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わたしの構想

所得格差と税制

わたしの構想No.18 2015/12発行
識者:近藤絢子(横浜国立大学大学院国際社会科学研究院 准教授)、森信茂樹(中央大学法科大学院 教授)、佐藤主光(一橋大学経済学研究科、国際・公共政策大学院 教授)、小林慶一郎(慶應義塾大学経済学部 教授)、小塩隆士(一橋大学経済研究所 教授)           *原稿掲載順
企画:翁 百合 (NIRA理事)

所得格差と税制
中高年層の非正規雇用の問題や、高齢者の貧困が懸念されている。拡大する貧困層の負担軽減の観点から見て、現在の税制や社 会保障制度は十分機能しているのか。貧困層の問題を解決するための改革メニューを提示する。

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 企画に当たって
「所得格差と税制」 翁 百合(NIRA理事)


 識者に問う
「所得格差の拡大に税制はどう対応していくべきか」

近年、日本においても格差の拡大、とりわけ貧困層の拡大が、大きな問題となってきている。日本の経済社会の変化に対し、現在の税制で対応できていない点はどこにあるのか。また多岐にわたる貧困の解決に向けて、どのように税制を改革すべきか。労働経済、税制、財政、マクロ経済、公共経済の学識者に、考えを聞いた。

*以下、記事中の敬称は略


1 近藤絢子「非正規雇用でも暮らしていけるような社会を

2 森信茂樹「給付付き税額控除でワーキングプアへの対策を

3 佐藤主光「働くことを促す給付の仕組みを

4 小林慶一郎「マイナンバーの活用で資産の把握を

5 小塩隆士「社会保険料の逆進性を是正せよ

               インタビュー実施 :2015年10月
               聞き手:川本茉莉(NIRA研究コーディネーター・アシスタント)
               編 集:原田和義

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 企画に当たって
「所得格差と税制」 翁 百合(NIRA理事)


 2015年11月に税制調査会から、「経済社会の構造変化を踏まえた税制のあり方に関する論点整理」が公表された。そこでは、経済社会の実態の分析をもとに、若年層を中心とする低所得化や、家族モデルの変容により、従来あった会社や家族などのセーフティーネット機能が低下し、このことが人々の生活基盤を脆弱(ぜいじゃく)化させるだけでなく、さらなる少子化と人的資本形成の阻害を招き、成長基盤が損なわれるリスクもあると指摘している。
 こうした日本社会の変化によって生じている問題に対しては、保育制度、就労支援制度の充実などさまざまな政策を動員して対応する必要がある。所得税や資産税などの税制も、社会保障制度と連動しつつ、再分配機能を強化し、格差を是正して誰もが希望すれば結婚し、子どもを産み育てられる社会を築けるように見直すことが必要と考えられる。
 今回の「わたしの構想」では、識者の方々に、日本の経済社会の格差拡大と、現状の税、社会保障制度の関係についての認識を伺い、どのような視点に立ち、どのように制度を再構築する必要があるか、について伺った。識者の方々からは、一様に格差是正に対して税、社会保障制度の対応が遅れていることが指摘された。特に所得の低い層に対する社会保険料の逆進性への対応や、就労支援的な税制が必要であるとの指摘が多かった。そのために必要な新たな制度として、給付付き税額控除制度、特に働く人が報われるような勤労税額控除制度と、社会保険料負担を相殺する給付制度を組み合わせた制度の導入が有効ではないか、という提案が浮かび上がってきた。また、格差是正のためのインフラとして、まさに本年導入されたマイナンバーの活用で、所得や資産把握を徹底する重要性の指摘もあった。
 生活基盤や成長基盤の再構築は一刻を争う問題であり、これらの政策の早期の検討と実現が求められる。

翁 百合(おきな・ゆり)
NIRA理事。日本総合研究所副理事長。京都大学博士(経済学)。 専門は金融、財政等。最近は医療分野にも関心を寄せている。


 給付付き税額控除とは
税と社会保障を一体的に考えることにより、税額控除を受けられない課税最低限以下の低所得者に対して、給付を行う仕組み。欧米諸国やニュージーランド、韓国などですでに導入されている。その類型は、政策目的に応じて ①勤労税額控除 ②児童税額控除 ③諸費税逆進性対策税額控除に大別される。またオランダでは、社会保険料負担も考慮し、給付額で社会保険料負担を相殺する仕組みになっており、現金支給はない。
〈参考文献〉 森信茂樹〔2010〕『税で日本はよみがえる―成長力を高める改革』 日本経済新聞出版社


