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わたしの構想

EUは強靱たりうるか

わたしの構想No.16 2015/10発行
識者:片上慶一 (欧州連合日本政府代表部 特命全権大使)、嘉治佐保子 (慶應義塾大学経済学部 教授)、遠藤 乾(北海道大学公共政策大学院 副院長)、植田健一(東京大学大学院経済学研究科 准教授)、グントラム・B・ヴォルフ(ブリューゲル研究所 所長)
                                 *原稿掲載順
企画:柳川 範之 (NIRA理事)

EUは強靱たりうるか
ユーロ経済圏を脅かすギリシャの債務危機問題は、チプラス政権がEUの財政緊縮案を受け入れる姿勢を打ち出したことで、当面の道筋が見えてきた。しかし、ユーロの制度的欠陥が解決されたわけではなく、スペイン、イタリアなど潜在的な財政危機を抱えるEUの将来は依然不透明である。
EUが安定した地域経済圏を形成するための課題は何か。

 小冊子PDF      英文版PDF

 企画に当たって
  「EUは強靱たりうるか」 柳川 範之(NIRA理事)


 識者に問う
「EUが安定した地域経済圏となるために何をすべきか」

ギリシャの債務問題の処理を巡っては、ギリシャへの緊縮政策の妥当性、ドイツの優越性、ユーロの制度的欠陥など多くの指摘がなされた。
安定した地域経済圏を形成するためのEUの課題とは何か。
その解決に向けた具体的な方策は何か。
EU代表部日本大使、ベルギー本拠地のシンクタンク所長、国際金融、欧州経済、欧州政治の学識者に、考えを聞いた。

*以下、記事中の敬称は略

1 片上慶一「しなやかな強靱さをもつEU

2 嘉治佐保子「政策リテラシーを磨く

3 遠藤 乾「ヨーロッパ大の財政民主主義の難しさ

4 植田健一「市場メカニズムを通じた債務の抑制

5 グントラム・B・ヴォルフ「ユーロ圏の統治改革のために重要なこと

                           インタビュー実施 :2015年8 ~9月
                           聞き手:豊田奈穂(NIRA主任研究員)
                           編 集:原田和義



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 企画に当たって
「EUは強靱たりうるか」 柳川範之(NIRA理事)


 ヨーロッパ経済が、日本経済や世界経済に与える影響はかなり大きい。にもかかわらず、米国に比べるとその実態に関する情報は、日本にあまり入ってこない。特にEU(欧州連合)のあり方については、ヨーロッパの経済や社会に多大な影響を及ぼしているが、その実態や構造に関して、十分な情報が提供されているとは言いがたい。そこで、今回の『わたしの構想』では、EU問題に詳しい識者の方々に、ヨーロッパ経済の今後、およびEUの今後のあり方について、さまざまな側面から語っていただいた。
 ギリシャの経済危機等を通じて、EUの今後についてはさまざまな不安要素が語られてはいる。とはいえ、そもそも欧州を1つに統合するという試み自体が、冷静に考えるとハードルのかなり高い話であり、片上氏が述べているように、『半歩下がって1歩進む』という姿は、織り込み済みの当然のことなのかもしれない。しかしながら、今回の危機はかなり根幹を揺るがしかねない問題もはらんでおり、それぞれの識者の方が語っている処方箋は、いずれもとても興味深く傾聴に値する。
 本質的には、通貨の統合が進んだにもかかわらず、財政面では不十分な統合である点や、国の枠を超えて行える所得再分配機能に限りがある点は、かなり構造的な問題ではある。しかし、その問題点を前提にしつつも、政治的に可能な範囲で改革は進められていくだろう。その結果生じるEUの変化については、それがどのような方向に進むのであれ、注視しておく必要がある。
 そして、構想についてのインタビューをすべて終えた後に、フォルクスワーゲンの不正事件が発覚した。1社だけの問題ではなく、ドイツ経済全体にも影響が及ぶ事態になりつつある。EUの中で好調を維持してきたドイツなだけに、EUおよびヨーロッパ経済に与える影響も大きいだろう。ますますEUの今後から目が離せない。

柳川範之(やながわ・のりゆき)
NIRA理事。東京大学大学院経済学研究科教授。東京大学Ph.D.。 専門は契約理論、金融契約。

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1 しなやかな強靱さをもつEU
   片上慶一 欧州連合日本政府代表部 特命全権大使


