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わたしの構想

中学・高校の科学技術教育

わたしの構想No.10 2015/04発行
識者:中村道治(科学技術振興機構 理事長)、森本信也 (横浜国立大学教育人間科学部 教授)、
松本 紘(理化学研究所 理事長)、門田和雄(宮城教育大学教育学部技術教育専攻 准教授)、
清水 亮(株式会社ユビキタスエンターテインメント代表取締役社長兼CEO)    *原稿掲載順
企画:神田玲子 (NIRA理事)

 未来の科学技術人材を育成するため、先進的な理数教育に取り組む「スーパーサイエンスハイスクール(SSH)」が発足して13年。文部科学省から指定を受けたSSH校は今や200校以上にのぼる。SSH活動のこれまでの成果を点検するとともに、中学・高校での科学技術教育はどうあるべきかを探った。


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 識者に問う
 「科学技術人材の育成のため、中学・高校教育はどうあるべきか」
 開始から13年となるスーパーサイエンスハイスクール(SSH)の取組をどのように評価するか。
 科学技術の進歩をけん引していく人材を輩出するための中学・高校教育はどうあるべきか。
 科学技術振興機構のトップ、理科教育の指導法の研究者、大学入試改革に取り組んだ元大学総長、
 技術教育担当の高校教諭(※)、天才プログラマーの認定を受けたゲーム開発会社CEOに話を聞いた。

(※)インタビュー当時
*以下、記事中の敬称は略

1 中村 道治 「科学技術人材の育成に向けた新たな取組

2 森本 信也 「理科教育での二極化が1番の問題

3 松本  紘 「幅広い知識があって考える力は生まれる

4 門田 和雄 「ものづくり教育をもっと重視せよ

5 清水  亮 「プログラミングが生活の知恵となる

インタビュー実施:2015年1~2月
聞き手:川本 茉莉(NIRA研究コーディネーター・アシスタント)
編集:原田 和義

 識者が読者に推薦する1冊 (推薦図書リストはこちらから)

 企画に当たって
  「中学・高校の科学技術教育」 神田玲子(NIRA理事)

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 1 科学技術人材の育成に向けた新たな取組
    中村道治 科学技術振興機構 理事長


 科学技術教育で大切なのは、子どもたちが「将来の夢」を持つことだ。人は物心がつく頃は、皆“科学者の卵”である。何にでも好奇心を持ち「なぜ、なぜ」と聞く。それが高校生あたりから変わってしまうのは、理科や数学が「将来、何に役立のか」という迷いが出てくるためだ。理数系の勉強が自分の将来や社会に役立つことを子どもたちに伝え、夢を持ってもらう取組が、より大切になる。
 今やスーパーサイエンスハイスクール(SSH)は日本の高校における科学教育に欠かせない存在だ。SSH指定校は自らカリキュラムを作り、生徒たちは自分で課題を設定し研究する。その成果は毎年の全国大会で発表され、中には大変質の高いものがある。これは研究活動の入り口にもなる。SSHの卒業生の理数系学部や大学院への進学率は、指定外の高校に比べても高い。
 科学技術の分野では、チームで研究やプロジェクトを進めることが多い。それなのに、なぜ日本はチーム力を育てる教育を行わないのかと海外から指摘を受ける。全国の高校生が競い合う「科学の甲子園」は、同じ問題について皆で分担して答えを作っていくので、チーム力を鍛える格好の事例にもなる。一昨年からは、中学生を対象に「科学の甲子園ジュニア」も始めた。
 現在、SSH活動の成果を他校に広げるため、SSH校が中心となり周りの学校と一緒に活動する取組も続いている。一方で、大学が優秀な高校生を教育するグローバル・サイエンス・キャンパスの取組も始まった。中国やインドなどの新興国が伸びる中で、日本の科学技術をけん引する次世代グローバル人材の育成を、総合的に推進していきたい。

