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わたしの構想

トランポノミクスと日本

「わたしの構想」No.29 2017/05発行
識者:グレン・ハバード(コロンビア大学大学院ビジネススクール 校長)、吉川 洋(立正大学経済学部 教授)、木村福成(慶應義塾大学経済学部 教授)、橘川武郎(東京理科大学大学院イノベーション研究科 教授)、岡本行夫(株式会社岡本アソシエイツ 代表)
                                    *原稿掲載順
企画:翁 百合(NIRA総研理事、株式会社日本総合研究所 副理事長)

トランポノミクスと日本
 トランプ政権の誕生から三ヶ月余り。声高な「米国第一主義」は何をもたらすのか。米国は、これまで自らが果たしてきた国際的なリーダーとしての使命を手放すのか。今も米国の内外で期待と不安が交錯している。成長志向の経済政策をとるとの期待も先行したが、具体的な政策の道筋は未だ明らかではない。トランポノミクスをどう考えるべきか。また、それを迎える日本はどう対応するべきか、考える。

 わたしの構想No.29「トランポノミクスと日本」PDF    英文版PDF

 企画に当たって
翁 百合(NIRA総研理事、株式会社日本総合研究所 副理事長)
「『米国第一主義』は何をもたらすのか―経済成長の実現は不確実」
Keywords……米国第一主義、長期的な構造問題、実現性、保護主義、副作用

 識者に問う
「トランポノミクスと日本」

トランポノミクスは米国の政策をどのように変えるのか。
日本にはどのような影響があるのか。
トランプ大統領の政策とその影響、そして日本のとるべき対応を識者に聞いた。

1 グレン・ハバード コロンビア大学大学院ビジネススクール 校長
  「経済成長のための礎石を築け
  Keywords……長期成長、生産性向上、税制改革、規制緩和、雇用支援

2 吉川 洋 立正大学経済学部 教授
  「経済対話の内容は公開すべき
  Keywords……減税の経済効果、保護主義、日米経済対話、為替恐怖症
            ※聞き手:榊麻衣子(NIRA 総研研究コーディネーター・研究員)

3 木村福成 慶應義塾大学経済学部 教授
  「トランプ時代の国際通商政策
  Keywords……安全保障体制、WTO、経済統合、RCEP(東アジア包括的経済連携協定)

4 橘川武郎 東京理科大学大学院イノベーション研究科 教授
  「トランプ登場のエネルギー・環境政策への影響
  Keywords……パリ協定、シェールガス革命、石炭復活効果、日露エネルギー協力

5 岡本行夫 株式会社岡本アソシエイツ 代表
  「『アメリカ・ファースト』宣言は日本の好機
  Keywords……国際公共財、レジームづくり、ジャパン・ファースト、国のフロンティア

                      インタビュー・原稿執筆:2017 年1 ~ 2 月

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 識者が読者に推薦する1冊(推薦図書リストはこちらから)

グレン・ハバード氏
R. Glenn Hubbard and Tim Kane〔2013〕BALANCE: Why do great powers lose it? How can America regain it?, Simon & Schuster
(グレン・ハバード、ティム・ケイン〔2014〕『なぜ大国は衰退するのか―古代ローマから現代まで』久保恵美子(翻訳)、日本経済新聞出版社)

吉川 洋氏
吉川 洋〔2016〕『人口と日本経済―長寿、イノベーション、経済成長』中公新書

木村福成氏
馬田啓一・浦田秀次郎・木村福成〔2016〕『TPP の期待と課題―アジア太平洋の新通商秩序』文眞堂

橘川武郎氏
橘川武郎〔2013〕『日本のエネルギー問題(世界のなかの日本経済:不確実性を超えて2)』NTT出版

岡本行夫氏
会田弘継〔2016〕『トランプ現象とアメリカ保守思想』左右社

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 企画に当たって
翁 百合(NIRA総研理事、株式会社日本総合研究所 副理事長)
「『米国第一主義』は何をもたらすのか―経済成長の実現は不確実」

