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わたしの構想

分岐点を迎える超高齢社会

「わたしの構想」No.30 2017/07発行
識者:辻 哲夫(東京大学高齢社会総合研究機構 特任教授)、橋本泰子(大正大学 名誉教授)、鳥羽研二(国立長寿医療研究センター 理事長)、喜連川 優(国立情報学研究所 所長、東京大学生産技術研究所 教授)、小野崎耕平(日本医療政策機構 理事)     *原稿掲載順
企画:柳川範之(NIRA総研理事、東京大学大学院経済学研究科 教授)

分岐点を迎える超高齢社会
 フレイル(加齢に伴い心身が虚弱する状態)や認知症の増大。それは、社会を形成する構成員の質的な変化であり、社会のあり方を大きく変える。老老介護や高齢単身世帯の増加に伴う問題が深刻化しているが、解決の道筋は見えていない。人々の価値観や生き方が多様化する中、医療・介護サービスの在り方とその負担について、改めて考える。 

 わたしの構想No.30「分岐点を迎える超高齢社会」PDF    ■英文版PDF

 企画に当たって
柳川範之(NIRA総研理事、東京大学大学院経済学研究科 教授)
「高齢者の自立を支える医療・介護とは
Keywords……国民全体での議論、多様な選択肢、負担増加、生活の質

 識者に問う
「分岐点を迎える超高齢社会」

高い質と効率性、多様な選択肢を併せ持つ高齢者医療・介護をどのように実現すべきか。
そのための負担はどうあるべきか。
高齢者医療介護制度の在り方と負担を識者に聞いた。

1 辻 哲夫 東京大学高齢社会総合研究機構 特任教授
  「在宅医療と『地域包括ケア』のメリット
  Keywords……地域包括ケア、在宅医療、二四時間対応ケアサービス、自宅に住みきる

2 橋本泰子 大正大学 名誉教授
  「認知症が今後の大きな課題に
  Keywords……自立、認知症、施設入所型ケア、介護職人材

3 鳥羽研二 国立長寿医療研究センター 理事長
  「『治し支える医療』で生活機能の維持を
  Keywords……治し支える医療、フレイル、認知症、生活機能の維持

4 喜連川 優 国立情報学研究所 所長/東京大学生産技術研究所 教授
  「ビッグデータが一人も取り残さないぬくもりのある社会を創る
  Keywords……ビッグデータ、データ解析、実態の把握、領域を超えた連携

5 小野崎耕平 日本医療政策機構 理事
  「健康をつくるための総合政策が必要
  Keywords……健康の社会的要因、総合政策、グローバルな発信、社会作り

            インタビュー実施:2017年4月
            インタビュー:川本茉莉(NIRA 総研研究コーディネーター・研究員)
            編 集:新井公夫

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 識者が読者に推薦する1冊(推薦図書リストはこちらから)

辻 哲夫氏
東京大学高齢社会総合研究機構(編)〔2014〕『地域包括ケアのすすめ―在宅医療推進のための多職種連携の試み』時評社
*他に『健康長寿のまちづくり―超高齢社会への挑戦』『超高齢社会〈第3 弾〉日本のシナリオ』も推薦する。

橋本泰子氏
秋山正子〔2012〕『在宅ケアのはぐくむ力』医学書院

鳥羽研二氏
鳥羽研二〔2011〕『ウィズ・エイジング―何歳になっても光り輝くために』グリーンプレス

喜連川 優氏
IT は動きが激しいため、今の動きを解説する図書はない。

小野崎耕平氏
中室牧子・津川友介〔2017〕『「原因と結果」の経済学―データから真実を見抜く思考法』ダイヤモンド社

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 企画に当たって
柳川範之(NIRA総研 理事、東京大学大学院経済学研究科 教授)
「高齢者の自立を支える医療・介護とは」 

すべての国民に関わる課題
 誰もが、等しく年を取る。高齢者に関わる問題は、すべての国民にとって他人事ではない。とくに、医療や介護のサービスは、高齢者の生活の質を大きく左右するし、場合によっては寿命にも影響するだけに、その在り方はもっときちんと検討されるべきだろう。
 年を取ると身体がだんだん衰えていく以上、若者に対するのと同じ治療を施すことが必ずしも良いとは限らないのかもしれない。どのように老いていくことが幸せかという、ある意味では哲学的な問いも含めて、高齢者に対する医療や介護サービスの在り方については、さまざまな選択肢を国民がもっと真剣に議論・検討していくべきではないだろうか。
 しかし、このような問題については、どうしても目を逸らしがちなことも事実だ。その理由としては、高齢者になっていない世代からすると実感がないという点もあろうが、専門的な問題なので、このようなことは専門家に任せてきたという歴史的な経緯もあるだろう。また、どうしても誰がどのような負担をするのかという財源の問題も絡むことも理由の一つかもしれない。
 しかし、財源の問題も絡むからこそ、どのような医療や介護のサービスが本当に必要で、どんな生活をわれわれが(負担とセットで)望むのかをしっかりと議論していく必要があるのでないか。このような問題意識から、今回の企画では、長年、高齢者医療や介護の問題に携わってこられた専門家の方々に、それぞれのお立場から、今後のあるべき姿を語っていただいた。

