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わたしの構想

技術と社会の対話に向けて

わたしの構想No.2 2014/01発行
妹尾堅一郎(特定非営利活動法人産学連携推進機構理事長)、 夏野 剛(慶應義塾大学政策・メディア研究科 特別招聘教授)、 横山禎徳(東京大学エグゼクティブ・マネジメント・プログラム企画・推進責任者)、 藤垣裕子(東京大学大学院総合文化研究科教授)、 米本昌平(総合研究大学院大学教授)  *原稿掲載順

生命科学、情報通信、環境などの分野で先端技術の研究が進む中、技術と社会の関わり方が問われている。本号の識者は、技術を産業競争力につなぐ仕組みや、社会が技術に適応することの必要性を説いた。また、専門性が生みだす閉鎖性の解消、科学者の社会的責任、研究の市民への開放の重要性が指摘された。

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 識者に問う
 「技術と社会はどう向き合うべきか」
 科学の発展とともに、技術は進歩し、社会を大きく変えていく。その中で、我々は何を考え、行動す
 べきか。学界、産業界、政府の責任や戦略は何か。
 技術と社会の関わり方について、経営、政策、社会、思想の領域で技術に造詣の深い識者に聞いた。

                                    *以下、記事中の敬称は略

 1 妹尾 堅一郎 「技術を社会へ展開する事業構想力の時代」 

 2 夏野  剛  「社会を新技術に適応させよ

 3 横山 禎徳  「トランスサイエンス時代の生き方」 

 4 藤垣 裕子  「科学技術の社会的責任を問う

 5 米本 昌平  「研究を一般人に開放せよ

                               インタビュー実施:2013年11-12月
                               聞き手:西山裕也(NIRA主任研究員)


 識者が読者に推薦する1冊 (推薦図書リストはこちらから)


 企画に当たって

  「技術と社会の対話に向けて」 神田玲子(NIRA研究調査部長)

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 1 技術を社会へ展開する事業構想力の時代
  妹尾 堅一郎 特定非営利活動法人 産学連携推進機構 理事長

 技術は、産業を通じて社会に還元されなければならない。産業は、経済活性化と雇用の確保という重大な役目を担っている。しかし今の日本は、技術力があるにもかかわらず、残念ながら、それを産業競争力につなげられていない。
 原因の第1は、技術を生かすビジネスモデルが昔ながらの単調なままであることだ。日本は、相変わらず「技術を製品に実装し(モノ化し)、それを商品として直接対価取引する」という極めて古典的なモデルにとらわれている。欧米の勝ち組は、あの手・この手で技術を商業化しようと試みる。また、ビジネスモデルを支える知財マネジメントについても、多くの日本企業は古典モデル、すなわち技術をとにかく出願して権利化しようとしてしまう。特許は、技術を開示することであり、それは競合相手の教科書にもなってしまうことを理解すべきだ。技術ノウハウとして秘匿する工夫をもっとしても良いのではないか。要するに、技術のどの領域をオープンにして市場を加速的に形成し、どの領域をクローズにして収益を確保するか、つまり「オープン&クローズ」戦略を真剣に検討すべきなのだ。
 原因の第2は、企業経営者が次世代の社会に新たな価値をもたらす技術や産業の姿を想像し切れていないことである。かつて、ソニー創業者・井深大やホンダ創業者・本田宗一郎は「ワクワク」する壮大な構想をもっていた。アップルのスティーブ・ジョブズも、自社内の技術に基づいてiPhoneを作ったのではない。社会に新たな価値を創出しようとして、必要な技術を貪欲に外部から調達したのである。構想力を起点とした事業意欲が問われている。

