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わたしの構想

今こそ問う、日本の財政規律

わたしの構想No.4 2014/07発行
加藤淳子(東京大学大学院法学政治学研究科教授)、 井堀利宏(東京大学大学院経済学研究科教授)、 与謝野 馨(学校法人文化学院院長、元財務大臣)、 宮本太郎(中央大学法学部教授)、 江利川 毅(埼玉県立大学理事長・(公財)医療科学研究所理事長)            *原稿掲載順

わが国の財政規律を守るためにはどうすればよいのか。
本号の識者からは、国民が危機意識を共有することや、顕在化する危機の全体構造を示すことが重要との指摘があった。また、制度面では、税制の抜本的な改革、地方分権の徹底、高齢化に伴う社会保障の支出増の抑制が必要との提言があった。

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 識者に問う
  「財政規律を守るために何が必要か」
  高齢化に伴う社会保障の支出増大等により、わが国の財政収支は大幅に悪化している。 財政規律を堅持するための実効性のある仕組みもないまま、わが国の債務残高の深刻な状況は、悪化を続けている。
 わが国ではなぜ財政規律が守られないのか。財政規律を維持するためにはどうすればよいのか。 日本政治学、財政学、福祉政治学の研究者、財務大臣等の主要閣僚を歴任した政治家、事務次官経験者に話を聞いた。

*以下、記事中の敬称は略

1 加藤 淳子 「危機感の欠如が真の危機

2 井堀 利宏 「地方分権で財政の可視化を

3 与謝野 馨 「使命感を持った民間識者を結集せよ

4 宮本 太郎 「危機構造の全体像を示せ

5 江利川 毅 「究極は少子化対策、当面は高齢者対策

インタビュー実施 :2014年5月
聞き手:島澤 諭(NIRA主任研究員)

 識者が読者に推薦する1冊 (推薦図書リストはこちらから)

 企画に当たって
  「今こそ問う、日本の財政規律」 神田玲子(NIRA理事)

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 1 危機感の欠如が真の危機
    加藤 淳子 東京大学大学院法学政治学研究科教授


 財政は良い方向に向かうはずだという見通しが、90年代初頭には立っていたが、その後、財政状況は悪化の一途をたどった。経済状況が取り上げられがちだが、この20年の政党政治の変質もその背景にある。93年の分裂とその後の連立政治で、自民党長期政権時に比べ財政規律に対する自民党の見方が非常に緩くなってしまった。民主党は、与党の経験を経て財政規律の重要性に気づいたが、返り咲いた自民党は腰が引けたままで、財政危機への対応を促すよう、政党間の競争が働いていない。
  日本には、政府は無駄遣いするから、税は上げない方が良いという考えが根強い。この糧道を断つやり方は、小さな政府志向の強い国であれば有効かもしれない。ヨーロッパの成熟した福祉国家と比較すれば小さいが、米国と比較すれば大きな政府である日本では無理がある。この構造的な矛盾が財政危機を生み出した。
  高成長期であれば増税が行われても社会サービスによる見返りが期待できるが、今のような財政赤字の下の低成長期ではそれも難しい。財政規律を回復するため必要な増税もできないまま、低い課税負担が健全な財政運営に対する国民の感受性を弱めてきた。歳出に対する国民の監視がきかない状況で財政の悪化が長期にわたり続き、近年はかえって危機感は薄れつつある。これは危険な状況である。
  80年代初めの行財政改革では、土光敏夫氏の臨調が危機感を官民に共有させることには成功した。今必要なのは、日本の経済や財政の全体像を見据え、政治の場でも社会においてもまずは危機感を持つこと、それが出発点となる。

加藤 淳子 (かとう・じゅんこ)
福祉国家の財政基盤の形成を経路依存性の視点で分析。また日本の消費税導入に至る過程を政官関係に着目して分析した。童話作家でもある。 専門は日本政治学、比較政治学。
イェール大学政治学部博士号Ph.D.(政治学)。東京大学教養学部助教授等を経て、現職。
著書に、『福祉国家のガヴァナンス』〔共著〕(ミネルヴァ書房、2003年)、『税制改革と官僚制』(東京大学出版会、1997年)、童話『月と剣の物語』(理論社、2009年)など。

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 2 地方分権で財政の可視化を
    井堀 利宏 東京大学大学院経済学研究科教授