 識者が読者に推薦する1冊 (推薦図書リストはこちらから)

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1 非正規雇用でも暮らしていけるような社会を
近藤絢子 横浜国立大学大学院国際社会科学研究院 准教授


 社会保険料の負担が所得の低い層で逆進的になっていることが、貧困問題を考えるうえで1番重要な課題だ。労働時間が週30時間に満たない非正規雇用者は、通常の被用者保険ではなく、国民健康保険や国民年金に入らざるを得ないため、負担が重くなる。年収300万円で被用者保険に加入している正社員と、年収200万円の非正規雇用者を比べると、後者の方が相対的に負担が重くなっている。
 また、日本の所得税制にも問題はある。年収800万円くらいのアッパーミドル層の税率が欧米に比べると低くなっており、負担が軽い。
 こうした制度上の問題により負担が1番重くのしかかるのが、40歳代までの非正規雇用の独身者たちである。健康で働ける状態にあり、子どももいない勤労世代の人に対しては、給付という形で支援する理由を見つけるのは難しく、政治的にも支持されにくいため、税や社会保障による再分配の仕組みが必要だ。所得の不平等度を示すジニ係数をみると、現役世代の人々のジニ係数は、再分配の前と後とで変わらず、現役世代の人たちの間では再分配ができていないことがわかる。
 就職氷河期のあおりを受けた世代は今30代後半から40代前半に達しているが、その年代の非正規雇用の比率がじわじわと上がっている。来年より被用者保険の適用拡大が始まる。非正規雇用者を全員正規雇用にするのは現実には非常に難しいことなので、非正規雇用でも安心して暮らせるように、正規と非正規の雇用条件の溝を埋めていけるような働き方ができるようにする必要がある。

近藤絢子 (こんどう・あやこ)
若年雇用を取り巻く状況について研究。労働市場参入時の不況の影響が長期的に続く「世代効果」の要因として、非正規雇用からの脱出の難しさを指摘。専門は労働経済学。
コロンビア大学博士(経済学)。大阪大学社会経済研究所講師、法政大学経済学部准教授を経て、2013年より現職。
若年雇用に関する日本語の論文として「溶けない氷河―世代効果の展望」『 日本労働研究雑誌』 2007年12月号(共著)など。

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2 給付付き税額控除でワーキングプアへの対策を
森信茂樹 中央大学法科大学院 教授


 日本には、失業保険という第1のセーフティーネットと最後のとりでといわれる生活保護が完備されているが、その中間の施策がない。つまり一生懸命フルタイムで働いても年収200万~300万円にしかならないワーキングプアへの対策が抜け落ちている。このことはこれまでの日本ではあまり問題になってこなかったが、最近では非正規雇用の割合が3割~ 4割を占め、ワーキングプアをそのまま放置しておくと貧困問題だけでなく少子化にもつながっていく。
 この問題を解決するためには、給付付き税額控除の導入が有効である。これは、一定以上の勤労所得のある人に対して勤労を条件に税額控除を与え、控除額が所得を上回る場合には給付するという仕組みである。日本の社会保障にはインセンティブという政策が欠けている。単なる給付ではなく、働けば給付するというふうにすれば、いわゆるポバティートラップ(貧困の罠(わな))という問題も起こらない。
 2012年に成立した税制抜本改革法案には、給付付き税額控除の導入の検討について明記されているにもかかわらず、実際の検討は進んでいないのが実情だ。その大きな要因は、給付付き税額控除が税と社会保障を一体的に運営するという思想であり、官庁をまたがっていることである。霞が関でいえば、税制を預かる財務省と社会保障を受け持つ厚生労働省をつながないといけない。
 また、給付に対してはバラマキ批判も出やすい。そこで給付ではなく社会保険料負担を相殺する形で減らすように設計すれば、そのような問題も起きなくなる。オランダが実施しているこの方式が、1番実現性が高いだろう。

