利用方法

日本を動かす知をつなぎ、政策課題を論じ、ビジョンを提示するシンクタンク

トップ > 研究の成果と課題の発信 > NIRA政策提言ハイライト > イノベーションの時代に求められる学生本位の大学教育

NIRA政策提言ハイライト

イノベーションの時代に求められる学生本位の大学教育

NIRA政策提言ハイライト 2018/11発行

■深刻化する人材不足
 2018年11月、英ヘイズ社が世界33カ国の労働市場おける人材の需給効率を評価・分析した調査研究「グローバル・スキル・インデックス」を発表した。それによると、日本は世界33カ国中最も人材ミスマッチが深刻であることが明らかになった。「最も人材不足が深刻なIT業界や自動車では、AI技術者やデータサイエンティスト、IoT技術者などは需要が高い一方で、企業が求めているスキルを満たした人材が不足した状況が続いて」おり、この背景には「日本の高等教育や、終身雇用制度における評価制度など、根深い問題」があるという。

■求められる学生本位の大学教育
 グルーバル化や技術進歩の急速な進展により、社会で必要とされる能力やスキルが日進月歩で変化するなか、専門人材を養成する大学はどのような教育を提供すべきであろうか。
 NIRAわたしの構想No.38「学生本位の大学教育」では、デジタル時代における大学の役割について内外の識者が論じている。共通するメッセージは、大学が社会の要請に柔軟に対応できる体制を確保し、学生本位の教育を実践する重要性である。たとえば、オックスフォード大学副学長代理のマーティン・ウィリアムズ氏は、教育の目標は「学生に向学心を植え付け、未知の課題に自信を持って取り組み、議論と論拠を厳密に見極める能力を習得させること」と明確に述べている。またマサチューセッツ工科大学の宮川繁教授によると、同大学では学生が自分がなりたいものになり、作りたいものを社会に作るために、今、知らねばならないことを教える「Just in time」の教育を導入し始めているという。

■スキルに対するリターン
 学生本位の大学教育を成功させるには、その教育活動が結果として将来の利益に結びつく必要がある。そうでなければ、学生が能力開発に時間と費用をつぎ込むインセンティブが削がれてしまい、社会が必要としているだけの能力を有した人材が大学から十分に輩出されない恐れがあるからだ。
 それでは現在の労働市場において、労働者のスキルは収入にどう影響しているのであろうか。Hanushek et al. (2016)は、経済協力開発機構(OECD)が2013年に実施した国際成人力調査(PIAAC)と呼ばれる成人のスキルを測定した調査結果を用いて、スキルと賃金の関係を実証分析している。

図1 数的思考力の収益率

(注)PIAAC調査結果を用いた推定結果。サンプルは35歳から54歳のフルタイム雇用者。スキルが1標準偏差大きくなったときの賃金上昇率を示している(性別、職務経験年数の違いを調整済み)。
(出所)Hanushek et al. (2016) のTable 2

 図1は数的思考力の収益率の推定結果を示したものであるが、数的思考力のスコアが1標準偏差大きくなると、全体で賃金が18%高くなり1、日本のそれは全体と同水準であることが確認できる。この大きさは、同論文で報告されている職務経験年数の収益率と比較すると、日本のフルタイム労働者がおよそ10年の職務経験を積むことで得られる収益に相当しており、数的思考力の向上がもたらす収益がいかに大きいかがわかる。

■脱インプット指向で生産性を高めよ
 上で見たように、労働市場においてどのようなスキルがどの程度評価されているかを明らかにし、情報発信することは、学生の向学心を高める上で重要である。同時に、学生本位の大学教育を実効性あるものにするためは、制度との整合性も不可欠である。
 同NIRAわたしの構想で、フューチャー株式会社代表取締役会長兼社長グループCEOの金丸恭文氏は「日本の最大の問題点は、社会全体が『インプット指向』から抜け出せないこと」と指摘する。たとえば、知識量を評価する詰め込み教育、勤続年数や年齢を評価する年功序列型の賃金制度など、均質的な労働力の量的供給が求められた高度経済成長期に日本を支えたインプット重視の仕組みが根強く残っている。しかし、今の社会はAIや自動運転の技術に代表されるように、イノベーションを起こして新たな価値を生むために、これまでにはなかった発想で新しい分野を切り開く人材や、高度な専門性を有した人材が必要とされている。学生本位の大学教育の実現に向けては、脱インプット指向で、独創的なアイデアや多様性を積極的に評価する制度の構築は避けられない重要な課題である。

―――――――――――――
1標準偏差が1大きくなることは、日本のテストなどで馴染み深い偏差値(平均50、標準偏差10のスコア)に置き換えると、偏差値が10大きくなることを意味する。

<参考文献>
NIRAわたしの構想No.38 (2018)「学生本位の大学教育」
Hanushek, E. A., Schwerdt, G., Wiederhold, S., & Woessmann, L. (2015) “Returns to skills around the world: Evidence from PIAAC,” European Economic Review, 73, 103-130.

井上敦(NIRA研究コーディネーター・研究員)

このページのトップへ