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NIRA政策提言ハイライト

「リスク」を誰がいかに負うか

NIRA政策提言ハイライト 2014/3発行

生活保護法改正に見る普遍的な問い
 先の臨時国会で成立した生活保護法改正法の改正内容は多岐に渡るが、報道等では、家族・親族の扶養義務関連規定への注目も大きいようだ。施行前の現段階では、同法及び関連政省令の運用がどうなるかは論じ得ないが、ここで着目したいポイントは、生活保護と扶養義務という問題が、国民個人の生活に対する「リスク」を誰がどのように負うか、という普遍的な問いに根差していることである。

ヒントとしての補完性原理
 この問いを考える上でヒントとなるのが、補完性原理(subsidiarity)であろう。この原理は、カトリック教会に端を発するとされ、端的には、ニーズをできる限り身近なところで充足できるように努めつつ、それが叶わないときは、順次、より大きな上位の団体に委ねていくという考え方である。欧州連合(EU)が採用していることで知られており、「市町村<県(州)<国< EU」という政府体系の中で、可能な限り身近な政府レベルでニーズを満たすという原則に結びついている。これを更に広く社会全体に当てはめれば、例えば、日本の場合、「個人<家族<企業<自治体<国」といった補完関係の構図が成立し得るだろう。
 ところで、この補完性原理そのものは、どのようなニーズを、誰が、いかに充足すべきかという問い自体に直接に解答を与えない。それを考えるための土台である。すなわち、何を個人の問題とし、何を家族の問題とし、何を自治体や国の問題とするかは自明ではない。その答えは、効率性、経済性、公平性といった観点や、歴史的背景、制度的要因、あるいは伝統的・社会的価値観など多様な視点から導き出され、その解はあまた存在することになる。
 個人の生計に対するリスクの究極の受け皿としての生活保護制度を巡っても、当該リスクをどこまで家族や親族内で引き受け、あるいは、どの程度国家や社会が負担すべきか、という論点を孕む。その解は決して一つでなく、時代によっても国によっても異なる。

リスクの社会化という選択肢
 NIRAが2010年3月に発行した研究報告書『「市場か、福祉か」を問い直す―日本経済の展望は「リスクの社会化」で開く』では、エスピン=アンデルセンによる有名な福祉国家の3類型に従って、日本が社会民主主義レジームと自由主義レジームの折衷型の福祉国家に転換すべきだと提言している(図表)。個人や共同体(家族や企業)がリスクを過剰に負う状態を改め、リスク負担を社会へシフトすることが、個人の選択肢を広げ、経済にも資するとした。補完性原理に基づいて考えるなら、生活や雇用等を巡るリスクの担い手を、個人から社会へ移行することを提言したものと解釈できる。

飯塚 俊太郎 NIRA研究員


<関連頁>
「市場か、福祉か」を問い直す―日本経済の展望は「リスクの社会化」で開く』(NIRA研究報告書/2010年3月)
就職氷河期世代のきわどさ―高まる雇用リスクにどう対応すべきか』(NIRA研究報告書/2008年4月)

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