 EU の集権化と加盟国の主権の間に横たわる緊張関係は、60年に及ぶEUの歴史そのものである。この対立の中で、半歩下がって1歩進むといった形で、これまで常に政治的かつ現実的な英知が働きEUの統合が強化されてきた。その意味でそもそもユーロ圏は完全なシステムとして成立したわけではなく、2009年の欧州債務危機を経て、銀行の監督や財政規律の強化が図られ、現在、遅くとも2025年を最終段階とする、ユーロ圏財務省の創設をも視野に入れた「経済通貨同盟の強化に関する計画」が議論されているところである。
 ちなみに、今年に入り、ユーラシアグループの「トップリスク2015」が、迷走する欧州政治を第1位に挙げ、紙上では、GREXIT(ギリシャのユーロ離脱)、BREXIT(英国のEUからの離脱)とEU懐疑主義の台頭が大きく取り上げられている。欧州経済が一向に改善しない中、本当にEUは役に立っているのかという不信と不満が、EUにより厳しい財政規律を強要されることに対する批判、EUが移民問題に対し効果的な対策を打ち出せないことに対する批判等と相まって、EU懐疑主義の台頭につながっている。これは、不信と不満の原因が加盟国国民の生活に直接根ざしているものであるが故に、これまでとは異なる深刻さを呈している。
 昨年11月に就任したユンカー委員長の下、欧州委員会はこの深刻さを十分認識しており、これに対する「答え」として、3150億ユーロの投資効果を有するとされる「欧州のための投資プラン」の一環として欧州戦略投資基金の創設、デジタル単一市場、エネルギー連合の設立等の施策を矢継ぎ早に打ち出している。既に、投資基金に基づく具体的プロジェクトが実施に移され始めており、また、デジタル分野ではEU内のローミング料金の廃止が決定される等、具体的成果も少しずつ見え始めている。これらの施策を通じて、EUが目に見える具体的な成果を加盟国、さらにはEU市民に示していくことが、EUに対する信任回復、安定した地域圏形成の鍵となると私としては考えている。

片上慶一 (かたかみ・けいいち)
外交官。経済連携協定(EPA)、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の締結に向けた交渉にあたるなど、日本の経済外交におけるエキスパート。
東京大学法学部を卒業後、外務省に入省、経済外交担当大使、外務省経済局長兼内閣官房内閣審議官兼TPP政府対策本部員等を経て、2014年より現職。
欧州連合日本政府代表部はEU加盟国との外交拠点としてベルギーのブリュッセルに所在。

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2 政策リテラシーを磨く
   嘉治佐保子 慶應義塾大学経済学部 教授


 EUにおける危機の背景には、政策リテラシーが低い投票者がいて民主主義が十分に機能していないことがある。その結果、短期的に不人気でも長期的に望ましい政策が採用されず持続可能性が失われる。どこの国にもイソップの寓話(ぐうわ)のように、将来に備えて改革を推進するアリ派と、足元の経済を優先して改革を先延ばしするキリギリス派がいる。しかし、キリギリス派の人も結末に思いを巡らせ、このままでは危ないと思えば、別の政策を支持するかもしれない。欧州の将来は、アリとキリギリスという根本的に異なる哲学の対立と妥協の中から、どのようなバランスで政治的・経済的なインフラが築かれていくかで決まると思う。
 EUは2000年のリスボン戦略において、改革を断行して官民の硬直性を除去し、世界で1番競争力がある経済社会を目指すと宣言した。しかし改革の進まない国が残り、例えばギリシャは厳しい財政状況下にありながら基幹産業の海運業はほぼ非課税。それを問題視する政治家も出ず、多くの国民がお任せ民主主義を選ぶ中で危機に突入した。その結果、政治的に未経験な極左政権が誕生し混乱を招き、先の見えない状態が続いている。遠からず日本でも危機がおきる可能性はあり、これは決して対岸の火事ではない。
 こうした事態を回避するには、国民が政策の「コスト」と「ベネフィット」を理解し、自らの選択の結末を考えて選ぶように民主主義が機能することが重要だ。そのためには、例えばスポーツクラブ程度に行きやすいタウンミーティングの場が各所にあって、普通の人が政策リテラシーを磨くことができる機会を増やすことが急務である。