経済政策への期待は高まるが、実現効果は未知数
 トランプ大統領が誕生して、三カ月余りが経った。就任以降さまざまな情報が矢継ぎ早に報道されているが、これまでの大統領とは異なる「米国第一主義」が何といってもトランプ大統領の政策の特徴といえるだろう。こうした姿勢は、メキシコ国境の壁建設や難民、移民の入国制限など就任早々次々と大統領令で打たれた政策に表れた。米国民の雇用支援の最優先を念頭に置いた政策であり、こうしたトランプ政権の姿勢をめぐり「人種のるつぼ(Melting Pot)」社会といわれてきた米国の分断が進んでいることは懸念材料である。一方で、トランプ大統領が成長志向の経済政策を取るとの期待から、米国の消費者や企業のマインドは改善傾向にあり、昨秋以降ドル高、株高が進んだ。
 日本からみると、二月の日米首脳会談では日米関係はひとまずソフトランディングした形だが、今後トランプ政権の政策がどのように実現していくかは不確実性が高く、日本としても変化する米国にいかに対応し、国際的な役割を果たしていくかが問われている。
 そこで今回は、トランプ大統領の経済政策、いわゆるトランポノミクスは、どのような影響を米国や世界経済にもたらし、日本はどのように対応すべきか、識者の方々に専門の分野からのご意見を伺った。
 経済成長へのプラスの効果をもつ政策として、共和党ブッシュ政権で大統領経済諮問委員会委員長を務めたグレン・ハバード氏が強調するのは、生産性向上をめざす税制改革と規制緩和および雇用支援である。
 トランプ政権はこれらの政策実現によって、民主党時代の規制強化で大きな影響を受けていた金融や、エネルギー関連産業等を活性化し、また輸出競争力を失っていた製造業や中間層には減税による恩恵を与えようとの意図があると考えられる。オバマケアの見直しや一兆ドル規模もの大規模なインフラ投資も重点政策として掲げられている。ハバード氏が指摘するように、トランプ大統領が、短期的な政策よりも、長期的な構造問題に正面から取り組むことができれば、米国の成長に対する期待は維持できる可能性もあるかもしれない。
 ただし、これらのうち多くの政策は、今後共和党議会との議論を経てどの程度が実現するかは未知数である。またこれらの政策が議会を通って実現するとしても、その効果が出てくるのはかなり時間がかかる可能性が高い。なお、日本の長期金利や為替相場にも大きな影響を与える連邦準備制度理事会(FRB)の金融政策も、これらのトランプ政権の政策効果がどのように発現するかを見極めながら、金利引き上げのペースを決めていくことになるだろう。
 こうしたトランプ政権の政策に対しては、懐疑的な見方も多い。この点、吉川洋氏は、現在米国経済を牽引する強いIT産業は、多くの優秀な移民を惹き付けて発展した米国ならではのエコシステムが生み出したものであるとして、そもそもの米国第一主義に疑問を投げ掛ける。そしてトランプ大統領の米国経済に対する現状認識を疑問視し、すでに足元の経済が良くなっている以上、財政出動は目玉とならず、減税の経済活性化効果も疑わしいと指摘するが、トランポノミクスの限界について重要な見方を提示しているといえよう。
 また、通商政策の変更、国境調整措置などの税制改革は、米国第一主義を象徴する経済政策といえ、そもそも実現するのか、保護主義的な政策が副作用をもたらすのではないかという点が懸念される。
 まず通商政策については、環太平洋パートナーシップ(TPP)からの離脱を就任早々表明し、北米自由貿易協定(NAFTA)見直しの方向も打ち出した。また、法人税に米国輸出産業にとって有利な国境調整措置を導入しようといった動きは、木村福成氏が指摘するように、WTO(世界貿易機関)を中心とする貿易ルール等に抵触する可能性があり、相手国の報復なども招き、世界経済に負の効果をもたらす可能性があることには留意する必要がある。
 エネルギー、環境政策の転換も、世界経済の長期的成長にとっては懸念材料である。トランプ新政権は、地球温暖化に消極的な政権となることが予想されるが、この結果パリ協定遂行の勢いが削がれ、環境問題への国際的な取り組みのスピードが鈍ることが懸念されている。ただ、橘川武郎氏は、米国シェールガス革命によって天然ガス価格が低下しており、これが継続するかぎりパリ協定が受けるダメージは限られたものにとどまるだろうとの説得的な見方を示している。
 全体として、保護主義的な政策によるさまざまな不確実性が高く、減税の実現可能性や大規模財政支出の政策効果も不透明であり、必要とされている長期的な構造問題に本格的に取り組まないかぎり、当初市場が期待していたほどの経済成長が実現できない可能性は高い。今後の政策の動向を慎重に見極める必要があるといえるだろう。

