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わたしの構想

国民が納得する歳出改革

わたしの構想No.13 2015/07発行
識者:岩本康志(東京大学大学院経済学研究科 教授)、宮尾龍蔵 (東京大学大学院経済学研究科 教授)、神野直彦(東京大学 名誉教授)、浜田宏一(イェール大学 名誉教授)、平島健司(東京大学社会科学研究所 教授)                                *原稿掲載順
企画:柳川 範之 (NIRA理事)

国民が納得する歳出改革
 2020年度の財政健全化目標達成に向け、政府は新たな「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)をまとめた。経済成長と財政再建を目指す政府にとって、とりわけ重要なのが社会保障費の削減を含む歳出改革への取組である。痛みを伴う改革の具体策について、国民的な合意を得るにはどうすればよいのか。

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 識者に問う
 「国民にとって、歳出改革の意義とは何か」
社会保障の削減を含め、歳出改革は国民にとって何を意味するのか。
歳出削減にどう取り組めばよいのか。
金融政策、マクロ政策、財政学の学識者に、考えを聞いた。
また、ドイツ政治学の学識者に、ドイツ社会保障改革の成功の経緯を聞いた。

*以下、記事中の敬称は略

1 岩本康志 「選択肢を示し国民的議論を

2 宮尾龍蔵 「個別の項目で具体的な影響示せ

3 神野直彦 「社会の共通基盤を張り替えよ

4 浜田宏一 「国民の立場から見た財政問題

5 平島健司 「ドイツの社会保障改革に学べ

インタビュー実施:2015年4 ~5月
聞き手:神田玲子(NIRA理事)
編集:原田 和義

 識者が読者に推薦する1冊 (推薦図書リストはこちらから)

 企画に当たって
  「国民が納得する歳出改革」 柳川 範之(NIRA理事)

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 1 選択肢を示し国民的議論を
    岩本 康志 東京大学大学院経済学研究科 教授


 現在の国の予算は、国民が政府に支払っている税金と受け取るサービスをまかなう費用が全然つり合っていない状態だ。国民が増税を好まないなら、国民が評価する価値以上に公共サービスの提供に経費をかけていることになるので、政府は、税収に見合うところまで公共サービスの経費を切り詰めねばならない。
 歳出削減では、特に、社会保障費をどう抑制するかが大きな課題だ。デフレが進行してリーマンショックや東日本大震災で国民の所得はかなり落ち込んだが、医療・介護サービスの価格や年金給付水準は維持されたため、所得に対する社会保障費の割合が大きく上昇している。加えて、リーマンショックと東日本大震災の危機対応で膨らんだ財政支出も、平時の予算には完全に戻っていない。現在の歳出規模は高止まりしており、削減する余地は十分にあると考えている。
 今は、政府に資金を供給する新規の国民貯蓄が枯渇するという状態になってきており、国債の消化もそろそろ限界に近づいている。これ以上は将来へのつけ回しに頼れない。
 選択肢は、増税して公共サービスの水準を維持すべきか、増税への抵抗が強ければサービスの水準を落として支出を削減するか、その組み合わせである。これらの選択肢を示して、国民的な議論をする必要がある。後代へのつけ回しが続くのは若い世代や将来の世代の声が十分に反映されない政治過程にも問題がある。この際、20代の若い世代のみにこの決定権を与えても良いのではないか。今後長く生き将来を担う若い世代の判断にまかせるのも1つの方法だろう。

岩本 康志 (いわもと・やすし)
社会保障とマクロ財政運営における政策課題を研究。経済学のフレームワークを用いた社会保障制度の分析や、ミクロデータとマクロデータの両面による実証研究に定評がある。高成長前提の財政運営に警鐘を鳴らし、痛みを伴う改革も成し遂げなければ、成長の果実は得られないとする。専門は公共経済学、マクロ経済学。
大阪大学経済学博士。京都大学経済研究所助教授、一橋大学大学院経済学研究科教授等を経て、2005年より現職。
著書に『マクロ経済学』〔共著〕(有斐閣、2010年)ほか。