嘉治佐保子 (かじ・さほこ)
欧州経済の問題に精通する。欧州債務危機を教訓に、日本も民主主義の機能を改善することが急務であると指摘する。
ジョンズ・ホプキンス大学経済学博士。専門は国際マクロ経済学、欧州経済。慶應義塾大学経済学研究科修士課程修了後、慶應義塾大学経済学部助手、同大学助教授を経て、1999年より現職。現在、Professional Career Programme Co-ordinatorおよびPEARL Academic Directorも兼務。
著書に『ユーロ危機で日本はどうなるのか』(日本経済新聞出版社、2012)ほか。

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3 ヨーロッパ大の財政民主主義の難しさ
   遠藤 乾 北海道大学公共政策大学院 副院長


 危機の過程でEUを構成する加盟国の民心はバラバラになってしまった。超国家的組織であるEUが自生的に機能するためには、ヨーロッパ・アイデンティティーの醸成によって地域間の経済的不均衡を是正することが不可欠だが、短期的には至難の業だ。
 地域間の不均衡は、通貨統合後の各国の構造調整のスピードに差が生じたことに起因する。生産性や競争力のある富める国へ資金が集積しており、これを是正するには広い意味での資金移転が必要となる。資金移転は、内需拡大や移民による送金など市場経済を経由して行うことも可能だが、それだけでは不十分だ。やはり、富める国から貧しい国への財政移転が常識的な解となる。ドイツやオランダが勝ち得た資金や信用を、はみ出した諸国と分かち合えるような、政府間での公的な所得再分配を強化する仕組みを少しずつ作っていかねばならない。
 EU内での再分配を可能とするには、国を超えた連帯感の醸成と、それに基づいた「ヨーロッパ大のデモクラシー」が必要だ。自分たちが一生懸命勝ち得た資金や信用がきちんと使われているという民主的なチェックができて初めて財政民主主義は機能する。しかし、EU次元でのチェック機能を支えるはずの欧州議会は、ブリュッセルのエリートとみなされ、民心との距離が埋められていない。選挙の投票率も低く、人々の関心は低い。ヨーロッパのデモクラシーの醸成はいまだ困難である。経済面で進む域内の統合と希薄なアイデンティティーの間の矛盾を乗り越えることがEUに求められている。

遠藤 乾 (えんどう・けん)
EU政治に精通し、現在のEUを国家でも単なる国際組織でもない“宙ぶらりん”の状態でありながらそれなりに安定した存在と評する。
オックスフォード大学博士号(政治学)。専門は国際政治学、ヨーロッパ政治。欧州共同体委員会・「未来工房」専門調査員、北海道大学法学部助教授等を経て、2006年より同大学大学院法学研究科・公共政策大学院教授。現在、公共政策大学院副院長を兼務。
編書に『ヨーロッパ統合史(増補版)』(名古屋大学出版会、2014)ほか。

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4 市場メカニズムを通じた債務の抑制
   植田健一 東京大学大学院経済学研究科 准教授


 今回、欧州経済危機で明らかになったEUの弱点の1つは、加盟各国が財政規律を守らなかったことである。また、国または銀行の救済策を暗に見込みながら、そうした国に欧州の銀行が貸し込んだことである。
 今後、失業保険など加盟国の財政ニーズをEU全体で支えるというのであれば、経済情勢悪化による財政危機も起こりにくい。しかし、そのような財政統合について多数の合意を得ることは現状では困難だ。従って、当面は、加盟国に財政規律の達成を促す方法を模索しなくてはならない。
 むろん、財政規律の必要性は認識されており、そもそもマーストリヒト条約でユーロ加盟の条件に財政目標が決められていた。しかし、独仏が率先して破るなど、有名無実化していた。今回の危機を受け、財政ルールは強化され、国債残高GDP比60%以内という目標が引き続き掲げられた。
 だが、規律を実現させる枠組みが必要だ。欧州の有力な学者が連名で提唱している案※1では、国債残高GDP比が95%を超えたら、ほぼ自動的に債務削減をし、当該国の財政運営をESM(欧州安定メカニズム)の管理下に置く。投資家はそれを考慮し、恐らく債務がGDP比60%を超えるあたりから高いリスクプレミアムを要求し、金利が高騰するだろう。この市場による規律で、財政運営は慎重となり、財政目標が達成されよう。もし過重債務となっても、今までのように債務処理に時間を要して交渉が長引き、経済が悪化することは避けられる。つまり、過重債務国を再生させ、債権者と債務国双方の損失を最小限に抑えるためにも、債務削減をスピーディーに行うルールが必要なのである。

※1 Corsetti,G.(et al.)(2015) A New Start for the Eurozone: Dealing with Debt - Monitoring the Eurozone 1, CEPR Press.