日本は国際公共財を守る役割を
 それでは、変化する米国に、日本はどう対応していくべきか。地政学リスクが一段と高まるなど、外交面での不確実性も増しているが、岡本行夫氏は、いまこそ日本が国のフロンティアを広げて「国際公共財」を守る役割を担っていく好機であると強調している。
 まさに、自由貿易や、法の支配、環境保全といったレジームを、米国をはじめ世界各国に呼び掛けつつ、国際的な情勢をよく分析し、日本は今後国際的な貢献を一層高めていく必要がある。日本の果たすべき国際的な役割が増しているとの見方は、多くの識者の一致するところといえる。二月の日米首脳会談では日米間の経済対話が新設された。日本政府としては自由な貿易・投資の論理は貫徹しつつ、戦略的かつ緊密に協議を行なっていくことが求められている。

翁 百合(おきな・ゆり)
NIRA総合研究開発機構理事。株式会社日本総合研究所副理事長。京都大学博士(経済学)。

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 識者に問う
トランポノミクスは米国の政策をどのように変えるのか。
日本にはどのような影響があるのか。

1 グレン・ハバード コロンビア大学大学院ビジネススクール 校長
「経済成長のための礎石を築け」


 大統領選後の米国の株式市場の活況は、トランプ政権が経済成長志向への政策転換を図ると楽観的に受け止められたためであるが、新政権は、その反応が正しいことを示す必要がある。最優先の課題は経済成長を再開させることだ。人びとの期待をリセットし、長期的な成長に向かわせるための、生産性の向上と雇用支援の政策の実施が必要だ。
 生産性については、税制改革と規制改革の二つが礎石となる。まず、法人税率を大幅に引き下げるとともに、課税ベースを拡大する。また、エネルギーや公益事業への投資の障壁を下げ、中小企業の借り入れが容易になるように金融規制を見直すべきだ。
 一方、雇用は、成長、所得、そして社会的尊厳を保持するために不可欠なものだ。支援策としては、医療分野で市場機能を活用し、医療費の増加を抑制するといったより広範な対応が必要となる。加えて、税制改革も重要な役目を負う。子どものいない労働者(各種給付の対象外)に対する勤労所得税額控除を大幅に強化して就労を促し、スキルの獲得を支援する。また、連邦の職業訓練プログラムの使い勝手が悪いため、再就職のための個人の所得補助に財源を振り分け、各人の訓練を強化する。
 生産性向上に公共事業が寄与するには時間がかかるが、仕組みを工夫すれば、人びとの期待が変わり、総需要を増やす。たとえば、政府が長期的に関与することや、プロジェクトごとにパートナーシップを構築し、連邦、州、地域もしくは個人の組み合わせで資金が拠出されるようにすることが求められる。
 かつて金融危機に際し、即座に力強い対策を行なったことは評価できるが、中央銀行に政策を依存しすぎて、大胆な改革に取り組む政府の意欲を削ぐ結果となった。トランプ政権は、成長に軸足を移し、そうした政策とは決別する。金融政策による刺激とその過度な依存は失敗である。短期的な政策に重きを置くことで、長期的な構造問題が疎かにされ、それが成長を抑制し、多くの家計や経済界の経済的な懸念を悪化させてきた。
 正しい政策・行動・意思疎通によって、楽観を維持し、所得の向上と機会の拡大を生み出すときだ。政策課題を広げると、政策の焦点や、市民に対する経済的なメッセージの明快さを見失う恐れがある。