高齢者の負担増は不可避
 東京大学高齢社会総合研究機構の辻哲夫特任教授は、高齢者が、できるだけ自分の住まいで最期まで安心して生活できるような仕組みをつくりたいという理念のもとに、「地域包括ケア」のモデル事業を千葉県柏市で行なっている。自分の住まいに住んで生活することが自立につながるとして、各地域で在宅医療を基本とする地域包括ケアシステムの普及をめざす姿は、高齢者社会がめざす一つの方向性として注目されている。
 もちろん、そのためには、高い費用が掛かることも予想されるが、辻教授は、自分の地域に住み続けられるならば、高い負担もポジティブに捉えられるはずとする。
 一方、大正大学の橋本泰子名誉教授は、高齢になっても自立して生きることが基本だとしつつも、認知症を患った高齢者が自立して生きることの難しさを強調する。どんなに愛情をもった家族でも、徘徊などの可能性を考えると、家族や地域で支えることは難しいとして、現在の地域包括ケアの限界を指摘している。
 ただし、高齢者対策には、かなりの財源が必要になるという点は共通しており、高齢者自身の負担が増えることも覚悟する必要があるとしている。
 このように高齢者の医療費に高い費用が今後も掛かり続けることは、かなり予想できることだが、国立長寿医療研究センターの鳥羽研二理事長は、そもそも高齢者に対する医療の在り方について、問いを投げ掛ける。高齢者の置かれている状態は、そもそも若い人とは質的に異なる。急性期のとにかく「治す治療」から、介護家族のケアも含めた「治し支える医療」に転換する必要があるとしている。
 とはいえ、医療・介護従事者の研修・教育も含めて、高齢者の医療・介護に掛かる費用はやはり増えていく、と考えている点は共通するようだ。すべての国民が、自分の事と考えて選択する必要があると指摘されている。

国民全体で真剣に議論をすべき
 もっと医療に関するデータを集めて、いわゆるビッグデータを用いることで、医療サービスや介護サービスをより良いものにしていけないか。国立情報学研究所の喜連川優所長は、データを把握し、分析することで、過去の経験や知恵を基に問題解決策を考える前に、実態をきちんと把握することができることの重要性を指摘している。そして、施策の結果や課題がよく見えるようになることには大きなメリットがあると強調している。
 また、多様性を受け入れるという観点から見れば、高齢者だけではなく、障がい者への取り組みも重要だと指摘している。
 日本医療政策機構の小野崎耕平理事は、健康をつくるための社会的要因についてもっと注目し、政策を考えていくべきだと主張している。近所とのつながりが多い町に住むと病気のリスクが減る等の側面もあり、インフラやコミュニティーづくりの重要性も指摘している。そのためにはやはり財源が必要であり、支払い能力がある高齢者の自己負担引き上げの必要性を指摘している。
 また、日本は世界的に見て、高齢社会のトップランナーであり、世界が日本に注目している。日本の成功事例、失敗事例をもっと世界に発信していくべきだとしている。
 このように、それぞれの識者がめざしている高齢者に対する医療や介護サービスの在り方は完全に同じではない。しかし、それはある意味では当然のことであろう。今後はもっと多様な選択肢があってしかるべきであろうし、冒頭でも述べたように、どのような生活の質をわれわれは実現させたいのかを、その財源をどうやって確保するのかも含めて、もっと国民全体で議論していく必要があるだろう。

柳川範之(やながわ・のりゆき)
NIRA総合研究開発機構 理事。東京大学大学院経済学研究科 教授。東京大学博士(経済学)。専門は契約理論、金融契約。

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 識者に問う
高い質と効率性、多様な選択肢を併せ持つ高齢者医療・介護をどのように実現すべきか。
そのための負担はどうあるべきか。

