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わたしの構想

熊本地震から学ぶ

わたしの構想No.36 2018/06発行
識者:蒲島郁夫(熊本県知事)、五百旗頭真(兵庫県立大学 理事長、ひょうご震災記念21世紀研究機構 理事長)、河田惠昭(関西大学社会安全研究センター長)、堀田直孝(熊本県西原村議会議員)、樋口 務(くまもと災害ボランティア団体ネットワーク 代表)
*原稿掲載順
企画:谷口将紀(NIRA総研 理事、東京大学大学院法学政治学研究科 教授)

熊本地震から学ぶ
二〇一六年四月に発生した熊本地震から二年がたった。震度七が二度続けて発生するという異例の震災により、被害が拡大した。人的・住家被害に加え、日本の三名城の一つともいわれる熊本城も大きく被災し、石垣や天守閣の完全な復元には、およそ二〇年という長い月日がかかるとされている。復旧、復興の道のりは平坦ではない。地震大国である日本において、熊本地震の記憶を風化させずに、その経験から学ぶことが必要ではないだろうか。
熊本の震災・復興から、自治体や国、そして住民はどのような教訓を得ることができるのか。さまざまな立場で熊本の復旧・復興に関わっている識者に、熊本地震から何を学ぶべきか聞いた。


 わたしの構想No.36「熊本地震から学ぶ」PDF    ■英文版

企画に当たって
谷口将紀(NIRA総研 理事、東京大学大学院法学政治学研究科 教授)
「熊本地震の教訓 ―支え合いと学び」
Keywords………人ごとではない、熊本から学ぶ、大都市で教訓を生かす、三日プラス一日分、経験を「翻訳」

 識者に問う
「熊本地震から学ぶ」

熊本の経験から何を学ぶべきなのか。
自治体や国、住民はどのような教訓を得ることができるのか。

1 蒲島郁夫 熊本県知事
  「「初動」・「受援」・「対応」―熊本地震 三つの教訓
  Keywords……初動の重要性、遠慮の文化、受援態勢の整備、不測の事態への対応力、スピード感

2 五百旗頭真 兵庫県立大学 理事長/ひょうご震災記念21世紀研究機構 理事長
  「これまでの経験を生かし、巨大災害に備えよ
  Keywords……創造的復興、ノウハウの蓄積、国民共同体的な準備、日本列島の地震活性期

3 河田惠昭 関西大学社会安全研究センター長
  「「防災省」設置で被害を小さくする努力を
  Keywords……減災・縮災、国家経済への打撃、FEMA、防災省、超巨大地震に備えた準備と対策

4 堀田直孝 熊本県西原村議会議員
  「住民の意識が「奇跡」を起こす
  Keywords……奇跡の集落、住民に震災を意識させる、住民共助の避難所運営、得意分野を生かした役割分担

5 樋口 務 くまもと災害ボランティア団体ネットワーク 代表
  「NPO、行政、社協の三者連携が「受援力」を高める
  Keywords……連携のネットワーク、支援のモレ・ムラ、JVOAD、ニーズと人のマッチング

             インタビュー実施:2018 年 2 ~ 3 月
             インタビュー:川本茉莉(NIRA 総研研究コーディネーター・研究員)
             編 集:新井公夫

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 識者が読者に推薦する1冊(推薦図書リストはこちらから)