中村 道治 (なかむら・みちはる)
イノベーション創造のための基盤整備を担う国の中核的機関である科学技術振興機構(JST)のトップ。JSTは、次世代の科学技術を担う子どもたちの育成を継続的・体系的に行うことを目的に、文部科学省からSSHの指定を受けた学校に、活動費用や情報の提供など、活動推進に必要な支援を実施している。
東京大学大学院理学系研究科物理 修士課程修了。株式会社日立製作所中央研究所理事・所長、同執行役副社長、取締役等を経て、2011年より現職。

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 2 理科教育での二極化が1番の問題
    森本 信也 横浜国立大学教育人間科学部 教授


 理科に強い子どもたちを育成して、日本をけん引する人材を大学につなげていくうえで、SSHの存在は大いに意味がある。観察や実験を通じた体験的な課題解決型の学習という、中学・高校でやるべき本来の理科教育をSSH指定校では行っている。自分で仮説を立てて体験的・解決的な学習をして自分が関わることで、子どもたちは理科に関心を持ち、面白さを見いだすことができる。
 しかし、大多数の中学・高校で実際行われているのは受験に備えた問題集中心の授業である。SSH指定校との二極化が1番の問題だ。一方的に情報を与えられるような授業では学習での自己効力感が得られず、理科嫌いになった子どもたちは、科学的に考えたり表現したりすることができなくなってしまう。日本が科学技術立国になれたのは、識字率が高く、ほとんどの人に、少なくとも中学レベルの数学・理科・国語が身についていたことが大きいだろう。ノーベル賞を取るような一部の優れた人材を育てる一方で、その成果を共有して、科学技術の知識を受容できる市民を育成していかなければならない。
 そのためには、SSHでの取組を他校に広げ、効果を上げていくことが重要である。SSH指定校だけが飛び抜け、その成果が共有されなければ、科学教育全体の底上げにつながらない。優れた取組をしていてもエリート批判を受け、地域から遊離してしまう恐れもある。授業公開や先生同士のコミュニケーションなど、成果を共有できる機会を積極的に作る必要がある。さらに、他校が活用できる指導方法をSSHに蓄積していくことも大切だ。

森本 信也 (もりもと・しんや)
学校教育における理科の指導法やカリキュラム開発に関する講義を担当。子どもの経験に基づく自然事象についての考え方を科学的な内容に変容するためには、彼らが構築する考え方の的確な評価と、彼らの学習に対する最適な指導法とを、相互に関連させることが重要であるとする。
専門は科学教育。博士(教育学)。横浜国立大学教育学部助教授等を経て、1997年より現職。
著書に『考える力が身につく対話的な理科授業』(東洋館出版社、2013年)ほか。

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 3 幅広い知識があって考える力は生まれる
    松本 紘 理化学研究所 理事長


 優れた研究者をつくるために中学・高校時代の教育をどうすべきか、という問いは愚問だと思っている。中学・高校時代は、音楽や美術、体育を含めた全教科をしっかり学び、幅広い知識を多く吸収することが大切である。「詰め込み教育」という批判も多く聞かれるが、中学・高校で基本的なことを学ぶのは当然であり、それは詰め込んでいるわけではない。
 本来、学問は一体であり、明治の人は、サイエンスを「総合」科学と訳していた。京大で物理学者だった湯川秀樹は当時、文学部にもしばしば通い文学の先生と話していたという。科学の知識だけでなく、教養に基づく幅広い知識があってこそ創造力豊かな独自の研究ができ、ノーベル賞につながる新発見につながった。
 科学技術分野の人材育成とされるSSHは、受験勉強に対する1つのアンチテーゼとして出てきたのではないかと思う。いわゆる受験で教科書や参考書を一生懸命暗記して大学に入っても、自ら考える力が乏しい。だから「考えさせる教育も必要では…」というのが発端だろう。その意味でSSHは悪くはないが、これがないと科学者が育たないというものではない。むしろ理数系以外の科目を勉強しないことのデメリットのほうがはるかに大きい。
 中学・高校時代に基本的な全教科をしっかり勉強することができるようにするためには、大学受験を変えていかなければいけないだろう。1点、2点を競うような試験ではなく、受験生が全教科を満遍なく勉強し、思考力を身につけているかを問うような入試に変えていく必要がある。

