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わたしの構想

今なぜ軽減税率なのか?

「わたしの構想」No.26 2016/10発行
識者:マルコ・ファンティーニ(欧州委員会 税制・関税同盟総局 VAT部門長)、マリー・パロット(ニュージーランド内国歳入庁政策戦略部門 シニア・ポリシー・アドバイザー)、ボー・ロススタイン(オックスフォード大学ブラバトニック公共政策大学院 教授)、大竹文雄(大阪大学社会経済研究所 教授)、星 岳雄(東京財団 理事長、スタンフォード大学 教授) *原稿掲載順
企画:加藤淳子(NIRA 総研 客員研究員、東京大学大学院法学政治学研究科 教授)

今なぜ軽減税率なのか?
 政府は消費増税時期の再度の先送りを表明。2019年10月の引き上げの際、同時に軽減税率制度を導入するとしている。軽減税率導入の目的とされるのが、「逆進性」の緩和だ。消費税には所得や資産に関係なくすべての人に同じ税率がかかるため、所得の低い人ほど、税負担が重くなる逆進性があるとされる。しかし、すでに軽減税率を導入している欧州諸国の専門家は、他国には導入しないよう助言してきた。軽減税率は本当に逆進性の緩和に有効なのか。わが国の実情に合う制度なのか。検討する。

 わたしの構想No.26「今なぜ軽減税率なのか?」PDF    ■ 英文版PDF

 企画に当たって
加藤淳子(NIRA 総研客員研究員、東京大学大学院法学政治学研究科 教授)
「軽減税率が招く不公平―欧州の失敗経験を踏まえて冷静な選択を」

 識者に問う
「今なぜ軽減税率なのか?」

政府は消費税増税時に軽減税率を導入するとしている。
西ヨーロッパの失敗の教訓から何を学ぶべきか。
軽減税率は低所得層への保護となるのか。
識者に聞いた。

1 マルコ・ファンティーニ 欧州委員会 税制・関税同盟総局 VAT部門長
  「欧州で軽減税率が引き起こす問題
 
2 マリー・パロット ニュージーランド内国歳入庁政策戦略部門 シニア・ポリシー・アドバイザー
  「欧州の失敗に学び経済財政の安定を図る

3 ボー・ロススタイン オックスフォード大学ブラバトニック公共政策大学院 教授
  「付加価値税は福祉国家の安定財源―スウェーデン

4 大竹文雄 大阪大学社会経済研究所 教授
  「消費税増税は損失か―行動経済学からアプローチ

5 星 岳雄 東京財団 理事長、スタンフォード大学 教授
  「逆進性緩和は複雑な軽減税率より単純な給付で

            インタビュー実施:2016年7~8月
            インタビュー:豊福実紀(東京大学大学院総合文化研究科 学術研究員)
            編 集:新井公夫
            ※大竹文雄氏・星岳雄氏はご自身の寄稿による

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 識者が読者に推薦する1冊(推薦図書リストはこちらから)

マルコ・ファンティーニ氏
CASE〔2015〕Study to quantify and analyse the VAT Gap in the EU Member States: 2015 Report, TAXUD/2013/DE/321, FWC No. TAXUD/2010/CC/104 for European Commission, TAXUD

マリー・パロット氏
New Zealand Government〔1985〕White Paper on Goods and Services Tax: Proposals for the administration of the Goods and Services Tax, Parliamentary Paper B 27

ボー・ロススタイン氏
Bo Rothstein〔2005〕Social Traps and the Problem of Trust, Cambridge University Press

大竹文雄氏
大竹文雄〔2015〕『経済学のセンスを磨く』日経プレミアシリーズ

星 岳雄氏
James Mirrlees・他9 名〔2011〕Tax By Design: The Mirrlees Review, Oxford University Press

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 企画に当たって
加藤淳子(NIRA 総研客員研究員、東京大学大学院法学政治学研究科 教授)
「軽減税率が招く不公平―欧州の失敗経験を踏まえて冷静な選択を」