蒲島郁夫氏
五百旗頭真〔2016〕『大災害の時代―未来の国難に備えて』毎日新聞出版

五百旗頭真氏
五百旗頭真〔2016〕『大災害の時代―未来の国難に備えて』毎日新聞出版

河田惠昭氏
河田惠昭〔2018〕『津波災害 増補版―減災社会を築く』岩波新書

堀田直孝氏
円城寺雄介〔2016〕『県庁そろそろクビですか?―「はみ出し公務員」の挑戦』小学館新書

樋口 務氏
稲垣文彦ほか(著) 小田切徳美(解題)〔2014〕『震災復興が語る農山村再生―地域づくりの本質』コモンズ

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 企画に当たって

谷口将紀(NIRA総研 理事、東京大学大学院法学政治学研究科 教授)
「熊本地震の教訓 ―支え合いと学び」

人ごとではない地震災害
 二〇一六年四月一四日午後九時二六分、熊本県を震源とするマグニチュード六・五、最大震度七の地震が襲った。ところが、これは「前震」にすぎなかった。一日置いた四月一六日午前一時二五分に、マグニチュード七・三、またもや最大震度七の「本震」が熊本を直撃したのである。
 本震の震源である布田川断層帯について、二〇一三年に政府の地震調査委員会は、三〇年以内に大地震が発生する確率をほぼ〇~〇・九%と評価していた。この数値は大地震の発生可能性が「やや高い」カテゴリーに入り、予測が全く外れた訳ではないが、さりとて地震が差し迫っているという認識が現地で広く共有されていたとは言えない。日本の陸域には、約二〇〇〇もの活断層がある。
 現在、建築基準法が定める耐震基準は、震度六強から震度七程度の地震で倒壊や崩壊しない水準とされている。しかし、震度七が二度起きることは想定されていない。今回の熊本でも、新耐震基準導入以降に建てられたものを含めて、前震には耐えたものの、本震で持ちこたえることができずに倒壊した住家が相次ぎ、被害を拡大した。
 熊本地震の余震は発災後の一五日間で二九五九回に上り、多い時には県人口の約一割が避難所生活を強いられた。メインアリーナが損傷したこともあり、廊下まで避難者が溢れかえった益城町総合体育館の様子を記憶されている方も多いだろう。指定避難所以外に逃れた人や車中泊の人を加えれば、避難者数はさらに増える。
 突然に発生する大地震、想定を超える住家被害、収容能力を上回る避難者。これらは熊本だけが例外なのではない。豊かな自然に恵まれた日本は、災害とも背中合わせであり、今回熊本が経験した事態は日本中のどこでも起こりうる。
 筆者は「くまもと復旧・復興有識者会議」の委員として、発災直後から国・熊本県・自治体・支援団体や住民を挙げた復旧・復興への取り組みを間近に見てきた。熊本に何回も通ううちに、熊本を支援することにとどまらず、熊本地震は人ごとではなく、むしろわれわれが「熊本から学ぶ」ことが必要との思いを強くした。こうした観点から、今号の「わたしの構想」は、さまざまなお立場から復旧・復興に携わってこられた方々にお話を伺った。

平時から災害対応の態勢を整備せよ
 蒲島郁夫熊本県知事は、自治体に向けた教訓として、躊躇なく支援要請する初動の大切さ、支援物資を各避難所に行き届かせる受援態勢を平時から整えておくこと、過去の事例や他の被災地支援の経験から災害発生時の対応力を高めること、の三点を挙げる。
 自ら阪神・淡路大震災の被災者でもあり、東日本大震災復興構想会議議長やくまもと復旧・復興有識者会議座長を歴任された五百旗頭真兵庫県立大学理事長は、政府や自治体、民間支援の各レベルにおいて、過去の災害で被災して助けられた人が、そのノウハウを蓄積し、次は他の人を助けるというサイクルが確立されつつあると指摘する。
 かねてから「減災」という言葉を提唱してきた、災害研究の第一人者である河田惠昭関西大学社会安全研究センター長は、熊本地震でも浮き彫りになったように、現在の災害救助法では首都直下地震や南海トラフ地震に到底対応できず、「防災省」を設置して災害対応の体制を整えるべきと主張する。
 被災直後から避難所運営の最前線に立った堀田直孝西原村議会議員(当時税務課長)は、かねてから住民全員参加・発災対応型の防災訓練を実施し、また地域の世帯リストを活用しながら避難者自身がそれぞれのスキルを持ち寄って避難所の運営に当たった地域の団結が「奇跡の集落」と呼ばれた人的被害の小ささの要因と振り返る。
 自治体職員には人数の限りがあり、被災地支援にはボランティアの存在が欠かせない。今回、地域のニーズと支援者のマッチングを行い、偏りなく支援が行きわたるために重要な役割を果たしたのが「熊本地震・支援団体火の国会議」だ。同会議で主導的役割を担った樋口務くまもと災害ボランティア団体ネットワーク(KVOAD)代表は、平時から行政・社会福祉協議会・NPOの三者が連携して、受援態勢を整備しておくことの重要性を説く。
 
