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わたしの構想

始動、レグテック

わたしの構想No.35 2018/04発行
識者:早川真崇(渥美坂井法律事務所・外国法共同事業 弁護士)、佐々木隆仁(AOSリーガルテック株式会社 代表取締役社長)、ティム・オライリー(オライリー・メディア 創立者兼CEO)、森川博之(東京大学大学院工学系研究科 教授)、櫛田健児(スタンフォード大学アジア太平洋研究所 リサーチスカラー) *原稿掲載順
企画:柳川範之(NIRA総研 理事、東京大学大学院経済学研究科 教授)

始動、レグテック
二〇一八年一月のコインチェック流出事件などにみられたように、技術革新が急激に進む中、急速に変化する金融情勢に瞬時に対応できる体制が求められるようになっている。
こうした中、最近レグテックという言葉が聞かれるようになってきた。レグテックは、規制(Regulation)と技術(Technology)を組み合わせた造語である。
レグテックとは何か。レグテックは有効な解決となりうるのだろうか。また、社会にどう影響を与えるのか。識者に聞いた。

 わたしの構想No.35「始動、レグテック」PDF    ■英文版PDF

企画に当たって
柳川範之(NIRA総研 理事、東京大学大学院経済学研究科 教授)
「レグテックで規制の構造改革を ―先行者のいない今がビジネスチャンス」
Keywords………規制する側・される側、コスト削減、ビジネスチャンス、新規参入、規制の構造を変化、イノベーションの有望領域

 識者に問う
「始動、レグテック」

レグテックとは何か。
日本がレグテックを推進するための課題は何か。

1 早川真崇 渥美坂井法律事務所・外国法共同事業 弁護士
  「レグテックをコンプライアンス経営促進の切り札に
  Keywords……現代型企業コンプライアンス、企業倫理、CSR、規制当局と企業間のデータ共有

2 佐々木隆仁 AOS リーガルテック株式会社 代表取締役社長
  「テクノロジー革命に規制もテクノロジーで対応
  Keywords……テクノロジーによる革命、テクノロジーによる規制、時間との闘い、リーガルテックとの相乗効果

3 ティム・オライリー オライリー・メディア 創立者兼CEO
  「オープンデータとアルゴリズムによる規制の推進を
  Keywords……テクノロジー、アルゴリズム規制、簡素かつ効果的な規制の実現

4 森川博之 東京大学大学院工学系研究科 教授
  「レグテックは「裏側の仕組み」―経営者はデジタル化を促そう
  Keywords……低コスト&厳格に規制遵守、裏側で支える安心・安全、BtoB ベンチャーの育成

5 櫛田健児 スタンフォード大学アジア太平洋研究所 リサーチスカラー
  「レグテックの大いなるポテンシャルを生かせ
  Keywords……規制上の課題解決、政府ができないこと・やらないことを代替、新たな民間ビジネス

             インタビュー実施:2018 年1 ~ 2 月
             インタビュー:榊麻衣子(NIRA 総研研究コーディネーター・研究員)
             編 集:新井公夫

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 識者が読者に推薦する1冊(推薦図書リストはこちらから)

早川真崇氏
Thomas H. Davenport, Julia Kirby〔2016〕Only Humans Need Apply: Winners and Losers in the Age of Smart Machines, Harper Business
トーマス・H・ダベンポート、ジュリア・カービー〔2016〕『AI 時代の勝者と敗者』山田美明(翻訳)、日経BP 社

佐々木隆仁氏
佐々木隆仁〔2017〕『リーガルテック』アスコム

ティム・オライリー氏
Tim O’Reilly〔2017〕WTF?: What’s the Future and Why It’s Up to Us, Harper Business

森川博之氏
森川博之〔2017〕「ディジタルが社会・産業・生活・地方を変える」『電子情報通信学会誌』vol. 100, no. 11.
http://app.journal.ieice.org/trial/100_11/k100_11_1163/index.html