 ―軽減税率は定額給付より不公平である。しかもその運用に関わるコストは経済や社会保障を圧迫する。日本の政策決定は国際社会から隔絶している―

 前車の轍(てつ)を踏まずという。やり直しの利かない政策では他国の経験は貴重な教訓である。消費税との関わりは導入以来三十年弱、いま、日本の議論は海外から最も隔絶している。学ばぬ姿勢は失敗を呼ぶ。その危惧から特集を組んだ。

日本と異なる欧州の導入事情
 ファンティーニ氏のインタビューは、「ヨーロッパで逆進性の緩和のため導入された軽減税率」というイメージを覆す。軽減税率はEU型付加価値税(消費税は付加価値税の一種)の特徴とされるが、フランスが一九五〇年代に確立した原型には、軽減税率はなかった。ところが各国が付加価値税を導入するにあたり、反対論に妥協して、一部の品目について従来の低い税率を残すことになってしまった。これが軽減税率である。
 ファンティーニ氏によれば、軽減税率の適用で生じる事務コストは、当初の予想をはるかに超え、それを税金で賄(まかな)うため、標準税率(軽減税率ではない通常の税率)は高騰した。そうなると、自分の業界にも軽減税率を求める政治圧力はさらに増し、欧州連合(EU)の規制も及ばず、各国の対象品目は拡大した。
 日本での議論とは異なり、ヨーロッパは、逆進性緩和のために軽減税率を導入したのではない。さらに、標準税率が高いため軽減税率を用いたのではなく、軽減税率を用いたことで標準税率が引き上げられたのである。

欧州の失敗に学んだニュージーランド
 ニュージーランドは、こうしたEU諸国の経験に学び、軽減税率は設けず、税額票(インボイス)を用い、付加価値税本来の安定した税収を確保し、現在までEUの水準より低い税率の維持に成功している。税収を予測して長期的な成長戦略を立て、財政健全化を進めるというパロット氏の見解は、日本にとっても重要な教訓である。さらに、高所得層をも優遇する軽減税率を退け、付加価値税の安定した税収を支出に回し、社会保障などへの給付を行なうほうが、低所得層を保護すると主張する。
 政治的理由で軽減税率を廃止できないヨーロッパでも、付加価値税により税収を上げ支出面で公平性に配慮する考え方は共有されている。ロススタイン氏は、高所得層への課税から税収を上げて福祉政策支出に充て、効率的な再分配を図るスウェーデンのやり方を紹介する。
 累進的所得課税か、消費税かのトレードオフで考える日本に対し、スウェーデンでは所得、消費の両面から税収を上げ支出も含めて再分配を考える。所得の効果的な捕捉の政策努力と、富裕層の課税回避はいたちごっこに陥る危険がある。スウェーデンでは、所得課税に加え、高額の支出にも付加価値税を課し、富裕層にも確実に課税、実質的な再分配を図る現実的な選択肢を取る。

民意に課税を納得させることができるか
 問題の多い軽減税率であるが、多くの国で増税を納得させる政治的解決策となってきたことも事実である。それなら日本でも増税を受け入れるためには、というのもたしかにうなずける。だが、大竹氏は行動経済学の立場からそれに疑義を呈(てい)する。
 軽減税率の導入を決めたにもかかわらず、増税を再び延期した。直前になると先延ばしするという「現在バイアス」はかえって強化された。必要な政治的解決は、軽減税率ではなく、ニュージーランドやスウェーデンのように課税が経済成長や社会保障の維持に役立つことを、民意に納得させることにある。先延ばしで国民が後悔しないよう、大竹氏の言う「増税が損失でないとするフレーミング」を行なうのが政治の役割である。海外の例もそれを支持する。
 ヨーロッパの経験に学び、軽減税率の適用範囲を広げないようにすれば問題はないという意見も強い。しかし、ヨーロッパでも、現在の日本とまったく同様に、当初は、軽減税率の広がりをコントロールできると考え、必要であれば将来の廃止まで射程に入れていたことを忘れてはならない。
 またIT(情報技術)などを活用し、納税や徴税に関わる事務コストを削減することも期待されている。しかしながらEU諸国ではITの活用によるコスト削減も限られた効果にとどまり、根本的な問題解決に至らなかった。問題となるコストの多くは、イートインと持ち帰りが可能な店の場合、どこまで外食かという例にみられるような「線引き」に関わり、こうした判断を要する問題にITは無力である。
 さらに、軽減税率の対象品目、適用範囲が変われば、納税や徴税の会計方式も不断の対応を強いられる。加えて、日本でもすでに明らかなように中小企業者のIT活用には限界がある。EUの経験は、皮肉にも軽減税率のない簡素な制度の下で初めてITの恩恵が得られることを証明している。