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 2 個別の項目で具体的な影響示せ
    宮尾 龍蔵 東京大学大学院経済学研究科 教授

 長期的に財政再建を行う必要があることに議論の余地はないが、成長をまず着実に実現することが優先である。消費税引き上げによる影響を経験した今、2020年度目標にこだわるあまり、景気への配慮を欠く強制的かつ一律の削減はやるべきではない。特に重要な点は、歳出削減の具体的な進め方とペースである。社会保障を削減する場合は、公共事業とは違い、削減の中身によって国民経済に及ぼす影響はさまざまなルートが考えられる。歳出項目ごとに削減の影響を定量的に分析した上で、目標達成に向けた取組を継続し積み重ねていくことが大切だ。
 まず所得再分配の観点では、セーフティーネットの機能低下につながるような削減は、成長にとってマイナスになる。ただし、年金給付の削減は、引退後に備える貯蓄が増えるため、長期的には投資や成長にプラスとなりうる。
 経済の供給面では、年金の支給開始年齢の引き上げは、働くインセンティブを高め、労働供給を引き上げる。また医療・介護分野で非効率や過剰な提供が存在するのなら、その改善は経済の効率性や成長力を高めるだろう。さらに、社会保障費削減が景気や需要面へ及ぼす影響についても、年金支給額の削減か、医療費の削減か、あるいはその中身によって、消費へのマイナス効果の大きさは異なる。
 したがって、政府は定性的な議論にとどまらず、所得再分配、供給面、需要面の定量的な効果を精査していかなければならない。具体的な数値を積み上げて、経済に与える影響の全体像を国民に提示することが求められる。そうした姿勢が、国民の合意形成にもつながっていく。

宮尾 龍蔵 (みやお・りゅうぞう)
わが国の金融・マクロ政策に関する理論的、実証的研究に精力的に取り組む。2010~2015年日本銀行政策委員会審議委員。経済の供給面を重視し、その改善を促す積極的な金融緩和を支持。現下の自律的景気回復を前進させるためにも、規制・制度改革が重要とする。専門は金融・マクロ実証分析。
ハーバード大学大学院経済学研究科博士課程修了。Ph.D。神戸大学経済経営研究所教授、同所長等を経て、2015年より現職。
著書に『マクロ金融政策の時系列分析』(日本経済新聞出版社、2006年)ほか。

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 3 社会の共通基盤を張り替えよ
    神野 直彦 東京大学 名誉教授


 財政収支の赤字で破綻する国はまずない。重要なのは、財政が有効に機能して社会的・経済的危機を解消し、社会を統合していけるかどうかだ。それができていない。
 財政が果たすべき使命は、経済活動がうまく機能する前提条件となる社会的な共通基盤を整備することである。現状の日本は、重化学工業型から知識集約型へ経済が転換するための2つのネット、すなわち、社会資本インフラのネットとセーフティーネットの「張り替え」が遅れている。新しい時代に即したネットになっていないために、新規の産業が生まれず、財政も共通基盤の役割を果たせていない。それは裏返せば、どのような社会にしていくのかという将来ビジョンが定まっていないことを意味する。だから、財政の痛みに耐える意味が国民に伝わりにくい。
 さらに日本の場合には、予算プロセスにも問題がある。永久税主義をとっていることもあり、歳入が予算編成の時に議論されない。しかし本来は歳出と歳入をセットで議論すべきである。財政の原則は「出を量って入りを制する」である。提供する公共サービスに必要な支出を見積もり、それに見合うだけの税負担を受け入れるべきである。議論の過程で、国民の財政意識も醸成される。
 今の日本人は、これからどういう社会を築くべきか迷っており、財政についてのスタンスを決めかねている。国民の税負担率は低いのに重税感は高い。北欧のように所得制限を付けずに全員にサービスを提供し、「社会の共同事業をやるためお互いに負担し合おう」と訴えていかねばならない時代が来ている。