妹尾 堅一郎 (せのお・けんいちろう)
次世代の産業生態系、事業業態と商品形態の関係を研究。専門は 問題学・構想学、ビジネスモデル論・知財マネジメント論。英国ランカスター大学博士課程満期退学。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授、東京大学先端科学技術研究センター特任教授などを歴任。主著に、『東京大学知的資産経営総括寄附講座シリーズ』第1巻 ・第3巻〔共著〕(白桃書房、2011)、他多数。現在、『週刊東洋経済』に「新ビジネス発想塾」を連載中。

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 2 社会を新技術に適応させよ
  夏野 剛 慶應義塾大学政策・メディア研究科 特別招聘教授

 技術は、人間の能力を最大化し、進化の可能性を広げるツールである。本来、人間の能力は限定的なものだが、情報技術を持つことで、「想像力」と「創造力」の可能性が大きく広がった。
 我々は、人類史上、技術の進化が最も早い真っ只中に生きている。「検索」技術といういわば外部脳を手に入れたことで、必要な知識を必要なときに引き出せるようになった。そのおかげで、暗記に使っていた時間を創造的なことに使えるようになった。数十年後には、脳に直接電気信号を送る技術が登場し、人の情報処理能力はさらに飛躍的に向上するだろう。
 また、ソーシャル技術の進化は、専門的な論文の共有を可能にし、様々な領域をまたいだ専門家同士の意見交換が容易になったことも革新的な変化といえる。知識の共有化にかかる時間が飛躍的に短縮され、その結果、次なる知の源が自律的に生まれている。
 このような状況下で極めて重要なのは、「ソーシャル・アダプテーション」、つまり社会が新しい技術にどう適応していくのかということだ。米国では、ネットを利用した選挙が新しい時代をつくり、うまく適応している。一方、日本では一昨年になってやっと選挙のネット利用が認められたばかり。現在の日本では、法制度、ビジネス慣習、経営システムが陳腐化し、社会の適応を阻害する「イノベーション・ブレーキ」が起きている。これでは社会の技術への適応が進まず、諸外国から取り残されてしまう。一日でも早く適応させなければ、後世に禍根を残すことになるだろう。

夏野 剛 (なつの・たけし)
ITビジネスでいくつものモバイルサービスの立ち上げに従事。専門はIT経営戦略。ペンシルベニア大学MBA。ハイパーネット取締役副社長、NTTドコモ執行役員などを経て現職。NTTドコモ在職中に、榎啓一氏、松永真理氏らと「iモード」を立ち上げた。主著に、『ビジョンがあればプランはいらない』(中経出版、2013 年)、『夏野流 脱ガラパゴスの思考法』(ソフトバンククリエイティブ 、2010年)など。

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 3 トランスサイエンス時代の生き方
  横山 禎徳 東京大学エグゼクティブ・マネジメント・プログラム 企画・推進責任者

 従来の技術は、試行錯誤の積み重ねである経験則から生まれたものだ。例えば、動力飛行機を発明したライト兄弟は、流体力学を熟知していたわけではなく、幾多の失敗の経験が開発の土台となっている。それは、当時の技術が、いわば皮膚感覚で理解できるものだったことを示している。
 しかし、20世紀になって発展した原子力、生命科学、情報通信分野の技術は、経験則とは無縁だ。これらの技術は、科学的な知識と理論の蓄積から生まれたものであり、その内容を理解できるのは専門家に限られる。こうした技術が増えると、一般の人では経験に基づいて皮膚感覚的に理解することができないために、技術への無知と誤解が社会に蔓延するようになる。
 遺伝子の組み換えのような先端技術の場合には、意見の対立もみられる。交配による農作物の品種改良は昔から行われているが、生命科学の理論をもとに作られた遺伝子組み換え作物を危険視する人は多い。この場合、専門家だけではなく、多様な参加者を交えて、共に考えることが必要だ。米国の原子物理学者のワインバーグは、こうした領域を「トランスサイエンス」(科学を超える)と呼ぶ。まさに「科学が問うことはできるが科学だけで答えてはいけない」領域なのだ。
 しかし、行政、学界を含めて縦割りとなっている日本では、政府の委員会も狭い領域の学者だけで構成され、幅広い参加者による議論が行われていない。また、たとえ大づかみでも、分野横断的に科学や技術を理解できる人材が不足している。これでは現代の技術の問題に答えを出すことはできない。技術との関わり方をはじめ、人の訓練、教育のあり方など社会の仕組みを組み立て直すことが急務だ。