大都市でいかに教訓を生かせるか
 五氏が挙げた教訓の中には、大都市でも直ちに生かせるものが多い一方で、熊本だからこそ可能であった部分もある。たしかに、地域のつながりや人間関係が希薄な大都市で、それぞれの住民の職業やスキルを平時から把握し、避難所での共助に役立てるのは難しいかもしれない。しかし、例えば三日分の食料や水を備蓄するようにとされているところを、「三日プラス一日分」に改め、その「プラス一日分」は地域の要支援者や帰宅困難者のために役立てるなど、熊本の経験を全国に向けて「翻訳」できるはずだ(ちなみに東京都では、事業者に対しては、外部の帰宅困難者のために一〇%程度の量を余分に備蓄するよう勧めている)。紙幅の都合で、本企画で紹介できたのは熊本で起きたことのごく一部である。関心のある読者はぜひ「熊本地震デジタルアーカイブ」を訪れていただきたい(https://www.kumamoto-archive.jp)。

熊本地震の被災者の皆さまに心からのお見舞いを申し上げます。

谷口将紀(たにぐち・まさき)
NIRA総合研究開発機構理事。東京大学大学院法学政治学研究科教授。博士(法学)(東京大学)。専門は政治学、現代日本政治論。

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 識者に問う
熊本の経験から何を学ぶべきなのか。
自治体や国、住民はどのような教訓を得ることができるのか。

1 蒲島郁夫 熊本県知事
「「初動」・「受援」・「対応」―熊本地震 三つの教訓」


 熊本地震から二年が経過した。この間の皆さまからの温かいご支援にあらためて御礼申し上げるとともに、熊本地震から得た三つの重要な教訓を全国の自治体に伝えたい。
 一つ目は、「初動の重要性」。発災後、まずは行政が被害状況を把握して、「手に負えない」と判断してから自衛隊等に派遣要請を行うものと考えがちだが、それでは手遅れになる可能性がある。行政には「遠慮の文化」があるが、それを捨てないと初動が間に合わない。熊本では、地震発生の夜、一時間後に躊躇なく自衛隊に災害派遣を要請したことで、前震から二日後の本震にも対応できた。自衛隊や消防、警察等で約一七〇〇人を救助することができたのは、迅速な初動対応の成果だ。
 二つ目は、「受援力」。熊本地震では、県からの要請を待たずに、国から「プッシュ型」で水や食料等の支援物資を送ってもらい、県民の安心感につながった。しかし、受け入れる側の体制が整っておらず、結果として物資が滞留し、各避難所に行き届くまでに時間がかかったことは失敗だった。平時から受援体制を整えておくことが大事だと痛感した。
 三つ目は、不測の事態への「対応力」。どれだけ備えていても、災害はいつどのような形で起こるか分からない。阪神・淡路大震災、東日本大震災、そして今回の熊本地震の経験を学び、今後に生かさねばならない。何が起こり、何が問題となったのか、良かった点も悪かった点も記録に残し、包み隠さず発信していきたい。熊本県では、発災から三カ月間の応急対応についての検証報告書を書籍化した。また、四カ月目以降の対応についても検証を行い、その結果を公表した。これらをぜひ全国の首長や自治体職員に読んでいただきたいと願っている。各地の自治体職員を被災地へ派遣し、災害対応のノウハウを学んでもらうことも、「対応力」を高めることにつながるはずだ。
 熊本県では、地震発生直後から、刻々と変わるフェーズに応じて全力で対応してきた。しかし、今なお三五〇〇〇人以上の方々が仮設住宅等で生活されており、この方々のすまいの再建を第一に、引き続き復旧・復興にスピード感を持って取り組んで参りたい。