櫛田健児氏
Cathy O’Neil〔2016〕Weapons of Math Destruction: How Big Data Increases Inequality and Threatens Democracy, Crown

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 企画に当たって

柳川範之(NIRA総研 理事、東京大学大学院経済学研究科 教授)
「レグテックで規制の構造改革を―先行者のいない今がビジネスチャンス」 

テクノロジーの力で適切に規制し、コストも削減
 技術革新がこれだけ進んでいる時代においては、規制(レギュレーション)の世界にも、その波が押し寄せないはずはない。レグテックは、まだ耳慣れない言葉かもしれないが、レギュレーション+テック、すなわち規制のあり方・やり方をテクノロジーで変革するイノベーションであり、今後大きなインパクトを持ち得る、そして、日本が国際的に優位性を持ち得る分野でもある。
 ただし、そのためにも、この分野の動向をしっかりと把握し、今後の対応策を官民あげて考えていく必要がある。本号では、このような問題意識に基づいて、多様な側面からこの分野を考えている専門家の方々に、ポイントを語っていただいた。
 規制についての議論というと、どうしても規制緩和の是非という話だと思いがちだ。しかし、実は、規制を実施する際のコストについても、考慮しなければならない。規制される側の企業にも、規制する側の行政にも、大きなコスト負担が現実には生じている。規制される側からすれば、規制を遵守している証拠をきちんと残し、それを証明するための書類作成に追われる。一方、規制をする側からすれば、監督や書類のチェック等を、時間と労力をかけて行う必要がある。
 この両者のかけているコストは、実はテクノロジーを活用することによって、大きく削減できる可能性がある。これが、レグテックの一つの側面である。
 早川真崇氏(渥美坂井法律事務所)は、企業が法令遵守を徹底するためのチェックや検知(モニタリング)はテクノロジーと親和性が高く、レグテックの活用でコンプライアンスに費やすコストや労力が大きく削減できることを強調している。一方、佐々木隆仁氏(AOSリーガルテック株式会社)は、規制する側もテクノロジーを活用していかないと、規制のコストは大きくなるし、また、テクノロジーを活用する企業を適切に規制することが難しくなるという点が強調されている。
 ティム・オライリー氏(オライリー・メディア)も、新しいテクノロジーをうまく使っていくことで、規制を減らしつつも、より適切な管理ができるとし、政府もレグテックの動きに積極的に参画し、簡素で効果的な規制の実現を目指す必要があると主張している。

大きなビジネスチャンス
 しかし、レグテックは、単にテクノロジーを活用して、行政のコストを下げるというだけの話ではない。ここには、民間企業にとっての大きなビジネスチャンスがあり、新規参入や企業成長の可能性も高まる。
 森川博之氏(東京大学)は、金融業を例にあげて、規制への対応に金融業界は大きなコストをかけているが、テクノロジーを活用することで、このコストが大幅に下がる可能性を指摘している。そしてそれと同時に、そのコスト削減を実現させる技術を提供する企業には、大きなビジネスチャンスが生じ、世界的なプラットフォームになる可能性すらあるとしている。
 また、櫛田健児氏(スタンフォード大学)は、コストがかかっていたばかりでなく、今までの技術では実現できなかった、新しい規制のあり方についても言及している。技術革新を活用することで、新しい規制のあり方を民間企業の側が提供できるようになる可能性があり、これは民間企業にとって新しいビジネスチャンスになると指摘している。そして、そのような技術革新が可能になったのは、情報の蓄積・処理能力が飛躍的に向上した点が大きいとしている。