横山 禎徳 (よこやま・よしのり)
住宅供給や医療のシステム・デザインを通じて「社会システム・デザイン」の方法論を開発。組織や社会に対する課題設定や解決のアプローチを提案。ハーバード大学デザイン大学院都市デザイン修士。MIT経営学修士。マッキンゼー・アンド・カンパニー東京支社長などを経て、現在は「社会システム・アーキテクト」として活躍。主著に、『課題設定の思考力』(東京大学出版会、2012年)、『アメリカと比べ ない日本』(ファーストプレス、2006年)など。

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 4 科学技術の社会的責任を問う
  藤垣 裕子 東京大学大学院総合文化研究科 教授

 技術は「レスポンシブル(社会的責任を伴う)・イノベーション」であるべきとの考えがある。それは、新たな技術が社会にどう影響するのか、といった市民からの問いかけに科学者が応えていくことを意味する。例えば、米国では、開発が進むシェールガスについて、エネルギー源が増えることを喜ぶだけでなく、地盤沈下などの負の影響への不安を巡って議論が激しく行われている。
 技術の社会的責任を語る上で、日本は、福島原発事故を避けて通ることはできない。この事故に対する欧米の見方は、原子力技術の安全性を問い直すべきというものと、日本の技術管理の問題だとするものの2つがある。前者は世界共通の課題と捉えているのに対し、後者は、「メイド・イン・ジャパンの災害」と捉えている。日本人自身が、後者の日本固有の問題としがちだが、問題を矮小化するのではなく、2つの点から福島事故を解き明かすことが、社会的責任を日本が果たすことになる。
 とかく科学者は、専門家として科学の厳密性を守る責任をより重く受け止めがちだ。だが、根拠の精緻さに忠実すぎる結果、施策の実施が先延ばしされてしまうことがある。水俣病では、科学者が精確なデータを得る前に判断することを躊躇したため、結果として被害が拡大してしまった。科学的な根拠や証拠に不確実性が含まれているとしても、社会として対策を行うべく意思決定しなくてはならない場合は多い。科学的不確かさが残る中で、行政に予防的対応を促すという専門家としての社会への責任を果たすことが科学者および技術者に強く求められている。

藤垣 裕子 (ふじがき・ゆうこ)
科学技術と社会との接点における諸問題を考察。専門は科学技術社会論、科学技術政策。東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻博士課程修了(学術博士)。東京大学助手、科学技術庁科学技術政策研究所主任研究官、東京大学大学院総合文化研究科助教授を経て現職。主著に、『科学コミュニケーション論』〔共著〕(東京大学出版会、2008年)、『専門知と公共性~科学技術社会論の構築へ向けて~』(東京大学出版会、2003年)など。

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 5 研究を一般人に開放せよ
  米本 昌平 総合研究大学院大学 教授