グレン・ハバード(R. Glenn Hubbard)
米国の著名な経済学者。二〇〇一~〇三年、ジョージ・W・ブッシュ政権下では大統領経済諮問委員会(CEA)委員長を務めた。二〇〇三年「ブッシュ減税」の推進者。ハーバード大学Ph.D.取得後、一九八八年よりコロンビア大学で教鞭を執る。専門は公共財政学、マクロ経済学、産業組織論など。現在、ニューヨーク連銀経済諮問委員を兼務。要職・公職を多数歴任。著書・論文多数。著書に『Seeds of Destruction』〔共著〕(FT Press、二〇一〇年)他。

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トランポノミクスは米国の政策をどのように変えるのか。
日本にはどのような影響があるのか。

2 吉川 洋 立正大学経済学部 教授
「経済対話の内容は公開すべき」


 当面の経済政策については、財政出動を目玉にするという。トランプ氏は米国経済がうまくいっていないと考えているようだが、足元の経済は良くなっている。住宅価格はサブプライム・ショックの前の水準に近づいており、経済学者のロバート・シラーはすでにバブル気味と述べているほどだ。FRBもすでに二〇一六年末から金利を上げてきている。ミネソタ橋が崩落するなどインフラの老朽化という問題はあるが、公共 事業の支出額の適正額は、マクロ経済の状況から判断されるべきだ。
 減税の経済活性化の効果も疑わしい。米国の製造業が国際競争力を失ったのは、法人税が高いためではないのだから、いまさら税率を下げたとしても製造業が復活するわけでもあるまい。米国経済を引っ張るグーグルやアマゾンといったIT産業は、米国社会のエコシステムが生み出したもので、政府の政策の結果ではない。その意味でも、トランプ氏の「米国第一主義」はきわめて筋が悪い。
 こうしたなかで安倍首相とトランプ大統領の初の首脳会談で、日米間での経済対話の新設が合意された。もし、このままトランプ政権が安定感を欠いた状況が続くと、経済への悪影響が予想される。そうなれば、対話の場で、日本は「円安誘導」との批判が噴出しかねない。
 過去にも日米構造協議などがあったが、日本にとって米国が求めてくる「国際協調」は鬼門。そもそも、二国間の交渉は、事実誤認に基づくものも多く、筋が悪い政策になりがちだ。過去を振り返っても保護主義は問題の解決にはならないことは明らかだ。
 しかも、ひときわ懸念されるのは、トランプ大統領が財政や経済問題を、安全保障との関係で取引しようとすることだ。日本が為替恐怖症であることは、完全に読まれていて、為替が交渉の人質に取られてしまうかもしれない。マーケットで決まるべき為替レートを交渉の議題にすべきではない。それを避けるためにも、経済対話で協議される内容は情報公開されるべきだ。

吉川 洋(よしかわ・ひろし)
保護主義は全ての国に経済的な打撃を与えるとし、自由貿易を主導してきた米国の歴史的転換を注視する。専門はマクロ経済学。イェール大学大学院修了。Ph.D.。ニューヨーク州立大学経済学部助教授等を経て、東京大学大学院経済学研究科教授。二〇一六年に退官し、現職。財務省財政制度審議会会長(前)、厚生労働省社会保障審議会委員など、公職多数。著書に『デフレーション―“日本の慢性病”の全貌を解明する』(日本経済新聞出版社、二〇一三年)他。

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トランポノミクスは米国の政策をどのように変えるのか。
日本にはどのような影響があるのか。