規制の構造が変わる
 今までは、規制をする側は政府や地方自治体等の行政であり、規制をされる側というのは民間企業であるというのが通常であった。しかし、レグテックはこの構造を大きく変化させる。規制をするのは、行政だけではなく、行政と民間企業の連携であったり、行政がプラットフォーム的な機能をはたして、あとは民間企業が行ったりする可能性がある。
 この点から考えても、民間企業にとって、新規ビジネスの大きなチャンスがレグテックによって発生していることが分かる。確かに、よい自動処理プログラムを開発したり、規制に有用なデータや情報を集めて加工したりするのは、行政よりも民間企業のほうに優位性が存在するだろう。あるいはIoT等によって得られる情報を用いて、今までにない規制を行う仕組みを構築するといった技術は、民間による開発が欠かせない分野だし、民間に任せるべき点もあるだろう。
 よって、新しいビジネスチャンスがここから生じるはずで、新規参入によって積極的にビジネスチャンスを生かし、市場規模の拡大につなげることが期待される。
 ただし、そのように民間企業がより積極的にテクノロジーを活用して、より高度な規制メカニズムを提供できるようにするためには、やはり行政側の適切な対応も必要になるだろう。対策の一つとしては、官民の責任分担や情報共有の範囲等を適切に決めて、より連携を取りやすくする工夫が必要だろう。また、それには法制度の改正がある程度必要かもしれない。
 いずれにしても、この分野はまだ明確な先行者がおらず、まだ日本にとっても大きなチャンスが存在する。官民ともに、イノベーションを起こす有望な領域であることを、識者の方々の有意義なご意見の数々から実感した。

柳川範之(やながわ・のりゆき)
NIRA総合研究開発機構 理事。東京大学大学院経済学研究科教授。博士(経済学)(東京大学)。専門は契約理論、金融契約。

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 識者に問う
レグテックとは何か。
日本がレグテックを推進するための課題は何か。

1 早川真崇 渥美坂井法律事務所・外国法共同事業 弁護士
「レグテックをコンプライアンス経営促進の切り札に」 


 価値観の多様化やITの進展により、企業コンプライアンスの概念は広がっている。「法令遵守」に加え、近年はさらにCSRや企業倫理などもコンプライアンスに含まれると考えられるようになった。例えば、昨年相次いで発覚した品質データ偽装問題の中には、厳密には法令違反ではなく取引先との契約違反にとどまるケースも見られた。しかし、たとえ法令には違反していなくても、社会的に不適切な行動であればコンプライアンス違反とみなされ、それにより企業が被る損害の拡大の予測や制御が困難となっている。企業は法令遵守に加え、消費者、株主、取引先、従業員などのさまざまなステークホルダーや社会からの要請に適切に対応することが、これまで以上に求められている。
 そうした中、レグテックは、現代型企業コンプライアンスに対する切り札となる可能性を秘めている。企業は、法令遵守を徹底するため、業務の過程で守るべき法令等を網羅的かつ正確にチェックするだけでなく、法令やガイドライン等の頻繁な改正に即座に対応しうる迅速性も求められるが、これらはまさにテクノロジーとの親和性が高い領域である。レグテックを用いれば、例えば製造業の工場などの現場でも即座に法令違反などを検知でき、さらに品質の信頼性にかかわるデータの保全や改ざん予防策等も講じることができる。不正や不祥事は不可避的に起きると考え、いかに早期に事象を察知し、問題が大きくなる前に早期にその芽を摘み取れるかが、リスクマネジメントの要諦だ。
 これからの企業のコンプライアンス経営は、こうしたレグテックの活用で自動化できる業務の人員を削減し、機械ではなく人間が判断しなければならない部分、例えば、環境や人権への配慮等のCSR活動への取り組みといった、社会やステークホルダーの要請に的確に応え、企業価値を高めるためのコンプライアンス経営に、人的リソースやコストをかけるべきだろう。また、社会全体でそれをより効果的に実現するためには、企業と行政等の規制当局との間で、各種の規制に関わる情報やデータを共有し、活用できる必要がある。裁判例の他、法令に明記されていない行政の先例等を含め、企業が法令遵守のチェックを行う上で必要となる情報やデータを規制当局と企業の双方から積極的に開示・提供し、それを公共財として活用できるインフラ整備に取り組むことが大事だ。