森信茂樹 (もりのぶ・しげき)
税制の第一人者。社会保障と税の一体改革について幅広く研究し、経済成長と財政再建の両立には、税制改革が必要であると主張する。専門は租税法、租税政策。
大阪大学博士(法学)。京都大学法学部卒業後、大蔵省に入省、プリンストン大学客員研講師・研究員、財務省財務総合政策研究所所長等を経て、2007年より現職。現在、ジャパン・タックス・インスティチュート所長、東京財団上席研究員を兼務。
著書に『税で日本はよみがえる―成長力を高める改革』(日本経済新聞出版社、2015)ほか。

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3 働くことを促す給付の仕組みを
佐藤主光 一橋大学経済学研究科、国際・公共政策大学院 教授


 貧困層に対する再分配政策は、税制で対応すべきであり、所得税が大きな役割を果たす。日本の所得税は再分配機能が損なわれているというが、その要因は所得控除にある。再分配機能を強化するという観点からは、所得控除を見直して、高所得者から適切に税を取るべきだ。
 それに合わせて、低所得者へ税を移転する仕組みが必要である。日本の所得税制では、課税最低限を下回る低所得者に対し、課税免除はあるが給付はない。今、問題となっている勤労世代の貧困層は、機会があれば働くことができる。その意味で、働く人が報われる移転の仕組みである、勤労税額控除が有効だろう。この制度は、勤労所得がないと給付がもらえないため、就労を促す効果がある。所得の低いときは給付を受け、所得が十分高くなったら税という形で社会に返すという、一貫性を持った仕組みといえる。
 一方で、支える人の意欲への配慮も必要だ。限界税率を高くせず、広く薄く税を取るようにするべきである。支え手となる人々の就労を促進するために、配偶者控除など女性の就労を阻害している要因は排除していく必要がある。
 勤労税額控除の導入に際してまず課題となるのは、所得の捕捉である。税金を納めていない低所得者は、いくつもアルバイトを掛け持ちするものの、確定申告もしないため、所得がうまく捕捉できていない。マイナンバー制度が始まることで、低所得者の所得捕捉に道が開ける可能性は大いにある。また、税金を取る税務署と給付の窓口となる市役所の間でしっかりと連携をし、所得情報の共有や円滑な伝達をしていくことが次の課題になっていくだろう。

佐藤主光 (さとう・もとひろ)
税制や地方財政に精通。地方税収の安定化と経済のグローバル化への対応のために、地方税改革が不可欠であると提言。また、地方交付税が地方の財政規律を失う要因であると指摘する。専門は財政学。
クイーンズ大学博士(公共経済学)。一橋大学経済学研究科准教授等を経て、2009年より現職。現在、内閣府「税制調査会」委員を務める。
著書に『地方税改革の経済学』(日本経済新聞出版社、2011)ほか。

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4 マイナンバーの活用で資産の把握を
小林慶一郎 慶應義塾大学経済学部 教授


 日本の厳しい財政状況を踏まえれば増税は避けられず、歳出カットも相当な規模で必要である。生活保護や年金、高齢者医療のような社会保障関係の歳出も抑制せざるを得ないだろう。そうした中で、貧困層になるべくしわ寄せがいかない形で、増税と歳出削減を同時にしていかなければいけない。
 消費税での増税が中心になるだろうが、消費税は低所得者にも等しくかかってしまうので、負担軽減のための対応が必要になる。軽減税率の仕組みでいいのか、還付金のような形がいいのかを含め、貧困層への悪影響がなるべく軽減される税制の仕組みを考えておくべきだ。消費税率10%の水準だけで判断せず、今後もっと税率が上がるという前提で、しっかりした制度を設計することが求められる。
 また、マイナンバーをうまく活用して資産の把握をすることで、適切な税と社会保障の仕組みをつくる必要がある。現在、特に高齢者の中で貧困層と富裕層の格差が広がっている。彼らに同じ社会保障を提供し、同じ税負担をしてもらうことでいいのかどうか、きちんと考え直さなければいけない。高齢者の豊かさは所得だけでは測れないことが多いが、マイナンバーを使えば、金融資産や不動産などをどれだけ保有しているか、ひも付けすることも可能だ。プライバシーを多少犠牲にしても、当局が個人の資産分布状況を把握し、貧困層と富裕層で税額や社会保障給付に差を付ける必要があるだろう。豊かな人から本当に貧しい人に再配分がいくような、公平な税と社会保障の制度を目指していくべきだ。