3 木村福成 慶應義塾大学経済学部 教授
「トランプ時代の国際通商政策」


 トランプ氏の登場によって、米国のみならず世界中が大きな不確実性にさらされている。
 東アジアではまず、安全保障面で一定の安定均衡に落ち着けるかが問題となる。国際通商政策との関係でも、安全保障体制の激変が最も懸念されることだろう。
 次に、世界貿易機関(WTO)を中心とする国際貿易ルールが崩壊しないか、注意しなければならない。トランプ氏が「つぶやいて」いる対米貿易黒字国への高額関税賦課、国境税の導入、メキシコ国境に壁をつくるための高額関税賦課などは、米国がWTOで約束しているWTO譲許関税や無差別原則に抵触する可能性が高い。政策を課された国はWTO紛争解決に訴えるかもしれないが、判断が下されるまで数年かかる。その間、米国が政策を撤回しないなら、相手国も報復措置に走るかもしれない。これまで積み上げてきた国際貿易ルールがないがしろにされることは、世界経済全体に大きな負の効果をもたらす。
 地域経済統合はどうなるか。北米自由貿易協定(NAFTA)は改定交渉に入るのだろうが、何をめざすものとなるのか。環太平洋パートナーシップ(TPP)協定に米国が戻る可能性は短期的にはなくなったが、他の一一カ国は米国抜きのTPPにコミットできるのか。日本は、米国から求められれば、日米FTA交渉に入らざるをえない。どのように交渉すべきか。日本とEUのFTAはまとめられるか。考えねばならない課題は多い。
 こういうときこそ、自由な貿易・投資の論理を貫徹すべきである。たとえば、TPP交渉の際に見られたように、本来日本が進めるべき農業保護の撤廃と、理屈に合わない米車販売要求等とを、政治的調整コストのみを念頭に一緒くたにして交渉してはならない。正論を貫かなければ、理不尽な要求を押し戻すことはできない。
 そして、ASEAN(東南アジア諸国連合)をもり立てて東アジア包括的経済連携協定(RCEP)を取りまとめ、同地域が引き続き自由な貿易・投資を進めようとしていることを世界に示すべきである。すぐに合意できない部分は継続交渉とし、まずは早期に締結することが、いまとなっては重要である。

木村福成(きむら・ふくなり)
国際的生産・流通ネットワークを、理論・実証・政策のさまざまな側面から研究し、メガFTAの重要性を訴えてきた。専門は国際貿易論、開発経済学。ウィスコンシン大学でPh.D.(経済学)取得後、ニューヨーク州立大学経済学部助教授、慶應義塾大学経済学部助教授を経て、二〇〇〇年より現職。二〇〇八年より東アジア・アセアン経済研究センターチーフエコノミストを兼務。著書に『国際経済学のフロンティア―グローバリゼーションの拡大と対外経済政策』〔共編著〕(東京大学出版会、二〇一六年)他。

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トランポノミクスは米国の政策をどのように変えるのか。
日本にはどのような影響があるのか。

4 橘川武郎 東京理科大学大学院イノベーション研究科 教授
「トランプ登場のエネルギー・環境政策への影響」


 トランプ米大統領の登場は、エネルギー・環境政策にどのような影響を及ぼすか。二つの論点に注目したい。
 一つ目は、地球温暖化対策に対する国際的枠組みであるパリ協定(二〇一五年一二月締結、二〇一六年一一月発効)への否定的な影響である。中国と並ぶ二大温室効果ガス排出国であるアメリカで、地球温暖化自体に懐疑的な政権が誕生したことで、パリ協定遂行の勢いが削がれることは間違いない。
 ただし、ここで注意を要するのは、オバマ前大統領の積極的に見えた地球温暖化対策も、じつは、アメリカでのエネルギーをめぐる市場原理を反映したものにすぎなかったという、冷厳な事実である。二〇〇〇年代中葉からシェールガス革命が進行したアメリカでは、天然ガス価格が低下し、天然ガス価格が石炭価格を下回るという、例外的な現象が定着した。この現象を受けて、火力発電所等で石炭天然ガスへの燃料転換が起こり、結果として、二酸化炭素を中心とする温室効果ガスの排出係数は低下した。オバマの地球温暖化対策面での貢献も、自らの政策の成果というより、この市場の変化の恩恵と見なしたほうが正確であろう。
 そうであるとすれば、トランプもまた、アメリカでのエネルギーをめぐる市場原理から自由でありえるはずがない。トランプがいくら「石炭の復活」を唱えても、シェールガス革命が継続し、天然ガス価格が石炭価格を下回り続けるかぎり、石炭復活の効果には限界がある。冷静に見れば、トランプ大統領の登場によってパリ協定が受けるダメージは、限られたものにとどまる可能性が高い。
 二つ目は、米露関係の変化が日露間のエネルギー問題に及ぼす大きな影響である。二〇一六年一二月のプーチン大統領の来日の際、日本はロシアから、領土問題についてもエネルギー協力問題についても、目に見える成果を引き出すことができなかった。その理由は、トランプの大統領当選によって、米露関係が劇的に好転し、対露制裁も解除ないし緩和される可能性が出てきたからである。そうなれば、プーチンとしても、領土問題やエネルギー協力問題で、日本に「譲歩」する必要はなくなる。トランプ大統領の登場は、日露間のエネルギー協力問題にも影を落としている。