早川真崇(はやかわ・まさたか)
企業不祥事等の危機管理対応や内部通報制度の構築・運用への助言等のコンプライアンス案件を多数手がける。また、AIをはじめとしたテクノロジーの活用によるビジネス創出のサポートを積極的に行っている。東京大学法学部卒。五三期司法修習。検事(二〇〇〇~二〇一四年)を経て、二〇一四年弁護士登録。検事時代は東京地検特捜部、法務省刑事局総務課等に在籍。一般社団法人人工知能ビジネス創出協会理事。公認不正検査士。セミナーの開催や講演、また寄稿も多数。

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レグテックとは何か。
日本がレグテックを推進するための課題は何か。

2 佐々木隆仁 AOS リーガルテック株式会社 代表取締役社長
「テクノロジー革命に規制もテクノロジーで対応」


 「テクノロジーにはテクノロジーで対応しなければ規制できない」という考え方が、レグテックの本質だ。ブロックチェーンを活用した仮想通貨や、フィンテックの興隆による構造変化など、いま起きている金融の変革はテクノロジーによる革命である。そのただ中で生じている不祥事、例えば、マウントゴックスの破綻や、コインチェックの流出事件などの要因は、いずれも技術的な問題である。これらの問題に対して、規制当局は技術で問題を洗い出すしかない。特に、ビットコインの価格が急激に高騰、暴落するようなめまぐるしい状況変化の中、決めたルールに企業をどう適応させるかは、時間との闘いになる。法律を変え紙で業務改善命令を出す、といった時間感覚ではとても間に合わず、自動チェックや事前予測ツールなどのテクノロジーを併用することが不可欠だ。
 もっとも、規制にレグテックを導入しても、ルール違反をしたり、規制に対応しきれずに不祥事を起こす企業は出てくる。そうなれば、今度は「リーガルテック」の出番だ。リーガルテックは、法律とITを組み合わせて、公的な捜査機関、弁護士、企業の法務部をテクノロジーで支援する。消去された電子データの復旧、証拠の保全サポートは、当社の設立当初からの事業だ。この技術は、問題が起きた事後だけでなく、企業が規制に適応しているかどうか、規制当局が事前にモニターするツールとしても使えるので、レグテックにもなりうる。リーガルテックとレグテックは、融合してより一層の効果が発揮される。
 日本の金融当局が、低金利で苦しむ金融機関を救おうと策を講じていたら、仮想通貨、フィンテックの分野で世界的にみても一番進んだ金融行政を敷いた国になってしまった。いまや、世界が日本の成り行きに注目している。日本は、レグテックもリーガルテックも導入の面では遅れているが、よい技術を海外から取り入れて、それを規制や法律に適用させ、磨いていく能力を日本はもっている。こうしたビジネス環境はまたとない好機であり、失われた20年といわれた日本は金融から復活すると確信している。

佐々木隆仁(ささき・たかまさ)
データの保存とデータの伝達技術を軸に各種リーガルテック事業を展開。早稲田大学理工学部卒。大手コンピューターメーカーでOSの開発に従事した後、一九九五年AOSテクノロジーズ社を設立。二〇〇〇年データ復元ソフト「ファイナルデータ」を発売、日経サービス優秀賞ほか受賞多数。二〇一二年AOSリーガルテック株式会社を設立。二〇一五年第一〇回ニッポン新事業創出大賞で経済産業大臣賞(アントレプレナー部門最優秀賞)受賞。二〇一八年日本初のAPI取引所APIbank を設立。著書多数。

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レグテックとは何か。
日本がレグテックを推進するための課題は何か。