神野 直彦 (じんの・なおひこ)
地方財政審議会会長。財政、税制の第一人者。財政の機能は、人々が主体的により良く生きるための政治・経済・社会の統合にあるとし、公共サービスの「切り捨て」を批判。専門は財政学、地方財政論。
東京大学経済学部卒。日産自動車勤務のあと、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。大阪市立大学経済学部助教授を経て、東京大学経済学部・同大学院教授。2009年退職後、関西学院大学教授を経て、現職。
著書に『財政学 改訂版』(有斐閣、2007年)ほか。

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 4 国民の立場から見た財政問題
    浜田 宏一 イェール大学 名誉教授


 財政状態の判断は、財務省の立場からだけでなく、国民の利害から判断すべきだ。しばしば日本では将来世代に負担を押し付けているというが、日本国民がほぼ世界で最大の海外純資産を持っていることを考えると、日本国民ほど子孫思いの国民はいない。
 日本政府が、国債を使って自転車操業をやっているのは事実だ。積み上がる国債の利払いのために、本来必要な財政支出ができない。また、災害など何か危機が起きた時に、必要な財政対応を政府は機敏にとれない。利払いのために税率を引き上げて、国民経済の効率を妨げなくてはならなくなる。これらが財政不均衡の弊害である。
 そもそも不要な歳出の見直しは、常に考えていくべき課題である。政府の無駄は常にチェックする必要がある。本来の社会保障は、所得を貧困層と分かち合うという社会にとって不可欠な政策であるが、近年は、豊かな人がそれほど困っていない人に配るという無駄な流れが増えている。そのような無駄をそのままにしていて、国民に税負担を求めるのは困る。税率や保険料率をあげるのは、歳出を効率化してから考えるべきだ。
 財務省は、日本の財政危機を内外に過剰宣伝しているが、市場は、つまり投資家は、日本の財政は超健全だと見ている。だから、日本の国債金利が国際的にみて絶えず低いのである。

浜田 宏一 (はまだ・こういち)
第2次安倍内閣の内閣官房参与。政権のリフレ政策を実現した立役者。日本のバブル崩壊後の日本銀行の金融 政策を失策として批判した。専門は国際金融論、ゲーム理論。
イェール大学大学院修了。Ph.D(. 経済学)。東京大学経済学部教授等を経て、イェール大学経済学部教授。 2001~2003年内閣府初代経済社会総合研究所所長。東京大学名誉教授、法と経済学会の初代会長。
著書に『日米の教育の違いから見えたグローバル・エリートの条件』(PHP研究 所、2015年)ほか。

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 5 ドイツの社会保障改革に学べ
    平島 健司 東京大学社会科学研究所 教授


 ドイツは連邦制国家であり、政治改革を迅速に行うには不利な制度的条件の下におかれている。その上、四半世紀前の国家統一が残した課題への取組を余儀なくされてきた。しかし、当面の問題の処理を優先し財政再建を後回しにしてきた日本に対し、ドイツは財政再建を忘れることなく連邦制や社会保障制度の改革を着実に進めてきた。連邦制改革の文脈では、2020年以降の均衡財政をめざして原則的に州財政を均衡させ、連邦政府の財政赤字にGDP比上限を明記する基本法の改正が行われた。医療保険制度に関しても、オランダの例などを十分に参照し、毎年のように改革が積み重ねられてきた。日本の制度改革を考える際にも、ドイツに学ぶべき点は多い。
 東西統一後のドイツでは、1990年代半ば以降、改革が停滞した上に「ヨーロッパの病人」と呼ばれるほど経済が悪化した。しかし2000年代を迎えて次々と改革が打ち出され、今やドイツはユーロ圏で「独り勝ちの状態」にあり、財政再建さえ果たしたかにみえる。
 シュレーダー政権時に実施された、一連の労働市場改革(ハルツ改革)では、官庁が設ける審議会とは異なり、首相がトップダウンで諮問委員会を組織し、そこで準備された改革案を1つ1つ実行していった。ドイツでは珍しくないねじれ国会の状況においても、大連合政権内の二大政党間の調整や連邦政府による連邦参議院多数派の切り崩しなどを通じて法案の成立がはかられた。
 いかに困難であろうとも、日本も財政再建と持続可能な社会保障システムの構築の両立を追求する他はない。