松本 紘 (まつもと・ひろし)
京都大学第25代総長(2008~2014年)。在任中、「高大接続型京大方式特色入試」、教養教育を一元化した「国際高等教育院」、グローバルリーダーの育成を目指す新しい大学院「思修館」等の改革を実行。
専門は宇宙プラズマ物理学、宇宙電波科学、宇宙エネルギー工学。京都大学博士(工学)。京都大学工学部助教授、同大生存圏研究所教授、初代所長、同大理事・副学長、総長等を歴任。2015年4月より現職。紫綬褒章等、受賞多数。
著書に『京都から大学を変える』(祥伝社新書、2014年)ほか。

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 4 ものづくり教育をもっと重視せよ
    門田 和雄 宮城教育大学教育学部技術教育専攻 准教授


 国内では技術立国を目指し、イノベーションの推進などが叫ばれているが、学校現場で科学技術教育が充実しているとは言いがたい。科学技術教育では理科や数学だけではなく、ものづくり教育の時間も欠かせない。
 諸外国では普通科高校でも技術を学ぶ時間が必ずあるが、日本では高校時代に一切やらないまま、工学部に進む学生がたくさんいる。中学では、技術・家庭で「技術科」「家庭科」合わせて週2時間の授業しかない。義務教育段階でものづくり教育の時間がこれほど少ない国は珍しい。
 技術の課題には、理科や数学のような絶対的な答えはなく、適材適所で最適解を見いだす能力が求められる。最適解を見つけ、実際に有用なはたらきをするものを総合的にまとめ上げる力は、広く今後の世の中を生きていくためにも重要だ。日本の場合、学校現場にコンピューターが導入されても、ワープロやインターネットの利用にとどまっており、科学技術に関わる教育に至っていない。
 最近、3Dプリンターやプログラミングが話題となっているが、米国ではオバマ大統領が演説で「全米1,000カ所の小学校に3Dプリンターを配備する」と宣言し、ものづくり教育やプログラム教育の重要性を訴えている。かたや日本では、裕福で教育意識の高い家庭の子だけが、ものづくり教室やロボット教室などに私費でいっており、時代の変化に対応していけるのか。格差の広がりが懸念される。諸外国と比較しながら、カリキュラムの内容に加え、教員養成の面からも対策が必要ではないか。

門田 和雄 (かどた・かずお)
機械技術教育の実践と研究を活動の柱として、機械やロボットを中心としたさまざまな教育活動に携わる。近年はファブラボの活動にも関わり、3Dプリンターなどのデジタル工作機械の教育活用にも力を注ぐ。
東京学芸大学大学院教育学研究科技術教育専攻(修士課程)、東京工業大学大学院総合理工学研究科メカノマイクロ工学専攻(博士課程)修了。博士(工学)。
東京工業大学附属科学技術高等学校教諭を経て、2015年4月より現職。
著書に『トコトンやさしい歯車の本』(日刊工業新聞社、2013年)ほか。

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 5 プログラミングが生活の知恵となる
    清水 亮 株式会社ユビキタスエンターテインメント代表取締役社長兼CEO


 「ルンバ」や「ペッパー」が進化して、ロボットが掃除やお茶だしをはじめ、日常生活の細部までそれぞれの持ち主に必要なことを担うようになると、各人が自分のロボットをプログラミングしなければいけなくなる。例えば、ロボットを正確な場所に移動させ、物をつかませることをプログラムで指示する、という具合だ。そうなると、子どもの頃からコンピューターを使い実験するクセをつけることが大切だ。
 中高生の理系離れが起きている大きな理由は「わけが分からない」というものである。多くの人にとって、数学や物理は他の教科に比べ、自分の仕事や人生に直接役立つという経験がほとんどなく、勉強をして得をしたという実感が持てない。何の役に立つか分からない状態で教えていることが、今の理科系教育の1番大きな問題である。
 これに対して、プログラミング教育は理数系への関心を高めるのに非常に有効である。プログラミングで実験することで、数学や物理の一見無意味に見えることにも意味を持たせることができる。例えばプログラミングで、ロボットを動かしたり、ゲームを作ろうとすれば、三角関数や運動方程式を勉強する意味が見えてくる。
 「何に使うのか」が分かっていれば喜んで勉強するし、それが自分の血となり肉となるはずだ。ロボットを使って「必要なものを必要に応じて作り出す」という社会へパラダイムが変化したとき、プログラミング自体が生活の知恵として生きる力になるだろう。何を教えるべきかを見直さないと、21世紀の文明の進歩に追いつけなくなる。