 科学技術を普遍的な「人類共通の資産」と考えるのは、冷戦時代に自由主義圏が振りまいた理想で、冷戦後の欧米諸国は「国益重視の科学技術」への転換を図った。冷戦終結後に、米国の科学史研究者は、冷戦時代の技術政策を精力的に研究した。その中で、当時の政策は、核兵器の開発を最上位に置いたものであったが、同時にGPSやインターネットなど軍事技術の開発が、冷戦後に米国の情報産業が開花する基盤を提供したと総括した。
 これに対して、日本の学界は、科学技術と軍事の関係を客観的に分析するだけの精神的余裕をもっていない。「難しいから」という理由で、政治・政策・外交に関わる研究から逃避し、また原理論の方が高級であるという理屈で、社会的な課題に関わらないことを正当化してきた。そのため、政治的には存在感のない学界になってしまっている。
 こんな内向きの姿勢を変えるためには、研究というものの社会的意味を変えてしまうのが、意外なことに近道となるだろう。研究の専業化と大学への集中は、20世紀の特徴である。21世紀のいま、研究を楽しさや充実感が得られる商品として売り出し、一般の人に開放してしまうことである。ちょうど海外旅行のパックを買うように、余裕のある人が研究計画書を購入し、大学や研究機関は、研究のためのノウハウを提供し、装置を貸し出すことで活路を開いていく。こうして研究の担い手を広げれば、研究に対する見方も変わり、一般の人が科学技術や政策を評価する力を持つことになる。これにより、日本は、社会全体が知識を生産すると同時に消費する、新しい文明に入っていくことになる。

米本 昌平 (よねもと・しょうへい)
臓器移植、遺伝子技術から気候変動問題まで、諸外国の規制政策の比較を中心に、科学と政治・社会のあり方について提言。専門は科学史、科学論。京都大学理学部卒業。三菱化成生命科学研究所研究室長、同・科学技術文明研究所長、東京大学先端科学技術研究センター特任教授などを経て現職。東京大学客員教授を兼務。主著に、『バイオポリテイクス』(中公新書、2006年)、『地球環境問題とは何か』(岩波新書、1994年)など。

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 識者が読者に推薦する1冊 (推薦図書リストはこちらから)

 妹尾 堅一郎 氏
 妹尾堅一郎〔2009〕『技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか』ダイヤモンド社

 夏野 剛 氏
 Marvin Minsky〔1988〕Society Of Mind, Simon & Schuster; Touchstone.
 (マーヴィン・ミンスキー〔1990〕『心の社会』安西祐一郎訳、産業図書)

 横山 禎徳 氏
 伊東俊太郎〔2006〕『十二世紀ルネサンス』講談社学術文庫

 藤垣 裕子 氏
 藤垣裕子〔2005〕『科学技術社会論の技法』東京大学出版会

 米本 昌平 氏
 米本昌平〔1998〕『知政学のすすめ』中央公論新社

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 企画に当たって
  「技術と社会の対話に向けて」  神田玲子(NIRA 研究調査部長)

 「わたしの構想」では、これから数回にわたり、今後5~20年先の日本を考える上で重要となる課題を取り上げ、第一線で活躍する専門家の識見を紹介していく。今回は、「技術」をテーマに、有識者の方々に社会との関係について論じていただいた。
 私たちの社会は、技術の進歩により、想像を超えるスピードで変化を遂げている。技術が、あらゆる場面で私達の生活を豊かにし、活動の効率を高めてくれていることに異論をはさむ余地はない。だが、その反面、技術が人々の生活に過度に入り込み、私たちの生活が技術に支配されてしまうことに不安を感じる人もいる。内閣府が実施した「科学技術と社会に関する世論調査」(2010年)でも、科学技術の発展においてプラス面とマイナス面のどちらが多いかという問いに対して、プラス面が多いと答えた人が54%を占めるが、両方同じぐらいという人は35%、マイナス面が多いという人は7%となった。さらに、その後の東日本大震災による影響を考えると、マイナス面を強調する人の割合は増えている可能性が高い。
 進歩しつづける技術と社会との関係をどうとらえていくべきか。私たちは、どう技術と向き合うべきか。そもそも技術とは何か。科学技術立国を目指す日本が、改めて問い直すべき問題である。
 なお、ここでの「技術」とは、科学を応用して生活に利用するわざを指す。本文では、自然界の法則性を明らかにする学問である「科学」を含めた科学技術という言葉も同時に使用しているが、混乱のない範囲で慣例に従った。

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※本誌に関するご感想・ご意見をお寄せください。
E-mail:info@nira.or.jp

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