軽減税率より定額給付のほうが逆進性を緩和する
 しかも、軽減税率よりもずっと効率的に逆進性を緩和する方法が存在する。給付である。星氏はなかでも最も単純な定額給付を例に挙げる。高・低所得者を区別せず同額を給付するといえば、多くの人は「不公平なばらまき」と反発するかもしれない。しかし、単純な数値例が明らかにするのは、定額給付のほうが軽減税率より逆進性を緩和する「事実」である。じつは、軽減税率は、富裕層にも貧困層にも同額を給付する場合より不公平なのだ。
 有権者はこの「事実」を伝えられたうえで軽減税率を支持しているのだろうか。民意にいたずらに追随し歓心を買うことなく、こうした「事実」を伝えたうえで、民意の判断を仰ぐのが政治の役割である。給付は増税前に配布してショックを和らげることも可能である。たとえば、富裕層へ給付しなければ、軽減税率より少ない財源でより公平化が図れる。
 低成長時代の現在、増税を先延ばししてきた結果、日本政府の負債の総額(累積債務残高)は国内総生産(GDP)の二倍を超えるという、先進国でも突出して高いレベルにあり、財政は危機的状況にある。消費税率引き上げは社会保障の維持のためであった。しかし、軽減税率のため毎年度必要となる減税分の財源さえ、いまだ確保できていない。消費税率を引き上げても、軽減税率に財源を投入するのであれば、現在のレベルの社会保障の維持は不可能である。
 不公平な軽減税率による標準税率の一段の引き上げと社会保障の削減を受け入れるのか、軽減税率ではなく、給付で負担増に対応し税収を確保して社会保障の維持を図るのか。いま一度、冷静に選択を考えたい。

加藤淳子(かとう・じゅんこ)
NIRA総合研究開発機構客員研究員。東京大学大学院法学政治学研究科教授。博士(政治学)(イェール大学)。専門は比較政治学、政治経済学。公共政策学会副会長。主な著書に『税制改革と官僚制』(東京大学出版会、1997年)、『Regressive Taxation and the Welfare State』(Cambridge University Press, 2003年)がある。

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 識者に問う
西ヨーロッパの失敗の教訓から何を学ぶべきか。
軽減税率は低所得層への保護となるのか。

1 マルコ・ファンティーニ 欧州委員会 税制・関税同盟総局 VAT部門長
「欧州で軽減税率が引き起こす問題」


 EUのほとんどの国は、付加価値税に軽減税率を設け、食料品、医薬品などに適用しているが、歴史的な事情がある。欧州は消費課税の伝統が長く、旧型の消費課税でも一部の商品の税率を抑えていた。一九五〇年代のフランスを先駆けに、各国が新たに付加価値税を導入した時、それを軽減税率の形で引き継いだのだ。
 軽減税率は、現実に問題を引き起こしている。一つは、軽減税率の対象品目を除く、すべての物品・サービスにかかる標準税率が上がってしまう問題だ。EUでは軽減税率の採用が広がったために、非課税措置も含めると付加価値税収の三分の一程度が失われている。その税収減を補うべく、各国の政府は、標準税率の引き上げに頼ってきた。つまり一部の品目の税率を下げるために、他のすべての品目の税率が引き上げられる結果となったのだ。
 もう一つは、税制が複雑になり、徴税・納税コストが想像以上に膨張することだ。軽減税率の対象となる品目を区別し、課税することがいかに大変であるかは、実際に行なってみないとわからない。税務当局は適正に納税されているかを確認するために、税金を使って調査することになる。また、企業や事業主は、軽減税率の対象品目が変更、拡大されると、税制の専門家を雇用するなど経理事務の負担が増し、納税コストが重くなる。インボイスを用いても、徴税・納税コストの削減は難しい。
 EUは、こうした問題を抱える軽減税率を加盟国が採用することを推奨していない。加盟国の法律の基準となる「指令」では、軽減税率は二つまで、税率の下限は五%と規定し、対象品目も限定するよう促している。にもかかわらず、一部の加盟国は、四、五種類に上る軽減税率を設けたり、五%を下回る税率も用いており、EUはそれらの例外を認めざるを得ないのが実態だ。
 いったん軽減税率を適用すると、やめるのは難しい。加盟国では、軽減税率の対象品目が拡大していく傾向がある。軽減税率を適用する理由を見つけるのはたやすく、税率引き下げを求める政治的圧力は、しばしば激しいものとなるからだ。

