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NIRA政策提言ハイライト

世界の通商交渉における日本の「交渉カード」としてのTPP

NIRA政策提言ハイライト 2013/10発行

日本が関わる重要な経済連携協定等が、2013年に相次いで交渉段階に入った。日本にとって、関税引下げによるマクロ経済効果は大きくないとしても、これらの協定を通じた貿易・投資の円滑化効果は大きい可能性がある。日本はいま、世界での通商交渉をより有利に進められる「交渉カード」を有している。日本が自らブレーキをかける必要はない。

経済連携協定等の締結の効果と、参加しないことの影響
 日本が2013年に交渉を開始した経済連携協定等は下表の4つである。これらが数年内に全て締結されれば、日本政府が掲げる「2018年までに貿易のFTA比率70%」という目標が達成され、また、GDP規模で72%を占める国々と経済連携協定等でつながることとなる。
 各経済連携協定等の締結による日本のマクロ経済への効果に関しては、NIRAでも、日中韓FTAはGDPを最大で約0.3%押し上げ(日中韓共同研究「日中韓自由貿易協定に係る課題の研究」)、東アジア地域包括的経済連携協定(RCEP)は0.22%のGDP押上げ効果があるとした(NIRA研究報告書「東アジアの地域連携を強化する」)。環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の効果については日本政府の試算があり、関税撤廃効果のみでGDPが0.66%押し上げられるとする。また、Petri and Plummer (2012) はTPPとRCEPを含むアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)が完成した場合、日本のGDPは4.27%押し上げられるとする。
 経済連携協定等による関税引下げ効果は相対的には大きくなく、例えば前出のRCEPのGDP押上げ効果に関するNIRA試算値(+0.22%)のうち、関税引下げの効果分は0.03%しかない。一方で、日本経済にとって「貿易円滑化効果」は大きい可能性がある。輸出入関連手続きの円滑化や統一ルールの採択等によるコスト削減、原産地規則の累積加算を認めることなどによる地域内のサプライチェーンの更なる最適化など、相手国内での非関税の障壁を下げ、効率的なビジネスが可能となることを通じた効果や、投資規制の緩和・特例措置などを通じた日本への投資の増加が、これに含まれ得る。
 経済連携協定は、上述のように参加国間の貿易や投資の促進を通じた相互の経済の発展に寄与する一方で、協定の「域外国」となれば、GDP押上げ効果を得られないのみならず、マクロ経済上の不利益を被る。協定参加国への輸出が減ることなどが、その要因だ。先述のPetri and Plummerの推計でも、TPPに参加しない中国のGDPの押下げ幅は2025年時点で0.27%となり、いずれも対象外となるEUは、TPPの実現を通じて0.02%、FTAAPが完成した場合には0.14%、GDPが押し下げられる。日本が交渉を離脱してTPPが発効すれば、中国やEUと同様、「域外国」としてGDP押下げ効果も受けることとなるのだ。

日本が世界の通商政策で使える「交渉カード」を持っている状況
 日本が2010年にTPP交渉への参加意欲を示すと、それまで止まっていた日中韓FTAに交渉入りへの動きが生じ、東アジア広域経済連携についても、2011年に16か国でのRCEP構築を目指す動きにまとまった。いずれも、2013年には交渉がスタートした。つまり、日本のTPP交渉への参加意欲表明が「連鎖反応」を生じさせたのだが、連鎖反応はアジアにとどまらず、日本との経済連携協定(EPA)交渉に対するEUの態度も変えた(NIRAオピニオンペーパー「なぜTPPなのか」)。
 EUは、ASEANとのFTAが事実上中断し、中国とはFTAに向けた動きにまで至っていない。そうした状況下で、日本がTPPとその「連鎖反応」を通じて環太平洋地域の貿易関係を深化させようとしている。日本との間で、TPPやRCEPの締結に遅れをとることなく貿易関係を強化することは、EUがアジア市場に影響力を持つ上で、絶好の機会となると考えたはずだ。EUとアメリカ間の環大西洋貿易投資パートナーシップ協定(TTIP)が2013年7月に交渉開始となったのも、これと無関係ではないように思われる。
 つまり、TPP交渉への参加意欲表明は、世界の通商政策の流れを作っているとともに、日本にとって、アジア諸国あるいはEUとの間で、貿易・投資・商慣行等においてルール等を調和する交渉を有利に進める「交渉カード」となっている。EUは、日本の非関税障壁の除去に関する動き次第では交渉を中断するとしているが、日本が「交渉カード」を持つ限り、これは空脅しとなる。EUにとっては、EPA交渉から離脱することで、協定を締結すれば得られるはずの0.8%のGDP押上げ効果と40万人の雇用機会(欧州委員会試算)を失うのに加え、アジア市場での影響力を維持できないままFTAAPが完成すれば、0.14%分のGDPの減少までもが実現してしまうからだ。

交渉カードは手放してはならない
 この交渉カードは、日本がTPP交渉から離脱すればなくなってしまう。日本がTPPを締結しないとわかれば、日中韓FTA交渉は求心力を失い、RCEPも日本主導で取りまとめていく気運が弱まってしまいかねない。EUにとっては、TPPなきRCEPはEUのGDPを0.02%押し上げると推計され(Petri and Plummer, 2012)、また、日本と米国との経済連携の可能性もなくなるなら、EPA交渉において日本に譲歩する必要性は弱まるだろう。その上でTTIPが締結されれば、貿易・投資・商慣行等のルールは、日本を顧みる必要のない欧米主導のものとなり、日本のビジネスを欧米で展開することがより困難となる可能性もあるだろう。
 TPPに対しては、国内には依然として反対論も強い。しかし、実際のTPP交渉においては、交渉参加前の懸念と異なり、センシティブ品目について交渉の余地があり、「締結か離脱か」という二者択一ではないようだ。TPP交渉に参加し続けることは、他の交渉のみならず、TPP交渉そのものにとっても有効な「交渉カード」となり、攻めるべきところを攻め、守るべきところを守りやすくなる。TPP交渉から離脱せず、協定の交渉を有利に進めつつ、痛みを伴う者への適切な補償と、必要な改革を検討して実施することが不可欠である。

江川暁夫 NIRA主任研究員


<NIRA関連頁>
日中韓自由貿易協定に係る課題の研究」(日中韓共同研究/2008年)

東アジアの地域連携を強化する」(NIRA研究報告書/2010年9月)

なぜTPPなのか-国際通商システムの視点から考える-」(NIRAオピニオンペーパーNo.6/2012年1月)


<英文版>
「TPP participation gives Japan a bargaining chip in trade negotiations」
パリ日仏財団ニューズレター(2013年11月)に掲載
ブリューゲル研究所のブログ(2013年10月)に掲載

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