植田健一 (うえだ・けんいち)
国家の債務削減問題に関する経済学的な考え方と現実の国際的な金融制度の政策に精通する。政府債務の減免の本質は過重債務国の再生にあるとし、債務削減と再生の手続きに関わる国際的な法的枠組みの必要性を指摘する。
シカゴ大学経済学博士。専門は国際金融論、マクロ経済学。東京大学経済学部を卒業後、大蔵省(現財務省)理財局、国際金融局、国際通貨基金(IMF)シニアエコノミストを経て、2014年より現職。

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5 ユーロ圏の統治改革のために重要なこと
   グントラム・B・ヴォルフ ブリューゲル研究所 所長


 ユーロに対する不安を鎮静化するには、2つの緊急の課題に取り組む必要がある。財政のガバナンス強化と、各国の競争力を向上させるメカニズムだ。
 1つ目の財政のガバナンスを強化することの目的は、ユーロ加盟国における財政の持続性を確実にするとともに、ユーロ圏全体の財政スタンスを調整し、ECBが目指す物価の安定を支えるようにすることだ。そのためには、財政の持続可能性が低下していく国があれば、EUのその国への介入を徐々に強め、究極的には当該国が市場から借り入れることができなくなるようにする。同時に、EU全域でみて適切な財政運営が図られるように、他の加盟国には財政支出の拡大を強制する。特に、ユーロ圏全域が不況に陥った場合には、各国の議会の決定を覆せる権限を持つものとする。いわば、金融におけるECBに匹敵する組織を財政においても創設するということになる。その組織は、主に各国の財務大臣から構成され、危機時には域内全域の財政政策を決定することとなるだろう。
 2つ目は、ユーロ加盟国間における賃金と競争力の不均衡を是正するメカニズムである。この不均衡は、各国の労働市場や社会システムが、しばしばユーロ圏の金融政策と矛盾した方向に働くことによるものだ。ユーロ圏単一の労働市場や共通ルールの創設は難しいため、その代わりに、各国の競争力会議やEU委員会からなるユーロ圏の競争力会議を設置し、競争力を阻害するような賃金協定が導入されないよう各国が協調していく。合意しない国があれば、その国の競争力会議の決定を覆して、その協定を拘束すべきだ。

グントラム・B・ヴォルフ (Guntram・B・Wolff)
ユーロ危機の克服には金融統合のみならず、財政統合が不可欠であるとの立場をとる。ボン大学経済学博士。欧州議会に強い影響力を持つ論客として知られ、FT、NYT、WSJなど国際的メディアで常に発言が注目される。専門はヨーロッパ経済とガバナンス、財政金融政策、国際金融。ドイツ連邦銀行エコノミスト、欧州連合の政策執行機関である欧州委員会を経て、2011年にブリューゲル研究所副所長、2013年より現職。

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 識者が読者に推薦する1冊(推薦図書リストはこちらから)

嘉治佐保子 氏
Sahoko Kaji 〔2007〕“The Re-launch of Lisbon:A Wake-up Call to Citizens” The Asia-Pacific Journal of EU Studies, EUSA Asia-Pacific, V.5/No.1/pp.9-29

遠藤 乾 氏
遠藤 乾 〔2013〕『統合の終焉―EUの実像と論理』岩波書店

植田健一 氏
Stijn Claessens, M. Ayhan Kose, Luc Laeven, Fabián Valencia 〔2014〕Financial Crises: Causes, Consequences, and Policy Responses, International Monetary Fund

グントラム・B・ヴォルフ 氏
André Sapir, Guntram B. Wolff 〔2015〕“Euro-area governance: what to reform and how to do it”, Policy Brief, Bruegel, 2015/01
http://bruegel.org/2015/02/euro-area-governance-what-to-reform-and-how-to-do-it/

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