マルコ・ファンティーニ(Marco Fantini)
EU内の租税政策を担う税制・関税同盟総局で、付加価値税(VAT)に関する政策を担当する。イタリアのルイージボッコーニ商業大学卒業。ミラノInstitute for Stock Exchange Studies、バークレイズ銀行を経て、1994年に欧州委員会経済・金融総局へ入局、ドイツ、ロシア等各国の経済分析を担当。2005年に税制・関税同盟総局に入局。EUにおける国家戦略や同盟の相互作用に関する著書、ロシア経済、EU・ロシア関係に関する論文等を執筆。年次レポート『Taxation trends in the European Union』の編集も担当(2005年~2012年)。モスクワの大学でEUの政策について教鞭を執る。

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西ヨーロッパの失敗の教訓から何を学ぶべきか。
軽減税率は低所得層への保護となるのか。

2 マリー・パロット ニュージーランド内国歳入庁政策戦略部門 シニア・ポリシー・アドバイザー
「欧州の失敗に学び経済財政の安定を図る」


 ニュージーランドは三十年前に付加価値税を導入した際、西欧諸国と異なり、それまで存在した消費課税の複雑な仕組みを引き継ぐことなく、税率は一つだけとした。非課税品目も、きわめて少ない。各国固有の政治的な事情で軽減税率を採用し、対象が広がる一方でやめられなくなった西欧諸国の先例を見れば、最初から採用しないのが賢明である。ニュージーランドには、できるかぎり広く薄く課税することによって、効率的に税収を確保するという明快な方針があった。
 ニュージーランドでも、食料品など、特定の品目について軽減税率を設けよとの意見が出されることがある。しかし、軽減税率は逆進性の緩和には役立たない。その品目を多く消費するのは、本当に低所得者なのか。新聞を買うのは、どちらかといえば高所得者ではないのか。軽減税率は、豊かな人々に恩恵を与えることになる。
 それよりも、低所得者に対象を絞った税額控除や、低所得者の生活を支える社会保障給付で対応するというのが、ニュージーランドのやり方だ。ニュージーランド型の付加価値税を導入したシンガポールでも、低所得者向けのバウチャー制度を設け、給付を行なっている。
 ニュージーランドでは、ほぼすべての物品・サービスに同じ税率で付加価値税を課しているので、制度本来の強みを生かし余計な行政コストを掛けずに、効率的に税収を得られる。付加価値税の税率は一九八九年から二十一年間一二・五%を維持し、いまも西欧諸国よりもはるかに低い水準に抑えているが、財政の健全性は保たれている。
 加えて、軽減税率をもたないニュージーランドの制度は、長期的な税収を予測しやすい。品目ごとの税率が異なる場合には、今後どの産業分野が成長し、どの分野が衰退するかに応じて、税収が変動してしまう。軽減税率を排することによって税収は安定し、それを基盤として、将来を見据えた政策立案が可能になるのだ。

マリー・パロット(Marie Pallot)
ニュージーランド内国歳入庁は日本の国税庁に相当し、税制に関する政府への助言や、徴税、社会的支援のための再分配を任務としている。その中の政策戦略部門で、閣僚に対し、物品税や従業員手当、税務管理に関する租税政策の助言を行なう。カンタベリー大学法学部卒。弁護士。2016年4月までOECD租税委員会第9作業部会(消費税)の座長を務めた。

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西ヨーロッパの失敗の教訓から何を学ぶべきか。
軽減税率は低所得層への保護となるのか。