1 辻 哲夫 東京大学高齢社会総合研究機構 特任教授
「在宅医療と『地域包括ケア』のメリット」


 高齢者が「元気でいる期間」を長くすることが、超高齢社会を迎える上で重要だ。このため、高齢者が閉じこもらないよう、出歩きしやすく、活動や集まりに参加し続けられる地域・社会をつくる必要がある。一方、たとえ弱ってきても、自分の住まいで最期まで安心して生活できるようにしたい。こうした理念に基づき、「地域包括ケア」のモデル事業を千葉県柏市で完成させた。
 地域包括ケアは、住み慣れたところでできるかぎり住み続けられるケアシステムをめざしている。二四時間対応の介護・看護サービスにより、一人暮らしの高齢者が病気がちになっても、訪問看護と介護を受けられる。本人が望めば、在宅医療で、在宅で亡くなることも選択できることがきわめて重要である。もちろん、重い認知症など施設入所が必要な人もいるが、可能なかぎり在宅という選択肢をもつことが高齢者の自立への道だ。高齢者が自分の住まいに住み、日常生活を繰り返すことが自立につながるということも検証できている。
 国のほうでも在宅医療の普及をめざす制度改正をし、最新型の二四時間対応在宅ケアサービスを導入するという改正検討作業も進んでいる。二〇二五年を目途に各地域での在宅医療を基本とする地域包括ケアシステムの普及をめざしている。もっとも、医療介護や看護の体制整備のためには、社会保険料、税負担が徐々に上がっていくことは避けられない。しかし、それによりどんなに長生きしても安心して住み続けられる地域がつくられると考えれば、高い負担もポジティブに受け止められるはずだ。
 自分の住んでいる地域に在宅医療と地域包括ケアのシステムができれば、建てた家や自宅マンションに「住み切る」ことができる。若者にとっても、介護離職の防止につながる上、介護などのサービス業が地域に発展することで地域の雇用も生まれるなど、メリットがある。ある程度の負担を伴っても、地域でのケアシステムを普及させることは決して不幸ではない。真に豊かな国づくりをめざしたい。

辻 哲夫(つじ・てつお)
千葉県柏市における「セカンドライフの就労モデル開発研究」を率い、長寿社会のまちづくりモデルの構築を進める。厚生労働省在任中には医療制度改革に携わった。東京大学法学部卒業後、厚生省(当時)入省。保険局長や厚生労働事務次官等を歴任し、二〇〇七年に退官。田園調布学園大学教授、東京大学高齢社会総合研究機構教授を経て、二〇一一年より現職。著書に『日本の医療制度改革がめざすもの』(時事通信出版局、二〇〇八年)他。

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高い質と効率性、多様な選択肢を併せ持つ高齢者医療・介護をどのように実現すべきか。
そのための負担はどうあるべきか。

2 橋本泰子 大正大学 名誉教授
「認知症が今後の大きな課題に」


 高齢になっても自立して生きることが基本であると思う。日常生活を自分の力で維持し、家族にできるかぎり依存しないことが重要だ。病を抱えて身体が弱ってきても、経済的な蓄えができていれば、いまの日本の社会保障制度を利用して自立的に生きることは不可能ではない。そうすれば家族に負担を掛けすぎず、家族関係のなかでも自己主張ができるようになる。自分らしく「自律」して生きることができる。
 老後は、家族とどんな生活を営み、親子の関係をつくってきたのか、その歴史の上にある。良い関係を築いていれば、老後の世話を子どもに期待することは不可能ではないが、長年、不義理を働いてきた配偶者や親の面倒を家族が見るはずはない。家族にはさまざまな事情がある。
 今後、高齢者が増えていくなかで、いちばんの課題は認知症だ。
 判断能力を失った認知症の人が自立して生活するのは無理であり、家族やご近所が世話をするのも非常に難しい。どんなに愛情のある家族でも、徘徊による踏切事故や自らの介護疲れによる虐待を、完全に排除することはできない。施設入所型のケアでなければ支えられないだろう。
 現在の地域包括ケアは、自宅や地域でのケアの方向で進めており、「サービス付き高齢者向け住宅」をどんどん建てているが、安否確認と生活相談だけでは認知症の人の世話ができるはずがない。家族や地域で支えるのは限界があることを認めなければいけない。
 介護職の人材は、質、量共にまだ十分ではない。施設の介護スタッフは、認知症の一人ひとりの意思や生き方に沿った支援をしなければならない。そのためには、介護の知識と技術の専門性をより高める教育、研修、訓練が必要だ。人材不足に対しては、給与などの処遇も考えていく必要がある。高齢者対策に財源が必要であり、高齢者自身も負担が増えることを覚悟しなくてはいけない。自己負担率の引き上げは避けられないだろう。