橘川武郎(きっかわ・たけお)
経営学の視点から、日本のエネルギー産業を研究。東京大学大学院経済学研究科単位取得退学。経済学博士。青山学院大学経営学部助教授、東京大学社会科学研究所教授、一橋大学大学院商学研究科教授を経て、二〇一五年より現職。専門は日本経営史、エネルギー産業論。経済産業省総合資源エネルギー調査会委員。研究の国際化へ強い関心をもち第二回世界経営史会議(二〇二〇年東京開催)責任者を務める。著書に、『エネルギー産業(産業経営史シリーズ七)』(日本経営史研究所、二〇一五年)他。

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トランポノミクスは米国の政策をどのように変えるのか。
日本にはどのような影響があるのか。

5 岡本行夫 株式会社岡本アソシエイツ 代表
「『アメリカ・ファースト』宣言は日本の好機」


 トランプ大統領の就任演説には落胆した。自由と民主主義を守るアメリカの理念は一言もなく、「アメリカ・ファースト」だけが強調された。「他の国家も自国の利益を最優先する権利がある。アメリカがその輝かしい手本となる」と。歴代大統領の就任演説でこれほど品の悪いものはなかった。このとおりになれば、各国がお互いに背を向けあう世界になる。自由、民主主義、法の支配、自由貿易、金融基盤強化、貧困国支援、環境保全といった「国際公共財」のためのレジームづくりを負担する国はなくなり、世界は漂流する。
 しかし、トランプ宣言は日本の好機だ。日本は「アメリカ・ファースト」を批判するが、よく考えてみれば、自分はずっと「ジャパン・ファースト」でやってきた。各国が何千、何万人規模で難民を受け入れても、日本は数十人、去年は二六人しか難民認定しない。なのに国会の議論は、「トランプの移民入国禁止はけしからんから抗議しろ」。まことに身勝手なものだ。ODA(政府開発援助)は一九九七年をピークに当初予算ベースでは半分近くに減った。それも途上国からの返済金を再び回すから「真水」はまことに少ない。防衛費負担は、GDP対比では世界の一〇二位。海外で日本の市民や財産を守るリスクは外国の軍隊に負わせてきた。
 日本はアメリカを批判する前に、そうした国の姿を変えて、世界に乗り出していくときだ。ロシアと中国の膨張主義が強まり、米国と欧州の役割が低下する世界。そのなかで日本の生息スペースは狭まるばかりだ。いまこそ日本が自らの道を啓開して国際公共財を守る役割を担い、国のフロンティアを広げていくべきだ。
 そしてアメリカに「一緒にやっていこう」と呼びかけよう。幸い、アメリカでは親分は利かん坊でも、閣僚たちには立派な人たちが多い。内閣の外交・安保に携わる人びとの実力はこれまでの政権以上だ。日本が呼びかければ、アメリカも断れまい。逆にこれをやらなければ、日本は漂流する世界のなかで沈んでしまうだろう。

岡本行夫(おかもと・ゆきお)
外交評論家。広い視野と鋭い視点に基づく分かりやすい解説に定評がある。一橋大学経済学部卒業後、外務省入省。一九九一年に退官後、同年岡本アソシエイツを設立。橋本内閣、小泉内閣と二度にわたり首相補佐官を務める。講演、テレビ、新聞・雑誌等、幅広く活動。立命館大学客員教授。東北大学特任教授。MIT国際研究センターシニアフェロー。著書に、首相補佐官当時の回想録『砂漠の戦争』(文藝春秋社、二〇〇四年)他。関連図書に『岡本行夫―現場主義を貫いた外交官90年代の証言』(朝日新聞社、二〇〇八年)などがある。

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