3 ティム・オライリー オライリー・メディア 創立者兼CEO
「オープンデータとアルゴリズムによる規制の推進を」 


 政府は規制などせず、「市場」に決めさせればよいという人もいるが、規制のない市場はない。効果的な市場は、効果的な規制から生まれる。
 インターネットの巨大なプラットフォームから学べることは多い。少し考えれば、アルゴリズムのない検索エンジンは考えられないし、不正検出のない金融システム、レコメンデーションや出品者評価のないeコマースもあり得ないことは明らかだ。IT企業が自ら「規制システム」を作ってプラットフォームを運営管理しているように、社会を機能させるためのプラットフォームである政府は、規制をうまくしていく必要がある。
 問題は、政府の規制が経済の規模とスピードに追いついていないことだ。膨大な紙のルール、非効率な手続きに埋もれ、これらを簡単には変えられない。また、成果ではなくルールが重視される。法令はその目的や権利、望む成果、所轄、対象範囲などを広範に規定すれば頻繁に変えずにすむが、その法令をどう執行するかを詳細に定めている規制は、プログラマーがコードやアルゴリズムを扱うように、求める成果を達成するために常に更新されるべきだ。
 新しいテクノロジーを使えば、規制を減らしつつも、管理の量を増大し、望ましい成果の達成が同時にできる。ビジネス、政府、社会環境のやりとりがデジタル化されるにつれ、従来にない計測や、アルゴリズムによる規制が可能になった。民間のウェブサイトはデータ通信量を計測するだけでなく、使用されない機能を常に入れ替えている。サイトではユーザーの滞在時間、中止率が計測され、必要な情報までの経路が分析される。これらの定量的な評価方法がアルゴリズム規制のシンプルな例で、政府のサイトを簡素化し、コストを軽減できる。モバイルのアプリ、IoT、AI等を活用すれば、なおよい。
 一方で、アルゴリズムによる規制は、規制当局の力を増幅させかねない。当局の権力濫用を防ぐために、データの収集時に当初の目的以外の使用を制限することが必要である。また使用するデータは常に公開されていなければならない。
 計測、成果、そして規制をどう組み合わせるのか、模索の段階にある。しかし確かなのは、ビッグデータ時代のアルゴリズム革命に政府も参画し、簡素、かつ効果的な規制の実現を目指す必要があるということだ。

ティム・オライリー(Tim O’Reilly)
テクノロジーが経済や社会に与えるインパクトを考察。二〇〇九年「ガバメント2・0サミット」以後、政府のテクノロジーの近代化に関するフォーラムも開催、政府をプラットフォームとみなすことが成功の鍵と主張する。氏が創設したオライリー・メディアは革新者の知識を広めて世界を変革することを目的に、オンライン教材や書籍の発行、会議の開催、企業の価値創造を行っている。著書多数。

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レグテックとは何か。
日本がレグテックを推進するための課題は何か。

4 森川博之 東京大学大学院工学系研究科 教授
「レグテックは「裏側の仕組み」―経営者はデジタル化を促そう」


 レグテックは、安心・安全な社会を裏側から支えるための仕組みである。レグテックが生まれたきっかけは、二〇〇八年の世界金融危機を受けて金融規制が大幅に強化されたことだ。年々、規制の条文が増え、違反に伴う罰金も高額となっている金融業界では、規制への対応に膨大なコストがかかるようになり、しかも規制に抵触すれば兆円単位の巨額の罰金を支払わねばならなくなった。これが、一万ページに及ぶ文書を生身の人が読んで対処するというアナログ対応ではなく、規制内容をデジタル化したテクノロジー対応に切り替える動きにつながっている。こうして広まった規制遵守のための技術であるレグテックは、利用者の目に見えないところで、より厳格に、かつ低コストで、金融サービスの安心・安全を支えることが期待されている。
 金融業界に限らず、他の業界でも規制に関連した業務はデジタル化されていくだろう。レグテックの潜在的なユーザーはあらゆる産業が対象となるので、その市場規模は、消費者を対象とする事業よりもはるかに大きい。一般的に、BtoBはBtoC以上に根本的な変革につながる可能性が高い。まさに、レグテックは消費者には気が付かれないところで、じわじわと普及していき、五年、一〇年後には社会の裏側を全面的に変革する力をもっている。かつての蒸気機関や電気が社会のインフラを支え、生活スタイルを一変させたのと同じ現象が起きるだろう。
 日本企業がレグテックのプラットフォームを牛耳ることができれば、それは大きなビジネスチャンスをもたらす。しかし、残念ながら、日本は、BtoCのベンチャー企業は多いが、BtoBは少ない。ここをどう増やすかが日本の課題だ。デジタル化の事業はリスクが高い上に、レグテックは業務にどっぷりとつかっている人しか分からないという困難さが伴う。軍事作戦での「海兵隊」の役割と同様に、危険性の高いミッションだが、軽いフットワークで取り組んでもらう必要がある。経営者にはデジタル化を現場に投げ掛け続け、成功しなくても寛容に受け入れる姿勢で臨んでもらいたい。