3 ボー・ロススタイン オックスフォード大学ブラバトニック公共政策大学院 教授
「付加価値税は福祉国家の安定財源―スウェーデン」


 充実した社会保障で知られるスウェーデンは、所得税だけでなく、付加価値税によって多くの税収を得ている。なぜスウェーデン国民が税率二五%にも達する付加価値税の負担を受け入れているかといえば、税と財政支出が直結していて、税負担に見合う福祉政策の恩恵を受けていると感じているからだ。
 私は子供を大学に通わせるのに、一クローナも貯金する必要がなかった。仮に大学の授業料を有料化し、年金を削り、個人が民間の医療保険に加入する制度に変更したとする。「その代わり減税します」といわれても、国民は少しも喜ばず、それを受け入れないだろう。
 付加価値税は高所得者も低所得者も同じ税率で課税される。このため、「所得再分配に逆行し、公平でない」という主張もあるが、スウェーデンでの受け止め方はまったく異なる。裕福な人ほど支出が多いため、付加価値税の負担は大きい。その結果、安定して得られる付加価値税の税収がユニバーサルな福祉政策などの財政支出に充てられることで、効果的な所得再分配が行なわれていると国民は納得している。裕福でない人も十分な医療や教育を受けられるべきだという公平観も、国民に浸透している。
 軽減税率が食料品などに適用されているが、低所得者への配慮ではなく、業界が政治的に働き掛けた結果である。この飽食の時代に食料品の消費を促し、キャビアやフォアグラなどにかかる税まで軽減することは、妥当ではない。
 累進課税が必ずしも公平とは言い切れない。かつてスウェーデンの所得税はきわめて累進性が強かった。高い税率に直面した高所得者が租税回避を図り、累進的な所得税への信頼感が損なわれた面がある。
 福祉国家を築いた社会民主労働党は、財政健全化を重視し、福祉制度の安定財源として付加価値税を活用してきた。福祉国家に対する国民の支持は、グローバル化の下でも揺るがず、むしろ強化されている。

ボー・ロススタイン(Bo Rothstein)
世界的に高名なスウェーデンの政治学者。政治と学問の自由に関して数多く発言している。ルンド大学博士(政治学)。ウプサラ大学助教授、ヨーテボリ大学教授等を経て、2015年より現職。2004年にヨーテボリ大学にてQuality of Government (QoG)研究所をホルムベリ同大教授とともに設立し、2015年まで所長を務めた。2012年よりスウェーデン王立科学アカデミーの会員を務める。著書に『The Quality of Government: The Political Logic of Corruption, Inequality and Social Trust』(University of Chicago Press, 2011年)他。

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西ヨーロッパの失敗の教訓から何を学ぶべきか。
軽減税率は低所得層への保護となるのか。

4 大竹文雄 大阪大学社会経済研究所 教授
「消費税増税は損失か―行動経済学からアプローチ」


 「きょう一万円受け取るか、一週間後に一万一〇〇円か」と問われると前者を選ぶ人が多い。一方、「一年後に一万円受け取るか、一年と一週間後に一万一〇〇円か」なら、後者を選ぶ人が多い。一年後の話には忍耐強い人が多いが、一年経(た)つと、一年前の自分の選択を変更したくなる。行動経済学で「現在バイアス」と呼ぶ特性だ。
 当初、二〇一五年十月に予定していた消費税の増税が、実施まで一年を切った二〇一四年十一月に十八カ月間延期することが決まった。二〇一六年六月には、再分配効果も弱く、消費行動にゆがみを与える軽減税率の導入とともに、さらに三十カ月延期された。「遠い将来」と感じられていたときには消費税増税を支持したのに、増税の時期が近づくと二度も先延ばしした。
 財政破綻を防ぐため、将来、増税が必要だという認識は国民のあいだに共有されているので、国民は消費税引き上げの公約に賛成する。しかし、その時期が近づくと、「現在の利得」を重視し、公約の破棄を国民は支持する。国民に現在バイアスがあるからだ。しかし、「先延ばし行動」で後悔することになるのは国民自身だ。
 消費税増税の延期について、もう一つの行動経済学的説明は「損失回避」と呼ぶものだ。損失を確定するよりも、現状維持の可能性があれば、大きな損失がある「ギャンブル」を選んでしまう、という特性だ。消費税増税の文脈に当てはめると、「増税を受け入れて現時点で損失を確定すること」と、「財政破綻・高インフレによる損失が生じるかもしれないが、経済成長による財政再建の可能性を探るギャンブル」という二つのあいだの選択で、後者を選ぶというものだ。
 現在バイアスによる先延ばしを防ぐには、行動を縛るコミットメント手段が必要だが、二度にわたる公約の破棄で信頼性をなくした。また、損失回避によるギャンブル政策の選択を防ぐには、増税は損失だ、と認識されにくい「フレーミング」が必要である。ニュージーランドやスウェーデンのように増税に成功してきた諸国では、そのような行動経済学的な工夫がなされてきたはずだ。