蒲島郁夫(かばしま・いくお)
熊本県知事(三期目)。ハーバード大学大学院修了(政治経済学博士)。東京大学法学部教授を退職後、二〇〇八年、熊本県知事選挙に立候補し初当選。二〇一一年の九州新幹線全線開業をきっかけに誕生したPRキャラクター「くまモン」を、県の営業部長兼しあわせ部長に抜擢。二〇一六年、県知事三期目の就任日に熊本地震の本震が発生。災害対応の陣頭指揮を執った。著書に『逆境の中にこそ夢がある』(講談社、二〇〇八年)、『私がくまモンの上司です』(祥伝社、二〇一四年)など。

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熊本の経験から何を学ぶべきなのか。
自治体や国、住民はどのような教訓を得ることができるのか。

2 五百旗頭真 兵庫県立大学 理事長/ひょうご震災記念21世紀研究機構 理事長
「これまでの経験を生かし、巨大災害に備えよ」


 阪神・淡路大震災でわが家が全壊し、私のゼミ生を含め六四三四名が犠牲者となった。その悲惨な状況は戦後日本の平和な時代の認識を超える。その体験から、災害対処が私の宿命だと考え、被災地の復旧・復興に関わってきた。幾度かの大震災を経て、日本社会は変わった。まず、単なる復旧か、復興か、どこまで国費で支えるのか、という問題がある。阪神・淡路の際は、公共施設を「元に戻す」までしか国費の対象にならなかったが、東日本大震災では「創造的復興」を基本方針として、まちの再建を国費で一〇〇%負担することになった。熊本でも、例えばがれき処理について、九九・七五%まで国費負担とした。責任感を共有するため、わずかでも地元が負担することが大切だ。また、阪神・淡路の三年後の立法により、個人の住宅再建にも国費が投じられるようになった。
 幸い、「被災して助けられた人が、そのノウハウを蓄積し、次は他の人を助ける」という順繰りができている。例えば、阪神・淡路の時は、被災地の要請に基づく支援が原則であり、必要物資が被災地に届くのが遅れた。それを体験した関西広域連合の自治体は、東日本大震災に際して、要請を待たずに、必要と思われる物資を送った。今回の熊本地震では、政府自身が「プッシュ型」支援を敢行した。
 民間支援者の質やスキルも上がっている。阪神・淡路大震災は「ボランティア革命」と言われたが、実は素人の集団だった。その後の中越地震などを経て専門化し、災害支援のNGO、NPOが組織された。彼らが最新の知識やノウハウを蓄積するのに対し、被災地はいつも初体験であり、受援態勢ができておらず、熊本も当初、戸惑いを隠せなかった。
 「この地に風水害はあるが大地震はない。」かつて関西でよく言われていた言葉が、熊本でも通念となっていた。しかし、アジア大陸と太平洋の両側から圧迫されている日本列島は、どこでも被災地になりうる。日本列島の地震活性期はまだ続く。今後起こりうる超巨大災害を前提に、自助・共助・公助を結ぶ国民共同体的な準備が必要だ。

五百旗頭真(いおきべ・まこと)
くまもと復旧・復興有識者会議座長。阪神・淡路大震災で被災した経験から、第二の専門として防災に関わるようになった。専門は日本政治外交史。法学博士。神戸大学法学部教授、防衛大学校長、熊本県立大学理事長等を経て、二〇一八年四月より兵庫県立大学理事長。二〇一二年よりひょうご震災記念二一世紀研究機構の理事長も務める。政府の東日本大震災復興構想会議議長や復興推進委員会委員長などを歴任。著書に『日本は衰退するのか』(千倉書房、二〇一四年)など。

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熊本の経験から何を学ぶべきなのか。
自治体や国、住民はどのような教訓を得ることができるのか。