平島 健司 (ひらしま・けんじ)
欧州統合やグローバル化、少子高齢化、脱産業化などの変化に適応するための制度改革の詳細な分析を通じ、現代ドイツの政治変容をダイナミックに提示。専門は比較政治・ヨーロッパ・ドイツ政治。東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了。博士(法学)。東京大学社会科学研究所助教授、マックス・プランク社会研究所客員研究員、コーネル大学東アジアプログラム客員研究員等を経て、2001年より現職。 著書に『国境を越える政策実験・EU』(東京大学出版会、2008年)ほか。

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 識者が読者に推薦する1冊(推薦図書リストはこちらから)

岩本 康志 氏
津谷典子・樋口美雄(編著)〔2009〕『人口減少と日本経済』日本経済新聞出版社

宮尾 龍蔵 氏
小塩隆士〔2003〕『コア・テキスト財政学』新世社

神野 直彦 氏
神野直彦〔2015〕『「人間国家」への改革―参加保障型の福祉社会をつくる』NHKブックス

浜田 宏一 氏
浜田宏一・安達誠司〔2015〕『世界が日本経済をうらやむ日』幻冬舎

平島 健司 氏
Gerhard A.Ritter〔2007〕Der Preis der Deutschen Einheit, C.H.Beck (ゲルハルト・A. リッター〔2013〕『ドイツ社会保障の危機―再統一の代償』竹中 亨 監訳、ミネルヴァ書 房)

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 企画に当たって
  「国民が納得する歳出改革」 柳川 範之(NIRA理事)


 今後のわが国にとって、歳出構造の見直し、特に社会保障費をどのように削減していくかは、最優先に考えるべき重要なポイントであろう。少子高齢化が進み、そもそも潤沢に税収が見込めない中において、財政の健全化を実現していくためには、歳出の構造をどう組み立てるべきか、抜本的に再検討すべき時期に来ている。
 NIRAでは、『社会保障改革しか道はない』として、財政再建のためには、大胆な社会保障改革を行い、支出を削減していくことが不可欠であるとの提言を行った。今回の『わたしの構想』では、それを踏まえてより広範の論者の方々に財政問題を論じていただいている。
 一見するとそれぞれの主張は互いに相いれない点が多いように見えるかもしれない。しかし、全体を通して共通しているのは、国民にとっての意義を見据えて歳出の中身を考えることの重要性である。見方は異なるものの、どのようなところに、どの位歳出を当てるべきかについて、再検討する必要があることをすべての論者の方が、明確に述べている。
 今後、わが国では、骨太方針や来年度予算の方針を受け、2020年度までの4年間で歳出削減にどう取り組むべきか、具体的に検討していくことになる。歳出を削っていく議論は、総論賛成でも各論になると反対論が出て、まとめるのがなかなか難しい。しかしながら、そこから逃げていては前には進めない。
 どのような考え方に基づいて、社会保障支出を削っていくべきかを、冷静に議論すべきときが来ている。そして、各意見には、それを考える上で参考にすべき多くの示唆的な主張が含まれている。
 国民の生活に密接にかかわる社会保障支出であるだけに、本当に必要とされるところに、できるだけ有効に支出が行われる必要がある。そのためには、表面上の感情的な対立を超えて、建設的にあるべき姿を論じるべきときが来ているのではないだろうか。

柳川 範之(やながわ・のりゆき)
NIRA理事。東京大学大学院経済学研究科教授。東京大学Ph.D.。 専門は契約理論、金融契約。


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E-mail:info@nira.or.jp

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