大竹文雄(おおたけ・ふみお)
大阪大学博士(経済学)。専門は労働経済学、行動経済学。大阪府立大学講師、大阪大学社会経済研究所助教授等を経て、2001年より現職。2013年~2015年には同大学理事・副学長を務めた。内閣府税制調査会特別委員や文部科学省中央教育審議会専門委員等、数多くの政府委員を歴任。著書『日本の不平等―格差社会の幻想と未来』( 日本経済新聞社、2005年)がサントリー学芸賞(2005年)および日本学士院賞(2008年)を受賞。

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西ヨーロッパの失敗の教訓から何を学ぶべきか。
軽減税率は低所得層への保護となるのか。

5 星 岳雄 東京財団 理事長、スタンフォード大学 教授
「逆進性緩和は複雑な軽減税率より単純な給付で」


 軽減税率導入の主目的は消費税の逆進性緩和だが、 軽減税率の適用は、高所得者により大きい金額を配る政策と同じで、所得の不公平感はむしろ増すだろう。逆進性緩和には簡単でより効果的な方法がある。
 数値例を使って説明する。毎月の所得が二〇万円の低所得者と毎月の所得が一〇〇万円の高所得者を考えよう。低所得者の消費額は一五万円で、そのうち五万円が食料への支出であるとする。高所得者の消費額は四四万円で、そのうち一〇万円が食料への支出であるとする。
 税率一〇%がすべての消費に適用されると、低所得者と高所得者はそれぞれ一・五万円、四・四万円の消費税を払う。所得との比率で言えば、低所得者は所得の七・五%を、高所得者は所得の四・四%を支払う。消費税が逆進的だと言われる所以(ゆえん)である。
 ここで食料にかかる消費税に八%の軽減税率が適用されるとする。低所得者は一・四万円(一〇万円× 一〇%+五万円× 八%)、高所得者は四・二万円(三四万円× 一〇%+一〇万円× 八%)の税負担になり、所得に対する比率はそれぞれ七・〇%、四・二%。軽減税率でたしかに逆進性は少し緩やかになる。
 しかし、減税の絶対額を比べると、軽減税率によって低所得者の税負担は一〇〇〇円減るのに対し、高所得者は二〇〇〇円減る。軽減税率のための三〇〇〇円の「財源」は、低所得者に三分の一、高所得者に三分の二が配分される。消費税の逆進性が緩和されるといわれても、格差が少なくなると思う人はいないだろう。
 同じ三〇〇〇円を使って、逆進性をもっと緩和することができる。三〇〇〇円を一五〇〇円ずつ平等に配ればよい。この「〇・一五万円の還付」をすると、税負担は低所得者が一・三五万円、高所得者が四・二五万円、所得に対する比率はそれぞれ六・七五%、四・二五%になる。
 複雑で事務コストも高く、経済行動にも大きなゆがみをもたらす軽減税率を導入するより、軽減税率で減少する税収と同じ金額を国民に平等に分配するほうが、簡単でしかも逆進性緩和の効果が高いのである。

星 岳雄(ほし・たけお)
30年以上米国を拠点にし、同国での日本経済研究の第一人者。スタンフォード大学でも日本研究プログラムを積極的に進めている。専門は金融論、マクロ経済学、日本経済論。マサチューセッツ工科大学博士(経済学)。カリフォルニア大学サンディエゴ校教授を経て、2012年よりスタンフォード大学教授。2016年より東京財団理事長も務める。著書に『何が日本の経済成長を止めたのか―再生への処方箋』〔共著〕(日本経済新聞出版社、2013年)他。

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E-mail:info@nira.or.jp

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