3 河田惠昭 関西大学社会安全研究センター長
「「防災省」設置で被害を小さくする努力を」


 いざ災害が起これば、被害を「ゼロ」にすることはできない。ならば事前に準備し、被害を極力小さくすることが重要である。私は三〇年ほど前から「減災」を唱えており、最近ようやく定着してきた。加えて、被災からの復旧・復興を早める「縮災」も重要だ。
 しかし、七〇年前に作られた現在の災害救助法では、首都直下地震、南海トラフ地震などの災害に、到底、太刀打ちできない。現行法では、政府・自治体が避難所で食料などを被災者に無料で支給することを定めているが、熊本地震でも搬送が滞り、実行できなかった。そこで、私も参加した内閣府のワーキンググループでは、超巨大地震が起きた際の、支援のあり方や物資輸送の円滑化、被災者の生活環境などについて議論し、準備と対策を求める報告書を政府に提出した。それを受け政府は、これから起こりうる大災害に備えるところだ。
 わが国の重要な課題の一つは、災害による甚大な被害の費用をどのように負担するかである。二〇一七年夏に巨大ハリケーンがアメリカに襲来し、史上最大の経済・社会被害をもたらした。しかし、アメリカでは経済被害を九〇%以上保険でカバーしているので、国の経済はびくともしないですんでいる。一方、巨額の債務をかかえる日本では大きい災害が起こると、経済に大きな打撃となる。
 さらに、体制が脆弱であることも問題だ。アメリカでは連邦緊急事態管理庁(FEMA)に常時四〇〇〇人が働いており、さらに災害時には四〇〇〇人が一時的にサポートする体制になっている。中国でも今年の全人代で、危機管理省の創設を決議した。他方、わが国では、内閣府の防災担当はわずか九〇人ほどで、それでは国難災害に到底対応できない。日本も「防災省」を設置し、災害対応の体制を整えるべきだ。国が衰退するという一大事に関わることなので、国民的な議論をして理解を深めながら進めていきたい。
 減災といっても特効薬があるわけではなく、価値観が多様化している中で被害を小さくし、復興を早くするといった正解のない問題を解いていかなければならない。

河田惠昭(かわた・よしあき)
都市災害研究の第一人者。災害現場での豊富な経験に裏打ちされた分析には定評がある。東日本大震災が起きる前年に津波災害が三陸沿岸に「必ず来る」と警鐘を鳴らすなど、先見性の高さが評価されている。京都大学大学院工学研究科博士課程修了。工学博士。京都大学防災研究所長、関西大学社会安全学部長・教授等を経て、二〇一二年より現職。日本自然災害学会会長、日本災害情報学会会長等を歴任。『日本水没』(朝日新書、二〇一六年)他、災害に関する著書多数。

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熊本の経験から何を学ぶべきなのか。
自治体や国、住民はどのような教訓を得ることができるのか。

4 堀田直孝 熊本県西原村議会議員
「住民の意識が「奇跡」を起こす」


 西原村は、熊本地震の震源となった断層の上に位置していながらも、人的被害を小さく抑えることができたことから、「奇跡の集落」と呼ばれている。それは偶然ではなく、普段からの備えがあったおかげで起こせた奇跡である。
 熊本は地震のない安全な地域と言われていたが、西原村では断層の存在をリスクと認識して「いつか必ず地震がくる」と考え、毎年、住民全員の参加、発災対応型の防災訓練を実施してきた。「まさかないだろう」という気持ちでなく、「震災があり得る」と想定して常にシミュレーションを行うことで、住民のマインドも変わる。「想定外」の震災を「想定内」にしておいたため、適切な避難行動や人命救助をすることができた。
 熊本地震の直後、西原村の河原小学校に設置した避難所には、約八〇〇人の村民が避難していたが、村の職員はわずか五人。当時、村の税務課長であった私が「総括」となり、「役場の支援は見込めない。ここにいる皆さんで生き抜きましょう」と呼び掛けた。避難所は行政が運営することになっているが、実際には自治体職員の人数は少なく自身も被災しているため、現実には難しい。「住民共助の避難所運営」が必要である。
 避難者の中には、さまざまな職業の人がおり、それぞれが持っている技術を集めれば、いろいろなことができる。消防団が作成していた地域の世帯リストには、住民の氏名や世帯構成だけでなく、職業や資格なども明記していたため、避難所での役割分担に大きく役立った。看護師や保健師の方には救護係、学校給食のベテラン調理師には炊き出し係、元自衛官には炊き出し訓練の経験を生かし配給係を担当してもらった。避難者が得意分野を生かすことで、スムーズな運営ができた。また、子供たちも掃除や小さな子の世話などを担当した。全員が役割を担い、一人ひとりが存在感を持つことで、ストレスのない避難所生活を送ることができたのだと思う。
 災害が起きた時、公的な支援が本格的に始まるまで最短でも三日間かかる。その間、ただ支援を待つのではなく、いかに住民の自助・共助で生き残るかが大切である。