清水 亮 (しみず・りょう)
株式会社ユビキタスエンターテインメントの創業者・代表者。Webやネットワークの先端技術を追求し、ゲームなどのエンターテインメントを生み出す。近年、誰もがプログラミングができる環境の実現を目指しenchant.js、enchantMOONを製品開発、enchant.jsは受賞多数。
高校在学中にプログラミングの連載を開始。電気通信大学在学中に米MicrosoftでSDK開発。ドワンゴ・エグゼクティブゲームディレクター等を経て、2003年より現職。
2005年独立行政法人IPAより天才プログラマーとして認定。

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 識者が読者に推薦する1冊 (推薦図書リストはこちらから)

中村 道治 氏
横浜市立横浜サイエンスフロンティア高等学校(著)・菅聖子(編)〔2014〕『ほんものの思考力を育てる教室―YSFHのサイエンスリテラシー』ウェッジ

森本 信也 氏
日本理科教育学会(編著)〔2012〕『今こそ理科の学力を問う』東洋館出版社

松本 紘氏
山本七平 〔2001〕『帝王学―「貞観政要」の読み方』日経ビジネス人文庫

門田 和雄 氏
田中浩也・門田和雄(編著)〔2013〕『FABに何が可能か「つくりながら生きる」21世紀の野生の思考』フィルムアート社

清水 亮 氏
清水亮 〔2014〕『教養としてのプログラミング講座』中公新書ラクレ

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 企画に当たって
  「中学・高校の科学技術教育」 神田玲子(NIRA理事)


 大国、小国を問わず、人材教育が国家の要であることに異論はないだろう。欧米の先進国、新興国を問わず、教育への取組は熱い。しかし、実際の学力が向上したかという点では、どうやら人口規模の小さい「小国」に軍配が上がりそうである。
 経済協力開発機構(OECD)が世界的な規模で実施している15歳を対象とした学習到達度テスト(PISA)の結果をみると、成績の上位には、香港、シンガポール、韓国、台湾、エストニア、フィンランドなど、比較的小さな国・地域の名前が並ぶ(もっともトップは上海で、日本も4~7位と悪くはない)。先進的なICT教育の導入、自主性や思考力を重視する教育方法、教員の質の向上など取組内容は国によって異なるが、いずれも戦略的な人材教育を実施している点では共通している。
 中でも、科学技術教育は、経済のイノベーションを促進し、国の成長エンジンとなる科学技術力につながることから、多くの国が着目している。科学技術を通じて世界に貢献できる人材を輩出することができれば、小国であっても、政治・文化面にも大きな影響を与え、国のソフトパワーを強めることができる。
 また、機械化や人工知能の発展によって、20年後には既存の職業の半分が消え、人々が失職するともいわれている。それが現実となるかはわからないが、理系・文系を問わず、科学技術の知識がある方が有利な時代になっていることは確かだ。個々人の生まれた生活環境に縛られることなく、可能性を高め、チャレンジする機会を与えてくれる点で、科学技術教育は公平な社会を実現するための基礎条件でもある。
 日本でも、新たな試みとしてスーパーサイエンスハイスクールが導入され、10年あまりが経過する。長年、教育に向き合ってきた識者はこの試みをどうみているのか。本号では、中学・高校における科学技術教育を取り上げ、新しい時代を担っていく科学人材をどう育てていくべきか、そのための中学・高校の教育はどうあるべきか、について幅広く意見を聞いた。

神田 玲子 (かんだ・れいこ)
NIRA理事。内閣府経済社会総合研究所 上席主任研究官等を経て、現職。NIRA研究調査部長を兼務。


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※本誌に関するご感想・ご意見をお寄せください。
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