  財政規律が発揮されなかったのには複数の要因がある。まず、財務省が「財政状況が悪い」と言っても、国民は、無駄な歳出や隠し財産があると言って、信用してこなかった。いわば、政府と国民、あるいは与党と野党の間に財政に関する情報の非対称があった。
  次に、経済成長率の見通しが甘く、90年代以降の成長率の低下を実力だと認識するまでに時間がかかった。将来成長すれば、自然増収になるだろうという甘い期待が先行し、財政再建に取り組む機運が出なかった。
  さらに、日本では、市場や外国からの圧力が働かず、財政の悪化が国民に実感されずにきた。日銀の金融緩和策で金利が人為的に抑えられ、市場の規律が働かず、また、共通通貨のあるEUと異なり、関係国から財政規律を守らせようとする圧力がかからない。
  このような中で、解決に向けた最も大胆なやり方は、地方分権を徹底することだ。地域レベルで受益と負担の対応が可視化されれば、市民が主体的に選択するようになる。財政再建を1994年に開始し成功させたカナダでは、国から地方への交付金額を一定にし、その範囲内で、地方政府が医療・福祉を管轄することにより財政規律を守っている。
  法的拘束力という点については、日本では財政法で財政規律の縛りをかけても、あまり効果はなかった。しかも、補正予算はシーリングの適用外であるため、財政規律が緩む要因となっている。少なくとも補正予算策定の仕組みに法的な縛りをかけ、法案可決のハードルを当初予算よりも高める必要がある。

井堀 利宏 (いほり・としひろ)
 市場経済において必要とされる政府の経済活動に関する理論を研究。財政再建には増税だけでなく、特に社会保障費の抑制が必要と主張。 専門は財政学、公共経済学。
ジョンズ・ホプキンス大学大学院経済学研究科博士課程修了(Ph.D.)。東京大学経済学部助教授等を経て、現職。財務省財政制度等審議会委員。
著書に、『「小さな政府」の落とし穴』(日本経済新聞出版社、2007年)、『公共経済の理論』(有斐閣、1996年)など。

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 3 使命感を持った民間識者を結集せよ
    与謝野 馨 学校法人文化学院院長、元財務大臣


  財政規律を守るためには「入るを量って出づるを制す」が重要だ。収入に見合った支出を決め、長い間かかっても借金を返していくことが基本である。しかし、昨今の財政赤字の問題は、先進国特有の「人口減少」という病気から生じている。われわれは、文化・文明の屈折点に来ていると捉えるべきだろう。それを移民の受け入れといった小手先の方法で解決しようすることは間違いだ。
  また、将来、日本の国際競争力が回復し、モノが売れれば、財政が良くなるという考えがあるが、それは甘言にすぎない。規制緩和で全てがうまくいくというのも幻想だ。経済の成長は大事だが、今の程度の経済状況で財政を再建できると考えるべきではない。こうした根拠なき楽観は、悲劇をもたらすだろう。
  消費税は確実に10%に上げねばならない。既に債務残高がGDPの200%近くになり、いずれ国内で国債を消化しきれず、金利が上がる日がくる。タイタニックのような大きな船でも沈没するように、日本経済も油断するとデッドロックに乗り上げ、沈没することを、国民はみな理解しなければいけない。
  さらに、歳出面では、足りないものは政府に出してもらうという考え方を改めなければならない。生活保護費の支給についても自立と自助を基本としたものに変えていく。今こそ、国の財政を破綻させないという使命感を持った民間の識者を結集し、消費税を含めた税制の抜本的改革、社会保障費の例外なき効率化、そして、国と地方の財政調整の在り方の根本的な見直しを議論すべきだ。

与謝野 馨 (よさの・かおる)
元衆議院議員。財政再建を一貫して主張し、社会保障と税の一体改革では、とりまとめの中心的役割を果たした。
東京大学法学部卒業。76年に衆議院議員初当選。通産大臣、官房長官などを歴任し、麻生内閣では財務・金融・経済財政の3閣僚を兼務。民主党の第2次菅内閣で経済財政担当大臣に就任。政界随一の政策通として知られる。
著書に、『全身がん政治家』(文藝春秋、2012年)、『民主党が日本経済を破壊する』(文春新書、2010年)など。

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 4 危機構造の全体像を示せ
    宮本 太郎 中央大学法学部教授


  財政規律には、2つの意味がある。1つは、政府の収入に見合った支出にとどめて収支を均衡させ、「財政の持続性」を確保することである。もう1つは、勤労世代がきちんと働いて社会保険料や税金を支払い、税収が持続的に確保されるための生活基盤を国民に提供することである。これは「社会の持続性」とも言え、政府・行政に求められている重要な機能である。
  北欧諸国で財政規律が順守されているのは、この2つの意味が納税者の側に理解されていることが大きい。租税の負担が大きいので、政府に支払った分は具体的な制度や政策として返ってこなければ困るという感覚が納税者にはあり、それが財政監視につながっている。
  一方、日本では、財政規模が小さいが故に、かえって納税者の財政リテラシー(理解し判断する能力)が育まれていない。その結果、社会の持続性を担保するために必要な子育て・就労支援に予算を回すことにつながらず、他方では財政規律を無視した政治的な利益誘導が強まってしまう。
  日本にも危機の意識はあるが、危機の全体構造が見えていないことが問題だ。借金の額が天文学的に上がっていく、子どもが少ない、保育所が足りない、女性が働けない、というようにばらばらに危機が点滅している状況だ。そのため、経済成長が実現すれば財政は均衡する、という先送り思考にとどまっている。そうではなく、危機の構造の全体像を示したうえで、「社会の持続性」と「財政の持続性」を連携させるための手段に、優先順位をつけて資金を配分していくことが必要だ。