橋本泰子(はしもと・やすこ)
一九八九年に厚生省(当時)の介護対策検討会に委員として参加して以来、高齢者政策の検討にかかわる。介護保険制度の創設にも尽力した。日本女子大学家政学部社会福祉学科卒業後、「弘済ケアセンター」所長、大正大学人間学部教授等を経て、二〇〇八年より現職。一六年に「日本認知症ケア学会・読売認知症ケア賞」功労賞を受賞。退任記念論文集に『しなやかに、凛として―今、「福祉の専門職」に伝えたいこと』(中央法規出版、二〇〇八年)がある。

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高い質と効率性、多様な選択肢を併せ持つ高齢者医療・介護をどのように実現すべきか。
そのための負担はどうあるべきか。

3 鳥羽研二 国立長寿医療研究センター 理事長
「『治し支える医療』で生活機能の維持を」


 少子高齢化は、たんにお年寄りの数が増えることではない。八十五歳以上になると、「歩く」「食べる」などの基本的な生活機能が維持できず、一人で暮らせない人が増えてくる。高齢者は、生物的、社会的に置かれている状態が若い人とは質的に異なるという理解が第一だ。
 このように、加齢に伴い心身の虚弱が見られる状態を「フレイル」というが、八十歳以上の高齢者の三分の一はそれに該当する。この状態にある人びとが手術を受けても、二〇人に一人、つまり五%しか自宅に帰れず、社会復帰できない。また、フレイルと並んで多いのが、認知症だ。認知症患者は現在、大半が家で暮らしているが、行動精神障害(BPSD)があるため、家族の介護負担はかなり大きい。
 これまでは、医療は命を助ければよいと考えられてきたが、元通りの生活に戻れるかどうかが、今後の高齢者医療の物差しになる。こうした高齢期に特有の「フレイル」や認知症への対策を理解し、急性期の「治す医療」から、回復期のリハビリテーションや介護家族のケアなどを含めた「治し支える医療」に転換する必要がある。
 高質で効率的な「治し支える医療」を実現するには、医療・介護従事者への研修・教育を充実させる必要がある。
 急性期では患者に負担が少ない手術や必要最小限の薬の処方など、治療ストレスの軽減が求められる。認知症の介護では、介護者の相談に応じるサポートや、BPSDを穏やかにするための対応や療法について、技術の伝承を進めていかなくてはいけない。一定のお金は掛かるが、長期的に見れば非常に重要な投資となる。
 その一方で、高齢者の医療・介護に掛かる費用はどんどん増えていく。まさに津波のように年々波は高くなり、日本をのみ込もうとしている。医療・介護の質を落とせば、財政上は助かるが、介護離職、老老介護などそのしわ寄せは家族にくる。大変な事態を避けるためにも、若い人も含めたすべての国民が、自分の事と考えて選択しないといけない。

鳥羽研二(とば・けんじ)
国から長寿医療の研究を委託されている唯一の施設である国立長寿医療研究センターのトップ。高齢者・認知領域の課題に積極的に取り組む。専門は老年医学、認知症、転倒、老年症候群。東京大学医学部医学科卒業。博士(医学)。東京大学医学部助教授、杏林大学病院もの忘れセンター長等を経て、二〇一四年より現職。日本老年医学会認定医・指導医・理事、厚生労働省転倒予防研究班班長等、公職多数。『高齢者の転倒予防ガイドライン』(メジカルビュー社、二〇一二年)の監修など著書多数。

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高い質と効率性、多様な選択肢を併せ持つ高齢者医療・介護をどのように実現すべきか。
そのための負担はどうあるべきか。

4 喜連川 優 国立情報学研究所 所長/東京大学生産技術研究所 教授
「ビッグデータが一人も取り残さないぬくもりのある社会を創る」


 現在、社会が直面している問題は根源的に難しいものばかりである。簡単な課題は相当程度解きほぐされ、残っている課題は一筋縄ではいかない。エビデンスとなるデータを収集し丁寧に解析することにより糸口を見いだす以外に方法はない。学術においても、真理の解明をめざすビッグデータ基盤の重要性が強く認識されその構築が進められつつある。
 市町村や医療・介護関連施設などが保有するデータを細かく解析すると、その地域の介護・医療の課題が浮き彫りになる。まさにITの専門家の出番である。たとえば、東京大学と医療経済研究機構が三重県の自治体等と連携して医療、介護データを解析している。すると津市や四日市市では市内で医療・介護サービスを賄えている一方で、南部に住む人びとはかなり遠くまでサービスを受けに行っていることがわかった。ほかにも、生活習慣病の地域特性、高額医療機器の利用動向、同じ疾病の治療費の違いなどさまざまなデータから、その地域の医療の実態が見えるようになりつつある。過去の経験知を基に課題解決策を考える前に、具体的に実態を把握することが第一歩だ。
 ビッグデータを用いれば、施策の結果が「可観測(オブザーバル)」になることも大きなメリットだ。ある政策を実施したことでどう良くなったかがわかれば、「もっとやろう」と動機付けが回る。自治体などを中心に改革する雰囲気が出てくる。ただビッグデータの解析を自治体がすべてやるのは負担が大きすぎる。われわれのようなIT専門家がデータのプラットフォームをつくり、全国の自治体の担当者や地域の人びとはそれぞれの課題の解決に頭を使う。そうした仕組みをつくることが必要だ。ここでポイントは、医療、行政とITの専門家が領域を超えて会話をし、一緒に考えていくことだ。
 高齢者だけでなく障がい者への取り組みも重要だ。ビッグデータは、希少疾患でも力を発揮するように、一人も取り残さないロングテイル解析を可能とする。真にぬくもりのある社会の構築に貢献したい。