森川博之(もりかわ・ひろゆき)
専門はIoT、M2M、ビッグデータ、無線通信。未来の情報ネットワーク社会を見据えた基盤技術の開発を進め、データの利活用による産業、経済、社会の大きな構造変革を目指す。東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。工学博士。東京大学大学院工学系研究科助教授等を経て、二〇〇六年より現職。二〇〇七~二〇一七年同先端科学技術研究センター教授。総務省情報通信技術審議会委員、OECDデジタル経済政策委員会(CDEP)副委員長等、公職も多数歴任。講演、論文多数。

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レグテックとは何か。
日本がレグテックを推進するための課題は何か。

5 櫛田健児 スタンフォード大学アジア太平洋研究所 リサーチスカラー
「レグテックの大いなるポテンシャルを生かせ」


 レグテックという言葉の定義はいまだ定まっていないが、それは、そもそも「レギュレーション(規制)」に多様な解釈があることが一因だ。しかし、私は、言葉の定義が固まる前の状態は、むしろ大きなチャンスだと思っている。自分自身では極めてシンプルにとらえており、「あらゆる規制にまつわる活動をテクノロジーの力で可能に、あるいは簡単かつ効率的にしていく」技術と考えている。
 企業がコンプライアンスのために支払っている巨額のコストを低減しようとするビジネスは、すでに大きく動いている。また、それ以外にも、政府の規制に沿った契約や知的財産権に関わる企業間の取引など、レグテックはさまざまな規制上の課題を解決するポテンシャルをもっている。そうした中でも、今後、社会で大きなインパクトをもつのが、政府ができないこと、やらないことを民間が代わりにローコストで提供する領域だ。
 アメリカのトランプ政権は、政府が本来すべきことを放棄する傾向にある。例えば環境保護省は大気汚染や水質汚染のデータ採取をやめてしまった。そこで、スタートアップが自治体と組んで、安いセンサーを使って環境モニタリングを代替するということが、現実に起き始めている。日本においても少子高齢化が進み、政府にできないことをレグテックが代替していくという動きが加速する。例えば、医療分野では、お年寄りをケアする家族の行政手続きや、複数の処方薬の副作用の有無、患者の服用実態などを自動的に管理できれば、コストの削減だけではなく、高い付加価値が実現し、新たな民間ビジネスが生まれる。
 こうしたレグテックを可能にしたのは、情報の蓄積・処理能力が飛躍的に向上し、コストが劇的に下がったことだ。IoTやAIの進化で、今まで集められなかったデータを集めて解析できるようになった。政府と企業、企業と企業、社会と政府などの情報のやりとりを全てデータで計れるようになれば、その情報の流れには全てレグテックが入るようになる。スタートアップが規制の非効率な部分に目を付けて効率化し、それがコモディティ化して広く普及することで、レグテックはいずれ社会全体に浸透していくだろう。

櫛田健児(くしだ・けんじ)
IT産業とイノベーションの仕組みを政治経済学的に研究。シリコンバレーの経済エコシステムや、日米のスタートアップの動向に詳しい。Stanford Silicon Valley - New Japan Project プロジェクト・リーダー。東京のインターナショナルスクールを経て、スタンフォード大学で経済学と東アジア研究を専攻。カリフォルニア大学バークレー校Ph.D.(政治学)取得の後、現職。著書に『シリコンバレー発 アルゴリズム革命の衝撃』(二〇一六年、朝日新聞出版)他、多数。

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E-mail:info@nira.or.jp

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