宮本 太郎 (みやもと・たろう)
社会保障や雇用政策に関する政治過程を国際比較により研究。スウェーデン型の福祉国家モデルを提唱する。専門は福祉政治、福祉政策論。
中央大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学。ストックホルム大学客員研究員、立命館大学政策科学部教授などを経て、現職。社会保障制度改革国民会議委員等を歴任。
著書に、『社会的包摂の政治学』(ミネルヴァ書房、2013年)、『生活保障』(岩波新書、2009年)など。

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 5 究極は少子化対策、当面は高齢者対策
    江利川 毅 埼玉県立大学理事長・(公財)医療科学研究所理事


  巨額の財政赤字は、財政規律を順守する覚悟や決意が政治(=国民)に欠けているからだ。短期政権が続き、選挙に勝ちたいがために国民に厳しい選択肢を示せず、巨額の借金が累積していくリスクに日本社会がマヒしてしまっている。選挙民におもねってしまう選挙制度に問題がある。これでは日本の将来を担う責任感あるリーダーが育たない。
  財政の健全化も、経済成長や国土管理も、究極的には少子化を克服しなければ解決できない。若者の安定雇用が少子化克服のカギである。国際社会で活躍できるよう義務教育でバイリンガルを育てるべきだ。貧しくても教育を受けられるよう教育費の負担を大幅に軽減すべきだ。家庭や雇用における女性への社会的サポートも拡充すべきである。
  出生率が戻っても、社会の担い手になるまでに20年はかかる。その間の財政健全化には、社会保障の費用増の抑制に思い切って取り組むしかない。厚生労働省の将来推計では、高齢者医療や介護の伸びが大きい。健康の維持や生活習慣病の予防など、需要増を抑制するための政策的努力が必要である。終末期医療、長寿社会における尊厳ある生と死の問題も、社会全体で考えるべきだ。年金については支給開始年齢を遅らせ、高齢者の部分就労などを促進すべきだ。それでもなお必要な経費については、消費税を増税して(20%ぐらいまでか)対応せざるを得ない。
  厳しい政策を国民に理解してもらうには、行政データを公開し、政策案をデータと一緒に提示することが必要だ。国家公務員は、行政のプロとしての矜持をかけて、国民も政治家も納得できる適切な選択肢を提示しなければいけない。

江利川 毅 (えりかわ・たけし)
内閣官房、内閣府などの総合調整官庁での勤務経験が豊富で、各省庁の調整に手腕を発揮。
東京大学法学部卒業。旧厚生省に入省。小泉純一郎厚相時代には、介護保険法の成立に尽力。2004年に内閣府事務次官、2007年厚生労働事務次官に就任。厚労次官として、年金記録問題はじめ山積する課題に対応した。その後、政権交代後の鳩山政権において、人事院総裁に就任。2012年4月退官。

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 識者が読者に推薦する1冊 (推薦図書リストはこちらから)

加藤 淳子 氏
Junko Kato〔2003〕Regressive Taxation and the Welfare State, Cambridge University Press.

 井堀 利宏 氏
井堀利宏〔2008〕『「歳出の無駄」の研究』日本経済新聞出版社

与謝野 馨 氏
田中秀明〔2011〕『財政規律と予算制度改革―なぜ日本は財政再建に失敗しているか』日本評論社

宮本 太郎 氏
宮本太郎〔1999〕『福祉国家という戦略―スウェーデンモデルの政治経済学』法律文化社

江利川 毅 氏
出町 譲〔2011〕『清貧と復興 土光敏夫100の言葉』文藝春秋

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 企画に当たって
  「今こそ問う、日本の財政規律」 神田 玲子(NIRA 理事)


 日本の財政状況の悪化は、民主政治の限界を露呈している。戦後の長期政権を担った自民党は、高度経済成長を背景に、国民皆保険制度の導入や全国総合開発計画を実行し、広く国民の支持を得た。これらの政策は、高成長・人口増加のもとでこそ可能だったが、低成長・人口減少に移行した今も、国民は、政治に甘い期待を抱いているように思える。
 故・香山健一学習院大学教授を中心とする「グループ1984」が匿名で日本の社会に警告を発する論文を発表したのは1975年のことだ。『日本の自殺』と題する論文では、文明の没落は、外からの攻撃で起きるものではなく、内部からの自壊プロセスによるものだと説いている。その上で、日本の真の危険は、日本人が危機や試練を正確に認識する能力を失い、長期の未来を考えることができず、自己決定能力を失うことであると力説した。
 それから、およそ40年がたつが、日本社会の危機は深刻の度合いを増している。民主政治は、現在の受益に見合った負担を、国民に強いることができずにいる。悪化を続ける財政赤字の行き着く先は、市場からの信頼の喪失であり、高齢化に直面する日本にとっては、それは、遅かれ早かれ、市場からの制裁につながる。
 グループ1984の遺志を受け止め、日本が財政危機から脱するにはどうすればよいのか。財政規律を巡る課題について、5人の識者の主張を聞いた。

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