小林慶一郎 (こばやし・けいいちろう)
経済変動に関して理論的に研究し、金融システムを本質的な形で組み込んだマクロ経済モデルを作ることを目指す。政権交代などの政治経済的な研究にも取り組む。専門はマクロ経済学、金融論。
シカゴ大学博士(経済学)。東京大学大学院修士課程(数理工学)修了後、通商産業省に入省、経済産業研究所研究員、一橋大学経済研究所教授等を経て、2013年より現職。現在、キヤノングローバル戦略研究所研究主幹を兼務。
著書に『日本経済の罠―なぜ日本は長期低迷を抜け出せないのか』〔共著〕(日本経済新聞社、2001)ほか。

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5 社会保険料の逆進性を是正せよ
小塩隆士 一橋大学経済研究所 教授


 所得の再分配政策については、税制より社会保障の方に問題が多く、社会保険料の逆進性の是正策を検討する必要がある。国民年金(国年)や国民健康保険(国保)は保険料が定額であるか、あるいは定額部分を伴っているため、所得が低くなるほど負担が相対的に重く、逆進的に働く。
 国年や国保はもともと、自営業者や農林業者を念頭にできた仕組みで、保険料と所得との連動性が意識されていない。しかし最近では、非正規雇用者として民間企業で働く人々の、国年・国保への加入が大幅に増えている。そうした人たちの所得は相対的に低く、保険料の逆進性に直面することになる。この状況はそれ自体是認できないばかりか、低所得層が医療保険・公的年金というセーフティーネットから外れる危険性を高める。実際、低所得層による保険料の未納・未払いの多さは統計的にも確認できる。社会的に最も支援が必要な人たちほど、そのセーフティーネットの恩恵を受けにくいという状況は逆説的である。
 これを解決するには、保険料負担のあり方を、所得税制の見直しとセットで考えていくべきだろう。
 給付付き税額控除を導入し、課税最低限以下の低所得層に対して、納めるべき税額を控除が上回る分だけ給付するようにする。さらに、その給付されるべき税額を保険料負担と相殺する。このような仕組みはオランダなどですでに導入されている。これにより、実際の給付はなくとも、保険負担が軽減され保険料も拠出しやすくなる。世界に誇れる「国民皆年金」「国民皆保険」という制度を維持するためにも、税制改革と連動した社会保障改革が必要になる。

小塩隆士 (おしお・たかし)
公的年金などの社会保障や所得分配、再分配政策、教育政策のあり方を専門とする。特に社会保障については、社会保障制度の高齢者就業への影響などについて国際比較の視点から分析を行う。専門は公共経済学。
大阪大学博士(国際公共政策)。東京大学教養学部卒業後、経済企画庁(現内閣府)等を経て、2009年より現職。
著書に『持続可能な社会保障へ(世界のなかの日本経済:不確実性を超えて〈5〉)』(NTT出版、2014)ほか。

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 識者が読者に推薦する1冊(推薦図書リストはこちらから)

近藤絢子 氏
西村周三・他8名〔2015〕『《特集》雇用の変化と社会保険』日本労働研究雑誌2015年6月号(No.659)pp.1-97

森信茂樹 氏
森信茂樹(編著)・野村資本市場研究所「マイナンバー活用の可能性」研究会〔2015〕『未来を開くマイナンバー―制度を使い こなす事業アイディア』中央経済社

佐藤主光 氏
Sir James Mirrlees・他9名〔2010〕Dimensions of Tax Design: The Mirrlees Review, Oxford University Press

小林慶一郎 氏
橋爪大三郎・小林慶一郎〔2014〕『ジャパン・クライシス―ハイパーインフレがこの国を滅ぼす』筑摩書房

小塩隆士 氏
森信茂樹〔2010〕『日本の税制―何が問題か』岩波書店

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