喜連川 優(きつれがわ・まさる)
データベース研究のパイオニア。文科省「情報爆発」プロジェクトを牽引(二〇〇五年―一〇年)。超巨大データベースに関する内閣府の最先端研究開発支援プログラムを主導。専門はデータ工学。東京大学大学院工学系研究科情報工学専攻博士課程修了。博士(工学)。東京大学地球観測データ統融合連携研究機構長などを経て、一三年より国立情報学研究所所長。東京大学生産技術研究所教授も務める。情報処理学会会長(一三年―一四年)。紫綬褒章、レジオンドヌール勲章シュバリエをはじめ、受賞多数。

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高い質と効率性、多様な選択肢を併せ持つ高齢者医療・介護をどのように実現すべきか。
そのための負担はどうあるべきか。

5 小野崎耕平 日本医療政策機構 理事
「健康をつくるための総合政策が必要」


 メディアは介護の問題や財政破綻の恐れなどをしばしば取り上げるが、必要以上に不安を煽っていないだろうか。社会システムの基盤としての医療や年金などの保険制度はかなり強固であるし、介護保険があるのはドイツと日本くらいだ。認知症対策など課題は多いが、国際的に見れば高齢社会を支えるシステムでは大きなアドバンテージがある。わが国は世界でもっとも高齢化が進んでいるが、同時に世界で有数の健康長寿な国を達成したという事実も認識すべきだ。
 健康な社会をつくるポイントとして、健康の社会的決定要因(SDH)の重要性を指摘したい。病気を治すだけではなく、その上流にある、健康をつくるための要因にアプローチしていく必要がある。医療「だけ」では健康は守れない。たとえば、偏った食事や仕事のストレスで糖尿病のリスクは高まる。一方で近所とのつながりが多い町に住むと病気のリスクが下がる。食事や栄養指導、都市計画、水道や道路などのインフラ、コミュニティーづくりなど、自治体の総合的な政策が問われている。これら政策の実現には財源が必要となる。消費税は着実に一五~二〇%まで引き上げる必要があるが、政治的になかなか難しい。消費税一本脚打法ではだめだ。社会保険料もきちんと引き上げていく必要がある。また、支払い能力がある高齢者の自己負担はもっと引き上げるべきだ。
 若者に過重な負担が掛かる「世代間不公平」が最近いわれているが、本当にそうか? 日々当たり前のように使っている社会保険や生活インフラは、すべて先人の負担と努力でつくられたものだ。われわれはその基盤の上に立って日々暮らしている。感謝の気持ちがもっと必要だ。
 最後に強調したいのが、日本は高齢社会のフロントランナー、世界各国が日本の経験に注目しているということだ。医療や社会保障の課題のほとんどは世界共通だ。社会保障分野において、日本の情報発信力はまだまだ弱い。日本が成功したこと、失敗したことを含めて、学んだことを世界に発信し、また世界の先進事例からも謙虚に学ぶという、グローバルな貢献が求められている。

小野崎耕平(おのざき・こうへい)
三重県出身。医療品企業ジョンソン・エンド・ジョンソンなどに勤務ののち非営利独立シンクタンクの日本医療政策機構に参画、事務局長などを経て理事。現在は、エゴンゼンダー東京オフィスに勤務する傍ら、教育・医療分野を中心に複数の非営利組織の活動に参画する「パラレルワーク」で活動中。二〇一五年より厚生労働省保健医療政策担当参与。二〇年後を見据えた保健医療政策のビジョンを示す厚生労働大臣の私的懇談会「保健医療2035」策定懇親会にて事務局長を務めた。医療政策、ヘルスケア産業に関する記事・論文等多数。

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