堀田直孝(ほりた・なおたか)
西原村は阿蘇外輪山の西側に位置する人口約七〇〇〇人の村。「水と緑とひかりの村」を掲げ、熊本市のベッドタウンとして人口増加を続けてきた。熊本地震では震度六弱と震度七を観測し、大きく被災した。当時、村の税務課長であった堀田氏は、河原小学校で避難所総括を担当し、リーダーシップを発揮。住民に「ここは待つだけの避難所ではなか」と伝え続け、避難所の自主運営を支えた。地震からの復旧・復興・再建する「村の正念場」に参画する意欲を持って、村議会選挙へ立候補、二〇一六年より現職。

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熊本の経験から何を学ぶべきなのか。
自治体や国、住民はどのような教訓を得ることができるのか。

5 樋口 務 くまもと災害ボランティア団体ネットワーク 代表
「NPO、行政、社協の三者連携が「受援力」を高める」


 被災直後に、全国から集まるボランティアに十分な活動をしてもらうには、被災地側が態勢を整備しておくことが重要だ。蒲島知事は、外部からの支援を受け入れる力である「受援力」の不足を反省点として挙げているが、それは、被災状況の情報を関係者間で共有し、連携のネットワークを使って支援団体と被災した人々とをつなげる仕組みを作ることで克服することができる。東日本大震災の時は、ボランティア活動や支援が全体に行き届かず、支援に「モレ、ムラ」が見られた。情報が偏り、一部地域だけに支援が集中したのだ。その反省から、地域、分野、セクターを超えて、NPO組織やボランティアの情報収集や分担の調整を行う「全国災害ボランティア支援団体ネットワーク(JVOAD)」の設立準備が進められていた。その最中に熊本震災が起きた。
 今回が初めての支援活動となったJVOADは、発災直後に、NPO・NGO団体だけではなく、国や県の行政機関なども交えた情報交換や連絡調整の場を作った。「熊本地震・支援団体 火の国会議」だ。当初は、頻繁に報道される一部地域だけに支援が集中し、県南部は見過ごされてしまったが、地域のニーズと活動団体や人のマッチングを行うことで支援の偏りは解消した。NPO同士の連携は進んでいるが、やはり、行政や社会福祉協議会も含めて三者が連携することが重要であることを痛感した。
 ピーク時には支援活動の団体数は三五〇に上ったが、時間とともに域外からの支援も減ってきた。この連携を一過性のつながりに終わらせたくないという思いから、地元の団体・組織に声をかけて、熊本における活動団体「KVOAD」を組織した。情報収集、連絡調整に加えて、復旧・復興に向けた支援策の提言、支援人材の育成を行っている。
 二〇一六年五月に修正された政府の防災基本計画や二〇一七年度の防災白書では、それまで社会福祉協議会のみがしていたボランティアの受け入れを、国や自治体、NPOなども協力して行うことや、県域でNPOと行政が連携することが盛り込まれた。熊本地震がいい見本になったのだと思う。

樋口 務(ひぐち・つとむ)
熊本地震発災直後から、「全国災害ボランティア支援団体ネットワーク」と連携し被災者支援を行うと同時に、「くまもと災害ボランティア団体ネットワーク」を立ち上げる。建設コンサルタントにて約三〇年間、国・県の環境アセスメントおよび設計業務に従事の傍ら、二〇〇一年よりNPOくまもとに所属。二〇一二年より二年間、熊本市市民活動支援センターの総括責任者として、市民活動の基盤整備の推進とNPOと他セクターとの連携のためのコーディネーションの企画立案を手掛けた。

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E-mail:info@nira.or.jp

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