参加可能な先進的アクティブ・ラーニングのプラットフォームを有する等、あらゆる面で高等教育の改善を目指す教育は世界から注目され、六〇を超える国からの多様な学生を擁す。

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※本誌に関するご感想・ご意見をお寄せください。
E-mail:info@nira.or.jp

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